暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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目を覚ますと

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 冷たく濡れた感触に幸菜は意識を浮上させた。
 頭の中の薄雲を拭い去るようなそれは火照った体に心地よい刺激を与えた。
 ゆっくりと、腫れぼったい目蓋を押し上げる。
 黒髪の女性が濡れ布巾で拭き清めていた。

「気がつかれましたか」

 女性が静かに問いかける。それに答えようとしたところで、強い痛みに襲われて呻き声が漏れた。
 何故という問いは、直ぐに蘇った記憶によって打ち消される。
 ぼろぼろと涙が落ちた。悪い夢だと思いたかった。

(あんな……っあんなやつに……!!)

 脳裏に灼きついた、鮮烈な光景。真っ二つに引き裂かれるような痛みだった。受け入れた場所は今もなお熱を持って、激痛を訴えている。それを強いた彰久が憎くてーー怖くて仕方がなかった。

「そんなに強く噛んで仕舞われては、傷ができてしまいますよ」

 ふわりと包み込むように顔をすくわれる。幸菜ははっとして、そうした女性を見直した。
 彼女には見覚えがあった。村人たち以外で初めて目にした、この時代の女性。

「えっ、と……亜希、さん?」

 おぼろげな記憶を手繰たぐり寄せてみると、呼んだ名前は正しく彼女のものであったらしい。はい、と面持ちが和らいだ。

「殿より御身おんみのお世話を仰せつかりました。……お加減はいかがでございましょう」

 幸菜の体が強張る。羞恥に赤くなった顔を隠すように頷けば、「ようございました」と平静な声を返された。
 彼女は、知っているのだ。湯殿で何があったのかを。
 言葉に出さなかったのは気遣いからか。幸菜にはわからなかった。
 
「あの、ここは……?」
「幸菜様のお部屋でございます。これよりここで過ごすようにと、殿のお言いつけでございます」

 小綺麗に手入れの行き届いた部屋は、村で住んでいた住居よりも遥かに広い。先ほどまで幸菜を包んでいた布団も、たっぷりと綿の詰められた贅沢品だ。置かれている家具などは、一つとってもきっと平民が一生働いても買えない品物だろうことは想像に難くない。
 開け放たれた障子の向こうには見事な景観が広がっていた。広々とした空間に草木が美しく配置され生い茂っている。
 思わず魅入っていると、それは中庭だと教えられた。

「お加減もよろしいようですし、そろそろお召し替えを致しましょう」

 一人では起き上がることもままならない幸菜に、亜希は甲斐甲斐しく世話をした。幸菜が着せられた着物は村では到底お目にかかれない上等な代物だった。
 たとえ幸菜が動けたとしても、恐ろしくて自分では着付けられなかったに違いない。
 そんな衣装を身に纏う自分を物珍しく見下ろしていると、亜希が衣紋えもん掛けから衣装を外した。

「それも着るんですか…」

 声にまで嫌だと気持ちが溢れ出ていた。
 巫女服を着慣れた幸菜には、小袖でさえ重く窮屈きゅうくつに思えてしまう。なのに、寒いわけでもないのにこれ以上の重ね着は億劫でしかないのだ。
 しかし、亜希もそこは譲らない。苦笑いとともに「殿のご命令ですので」と言われれば、幸菜には逆らえなかった。
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