暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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女であること

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 亜希と連れ立って城を出たはいいものの、幸菜がほっとすることは難しかった。
 いつも頭の中に浮かんでは消えるものに苛まれて、夢にまで見るものだから、あまりの心辛さに眠ることも厭うようになった。
 それに、仔猫のことも気にかかる。連れに戻る時間さえ惜しまれたし、もし時間があったとしても、居候する身としてそれ以上を望むことは憚られた。亜希は「飢えないように手筈は整えてきた」と言っていたことがせめてもの救いだった。
 亜希の実家だというこの屋敷は、城ほどではなくとも家柄の良さを感じさせる佇まいだった。
 厄介になるのだからと雑事を担おうと申し出たのだが、それはとんでもないことだと大慌てで首を横に振られてしまった。
 それでは城にいた時と何も変わらないと、子供のように頬を膨らませてもみたが、それに対して彼女は大らかに微笑むのだ。

「それでよろしいのですよ。幸菜様がお心安くいてくだされば」

 だが、その亜希にも私的な部分の持ち合わせはあるらしい。
 何日かに一度、彼女は人目を偲ぶようにして便りを受け取っている。数人の女中と私兵しかいないこの屋敷で、隠れるように。
 初めの数度は疑って、いつまた逆戻りするのかと怯えもしたが、それにしては様子が違うと気がついた。
 小さく折りたたまれた紙を受け取った彼女の頬は夜目にもわかるほど赤く染まっていた。抱きしめるようにした彼女の手はか細く震えていて、溢れそうになるものを必死に耐えていた。
 そんな様子を目の当たりにして、なおも疑い続けるはずがなかった。
 同じく女である幸菜でさえ思わず見惚れてしまうほど、「女」である亜希は美しかった。
 だが、だからこそ気にかかる。
 この時代、この世界。亜希の年であれば夫子はいて当然、ともすれば孫さえいてもおかしくない。
 だというのに、幸菜はこの屋敷に来てからというもの、それらしい人物に遭遇したことはなかった。いるという話すら、耳にしたことはない。
 聞きたいが聞けずにいる繊細すぎること疑念を、幸菜は今もなお晴らせずにいた。
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