暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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到来するは

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「私、このお屋敷を出ようと思います」

 翌朝、亜希にそう宣言するには勇気がいった。けれど、口に出してしまえば問い質されるようなことはなかった。僅かな逡巡はあったようだが、呆気ないほどあっさりと彼女はその言葉を聞き入れた。ちょっと拍子抜けだ。

「行き先は、お決まりですか?」

 幸菜は迷ったが、やがて正直に首を横に振った。安心させるためには嘘をついた方が良いのだろうが、亜希には見透かされているような気がした。
 実際、彼女は返答を聞いても驚いた様子はなかった。ただ、だからといってそのまま送り出すわけでもない。多少の支度と、何かあった時のためにと一筆書いてもらうことになった。

「……この屋敷も、また寂しくなりますわね」

 恐らくは無意識に呟かれた言葉に胸が痛んだ。

「亜希さんは、……その、ご家族の方は?」
「夫にも子にも、先立たれてしまいました」

 病に倒れたのだと亜希は言った。自分だけが感染することもなく、生きているのだと。
 一人取り残されたこの屋敷は、彰久の父による采配で取り潰しを免れた。城仕えを許され、その間は兄妹同然に育った幼馴染に管理を任せていたらしい。
 いつの間にか庭師の真似事を始めていて驚いたと懐かしそうに笑う彼女に、昨日あった老人の姿が頭に浮かんだ。
 なるほど。それほど長い付き合いなら、彼が訝しんだ事にも納得がいった。

 だが、それならあの手紙の相手は誰なのだろう。

 ふと、亜希が徐ろに視線を動かした。つられるようにして動かした先に見たものに、あ、と思わず零す。
 見覚えという言葉を使うには記憶が鮮明すぎた。見間違えようもない、自分が活けた花が床の間に飾られている。

「貴女が何者なのかは問いません。私が見知った貴女と、あれを見れば十分ですもの」

 にこりと笑う彼女に、照れ臭そうにはにかんだ。

「いつか、亜希さんのお花も見てみたいです」

 そんな、ちょっとしたおねだりを口にした時だった。
 誰かの、少し慌てた声が耳に届いた。庭師の声だと気付いたのは亜希だった。聞こえてくる足音は恐らく二人分。こちらに近づいてきている。
 なんとなく既視感を覚える状況に、幸菜と亜希はきょとりと互いの顔を見合わせた。
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