きつく縛って、キスをして【2】

青森ほたる

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ベランダでお仕置き

自分の部屋のなかにタキシード姿の俊光様がいるというのは、ものすごい違和感だった。いつもの見慣れた部屋なのに、俊光様の身長が高くて、天井が低くなったような錯覚をおこす。

部屋は、そこまで汚れているわけではないが所々雑な収納が目立つ。掃除機は……さいごにいつかけただろう。

「千尋は、ここに、ずっと住んでるのか?」
「就職で上京してきてから、ずっとここです……」
「そうか」
「あ、あの座ってください」

私はいつも食事に使うダイニングテーブルの椅子をすすめた。

「え……、と、お茶かなにか……」

「いい、お前も座れ。とりあえず、朝帰りの理由を聞こうじゃないか」

そういう俊光様の口調が存外軽くて、もしかしたら適当に飲み歩いてあげく終電を逃してビジネスホテルにでも泊まっていたとか、それくらいにしか思っていないのかもしれないと気がついた。

それに……私の朝帰りをそこまで怒っていない気もする。

飛行機が間に合わなかったことを気にしている?? 
もしかしてそこまで怒られない……??

いや……。

まさか、SMパーティに一人で出かけて泥酔したあげく、あまつさえ元パートナーのマンションで一晩を過ごした……とまで話したら……。

たった一回、合コンの飲み会に参加しただけで、あれだけ厳しいお仕置きをされたのに。

なのに、これはもうどう弁解すればいいのだろう。考えれば考えるほど、自分がやってしまったことの最悪さを自覚する。

正直に、話したところで……そもそもお仕置きで全て済むものなのだろうか……?

GPSも確認しようがないし、もしかするとこれは正直に話す方が馬鹿なのかもしれない。いや、俊光様に嘘をつくなんてそれこそ馬鹿のすることなのだ。もし、もしも嘘がばれたら?? 

「千尋?」

あまりにも沈黙がつづき、俊光様が怪訝そうに眉をよせる。

「あの。一人で……飲みに行ったんです……」
私は小さな声で答える。

「それくらいは想像がつく。スーツからお酒と煙草の匂いがした」
俊光様が冷静な声で指摘する。

私は早速言葉に詰まってしまった。どんな嘘を取り繕っても、俊光様にはすべて見抜かれてしまう気がした。

「質問を変えるか。なぜ、携帯の電源を切った?」
俯き黙りこんだ私に俊光様が、コツコツと指先でテーブルを叩いた。

「それは……!ちょうど会社から出たところで、俊光様の……居場所をみようと思ったら電源が切れてて確認できなくて……、それなら私も電源を切ってしまおうと……」
「なんだか、あんまり答えになっている気がしないが。どこか私に知られたくない場所に行こうと思ったから切ったわけじゃないのか?」

「そ、そんなつもりは……!つい勢いで切ったあと、それからお酒を飲み始めたのですっかり電源を入れ直すのを忘れてしまったんです」

今のところ嘘はついていないが、これ以上は難しくなってきた。

「店は? どこの店に行ったんだ? それから一人で飲んだ後、朝までどこにいたんだ?」
「それは……」

また私は黙りこみ、部屋には沈黙の重たい空気がおりてくる。私は膝の上にのせた両手をぎゅっと握りしめていた。

どうしよう、俊光様に嘘もつけないけど、正直に話すなんてやっぱり無理だ……っ。

「なるほど」
長い沈黙を破ったのは俊光様だった。

「とりあえず、千尋が何か私に隠したいことがあるということだけはわかった。私に隠し事をするだけでも十分、お仕置きに値するな」

俊光様の顔はすっかり私を叱るときの顔つきに変わっていて、私は余計に椅子の上で小さくなった。

ガタ、っと椅子から立ち上がった俊光様が「来い」と私の腕を引っ張る。

「俊光様……っ……あの……」

俊光様はずるずると私を引きずり、リビングを通り抜けて、ベランダへ出る引き戸へ手をかけた。

さぁっと朝の爽やかな風が頬を撫でる。俊光様は私の腕を掴んだままベランダに出ていた。家庭菜園などの趣味もない私のベランダは、エアコンの室外機と物干し竿があるだけであとはがらんとしている。

