ウツクシ村のミチル

岡本ジュンイチ

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 トメラは、ミチルの方へ顔を向ける。
 彼女の両目は涙で濡れており、まぶたが真っ赤にはれ上がっていた。
 そんなミチルの視線は、じっと男の方を見つめている。
「やっぱり、お兄ちゃんだよね?」
 彼女の問いに対し、ワタルは動揺が隠し切れない様子である。
「……ミチルなのか?」
 ワタルはやっと、口を開いた。
 彼の問いかけに対し、ミチルは「そうよ」と応じる。
「お兄ちゃん。こんなところで、何やってるの?」
 ミチルの問いに対し、ワタルはつぶやくように答える。
「任務をこなしてたんだよ」
 それを聞いて、ミチルはふと、鼻で笑ってしまった。
「何それ……人殺しが、仕事だってことなの?」
「…………」
「ねえ!」
 彼女の怒号はまわりのビルの方に反響され、血まみれの路上にこだました。
 それでも、ワタルは
 ミチルはしばらく黙りこくったが、震えた声で、小さくつぶやいた。
「ふざけないでよ……。お兄ちゃんたちのおかげで、私たちはどうなったと思ってるの」
「ミチル、それは仕方がないことなんだ。俺たちが生き抜くには、世界を変えるしか方法がないんだ」
「なに言ってるの?」
 ワタルは、まるで堰を切ったように彼女に話をしだした。
「ミチル。メリケンのマフィアたちは、今まで俺たちを奴隷として利用してきたんだ。あのウツクシ村でも、多くの誘拐事件があっただろ。あれはみんな、あのメリケン人たちの仕業だったんだ。あいつらは子供を誘拐して、強制的に工場の訓練校へ連行されてるんだ」
「ウソ……」
「その訓練校で、奴らは散々子供たちをこき使って行くんだ。その後で使い物にならなくなった子たちは、どうされたと思う?」
 恐ろしい形相で、ワタルはミチルに説明する。
「……最終的には無理矢理、臓器を摘出して売ってたいた。俺は見たんだ」
「ウソよ!」
「ウソであって欲しかった! 俺だって、本当はこんな任務、したくなかった……。でも、俺はこの方法しかなかったんだ。世界を変えるために、お前を守るために」
 ワタルの必死な言葉を耳にした途端、ミチルはつい口をつぐんでしまった。 
「……俺たちは、ウツクシ村を守るために戦ってるんだ。言い換えれば、これは革命なんだ」
 ミチルの兄は、トメラのほうを一瞥する。
「この男は、メリケン人だな!?」
 兄は銃口をトメラに向ける。
「やめて!」
 ミチルは、トメラをかばうように抱きしめた。
 彼女の胸の中に顔を埋めるトメラ。
「どくんだ、ミチル」
「イヤよ」
「邪魔だ」
「撃つなら、わたしごと撃ちなさい!」

 しばしの静寂。
二人の間に、ビルの隙間から通る風が通り過ぎていった。

 やがて男は、パトカーの音がどんどんこちらの方に近づいてくるのに気づき、軽く舌打ちをする。

「勝手にしろっ!」
 ミチルの兄はそう言って、姿をくらます。
「待って!」
「ミチル!」
 兄を追いかけるミチルの後を、トメラも追いかけていった。

   ☆ ☆
 もう日は暮れているのに、とても鮮明に見えている。
 それは街の電灯の光じゃない、ビルで起きている火事のせいだ。

 街の中心地へ出ると、そこはもはや戦争状態であった。
 びっこを引きながら逃げている、傷ついた市民たち。
 警察たちは、拳銃を持った男たちへ、ピストルで反撃している。
 軍隊も動き出しているようだ。
 迷彩柄の服をまとった男たちが、銃剣を抱えて戦っていた。

 トメラは、絶望的な気持ちになった。
 これが戦争というものか。
 今までパソコンゲームでしか見たことがなかったが、実際に人が殺されるところを見ると反吐が出そうになる。

 燃え上がる炎に、響く銃声。

 市民たちはあちこち、蜘蛛の子を散らすように走り回っている。

 トメラは我を取り戻し、立ち尽くすミチルの手をグイっと引っ張った。
「逃げよう、ミチル!」
 二人はブライト市の中心街から逃げていくように、走り続けていった。

「トメラ!」
 ふと振り向くと、そこにいたのは拳銃を持った、トメラの父の姿だった。
 トメラは、ミチルを握る右手に余計力が入ってしまう。
 ミチルは、まるで石のように固まった表情になっていた。

