よいこ魔王さまは平穏に生きたい。

海野イカ

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三年振りの髭男

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 木製の露台へ上がっても足音ひとつたてずに近寄ってきたエーヴィは、テーブルセットの傍らに立って一礼する。

「リリアーナ様、自警団よりお客様がお見えです。こちらへお通ししてよろしいでしょうか?」

「ああ、キンケードが来たか。通してくれ」

「かしこまりました。お茶のご準備はいかがいたしましょう?」

「そうだな……、では三人分頼む」

 それなりに長い話になるかもしれないし、もう少ししたらカステルヘルミにも休憩を取らせたほうが良いだろう。ついでに何か軽くつまめるものを頼んでエーヴィを下がらせた。
 てっきりキンケードとの連絡を取り持ったトマサが来るものとばかり思っていたが、きっと今頃は冬物の入れ替えなどで忙しいのだろう。こうしてリリアーナが部屋を離れている間に、埃のたつ作業を片づけようと精を出しているに違いない。
 持ち込んだ荷物を隅によけてしばらく待っていると、すぐに裏口から待ち人の大男が姿を現した。
 手を振って見せると、応えるように振り返して大股でのしのし近寄ってくる。かけていた椅子から立ち上がりそれを迎えた。

「よお、久しぶりだなぁ嬢ちゃん。あれから、えーと、どれくらいだ?」

「もう三年になる。久しいなキンケード、息災なようで何よりだ」

 三年振りに顔を合わせた自警団の男は、以前見た時には着崩していた黒い服を襟元まで留めて、きちんと着用していた。飾り紐や釦などの細々とした装飾も無骨ながら品が良く、立派な体格も相まってそれなりに見られる。
 ただ、前よりも髪とヒゲがずいぶんと伸びているようだ。
 しなびてふやけて腐っていると聞いていたが、どちらかと言えば繁茂している。髪は後ろでまとめているし、汚らしいというわけではないのだが、何となく魔王城の庭にボーボーと生え放題だった毒草を思い出す。

「はははは、しゃべり方は相変わらずだなぁ嬢ちゃん。そっちも変わらず元気で……、いや、なんか、縦に伸びたな?」

 縦に。……三年見ない間に成長した、と言いたいのだろうか。中々に斬新な表現だ。

「身長だけではなく、きちんと質量も増しているぞ?」

「いやすまん、悪かった。今のはご令嬢に対する言葉としちゃ即処刑モンだな。何つーか、あれだ、ファラムンドの気苦労もちっとは知れるなこりゃ……あと数年もすりゃ相当だろ、つか今何歳だっけ?」

「八歳だが。父上の気苦労とは?」

 聞き捨てならない言葉について問えば、男は片手を適当に振って「なんでもない」とごまかした。

「もう見合い話とかもわんさか来てんだろ?」

「いや、そんな話は聞いたことがないな」

「そうなのか? ふーん、十歳記でお披露目が済んでからなのかね、よくわかんねーけど」

 片手で空いている椅子を示すと、キンケードは形ばかりの敬礼などして見せてから腰を下ろした。
 今日は客のつもりで招いたけれど、荷馬車の護衛ついでということだから一応は勤務時間中なのだろう。ただし、さっそく襟元を緩めて背もたれに片腕をかける姿から、仕事中という緊張感は微塵も感じられない。

「……なぁ、さっきから気になってたんだけどよ。アレ、何してんだ?」

 声をひそめ、親指でくいと指して見せるのは、しゃがみ込んだ格好のまま猛然と丸を描いては消してを繰り返すカステルヘルミの姿。
 だが、この角度からは丸まった後ろ姿しか見えないため、何をしているのかわからなくても当然だ。初対面になるし、後できちんと紹介してやろう。

「説明すれば長くなるのだが、要約すると、……あれはわたしの魔法の教師で、今は魔法の基礎を特訓中だ」

「ああ、なるほど。状況はだいたいわかった」

「今の説明で把握するとは、さすがだな」

 要領の良い男は、こんなに手短な説明でもきちんと理解を得たらしい。意志の疎通に易く、話が早い相手がいるのは喜ばしいことだ。
 何やら沈痛な面持ちのまま目を閉じ、眉間のあたりを揉んでいる。

「まぁ、何だ、気苦労も多いだろうから、せいぜい優しくしてやれよ……。そういや、今日はあの金色のべっぴんさんはいねーのか?」

「金色の? ああ、アレか。あんまり姿を現すとカステルヘルミが……あの魔法の教師が仰天して気絶するから、しばらく出てこないように言ってある。何か用でもあったのか?」

「いんや、ないない。できればもう一生お目にかからねぇことを祈るぜ」

「殊勝な心がけだ」

 精霊を崇めるでも祈るでもなく、大精霊という存在を間近に知ってもなお態度を変えずに、すり寄ることもしない。キンケードのそういった自立した性格は好ましい。
 見た目は多少モッサリしていても、内面は三年前と何も変わっていないようで安心する。気楽な会話の応酬も久方ぶりだ。
 向こうから大精霊の話を持ち出してくれたことで、伝えねばと思っていた領道の件にもふれやすくなった。わずかばかり居住まいを正し、きちんと正面からキンケードに向かい合う。

