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第一章:光属性の朝日さんの堕とし方

第19話:初デート? その4

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「あ、絢火……?」
「ひ、日野さん……?」

 二人で揃って名前を呼ぶと、半ば睨まれるような視線を向けられて身体が硬直する。

 なんでこんなところに日野さんがいるんだ……?

 さっき、ゲーセンとか来ないタイプの人だって朝日さんが言ってたよな。

 実は可愛いもの好きで、プライズのぬいぐるみでも狙いにきてた?

 いや、手に持ってるのは近くの書店の袋だな……。

 そういえば、あそこは参考書の品揃えが豊富だって聞いたことがある。

 わざわざ遠出して買いに来るなんて優等生かよ。優等生だったわ。

 気分はまるで、スキップしたボスからバックアタックを喰らった感じだ。

 てか、これって完全に二人で遊びに来てるのがバレたよな……。

 どうしよう、絶対に迷惑だけはかけないようにって思ってたのに……。

 動かない身体に反して、思考はやたらと回っていた。

 一帯に電子音が鳴り響く中、俺たちの時間だけが止まったように沈黙が続く。

 自律神経に異常をきたし、嫌な汗が背中をだらだらと伝っている。

 隣では、朝日さんも気まずそうな表情で口を真一文字に噤んでいる。

 そうして、相対してからしばらく無言の時間が続いた後――

「……どういうことなの?」

 騒音の中でもよく聞こえる声で、多くの意味が込められた疑問の言葉が投げかけられた。

「ええっと……説明するのは少し難しいんだけど、今ここにいるのは単に買い物帰りの寄り道というか……」
「……なんで貴方と光が二人で?」

 色々と省かれているが、身の程を知れというニュアンスは何となく理解できた。

「実はちょっとした共通点があって……それでほんの少しだけ一緒に遊ぶようになって……」

 誰かにこの交流がバレるのだけは、避けなければならないはずだったのに。

 二人で遊ぶのが楽しくて、浮かれに浮かれすぎて背中ががら空きになっていた。

「で、でも……! 朝日さんのキャリアを傷つけるようなことは何もないから! これだけは本当に! 誓って言える!」

 必死に弁明をする。

 現時点でこそ明確な敵意を向けられているが、相手が日野さんならまだ理性的な話し合いが出来る。

 彼女も友人として、朝日さんの不都合になることは避けたいはず。

 これがもし桜宮さんみたいな他の一軍女子なら間違いなく、連休明けの校内ニュースのヘッドラインを飾っていた。

「……って彼は言ってるけど、実際はどういう関係なの? なんでこんなところに二人きりでいるの?」

 俺から視線を外した日野さんが、今度は朝日さんへと問いかける。

「別に……絢火には関係ないじゃん……」

 いや、そこは普通にただの友達ですって言ってくれた方が……。

「関係あるから聞いてるんでしょ。私、光希みつきさんから頼まれてるんだから。光がテニスに集中できるように、学校で妙なのと付き合わないか見といてって」
「そんなの……お母さんが勝手に言ってるだけで、私は知らないし……。てか、影山くんは別に妙なのじゃないし……」
「光……もしかして、今日もまた練習サボってないよね?」

 な、何か俺の全く知らない別の爆弾が爆発しそうなんだけど……。

「さ、サボってない……」
「本当に?」
「朝の練習はちゃんと出たもん……」
「朝だけ? 前までは大会が近いといつも夜までやってたのに?」

 その質問に、朝日さんは何も答えなかった。

 練習をサボってた? そんな話、初耳だけど……。

 や、やばいやばい……俺をきっかけに話が、かなりやばい方向に転がりだしてる。

「今年は絶対ランキング一位になるんだって、ずっと前から言ってたのは光でしょ? こんなところで、遊んでる余裕なんてあるの?」
「別に、一日くらい休んだって……そんなに変わんないし……」
「本当に一日だけならね……」

 日野さんの強い語勢に、朝日さんはバツが悪そうに目線を逸らす。

「どうしたの……? 最近、練習にも全然身が入ってないって光希さんにも言われてたから心配してたのに……」
「別に、そんな大げさなことじゃ……」
「とにかく、この事は光希さんにも報告させてもらうから」
「な、なんで!」
「なんでって当たり前でしょ。練習サボって……よりによって男と二人で……」
「だから、私が何をしてても絢火には関係無いって言ってるでしょ! 何も知らないのに――」
「ちょ、ちょっと待った!! ストップ!! 二人共、一旦落ち着いて!!」

