暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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 平伏しながら盗み見た者から驚愕し、恍惚とその立ち姿に見惚れていく。よく知るものほど食い違いは激しく、我を忘れる者も少なくはなかった。
 城主として上座に座していた彰久は、来客として現れた彼を認めるとぱちりと幼げに瞬いた。
 とはいえ、それも一瞬のこと。

「もういいのか?」

 待ち侘びたような顔をして問われて、遼展はしっかりと頷く。

「正式に後継と決まった。異邦の血ととやかく言う者ももう何も申せんさ」

 さもしてやったりという顔で喉を鳴らす遼展に、彰久も同じく相好を崩した。
 異邦の血。つまり遼展は外国との混血か。それならば彫りの深さにも納得がいく。
 彰久は幼少から彼を知り、その苦心も知っていたからこそ、このたび正式に認められたことを喜ばしく思っていた。
 喜ばしいことは、それだけではない。
 ついで目を向けられたのは亜希だ。温かさの中に寂しさの滲む穏やかな眼差し。言葉をかけるわけでもなく、けれど彼女が彼に伴われてこの場にいることに疑問を抱いていないことが傍目にもわかった。

「よくも長年粘ったものだ。見ていた俺の気も少しは知ってもらいたいものだな」

 どちらにもかけられたことなのだろう。遼展が誇らしげにする一方で、亜希は恥ずかしそうに身を竦ませていた。
 険悪な雰囲気は見られない。それに安堵していると、今度こそ彰久の瞳が薄く眇められた。
 探るような視線に、怯えるように俯きがちだった頭をさらに低くする。外套のおかげでせいぜい口元しか見えていないはずだが、それさえも突き抜けてしまいそうな鋭い視線が怖かった。
 震えを抑えようと体を強張らせていると、彼の気をそらすように遼展が苦笑気味に窘めた。

「あまり睨んでやるな。私の縁者だ。事情があって顔を隠してはいるが、怪しい者ではない」

 その言葉に合わせて会釈するように体を動かすと、訝しむ目は外れないがそれ以上を追求されることはなかった。
 安堵したが、つきりと胸を刺すものもあった。気づいて欲しかったと、馬鹿なことを考えてしまった。

「なあ、彰久。私とそなたの付き合いは短くない。その間に、ちらとでも思ったことはなかったか?本当に今のままで良いのか、と」
「……何が言いたい」

 慎重に慎重を重ねる彰久に、遼展の口端が釣り上げられる。彼の纏う空気が豹変する。
 思わず身を引きかけたとき、捕まえるように腕を取られた。勢いで覆いが外れないようにするだけで精一杯だった幸菜は受け身を取ることも叶わず、二人の間に引き出される。
 急いで下がろうにも、遼展はそれを許さなかった。

「これはな、『今後』のために、連れてきた」

 ぞくりとする圧倒的な存在感に何人かが腰を浮かせた。憂いていたからこそ、いやに強調された言葉の示す意味を取り違えるはずがない。
 逸る家臣を片手で制し、彰久は真っ向から対峙する。
 幼馴染。古付き合い。腐れ縁。だというのに、油断ならない相手と向き合うが如くの気迫が満ちていた。

「それは、どういう意味だ」

 張り詰めた声音の問いかけに、そのままの意味だと遼展が返す。

「お前がそれを言うのか!」

 激情のまま荒げられた声を飄々と受け流し、「私だからだ」と言葉を返す。

「国にとっても、お前にとっても悪くない話だ。それに、よくある話だろう?」

 悠然とした構えを崩さない遼展に、彰久は歯が軋むほど強く食いしばった。
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