暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

文字の大きさ
75 / 81

しおりを挟む
 我ながら、難儀な道を選んだものだ。

 そう思いながらも、幸菜の心は陽だまりのように温かで穏やかだった。
 頼るべき生家も後見うしろみもない身の上はひどく頼りないはずなのに、たったひとつの言葉で払拭されてしまった。何の根拠もないはずなのに、大丈夫だと思えるのだ。

「な、んで………」

 驚きのあまりうまく動かない口で何とか言葉を紡ぐ彼に、自分にもわからないと曖昧に笑う。
 存在を確かめるように伸ばされる手は震えていた。ゆっくりと迫る、自分よりも大きな掌。かつては怯えたそれも、今は愛しくてたまらない。
 応えるように両手で包み込むと、彰久は泣きそうになった。

「どうして、戻ってきたんだ」
「逃げて、ごめんなさい」
「そうじゃないだろう!」

 思いきり手を引かれ、彰久の胸に飛び込んだ。渾身の力で抱きしめてくる逞しい腕が背中で交差する。
 抱きしめ返すと、一瞬彼の肩が跳ねた。

「…………何度も、何度も泣きました」

 彼と出逢ってから今日まで、泣かなかった日などきっとない。身勝手に彼を恨んだこともあった。
 それでも、一緒にいた時より離れた後の方がずっと辛かった。
 何かを言いかけた唇に指を置いて妨げる。詫びる言葉なんて聞きたくない。
 ほしいのは、ただひとつなのだから。
 
「もう一度、傍に置いてくれますか?」

 頼るべき生家も後見もない自分だけど、傍にいてもいいですか。
 不安の滲む問いに、彰久の腕の力が強くなる。聞くまでもないことだと何より伝えてくる。

「お前でなければ意味がない……!」

 愛していると、涙を噛み殺した声が伝えてくれる。自分を求めてくれていると疑いようのない声。
 頑張れると、心から思った。
 すっと、横から伸びてきた手が前髪を掠めるように頭を撫でた。
 見上げれば、得意そうにしながら満足気な遼展が、亜希と寄り添いあって微笑していた。

「どうやら、問題は解決したようだな。ーー私と彰久で、改めて同盟を結ぼう。その証として、我が縁者を嫁入らせることとする。異論のある者はいるか?」

 遼展の声に答える者はいない。大半は呆然と流され、極一部の例外は物申したくともかなわず苦虫を噛み潰した。
 どれだけ信じがたいことであろうと、公式の場での発言を疑うような悪手を打てはしない。同盟に関わるともなればなおさらだ。
 遼展はにやりと一同を見渡し、場の終結を宣言した。

「遅くないうちにお支度も整えなくては」

 ふふ、と笑う亜希は母のような心境なのだろう。楽しそうなのは構わないが、自分の事も忘れられては困る。

「二人分揃えるのは、職人が泣きそうだな」

 意地悪い笑みを浮かべてそう言えば、亜希は顔を赤くして遼展の肩を思いきり叩いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のない、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...