暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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それでも

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「…………たしかに、悪い話ではない」

 呟いたのは誰だったか。そうだ、たしかに、と続く同意の声が上がる。
 ついには総意となりかけた時、彰久は耐えきれず黙れと慟哭どうこくした。涙を流していないのが不思議なほど、苦しみに満ちた声だった。
 こんなにも弱った姿を見たことはない。
 だというのに、遼展はなおも追い打ちをかける。幼少の頃から見守ってきたはずの亜希もそれを止めはしない。
 何が原因かはわからないが、今、彼が孤立していることははっきりとわかる。なのに、傍に寄り添うこともできないことが酷くもどかしく、情けなかった。
 そっと、慰めるように亜希が肩を抱いてくる。そんな風に気遣うことができるのに、どうして彼を支えてくれないのかわからなかった。

「彰久、私はこれでも感謝しているのだ。だからこそ連れてきた。私の縁者であれば、正室として不足は無いだろう?」

 そうだろう、と目で問いかければ控える家臣団が戸惑いながらもしかと頷く。その中で、彰久は力なく首を振った。
 頭では、理解している。家臣が諾としている理由も。だが、それでも頷くことはできない。

「何故」
「お前なら、わかるだろう。亜希を唯一と定めたお前なら」

 凪いだ声だった。水を打ったように静まり返った部屋に染み込むそれは、微かに震えていた。
 そんなこと、最早どうだっていいのだ。そう思ってしまうほど、もうどうしようもなくなっている。
 
「俺も唯一を定めてしまった。もう他を迎えることはない」
「守ることも閉じ込めることも貫けず、自ら手放したくせにか」
「ああ」

(……ぇ………?)

 聞き間違いかと、幸菜は耳を疑った。
 そんな、まさか、と狼狽うろたえる間も、二人のやりとりは止まらない。助けを求めて亜希を振り仰いでも、彼女は鷹揚に頷くだけ。自惚れるなと心中で何度叫んで言い聞かせても、助長させるばかりの言葉の数々に体が震え出す。
 彰久は儚い微笑を浮かべていた。

「それでも、愛してしまった」

 言い切る彼に躊躇いはなかった。静かな声から渾々と溢れ出る色は、その言葉が真実であることを証明していた。
 ほとり、と。瞠った目尻から一雫が零れた。溶けるように畳に染み込んでいったそれを追うように、また一つ、また一つと涙が落ちていく。
 まだ意味を理解できないほど、無知ではない。たとえ誰より遅くとも、幸菜は辿り着いた。

「そうまで言うのなら、初めから手放さなければ良かったのだ。ずっと傍に置いておけば、こんなに回りくどいことにもならなかった」

 やれやれと遼展が呆れた溜息を吐き、亜希に縋り付いて泣き伏す小さな頭を気遣うように撫でた。
 肩を抱く亜希も、背を撫でたり手を握り泣き止まそうとする。
 嗚咽を殺して打ち震える彼女に、彰久も初めて気遣うような目を向けた。

「何を泣くことがある。こんな奴、見る目がないと大笑してやればよいのだ」
「ええ、ええ、そうですとも。まこと、殿がこれほど見る目がないとは、この亜希も存じておりませんでしたよ」

 虚仮こけにするような口ぶりだが、彰久が苦言を呈することはなかった。それより先に、か細く彼女の首が振られた。

「それでも、殿様がいいの」

 涙声に、彰久の目が見張られる。ゆっくりと顔を上げれば、ようやく合わさった視線に、幸菜は泣きながらの微笑を零した。
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