「え……、ぁっ!」

俊光様は私の上半身を手すりに押し倒し、いきなり腰のあたりに手がかけて、下着とともにズボンが一気に膝まで引き下ろした。

さぁっと裸になったお尻が外の空気に触れる。

ベランダの手すりは胸の高さより少し下にあり、手すりの下の壁は半透明だ。そして向かいには同じマンションの二号棟がそびえ立ち、外廊下と玄関扉が見えている。下を見下ろせば木々の植えられた細道があって、今のところ人影はないが、犬の散歩などマンション住民の行き来のある道であった。

「と、俊光様、あ、あの……ここ、外ですけど……っ…」

いつ向かいのマンションで玄関に出入りがあるのか、私のいる二階以上の階からはこのベランダなんて上から丸見えじゃないか。

「そうだな。だから、歯を食いしばっていろ」

そう言った俊光様がいきなり腕を振り上げて、パシィィンッとお尻に平手が落ちた。

「ひぃ……っ!!!」

思いきり声が漏れて、私は手すりをぎゅうっと握りこむ。

パチィン、パチィンッと続けて平手が落ちてくるのに、なんとか歯を食いしばって唇を引き結んだ。

丸見えなだけじゃない。隣や真上、真下の部屋は? ベランダにいたり、もしくはベランダ側の戸が開いていたら……? 

隣近所とそんなに交流があるわけではないが、もう何年も住んでいれば隣同士どんな人物が住んでいるかくらいは知っていて、外廊下で顔を合わせれば会釈くらいはする。頭の中に、隣人たちの顔が浮かんでくる。

