暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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転がるように

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 それからのことは、覚えていない。目が醒めると、またひとり座敷牢に横たわっていた。
 ……いや、覚えていないわけではない。
 あの瞬間、彰久を喰らい尽くした狂気を見た。
 泣いて懇願しても、聞き入れられることはなかった。何度絶頂を迎えようと、彰久は幸菜を解放しようとはしなかった。
 正面から貫かれたと思えば、今度は体をうつ伏せにされて獣のように突き上げられた。かと思えば横這いにされて、奥の奥まで突き刺された。
 それほどの無体を強いられても、経験が蓄積された結果なのか、多少の身動きは取れた。重だるく痛む腰に呻きながら、なんとかその身を起こす。
 自分の体内から何かが溢れ出た感覚に、胸が苦しくて涙が出た。
 見下ろす自身の体には、元の肌の色はほとんどなくなっていた。おびただしいほどの赤い花弁が散っていて、狂おしいほどの執着を嫌でも見せつけられた。
 まともに声が出なくなるほど枯れた喉は、呼吸のたびにひりひりする。
 ぐすぐすと鼻をすすっていると、格子の向こうの木戸が開いた。

「幸菜様……っ!」

 現れた人物は涙を散らせて格子に縋り付くように駆け寄った。木枠の間から腕を差し込み、僅かにでも触れようとする。
 彼女の姿を見るのは、もうどれほどぶりだろうか。幸菜は自分に向けて伸ばされる亜希の手に手を伸ばした。

「……あき、さ…………」

 うまく使えない喉を震わせて名前を呼ぶと、彼女はさらに涙を溢れさせて「はい!」と何度も頷き応えた。
 痛むほど確かに握りしめられた手は温かく、その温もりに心が溶けていく。ようやく生きた心地がした。

「幸菜様、幸菜様。遅くなりまして、申し訳ございません。ですが、もう大丈夫でございますよ」

 安堵を促す柔らかい笑みにほっとするけれど、その言葉の意味は解せなかった。
 会いに来てくれて、格子越しとはいえこうして話すことも出来たのだから、彼女にこれ以上望むことはない。
 困惑する幸菜に、亜希は変わらない微笑で続ける。

いとまを頂きました。幸菜様も一緒に、城を下がりましょう。僭越ながら、この亜希がお手引き致します」
「な、え……? だめ、だめよ。私は人質で………村のみんなに何かあったら」
「いいえ、それはありえません。……幸菜様は、殿を暴君と思われていらっしゃるかもしれませんが。殿は国主、民草を守る立場であり、虐げることは道にもとることです。そのようなことは決してなさいません」

 彰久を幼少期から見てきた彼女の言葉は何よりも力強く、信憑性を感じる。だが、だからこそ困惑は一層強くなる。
 信じたいという気持ちがほとんど、けれど拭いきれない不安と未練が行く手を阻む。
 頷けないでいる幸菜に、彼女は「悩んでいる時間はありません」と乱暴に格子戸のかんぬきを外した。
 彰久以外の人物が初めて格子戸を潜る。そして幸菜の手を掴み、半ば強引に引いて出口へ誘った。

「どうしてこんな……」
「以前にも申し上げましたよ。幸菜様は、わたくしが必ずやお守り致します…と。その言葉に嘘偽りはございません。御身はわたくしが匿います」

 ですからどうか、と懇願するように重ねられて、幸菜はようやく自分の意思で体を動かした。
 久しぶりに立ち上がると、足がみっともないほど震えていた。ふらつく体を亜希に支えられ、千鳥足ながらもなんとか格子戸まで辿り着く。
 あと、一歩。あと一歩踏み出せば、外に出られる。
 そう思うと心臓が煩いほど大きく脈打つ。それを押して、怖気付く足に喝を入れて、格子戸を潜った。
 何の邪魔もなく座敷牢を抜けると、気が緩んだのか膝から力が抜けた。膝をつきかけた体を亜希が支え、促されるままゆっくりと歩き出す。
 区切られていない青空は、泣きたくなるほど広々として美しかった。
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