きつく縛って、キスをして【2】

青森ほたる

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週末明けの月曜日

週末明けの月曜日ほど、目覚めの悪い日もない。とくに週末、俊光様との時間をたっぷり満喫したあとの月曜日は……。

「おはようございます、千尋さん」

まどろむ私の意識から遠いところで、誰かの声がする……。

この二日間は、とろけるくらいに幸せだった。俊光様と二人きりでゆっくり過ごせたのは本当に久しぶりだったのだ。

普段、俊光様はとにかく忙しい。土日だろうと関係ない多忙っぷりなのに、この二日間は何かのご褒美かとおもえるほどだった……。

「千尋さん。千尋さん」
耳元で呼ぶ声が私を眠りの世界から無理やり引き剥がし、私はうっすらと目をあけた。

俊光様の寝室で、枕元に立っていたのは、ぴしっとスーツを着込んだ佐久間さんだった。

「お、はよう、ございます……?? 佐久間さん??」

佐久間さんは、長年、俊光様に仕える個人秘書で俊光様の私生活の全てを任されている人だ。

高層マンションで鍵を持った人間しかエレベーターがとまらない特別階に住む俊光様の住居のとなりの部屋を与えられており、当然、俊光様の部屋の合鍵を所持していて自由に出入りできる立場の人だ。

ただあまり寝室で顔を合わせることはない。

「おはようございます、千尋さん。お節介かと思ったのですが、そろそろ起きて準備をされないと遅刻ですよ」

佐久間さんは黒縁メガネごしに冷静な目で私の顔を見下ろす。

「ええっ?! 俊光様は?!?!」
飛び上がった私は、キングサイズのベッドの上にぽつん一人きりで、ふわふわの枕のそばにいつ止めたのか私の目覚まし時計が転がっていた。

「俊光様なら一時間ほど前に会社にお送りしました」

え、置いて、いかれた……???

「いいい急いで準備するのでもう少し待っていてもらえますかっ?」
「はい……俊光様から千尋さんを会社までお送りするように言いつけられていますので」

私は白い布団を跳ね飛ばしてベッドから飛び降り、私専用になっているクローゼットに走り寄った。

そこにはクリーニング仕立てなのかスーツがぴしっと綺麗に並んでいる。

「千尋さん」
寝室をでていきかけた佐久間さんが扉の前で立ち止まって私を呼ぶ。

「はいっ!」
「私、法定速度は遵守しますので、そのつもりで」
「わかってます!!!!」
私は勢いよく、寝間着を脱ぎ捨てながら返事をした。




「千尋さん、これを」

最低限の身支度を整えて俊光様の部屋を飛び出し、駐車場で佐久間さんの運転する車に乗り込んだ時、運転席から小さな布バッグを手渡される。

なかを見れば、ラップに包まったおにぎりがほかほかとまだ温かい状態で並んでいた。

「あ、ありがとうございます……」
「いえ」
佐久間さんはすぐに前を見て、車を発進させた。

佐久間さんはこんな私をどう思っているのだろう、とよく考える。

もともと、佐久間さんは俊光様と私が関わることをよく思っていなかった。未だに朝寝坊で遅刻しそうになっている私を見て、呆れているだろうか。

そもそも、と私は車のシートに深くもたれかかる。

なんで、今日は俊光様に置いていかれたんだろう。いつも、なんだかんだと私を起こしてくれるのに。ちょっとそこに甘えていた部分もあるのに。

出勤間際、車内で二人きりでいられる時間さえ、私にとってはとっても貴重で大切なのに……。

佐久間さんは法定速度のぎりぎりを飛ばしてくれたのか、車は予想以上に余裕をもって会社に到着した。

「いってらっしゃいませ」
と、佐久間さんに見送られて私はエレベーターで真っ先に、社長室に向かった。

朝礼まで少し時間があるので、一言、言ってやろうと思ったのだ。

「俊光様、なんで今朝は……っ」

社長室に飛びこんだ私は、思わぬ先客の姿に足を止める。

その男性は扉に背をむけていて、私からは青いスーツの後ろ姿しか見えなかった。

俊光様とその男性は向かい合うようにして立ち、そして、その距離が、あまりに近く、高身長の俊光様がかがんでいたので、ほんの一瞬、二人がキスしているように見えた。

「あ……、失礼しましたっ」

まさか本当にキス、しているなんてことはなく距離が近いだけだった。

ただ俊光様の右手がその人の肩に乗っていることだけはたしかで、私は反射的に踵を返して、入ってきたばかりの扉から飛び出していた。

なん、だったんだ、今のは……???