 爆弾の導火線が後1mmのところで、二人の間に割って入る。

 勇者とドラゴンの戦いに乱入したおおなめくじでしかないが、それでもこれは流石に止めなければまずいと思った。

 俺が発端で、あれだけ仲の良い二人の関係に亀裂が入るのは避けたい。

「と、とりあえず場所を変えない……? ここは周りに人も大勢いるし……」

 まだそこまで注目を浴びているわけではないが、何を言い合っているのかと足を止める人はちらほら出ている。

 女2男1の構図で、俺が修羅場ってるクズ野郎だと思われるくらいならまだ良い。

 もし別の同級生に見つかりでもすれば、今度こそ完全に収集がつかなくなる。

「そ、そろそろ良い時間だし……ここは夕食でも食べながら落ち着いて話をした方が……。実は、ちょうど近くに美味しい蕎麦屋があって……ど、どうかな?」

 それだけで体力ゲージが吹き飛びそうな鋭い眼光に、ギロっと睨まれる。

 相変わらず、俺に対する視線には敵意が含まれている。

 しかし、彼女も流石にここで続けるのはまずいと思ったのか、俺の必死の提案を受け入れてくれた。

 そうして三人が微妙にバラバラな状態で、上階のレストランフロアへと向かう。

 移動している最中も二人はずっと無言で、俺の心臓はいつ止まってもおかしくないような緊張状態が続いていた。

「て、天ぷらそばを一つお願いします……」
「私も同じもので」
「……私も」

 それは店に入って、席に着いても変わらなかった。

 俺が避けるべきだと考えていた事態よりも、更に数段は重苦しい空気が場を支配し続けている。

 とはいえ、このまま黙っているわけにもいかないので恐る恐る話を切り出す。

「えーっと……それでは俺から少し話をさせて頂いてもいいでしょうか……?」
「勝手にすれば?」

 ひぃ~……怖い怖い……。

「まず、元はと言えば俺が朝日さんを誘ったのが全ての発端でして……」
「……で?」
「だから、この場は悪いのも全部俺ってことで収めてくれないかな……? 特に今日のことを朝日さんのお母さんに報告するってのは、一旦保留にしといてもらえるとありがたいかなーって……」
「な、なんで影山くんが悪いってことになるの……?」
「いや、俺が誘ったのは紛れもない事実だし……」
「でも、お昼の練習を休んだのは私が決めたことだから影山くんとは関係ない」

 誰かが責任を被るのが一番丸く収まる。

 という処世術をこれまで使ったことがないのか、何故か朝日さんの方が抵抗してくる。

「誘われたのが理由じゃないなら、なんでサボったの?」
「それは……」

 日野さんの質問に、朝日さんはまた言い淀む。

 どうやら、そこを突かれるのが朝日さんとしても一番辛いらしい。

 本当に練習をサボったというのなら、その理由は確かに俺も気になる。

 でも、本人が聞かれたくないと言うのなら、せめて発覚の原因になった自分だけは味方になってやらないといけないんじゃないかと思う。

「ま、まあまあまあ……誰にだってそういう時くらいはあるんじゃない……? 俺なんて親がいないのを良いことに、自分で学校に電話かけて仮病でサボったこともあるし……」

 二人から流石にそれはどうなんだ的な視線を向けられる。

「光をそんなのと一緒にしないで欲しいんだけど」
「そ、それはもうごもっとも! でも、あくまで一般論的な話で……誰にでもそういう気分になる時はあるんじゃないかなーって……」
「どうなの? 光」
「それは……」

 ここはそういうことにした方がいいって。

 朝日さんに向かって、顔の僅かな動作で言外に意思疎通を行う。

「ん……そう、影山くんの言う通り……そういう気分だっただけ……」
「本当に……?」
「うん……ちょっとしんどかったから、それで……」

 蚊の鳴くような声なか細い声で、朝日さんが答える。

 何とか通じたけど……でもこれ、絶対他に理由あるよなぁ……。

 とは思いながらも、無条件の味方であることを選んだ以上は何も言わない。

 委員長も当然、それを察してはいるだろう。

 けれど、俺は二人が本当に仲が良いのも知っている。

「じゃあ、今日だけで明日からは大丈夫だっていうなら誰にも言わない」

 彼女は大きく溜息を吐き出すと、思っていた通りに友人へと妥協点を差し出した。

「……ほんとに?」
「もし今度またサボったって聞いたら、流石にもう庇えないけどね」
「うん、大丈夫……明日からはちゃんとするから……ごめん、ありがと……」

 本当だといいけど……とでも言いたげに、日野さんがまた息を吐き出す。

 とりあえず、最悪の事態は避けられた……ということでいいんだろうか。

 ほっと胸を撫で下ろしたところで、店員の人が注文の品を運んできた。

「ほ、ほら! 蕎麦も来たし、食べよう食べよう! ここは本当に美味しいから!」

 さっきの話を蒸し返されないようにと、少し過剰に振る舞って見せる。

「ほんとだ。美味しい……」

 早速一口食べた朝日さんが、少し表情を和らげて感想を述べる。

 俺も箸を取って、最後に運ばれてきた自分の分に手をつける。

「で……食べながらでいいから、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」

 俺が一口啜ったところで、日野さんがまた何かを切り出してきた。

 視線を上げて、目で『なんでしょうか?』と答える。

「二人は付き合ってるの?」
「ふごっ!!」

 口に含んでいた蕎麦を危うく吹き出しかけた。
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