きつく縛って、キスをして【2】

青森ほたる

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同期の飲み会

今朝のこと、これはもう、絶対に絶対に絶対にコータに愚痴ろう。愚痴るしかない。

私は昼休憩の時間になり、財布と携帯電話を握って、社員食堂へ闊歩していた。

俊光様は、まあ私にとっては第一印象からして最高に怖い社長であったわけだが、しょっちゅう怒られてるのは私くらいなもので、意外と部下に対して気さくなところがある。

だから肩に埃があれば軽く払うくらいはすることはわかるし、新しく秘書として入った新人が社長に挨拶したい気持ちもわかる。

だからべつに今朝、なにがあったわけじゃないって、わかってはいるけれど。

けど!!

朝に一人、ベッドに置いていかれたことと相まって、とにかくもやもやがおさまらない。

それに、なんとなく、仕方がないことだとわかっていても、俊光様から「篤志」と名前を呼ばれる新人が羨ましい。

もやもやした気持ちを、床を蹴る足裏に力をこめて蹴り歩くことで発散していた私は、ちょうど食堂の入り口のところで「おーい、渡辺」という声と共に、いきなり肩を叩かれて、飛び上がった。

「は、はいっ!?」
「久しぶり!!」

ワイシャツにノーネクタイの丸メガネの男性が、片手をあげて私に笑いかける。

秘書課というものは、大抵社内の付き合いは、俊光様と直接会議をするような課長クラスの人間に絞られる。そのため、廊下でこう親しげに声をかけられることなど皆無に等しい。

だが、この顔は、知っている。知っているけれど、どこで会った人だろう……。

「あれ、渡辺だよな? 新人研修で同じ班だった水元だよ。元気だったか?」

私が固まっていることを不審に思ったのか、その男は丁寧に自己紹介をしてくれた。

「あ、ひ、久しぶり、水元」

そうだ、新人研修のときにあった同期入社の水元だ。

新人研修は基本的に少人数の班で行動することが多かったが、班のなかの元気担当という感じで、ぺらぺらとよく回る口で周りを巻き込むタイプの男。

「研修以来だよな。渡辺とは社内でも会う機会ないし。秘書課だろう?」

「ああ、うん。よく覚えてるな。水元は……?」

水元は、新人研修以来という数年ぶりの再会なのに、そんな気まずさも戸惑いも感じさせないトークで、ぺらぺらと自分の所属する課の話を始める。

自然と食堂の列に一緒に並ぶことになった私たちは、そのまま向かい合って昼食をとることになった。

「渡辺も秘書課じゃ仕事は基本、社長や役員相手ってことだよな。大変そうだな」

ひとしきり自分の話をし終えた水元は、そう私に話をふってくる。それまでただ黙々と野菜炒め定食を食べながら、頷いて相槌をうっているだけでよかったのに、いきなりふられた私は、

「ま、まあ……」

と、もごもごと返す。

「重役相手だとやっぱり、責任の度合いが違うっていうか。プレッシャーすごそうなイメージ」
「まあ、私はまだ下っ端だから……いつも先輩たちに頼って社長にも頼っているようなかんじで……」
「それもそれで大変だろ。愚痴りたくても愚痴れないというか」
と、水元はお気楽な口調で語る。

まあ、と苦笑いする私に、「ああ、そうだ」と水元は大袈裟に手をたたいた。

「来週水曜の飲み会、お前も来いよ」

「飲み会……?」
「そうそう、水曜はノー残業デーだろ? ちょうど同期で飲み会しようって話になってるんだよ。ほら、同じ班だった山下もいるし!久しぶりにみんなで会って、気楽に楽しく飲んで愚痴ろうぜ」

こういう飲み会に誘われたのは何年ぶりだろう。秘書課には同期がいないし、きっちり仕事だけこなして帰宅するタイプの先輩たちが多いので、仕事終わりにちょっと一杯なんて誘われることもほとんどない。律儀に秘書課のメンバーで新年会だけはしっかり行うという風習があるが、それだけである。

俊光様に同行して、接待のパーティや会食に参加することはあるが、それはもう気楽に楽しく飲むなんてとんでもない。お酌のマナーや食事のマナー、絶対に粗相がないようにと終始気を張っていなければならない。

「飲み会かぁ……」

飲むのは嫌いじゃない。むしろ、好きな方だ。唯一の飲み友達といえばコータだが、たまには同じ会社の同期と飲むのもいいかもしれないと思ってしまった。

ただ……気がかりなのは俊光様の反応だ。

こういう飲み会、行ってもいいのだろうか。

「な、いいだろ?? 久しぶりに行こう!」
水元はもうほぼ決定事項のような顔で誘う。

まあ、でも同期で飲み会なんて、なんて日常的な健全な会だろう。

朝っぱらから社長室で、社長と部下が二人っきりになるよりよっぽど健全だ。

「うん、行こうかな」
私はそう答えていた。




水曜日、うちの会社は残業なしで帰宅することを推奨するノー残業デーに設定されている。

それでも忙しいときは帰れるはずもなく、社長の俊光様はもちろん曜日関係なく多忙なのだが、秘書課はリーダーの後藤さんが率先してノー残業になるように後輩の私たちを取り計らってくれるため、私は帰れる日も多い。