というか、誰なのか。始業前の社長室で俊光様と二人きりになっているその方は……???

社長室の扉に背中をくっつけて、私はまるで全力疾走したあとみたいな息切れをおこして、頭のなかは特大のはてなマークでいっぱいだった。

そして、その疑問は、数十分後の朝会で判明することになる。


「今日から秘書課に配属になった後藤篤志くんです」

朝会で、秘書リーダーの後藤さんが、青いスーツの男性をそう紹介する。

「はじめまして、後藤篤志といいます。今年の春、××大学を卒業し……」

よくとおる声、さっぱりとした短髪黒髪、肩幅がかっちりしていて、ぴんとのびた背筋から漂うやる気オーラが、若々しくて眩しい。

うちの会社の新入社員は、最初の数ヶ月は配属先に関係なく新入社員研修というものを経て、それぞれの課に配属される。

ただし秘書課は私が配属されて以来、一度も新入社員が増えたことがなかったので、新入社員の配属が今の時期とはすっかり忘れていた。

ついに私にも後輩が、しかも、一見すると大学生かと見間違うような若い男の子の後輩が……。

「…………どうぞ、よろしくお願いしますっ」
後藤篤志は深々と頭を下げ、ぱらぱらと広まった拍手の音に遅れて私も慌てて拍手をした。

新人の紹介以外はいつも通りの朝会を終えて、私は俊光様のもとへ飛んで行く。

「俊光様。今日、なんで私を置いて行ったんですか」
秘書室をでた廊下のところで、俊光様の背中へ声をぶつける。

「今朝は朝一番に私に挨拶をしたいと新入りから連絡があって早く出た。お前はぐっすり眠っていたから、まだ少し寝かせてやろうと思っただけだ」

俊光様はちらりと私を振り返ったあとも、エレベーターへ向かう足をとめずに返事をよこした。

「じゃ、じゃあ、わたしが社長室に行ったときは、あの新入社員の子となにをしていたんですか??」
思いきってストレートに問い詰めてみる。

俊光様が立ち止まり、じろりと私を見据えた。

「お前……あのとき、またノックをせずに飛び込んできたな。同じことで、金曜日に叱ったのにもう忘れたのか」

ひっと短く息を吸う。それを言われると……いや、それよりも。

「い、いま、話を逸らしましたか? 私の質問には答えてくれないんですか?」
俊光様の目をじっと見つめて言い返す。

俊光様は、はぁっと重たいため息をついたかと思うと、いきなり片手の人差し指で私の額をバシっと弾いた。

「生意気な口をきくようになって」
思わず顔を伏せてじんと痛みの広がった額を抑える。

「篤志の肩の埃に気がついたから払ってやっていただけだ」
「ええ、あ、篤志って……っ??」

混乱する私に、俊光様は呆れたような視線を返す。

「挨拶を聞いてなかったのか、それともまだ寝ぼけてるのか? 後藤篤志、新人の名前だ。秘書リーダーの後藤と名字が同じだから下の名前で呼ぶしかないだろ」
挨拶はたしかにちょっと上の空だったけど、名前くらいはちゃんと聞いていた。たしかに……、名字が同じだけども……。

「お前も先輩になったのだから、いつまでも末っ子気分で甘えていないで少しは後輩の手本になるようさっさと仕事にもどれ」
本気で怒りだす寸前の声。

「……はい」
「さっさと、行け」
去り際に急かすようにお尻をひとつ叩かれ、私はすごすごと秘書室に戻っていった。

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