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第一部・一章
彼らはあっち側騎士団と呼ばれている
しおりを挟む「おぼげぇ……」
ワクワクで入った<門>だというのに、アレクセイは現地につくなり、ひどい音を出しながら、胃の中身を吐きだしていた。
どうも<門>を使うと十人に一人くらいの割合でこうなるようで、アレクセイの横で教会の人間が一人同じようにひどい姿をさらしていた。
「だらしないぞ、貴様らぁ!」
聖堂騎士がアレクセイ達を責め立てる。
そんな中、大人の教会員が二人の背中をさすりながら、目的の神木の元へと二人を誘導し始めた。
そんなありさまのせいで、アレクセイは景色を見る余裕もない。
この美しくしも残酷な光景を――。
~ ↑ ↑ ↓ ↓ ← → ← → B A ~
なんて幻想的な景色だろうか。
連なる山々の壮大さの中で、ひと際高くそびえる聖プロトヤドニィ山。
その頂上から中頃までが青白く燃え上がっている。その姿はまるで神々しい光を発しているようだった。
これが聖山――神による奇跡だと言われたら頷いてしまいそうだ。
「こわいものはだいたい綺麗なんだよな」
<門>から出て、その光景を見た若い騎士が皮肉めいた声でつぶやいた。
彼の言う通りだ。
この光は神からの恵みではなく破壊の権化であり、奇跡ではなく、命を貪りつくさんとする災害の火なのだ。
ライヤはその無情の炎の光景を前に、まず整列を指示した。
周りを見渡す。いるはずの現地の軍人が一人もいない。連携をとるはずだったが、軍部からの連絡もきていない。
もとよりあてになどしていないが、姿もないというのはあまりにもずさんな話だ。
その上、ここにポイ捨ての影響とは違う奇妙なマナを感じる。
おそらく軍だ。ここの駐屯軍に<大きい目>を国が貸し出したということは聞いていないので、見られているということはないだろうが、邪魔な騎士団の粗探しのために盗聴くらいはしているのだろう。
そんなずさんな軍の代わりに、あまり数のいない術師達――ここの領主から直接派遣されているのだろう――が彼らなりの大規模な術式で、大気を集めてあの炎に向かって雨を降らせていた。
「まったく無駄なことを……」
<やめてやめて>
ライヤは容赦なく、彼らの術を<古い言葉>をもって破壊した。術師達は驚きの表情で声の主であるライヤに振り返る。
本国からの騎士団だと分かると、縄張り意識をあらわにした顔で、
「犬ども、なにをする!?」とつっかかってきた。
「ここの指揮権は我ら白鉄騎士団がもっている。時間がないからよく聞け。炎そのものを相手にするようなマナの無駄は許さん。燃え移るものを破壊しろ」
それがポイ捨てへの対策のやり方だ。
この炎害の前には、はっきり言って人間は無力だ。人間のマナで呼んだ雨雲程度では、炎を消すことなどできはしない。だから、燃え広がらないようにするしか方法はないのだ。
ライヤは術師達の不満など相手にする気はなく、このやりとりの間に整列した騎士団に振り返った。
「諸君、我々の士気は高い。演説はいらないな。だが、忘れるな。ふもとには我々を信じていてくれる王国民が住んでいることを――。さあ、敵は例のポイ捨てだ、いつも通りやれ。そして神様に俺達は生きてるぞくそったれと言ってやれ」
「イエスマムッ!」
応答の掛け声と共に、その屈強な騎士達が動き出した。
まず改めて地図を見て確認する。事前確認した位置で間違いない。これから行うのは火がふもとの村や町に届かないように更地にするという、山火事対策の基本的な行動だ。だが、それは通常の山火事であっても命がけの行動だ。毎年、炎に立ち向かう消防兵が幾人も命を落としている。
だからこそ、消防に関わる者は国でもヒーローとして目される。
だが、そんなヒーロー達であっても、ここでは常識が通用しない。
このポイ捨ての炎は理の外のものなのだから。
ましてや人間のいる方へと進むという性質がある。
明らかに意思をもって殺しにくる理の外の災害に対して、この騎士団は命がけで立ち向かうのだ。
いや、この災害だけではない。
大陸の七割を統べるこの国では、頻繁に理からはずれた災害の被害にあっている。
その度に現場で命をかけるのが、この白鉄騎士団だ。
理の外、すなわち“あっち側”とばかり相手する騎士団として、
または礼節がなっていない平民上がりの騎士達への侮蔑として、
そして理の外と戦える力をもつ化物達への畏怖として、
そんな色々な意味をこめて彼らは“あっち側騎士団”と呼ばれている。
今その騎士達が動き出す。
「<砲網>用意!」
騎士の一人が叫ぶと、大きな筒が何本か山に向けて設置された。「撃て」の号令と共にマナの破裂音が鳴り響く。発射されたものは、空中で大きく広がり――。
漁師が使う投網のようなものだ。防火マントと同じ金属を織り込んだ特殊な糸で作られたもので、燃えにくく、壊れにくく、そしてマナがこめやすい。
これも“技師にして義肢の騎士”ライヤが設計したものだ。
飛んだ網が木々に乗る。伸びる紐を騎士達が握った。
<さあ、地べたとハグをしな>
若い騎士が<砲網>に<古い言葉>とマナをこめた。突然、網は重量を増しに増し、枝を折って地面まで落ちてゆく。
「マナをこめろ。一気に引き抜く!」
騎士達が同時に吼えた。
強いマナをこめて網を引く。同時に網にからまった木々が一気に根から抜かれ、彼らの前まで引きずられてきた。
「第二射!!」
そうして騎士達の豪快な山火事対策は続く。
ライヤはそんな部下達を見てから、<遠い耳>でサーシャへ連絡を取った。
「今どこにいる?」
『ん、山の中ぐらいで、救助、中……』
「は? こんな時に誰がそんなとこにいるんだ?」
『子供、達。捕虜? 子供の兵、隊』
一瞬、ライヤは思考が止まった。
だが、それがどういうことか思い至った瞬間、急激な怒りがわいてきた。
軍のアホ共が――ッ!
ここソロコフ領は国境沿いで隣国と小競り合いを続けている。小さいので戦争と位置づけもされていないが、確か捕虜の受け渡しでもめていたはずだ。
その捕虜である他国の少年兵を使い捨てるつもりだ。そのままこの災害の中に取り残され、体よく事故死するように仕向けたのだろう。
どいつもこいつも現場をややこしくしやがって――。
「何人だ?」
『ん、四、五、六……八人』
「大丈夫なんだな?」
『ん』
サーシャの返事と共に<遠い耳>から風を切る音が聞こえた。おそらく鳥に乗って空にいるのだろう。
「戻り次第合流してくれ」
ややこしいことに巻き込まれたが、ここにはサーシャの力が必要だ。
だが、それから一時間後――。
ライヤの表情が険しく歪むことになる。
戻ってきた巨鳥の背にはサーシャの姿はなく、少年兵が四人乗っているだけだった。
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