水元と約束した同期飲み会の日も、すんなり定時で帰れることになった私は「お先に失礼いたします」とフロアをでた。

エレベーターを待っているときに、新人の篤志も手提げ鞄を手にやってきて爽やかに「渡辺さん、お疲れ様です」と声をかけられ、「お疲れ様です」と私もぺこりと頭をさげる。

篤志は秘書課に配属されて一週間が過ぎたが、すでに先輩たちから『篤志くん』などと呼ばれ、可愛がられている。久しぶりの若い子だし、爽やかな好青年で仕事も卒なくこなしているように見える。

私は今のところ協力するような仕事もないし、直接教える立場でもないのであまり会話を交わすことも少ない。エレベーターはまだ来る様子もなく、少し気まずい思いでいたら、篤志のほうから、

「渡辺さん、今日このあと予定ありますか?」
と、口を開いた。

「えっ……」
「よければ、ご飯でも行きませんか?」
「えっ……」

二度もばかみたいに驚いたあと、「今日は別の飲みの予定があるから……」と慌てて答える。

「ああ、そうなんですね」
篤志は寂しそうに眉をさげる。

べつに、篤志と飲みにいくのが嫌で断ったわけではなく本当にたまたま今日は用事があるので断っただけなのだが、篤志のその顔は少し罪悪感をそそられる表情だった。

「ま、また誘ってくださいね。ぜひ、いきましょう」
この瞬間まで、まさかこの後輩と二人で飲むことなど考えてもなかったのに、とっさにフォローの言葉をかける。

篤志は、「はい、ぜひ!!!」と、笑顔をみせた。

篤志とは駅に行く道の途中で別れ、私は水元に教えられた飲み会の店を探して歩く。

会社から近いところで飲むことはほとんどないので、少し落ち着かない気もする。なにより今日の飲み会のことは俊光様には話していない。

本当は話すべきなのか少し迷ったものの、万が一、断れと言われたらどうしようという気持ちと、べつにやましいことは何もないので飲み会くらい良いだろうという気持ちが手伝って黙っていることにしたのだ。

そう、やましいことはなにもない。ただの同期の飲み会だから……



「かんぱーい!!!」

そこは想像していたような居酒屋チェーンではなかった。

ちょっとおしゃれな内装の焼き鳥専門店、格子の壁で仕切られた半個室のテーブル席にずらっと十人男女が交互に座る。

両側を全然知らない女子に挟まれた私は冷や汗をかきながら、グラスを合わせていた。

これは……私の認識が正しければ同期の飲み会というより、いわゆる男女の親交を深めることを目的としたコンパというもの……???

私を誘い込んだ張本人、水元はというと、斜め遠く離れた席でそれはもう楽しそうな笑顔をむけてくる。とくに騙して連れて来たようなそんな感覚もなさそうで……。

「じゃあ、自己紹介していきましょう!!!」

そうであってほしくなかったが、どうやら私の認識は正しい。これは、完全にコンパだ。

とんでもない会に誘われてしまった。

こんな会に参加していることが俊光様にバレたら冗談じゃなくやばいことはわかっている。

ここに居ちゃいけない。

そうわかっていても、自己紹介から盛り上がり始めたその場でいきなり帰りますなんて言い出す勇気が私にあるわけがない。

なにより、みんな楽しそうだ。部署はそれぞれちがうらしいが、同期入社なことは確からしく、まあ同期の飲み会といえばそうなのか、といっても水元の誘い方は他になかったのかとか、内心悶々としながらでも楽しそうなみんなの雰囲気を壊すのはしのびなくて、愛想笑いを浮かべるしかできない。

両隣の女子も向かいの男子もそんな笑顔の固まった私に臆することなく話しかけてくる。

みんな、こういう会をやり慣れているらしい。私とは無縁の世界……。こんなふうに仕事の口をしゃべりながらお酒を飲むより、性癖を暴露しながら飲むお酒のほうが美味しい……。

「渡辺さん、渡辺さん」

他所へいきかけた私の思考を引き戻したのは、両隣の女子の声ではなく、知っている人の声だった。

振り帰って、その場に立っていた人の姿に、私は持っていた箸を落っことしそうになった。

「さ、佐久間さん……っ?!?!」

「渡辺さん、“社長”がお呼びです。至急、とのことですが」

佐久間さんが告げた言葉で、先ほど落としそうになって掴んだ私の箸は両手からすべり落ちて床に転がっていた。
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