「トメラ。そこにいるのはやっぱり、ミチルなんだな」

 父の問いに対し、トメラは厳かに「そうだよ」と答えた。
「お前も、テロリストの仲間に入ったのか!?」
ジョージは、息子に銃口を構えた。
「ちがう! ミチルはテロリストなんかじゃない」
「じゃあ、あそこにいる銃撃者たちはどこの人間だ! ミチルと同じ肌をしてるだろ!」
「それは……」
 トメラはふと、ミチルの方に目をやった。
 だが、ミチルもじっと口をつぐんでしまっている。
「ほら、やっぱりそうだ。あそこにいるのは紛れもない、ウツクシ村の市民たちだ」
 そう言って、銃口の先をミチルの方へ向け直した。
「やめろ!」
 トメラは必死にミチルをかばう。
「そこをどけ、トメラ! 俺は警察官だ。みすみす犯人を逃すわけにはいかないんだ」
「いやだ」
「トメラ!」
「ミチルにだけは、決して触れさせない」
 トメラは震えた声でそう言いながら、両手を広げて彼女をかばう。

 爆発音。
 どうやらテロリストたちが、こちらの存在に気づいたようだ。

 不意に、トメラはカバンの中から、非常用の拳銃を取り出す。
 銃弾が飛んできた。
「きゃあ!」
「頭を伏せて!」
 頭を抱えてしゃがみ込むミチル。
 トメラは必死に、テロリストたちのほうへ銃弾を飛ばした。
 彼は身を縮めているミチルを物陰へ匿いながら、必死にテロリストたちと戦っている。
 やがて、敵のもとに警察の救援がやってきた。
 撤退していく犯罪グループたち。

 その一連の動きを見て、ジョージの表情は一変した。
「……トメラ。どうやらお前の言ってたことは、本当だったんだな」
「ごめん」
「いや、謝るのはこっちのほうだ。一度とはいえ、俺はお前を疑ってしまった。許してくれ」
 トメラは首を振る。
「……もっと、早く伝えておくべきだった」
 トメラとジョージは、互いに距離を縮めていき、強く抱きしめ合った。
「よし。いくぞっ」
父の呼びかけに、トメラも「ああ!」と応じるのだった。

   ☆ ☆ 

 戦場と化したブライト市。
 テロリストたちは、誰彼構わず銃撃を行なっていく。
 そこに、非常用拳銃を手にしている有志の若者たちと警察官たち、そして警備ロボットのドローンが、奴らの進出を食い止めていた。
 街中に響く銃声。
 爆弾が飛び交うたびに逃げていく男たち。
 続出する怪我人たち。

 トメラと彼の父も、テロリスト達に徹底抗戦していく。
 ミチルはそんなトメラたちを、じっと見守ることしかできなかった。

「気を抜くんじゃないぞ、トメラ!」
「わかってるよ!」
 父の声に、トメラはそう応じた。
 テロリストたちの方から、またも手榴弾が飛んできた。
 必死に逃げる二人。
 ふと振り向くと、いつの間にかその場所は火の海と母していた。

 数多くの犠牲があるものの、テロリスト達の方の勢いは確実に弱まっている。
 戦況は、明らかに優勢だ。
 
(よし、この調子で行けば、抑えられるぞ!)
 トメラがそう思った、その瞬間だった。

 ドカンッ!

 爆発音とともに、複数の人間の身体が飛び散ってきた。
 振り向くと、その向こうには逃げ惑う市民たちがいた。

「ちくしょう! 敵はウツクシ村だけじゃないのか!」
「どういうこと?」
 必死に銃を撃っている父に向かって、トメラは大声で問うた。
「避難している一般市民の中に紛れて、ウツクシ村の市民ではないほかの民族たちが爆破テロを起こしてるんだ」
「なんだって!?」
 トメラは避難している群衆に目をやった。
 すると、そこでは互いに殺し合っている市民たちの姿があった。
 どさくさに紛れて、別のテロリストたちが襲撃しているのだ。
 しかも、市民のフリをして。

「このヤロウ!」
 ジョージは、警察たちを総動員させた。
「お父さん!」
 必死に叫ぶトメラに向かって、父は指示を飛ばした。
「ここは俺たちで食い止める。お前はミチルと一緒に逃げろ!」
「でも……」
 響く銃声。
 ジョージは応戦しながらも、トメラに向かって檄を飛ばす。
「何してるんだ、早く逃げろ!」
「……わかった!」
 トメラはそう涙ながらに返事し、その場を離れた。

