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第一部・一章
“龍へと至る道”のはずが高みは見えそうにない
しおりを挟む一方その頃。
アレクセイ抜きでダンジョンに入っていたイゴール達が、王都の入場門をくぐった。
高難易度ダンジョン“王都西の森四番目”の帰りだ。
国から借りた<小さい目>で冒険者ギルドが独自に調査したところ、このダンジョンは45階層まであるという。だいたい目安として15層までを表層、30層までを中層、そしてそれ以降を深層と呼んでいる。
彼らはこのダンジョンに挑む冒険者達の中で、唯一深層である31層まで足を踏み入れた“龍へと至る道”だ。
そんな彼らには期待する人間も多かった。だが、王都に戻ってきたその姿に覇気がない。メンバーの顔に弱り目に見られる疲れと、よくない相が浮かんでいたために、誰も明るく声をかけることはできずに見送ったのだった。
彼らの顔と見送る人々が織りなす光景だけで分かる。
探索は失敗だったのだ。
いつもだったら「軽く取り戻してやるさ」くらいの気持ちで歩くはずのイゴールだったが、今日は違っていた。
問題は失敗したことではない。
油断はなかった。いつも以上に入念に準備もしてきた。
だが、それでもダメだったことだ。
これでは次も同じになるだろう――そんなことは経験を積んできた彼らなら、誰に言われなくとも分かることだった。
若い男がそれは分かっていながらも、
「おやっさん、今回は運が悪かったんですって」と努めて明るく振舞った。
「そうっすよ。アレクセイがいなくて――あの荷物持ちがいなくて、ちょっと自分の荷物が増えたのも影響したかもしれないっすね」
そんな軽口にイゴールは頷き、全員に振り返った。
「ああ、そうだな。だが、てめえらよく聞け。できなかった時こそ、それが自分たちの真の実力だ。運が悪かったんじゃない。これまではなぜか運がよかった、そう考えて次にのぞめ」
「はいっ!!!」
聞き分けのいい連中だ。
本当にこれまでは運がよかったのだと、そう納得するしかないことだ。
いつもの酒場に戻ってからも、彼らの顔にはどこか影が残っていた。そういった影は不運を呼ぶ――迷信じみた考えだが、イゴール達熟練は経験則としてもそれは事実だと知っている。
早く切り替えなければ命にかかわる。
運がよかったか、とイゴールは酒を口にして自嘲気味に笑う。
戦闘中に誰かが危険になった時に、天井から大きな石が落ちてきて助かったなんて偶然が、一度や二度ではなくあった。
シーフ役が罠の解除に失敗したのに、罠が壊れていたのか、何事もなかったという偶然も、これまで複数回あった。
罠ではこんなこともあった。
転がる大岩に襲われ、最後尾の避難が間に合いそうもなかった時、斜面だというのに岩がしばらくの間止まって助るというようなことも。
そして30層の階層主と相まみえた時だ。
あれは絶対に今の彼らでは敵う相手ではなかった。
理のこちら側では最も危険な存在の一つ、雄鶏から生まれる怪鳥コッカトリス。
全滅もあり得るその存在を前にし、その威嚇の鳴き声が空気を切り裂いた時だった。
そのコッカトリスが死んだ。
まるで操り人形の糸が切れたように、どさりとその大きな体が崩れ、そのまま動かなくなった。
アレクセイは「自分の声に驚いてショック死したんでしょうか……」なんて言っていたが。
全部ただの偶然。ただ運がよかっただけのこと。もう二度と起きないことだ。
イゴールは酒場につくと奥歯を噛みしめた。
テーブルにその拳が叩きつけられた。
どんっと言う音に全員が振り返った。
今日の失敗は、気をつけてすぐに是正できるようなものではない。
言いたくはないが、実力が足りていない。
ならば、なぜ、昨日までは今日よりも先に行けた? 深く潜れた?
その問いをイゴールは決して口には出さない。
だが、頭の中には確かに一人の少年の姿が思い浮かんでいた。
「あの、イゴールさん、少しいいですか?」
テーブルの前に立ったのは少年冒険者だった。一瞬、アレクセイかと錯覚してしまった。
イゴールはそんな内心を隠すように、「おう」とだけ答えた。
「あの荷物持ちだった人、なんか特別なこととかあったんですか?」
「あ? 特別ってのはなんだ?」
「はい。なにか特別な訳があってクビにしたのかな、と……」
「ねえよ、そんなもん。あいつはただの使えねえガキだ。役に立たねえからクビにした。それだけだ」
「……そう、ですか」
この少年冒険者の歯切れの悪い返事を聞き、
「そんなこと気にしてる暇あったら、次の探索の準備を念入りにやっておけ」
「あ、すみません。次は、ちょっと、安息日は礼拝が……」
「ああ、そうだったな、お前らは」
イゴールは一年ほど前にこの少年冒険者と一緒に、クランに入った男へと目を向けた。他のテーブルで静かに飲んでいる姿は、どことなく品がある。二人とも熱心な教会員でもある。
「なら、上手くいくようにしっかり祈っておけ」
イゴールはあからさまに舌打ちをして、あごで「もう向こうにいけ」と指示をした。
どこまでも高くへ。
そんな“龍へと至る道”を、彼らは進んでいるはずだった。
だが、もう昨日までと同じ景色は見られないのかもしれない。
ふと憧憬である龍を思い、視線を動かした。
明かり入れの窓の向こう、この空の上の更に先、理の外である天空に龍はいるという。
はるか先に見える北の空が妙に明るかった。
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