「キンケード。三年前の件は、残念だった。今こうして言葉にした所で取り返しはつかないが、失われた者たちには哀悼の念を」

「ん……。ちゃんとお前さんからの献花も受け取ってるぜ。ファラムンドが葬儀も遺族への手当てもきっちり手配してくれたからな、こっちは大丈夫だ、安心してくれ」

「あの時、馬車と馬に挟まって一命を取り留めた若者は、無事でいるのか?」

「テオドゥロか、今はぴんぴんしてるぜ。傷跡は残っちまったが仕事にも復帰してる。現場から報告に戻ったトジョって奴は、あのあと自警団を辞めて故郷に帰ったけどな。……何かとダメージは大きいが、ウチは荒事も多い仕事だ、こういうことはままある」

「……父もカミロも無事でいたのに、」

「あれは、事故だ。になってるからこそ、遺された側だって誰も恨まずに済んでる。だからな、嬢ちゃんも謝ったりとか自分がもっとやれたらとか思ったりすんじゃねぇぞ、わかったな?」

 言葉を遮ったキンケードは、身を乗り出して強い語調でそう言い含める。
 続く台詞を取り上げられて、うなずきを返すしかなかった。こちらが何を言おうとしたのか予測はついていたのだろう。
 自分が引き起こしたことではない以上、失われた命に対して謝意があるわけではないが、自身の大切な者だけを救えたことには若干の痛みを覚える。引け目というものだろうか。
 魔法で場の時間を戻したところで、すでに失われていた命までは取り返せない。とはいえ、あの場で犯人の足取りを追えなかったこと、カミロの足を完治できなかったこと、幼いせいとはいえ自身の力不足を痛感する。

「……いや、すまん。だが、本当に嬢ちゃんもファラムンドも悪かねーよ。一番悪いのはあれを引き起こしたヤツだろ。あいつらは仕事で、落石事故に巻き込まれた領主を守って死んだ、殉職扱いだ。命より名誉が大事なんて思っちゃあいないが」

「ん……。わたしも、全てを救えるとは思ってはいないさ。だが、仕方がなかったとも思いたくはない。悔しいし、腹立たしい」

「お前さんがそんだけ思ってくれるんなら、あいつらもちっとは浮かばれるさ」

 幾分柔らかな声とともに、伸ばされた手が頭を撫でようとしたので、髪を押さえて咄嗟にそれをかわす。
 今日はいつもと違って後ろの高い位置で髪を束ねているのだ、乱されでもしたら自分の手では直せない。
 カステルヘルミのまとめた髪に対し、動きやすそうで良いという評価をした所、それを聞いたフェリバが『おしゃれな先生の髪が羨ましい』と受け取ったらしく今日の髪型と相成った。
 別に羨んではいないのだが、うなじのあがりがすっきりするし、顔の横に髪が垂れてこなくて良い。これからも外で動く時などはこの形でまとめてもらいたいものだ。

「お前が他人の髪を整えられると言うなら、ふれても構わないが?」

「いや、ゴメンナサイ、もうしません。小っさくてもレディだもんな、頭に触ろうなんて不躾だった。これもファラムンドに知られたら物理的に首が落ちるな、危ねぇ」

「……三年前にも思ったのだが、お前は父上のことを名前で呼ぶんだな。親しい間柄なのか?」

「あー、まぁな。うーん、これは別に言ってもいいか。あいつとはガキの時分からの知り合いなんだ。身分がどうとか周りからうるさく言われることもあったがよ、あの頃は連れ立って一通りの悪さはしてたな、しょーもねぇ」

 口の端をにやりと歪めて笑うキンケード。その顔面は極めて凶悪だが、きっと楽しい子ども時代を思い返しているのだろう。この髭面の少年期など全く想像できないが。

「そんなに古い付き合いだったんだな。では、わたしの母のことも知っているのか?」

「そりゃあもちろん知ってるぜ。アレも何つーか、とんでもねぇ女だったが……嬢ちゃん見てると確かに親子だなって感じはするな。顔は次男のほうが似てるみてーだが、あいつも元気にやってるか?」

「レオカディオか? ああ、少し前まで体調を崩していたが、今は元気にしているぞ」

「そうか。線が細いとこあるし、季節の変わり目は気をつけねーとな。嬢ちゃんも、ちっと前に風邪で寝込んでたって聞いたぜ、もう大丈夫なのかよ?」

「ああ、わたしは基本的に健康だからな。珍しく寝込んだりしたのも、ちょっと自業自得というか、うむ……」

 あまり思い返すとまた頭を抱えてしまいたくなる。
 言葉尻を濁し視線をさまよわせると、ちょうど良いタイミングで四角いトレイを手にしたエーヴィがこちらへやってきた。
 カステルヘルミも呼んで、しばしお茶を飲みながらの休憩時間としよう。

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