 ふとあたりを見回すと、トメラのそばにいたはずのミチルがいない。
「ミチル? ……どこにいるんだ、ミチル!」
 彼は必死になって、ミチルを探しに走り回った。 

「ミチル! ミチル!」
 誰もいない、赤い道路の上。
 トメラは必死にミチルの名前を呼ぶが、誰もいない路上は、ただ小さくこだまするだけ。。
「ミチル! どこにいるんだ!」
 うろうろと見回しながらミチルを探していたトメラ。
 彼はビルの隙間にある、裏口の方に目をやる。
 その瞬間、そこから銃弾が鋭く飛んできた。

 間一髪だった。

 あと一歩右へ踏み込んでいたら、トメラの頭は銃弾で撃ち抜かれていただろう。
 トメラはひどく、顳顬と背中に冷や汗をかいた。
 そして、彼は銃弾の飛んだほうを突き刺すように凝視した。
 向こう側には、不自然に直角にひっくり返されている木の机があった。
 有事の時とはいえ、こんな路上の裏口でそんな机が倒れているわけがない。
 そこに誰かがいることは、間違いない。

 トメラは、近くのビルの壁に寄り添って身を隠した。
 そして、静かに銃の弾を補充する。

 動き出した!
 
 ガタンッと、倒れた机が仰向けに傾いた。
 その瞬間、黒い人影がニョッと姿を表す。

 銃弾を数発撃ち込むトメラ。
 だが、その影は素早くトメラの攻撃を避けて、逆に数発銃弾を撃ち込んできた。
 トメラは目を細めて、その数発の銃弾をまたも間一髪で避けていく。
「ほう、やるじゃないか」
 人影はそう呟きながら、自らの銃弾をリロードした。
 トメラも急いで弾を補充し、標的を確認する。
 彼の目の前にいたのは、さっきの男、ワタルだった。


 殺気漂う空気が、二人の間をゆっくりと通り過ぎて行く。


 一瞬の足音。
 先に動いてきたのは、ワタルの方だ。
 彼はトメラに向かって、一発銃弾を撃った。
 トメラはビルの壁に隠れて、なんとか逃れることに成功。
 そして、物陰から向こうにいる男に向かって銃弾を一発放った。
 駆け抜けていくワタル。
 トメラは男の後を追った。
「待て!」
 血塗られたひび割れのビルの合間を通り抜けていき、トメラは突き当たりの交差点に出ていった。
 辺りを見回すトメラ。
「ちくしょう、どこだ! どこにいる!」
 彼は震えた手を抑えながらも、じっと全方向に集中力を研ぎ澄ました。
 
 思い出せ。
 思い出すんだ。
 お父さんから叩き込まれた訓練を。
 今こそ、警察官の息子の本領を発揮すべき時なんだ!

 彼はそう心に銘じて、ふと両目を瞑る。
 すると、一瞬の風の音が、どこからか聞こえてきた。
 しばしの沈黙が、キーン、という音が彼の耳の奥にかすかに響いていく。

 バキューンッ!
 銃声の音が聞こえてきた。

 トメラは両目を大きく見開き、攻撃をひらりとかわす。
 そして思い切りの力を込めて、瞬時に反撃の銃撃を数発撃った。
 その銃弾は、一方はビルの隙間で一瞬露わにしていたワタルの頬にわずかにかすめ、もう一方は、物陰から飛び出ていた彼の太腿に的中した。
「ぐああッ!」
 自らの左腿を抑えながら叫ぶワタル。
「これでとどめだ!」
 トメラが銃を構えた、その時だった。
 急に、彼は目つきを変えて、表情を一変させた。
 その隙を狙われて、ワタルはトメラにありったけの銃弾を放つ。

 数発の鈍い音が、肉体を貫いた。

 ふと目を開けると、目の前には、手を大きく広げてかばっている、ミチルの姿があった。
 ミチルの背中と肩には、それぞれ一筋の血が流れている。
「ミチル……?」
 ミチルは振り向き、トメラの方ににっこりと微笑んでいる。
「ミチル!」
「よかっ……た……」
 バタリ、と倒れるミチルの身体。
 彼女が倒れるその姿は、あまりにも美しかった。
 
   ☆ ☆

「ミチル~!」
 トメラは危険を顧みず、一直線にミチルの方へ駆け寄っていった。
「この! このこのこのこのこのこの、このおおおおおおぉぉぉぉぉ~!」 
 トメラは泣き崩れているワタルの方に、銃口を向けた。
「やめて!」
 ミチルは必死に、振り絞った声でトメラに叫んだ。
 トメラは彼女の切実な声に一瞬ひるんでしまう。
 だが震えた手で、拳銃のトリガーを強く引いた。

 バキューンッ!