「ぅ……っ、……っ!……っ」

「これで20回だ」
パチィィィンッとお尻の真ん中をすくい上げるように叩かれて、同時に俊光様が後ろから私の耳元でささやく。

「今すぐ全部話すというなら、中へ入れてやる。まだ言わないつもりなら次は40回叩く。その次は80回だ。計算はできるな?」

こんなの無理。恥ずかしい。でも、本当のことを話すのは……怖すぎる。

言えない。言わない。

だって、もしこうしてずっと私が黙っていたら、昨夜から今朝にかけてのことは一生俊光様に知られることないのだ。

俊光様に、幻滅されることもない……。

「ぅ……っ、い、い、いい言えません……っ!!!」
「なるほど。じゃあ40回だな」

パチィィンッ!!!パチィィンッ!!!と、すぐにお尻叩きが再開する。お尻を叩かれる音と、どんなに押し殺そうとしても漏れる声が、ベランダに響いている。

どうする、どうすればいい。いや、話すという選択肢は考えられない。

痛い……っ。恥ずかしい……っ。

誰にも、見られませんように。誰にも、聞かれませんように。

私は手すりにほとんどの体重をあずけて、腕に顔を埋めるようにして耐える。


おそらく40回連続して叩かれたのだろう。振り下ろされていた平手がやんで、じんじんと痛むお尻をするすると撫でながら、「千尋。どうするんだ?」と俊光様が尋ねた。

「ぅぅ……っ、何回、叩かれてもっ、話せません……っ!!!!」

囁き声で答える。

「全く、手間をかけさせな。それとも平手くらいじゃ効かないのか。次の80回はハンガーだな」

「ぇ、ぁぅぅっっっ」

宣言された言葉に足が震えた瞬間、口の中に丸めたハンカチを突っ込まれていた。

「泣き叫ばれたら近所迷惑だからな」

うちのハンガーは、細い銀色のステンレスのものしかない。錆びず、硬くて丈夫だからとまとめ買いしたそのハンガーを後悔する日が来るなんて。

ひゅん、ひゅんっと、後ろで俊光様がハンガーを振る音がして、いきなりピシィィィッと、お尻に振り下ろされた。

「んぐぅっっ……!!!」

細く突き刺さるような痛みに、思わず両足の踵が浮いてベランダから大きく乗り出す。

ピシィィイイッ!!!ピシィィイイッ!!!ピシィィイイッ!!!と容赦無く肌が裂けているような痛みが繰り返される。本当に、裂けている気がする。

「ぅ……ぅうぅっ……んんっっ……!!!!!!!!」
ぶわぁっと涙が溢れてきて、もう誰が見られるとか気にしている余裕もなくなった。

喉からこみ上げてくる叫びがハンカチに押し込められて、息が苦しいっ、お尻の痛みは限界を超えている。

何回目かも分からない、叩かれた瞬間に背中が反り返り、反動をつけるように踏ん張っていた両足から力がぬけて、私はベランダにしゃがみ込んでいた。



「千尋。立て」

瞬間的に、首を横にふっていた。お尻が熱くて、痛い。腕を真上に引っ張り上げられて、そのまま、ヒュンッとハンガーが空を切る。

パシィィンッ!!!パシィィンッ!!!と太ももに振り下ろされた激しい痛みに息が止まった。

「―――――ンンッ……んっっぅぅっ……!!!!!」

思わずばたばたと体をよじっても、俊光様はいとも簡単に私を脇に抱えて、がっちりと押さえこんで、ハンガーを振り下ろす。

太ももや、脂肪の薄いお尻の下の方ばかり叩かれて、ステンレスの細い棒の痛みが直々に体に染み込んでくる。

「ぅっっっぅっ…………っ!!!」

「ほら、これで80回だ。もう懲りただろ。そろそろ話したらどうだ」

そう真上から声がかかったとき、痛みで頭が朦朧としていて、抱えていた体を地面におろされ、唾液付きのハンカチを口の中から引っ張り出されてやっと、終わったのだと実感する。

「ぁぅ……っはぁっ、あっ」

息を吸い込んで肩が大きく上下する。私は嗚咽を飲み込んで、俊光様の足元に跪いた。

「もう……っもうっ、二度としませんからぁっっ!!!許してくださぁいっっっ」

ぼろぼろ涙がこぼれる。もう二度と、夜遊びなんてしない。行かない。

「なにをしたか知らないのにそんな約束をされても私にはどうしようもないだろ」

俊光様が半ば呆れたような声で言った。涙で視界が覆われてるからどんな顔をしてるかまではわからなかった。

「ごめんなさぁぃっっ!!!ごめんなさぁぃっっ!!!でも、もぅ、許してくださぁい……っ!!!」

これ以上、打たれたら本当に意識が飛んでしまいそう。いや、いっそ飛んでしまえば楽なのに。

「お前も強情だな……しばらく、ここで頭を冷やしていろ」

俊光様がすがりつく私を振り払うようにして、部屋の中へと消える。パタッ、っとガラスの引き戸が閉められ続いてカチャっと鍵をかけられて、私はベランダに締め出されていた。

「と、としみつさま……ぁっ」

さぁっとカーテンまで引かれて、私は完全にぽつんと一人取り残された。

ざわざわと風にそよぐ木々の葉の音が聞こえて、ああここは外だったと改めて思い出す。涙で濡れた頬が風にあたってひんやりと冷えていた。

頭を冷やせと言われても、頭は冷静なのだ。

ここまでして、私が口を割らないことに俊光様は……怒ってはいなかった。まだ。むしろ呆れていた。

俊光様、ごめんなさい……。
どうにか、このまま何も言わずに許してもらえる方法はないのだろうか……。

しゃがみこんだ私はもちろん、お尻は浮かせたままぎゅっと自分の両足を抱えるようにして小さくまるくなっていた。
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