 彼が放った銃弾は、間一髪で、ワタルの頭の数センチ左を通過した。
 トメラは間一髪で、銃口をずらしたのだ。

 赤い光が、チカチカとビルの壁を反射させている。
 どうやら、パトカーがやってきたみたいだ。

「ミチルゥゥゥ~、うわあぁぁぁ~!」
「観念しろ!」
泣き崩れているミチルの兄は、2人の警察によって確保された。

「もう大丈夫だぞ」
ふと見上げると、そこには血を幾滴も頬につけている、ずんぐりした父の顔があった。
「お父さん……」
「トメラ、遅くなってすまなかった。ミチルは」
 ジョージがそう問うと、彼は軽く首を横に振った。
「見せろ」
 ジョージは、ミチルの首筋に触れる。
「お父さん」
「大丈夫だ。傷は深いが、命に別状はない。すぐ国際警察と救急車が来てくれるからな」
 ピクッと動く、彼女の指。
 その指は、トメラの血まみれな手を優しく包み込んだ。
「大、丈、夫……!」
 目を見開くトメラ。
「ミチル……!」
「ご先祖、さまが……守って、くれる、から……」
 そう言って、彼女はゆっくりと目を閉じた。
「ミチル!」
 トメラの必死な声に、ジョージはやさしくなだめた。
「トメラ。しばらく彼女を、寝かせてやれ」
「……うん!」
 トメラは、しばらく上の方を見上げた。

 空の向こうから急いでやってくる、数多くの白いドローンたち。
「ほら。やって、きたわ……」
「え?」
 トメラはミチルに聞き返した。
 すると、ミチルは目を閉じながらも、嬉しそうにゆっくりと話す。
「ご先祖様よ……天国から、降りて、きてるの……」
「ご先祖様って……」
気がつくと、ミチルの胸のあたりで、さっきから血塗れの服越しに、チカチカと青い光が点滅している。
「ミチル。この光は……?」
「発信機だ」
 ミチルの代わりに、トメラの父が彼の問いに応じた。
「彼女は、国際警察へつなげる発信機を身につけてたんだ」
「発信機って……まさか……!」
トメラは、ミチルの赤く染まった服の中をまさぐる。
 
そして、その青い光の正体を突き止めた。
 
ペンダントだ!
 
ミチルが大事にしていたペンダントは、国際警察へ繋がる通信機となっていたのだ。
「どうしてミチルが、そんなものを……」
「多分、小さい頃にたまたまメリケンの警察に出会って、手渡されたんだろう。これは、メリケンの秘密警察がジーパンの恵まれない子供達に配布していた防犯ペンダントだからな」
「防犯ペンダント?」
「そうだ。俺たち・メリケン警察は、昔からギャングのアジトを突き止めるために、いろんな手を打って来たんだ。暗号通貨を使って、闇取引をしている場所を突き止めたり。世界中の警察と連携をとって、片っ端から人身売買や誘拐事件を現行犯逮捕したりな。その時に活躍したのが、この発信機だ」
「そうだったんだ……」
「ああ。ただ、これはずいぶん型が古い。ドローンのシステムも、あの時と比べたらずいぶんタイプが変わったからな。だからキャッチするのに時間がかかったんだろう」

チカチカと青く光っているペンダントを見つめながら、トメラはどんどん、あの時を思い出していく。

 そうだ。
 小さかったあの時も、ミチルが呼んでくれたあの白いドローンたちのおかげで、助かったんだ。 

「このペンダントは、もう10年も前の型のものだ。だから突き止めるのにすごい時間がかかっちまったんだろう。でも、もう大丈夫だ。もう向こうにはつながってる。心配するな」
「ミチル……」
 トメラは、じっとほがらかに目を閉じているミチルに向かって言った。
「ありがとう、ミチル。ありがとう。ありがとう!」
 トメラの目には、涙が止まらなかった。
 彼は気持ちよさそうに眠っているミチルと顔を突き合わせて涙ながらに喜んだ。

「さて。……本当の戦いは、ここからだ」
 ジョージは燃え上がっているビルの炎を見つめながら、密やかな口調でそうつぶやいたのだった。
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