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第三章 交点に降るは紅の雨
44 初雪が白く染める日
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そんな哀愁を、クレインは一蹴する。
「俺は同情しないよ。もっと他にたくさん、同情されるべき人がいるんだから。俺の心は、そんなに広くない」
そう、奪われた命は計り知れない。
「……そう、さな。殺された傭兵たちやその家族からすれば、理由なんて関係ねぇ。……ある者の病気を治すために、その他の罪もない人間を殺すなんて、そんなのどう考えても釣り合わねぇよ……」
フェザントの独白は、彼の境遇を知っている一行からすれば、とても重いものだった。
「……病気の臓器を『取り替える』か……本当にそんなことができるなら、飛びつく奴は多いかも、な……」
アイビスの言葉に、皆、同意する。
「目的は治療だけではないかもな。前、クウェイルの館で話したことを、覚えているか?遥か昔、強い人間を作るためにした実験──三種の身体や動物の身体を人間に繋ぎ合わせる──」
カイトは質問を投げかけていながら、独り言のように続ける。
「──亜種の臓器を取り入れることで、普通の人間に何か変化が出る可能性もある。それから──寿命を延ばすことにもなるか……?年老いた臓器を若いモノと入れ替える……いや、それでは外はシワシワのままだ。──皮膚を付け替えたり……いっそのこと、中身を全部、移し替える…………」
誰も口を挟めない。
「俺の中身を全て別の人間の中に移し替えたとして、それは俺か?それとも──」
「カイト……?」
ユエが引き戻すように、カイトの服の袖を掴んだ。
カイトは一瞬、全てを忘れたような目でユエを見てから、気圧されたような周囲に気がついて、ふっ、と息を吐いた。
「……推測は色々とできるが、現時点で分かっていることは、『臓器』を何かに使っている、ということくらいだな」
先ほどの取り憑かれたような様子を霧散させて、カイトはいつもの調子で結論に入る。
「また新たに謎が増えただけのような気がするな」
『水晶』『再生の水』とは、何なのか。
『臓器』を最終的にどうしたのか。
そして──
「『誰が』首謀者なのか……」
ここまで来ても、まだ全体像が見えてこない。
アダルベルトや奴隷商人は尻尾、仲介者も胴体に過ぎず、その先の『頭』は誰なのか──?
「……これはまだ、ギルド側は知らないことなんだが……」
ベレン卿が珍しく難しい顔で、愚痴のように溢した話を、カイトは一行に打ち明ける。
「ベレン卿の調査によると今回と同じ事件は、ベレン領だけでなく各地で起きているらしい」
この国だけでなく、周辺国でも被害が報告されたのだ。
臓器が取り出された遺体。
液体に浸けられた臓器を持っていた人物。
亜種だけを狙う奴隷商人。
これらは今回の事件が明るみに出るまで、それぞれが結びつくとは考えてもいなかった事件。
「奴隷商人たちが受け取っていた報酬もかなりの額だ。背後には大きな組織がいる。貴族が関わっている可能性も高いし、あるいは──もしかしたら『国』単位で関わっているかもしれん」
その雲を掴むような壮大な陰謀の予感に、一行は身震いを抑えられない。
特にクレインやラークは『亜種』という理由で、これまでにも嫌な目にあったり、騒動に巻き込まれたりしてきたのだ。
自分が望んで手に入れた訳でもないのに──二人は己の運命を呪いたいほどだった。
その上、ただでさえ荒波の人生をさらにかき乱してくる奴らがいるのだ。そんな奴らがいることに、クレインは怒りを覚え、ラークは怯える。
二人だけではない。
皆一様に、怒りを覚え、恐怖に震え、不安に溢れている。
そんな空気を、カイトが少しだけ晴らす。
「とは言え、この先当分は、あまり俺たちと関わりはないだろう。そう神経をすり減らすこともない」
「……?どういう意味だ?」
「全ては西に集約される」
カイトは絨毯に指を滑らせながら、地図に見立てて位置関係を示していく。
「事件が起きた場所はここベレン領より西だ。そして仲介者のアジトの場所は、この国の西隣の国にあった。そこから臓器は、西へと運ばれている」
彼らがこれから向かうのは、東。
完全に危険は去った訳ではないが、とりあえずここで一区切りをつけた方がいい、とカイトは続ける。
「ひとまず、ベレン卿からの依頼は完了だ。この先は、卿とギルドに任せておけばいい」
元々は資金稼ぎのために引き受けた依頼だったはずなのに、いつの間にか自分たちが深みにはまっていたことに、遅ればせながら気づく。
確かに一行には、義務も責任もない。
だがここまで知ってしまったのに、その後は知らんぷりではすわりが悪いし、何より──
「なんだか、スッキリしないな……」
そのアイビスの心情は、皆を代表していた。
アイビスはまるでスッキリしない心中の代わりに、凝り固まった身体だけでも解したいように、首をコキコキと鳴らし、
「ふぅ~……」
大きく深呼吸する。
だがそれを契機に皆も一斉に一つ息をつき、これで話は終わりだ、と気を緩めた、その時──
「だがいずれは、こちらから向かうことになるかもしれん」
カイトが言い放った言葉が、緊張の糸を張り直す。
「奴隷商人が聞いたことがあるそうだ。仲介者が『再生の水』のことを、こう呼ぶのを──」
カイトはどこか恍惚とした表情で、その言葉を唇に乗せた。
「『妖精の国の遺物』、と──」
******
被害者の中で身元が確認されたのは、ほんの一部だ。
腕輪が残されていた者は、ギルドによって身内に連絡がされ、遺品と見舞金が届けられた。
グンナルの腕輪も、故郷へと帰っていった。
残っていた入領証から、幾人かは名前と外見の特徴などが判明したが、それだけでギルドの資料を探すことは難しい。
時間をかけて特定することを、ギルドは表明したが、それもいつのことになるのか……。
アダルベルトも奴隷商人たちも、自分たちが殺した人間のことを『個人』として認識していなかったのだ。
彼らにも名前があり、家族があり、そして命があるという、当たり前のことを──。
結局、被害者の正確な人数も把握できないで、事件は終息を迎えたのだった。
******
「……そうかい、彼のことは結局、名前しか分からなかったのかい……」
タヴァレスの隣で顔を伏せるのは、あの宿屋の女将だ。
この事件を発覚へと導いた功労者が二人、並んで黙祷する。
教会の司教が悲哀に満ちながらもどこか温かな声で、遺体もない犠牲者たちの冥福を祈る。
火葬場に残されていた彼の身体の一部は、すでに灰となっていて、これから教会の共同墓地に埋葬されるのだ。
「……うちの次男坊も、傭兵でね」
女将はポツリポツリと語る。
「『自分の腕を試したいんだ』──なんて言って家を飛び出してから、とんと音沙汰なしさ。便りがないのがいい便りだって、言い聞かせてきたけれど……彼にももしかしたら、わたしのように待っている人がいるかもしれないのにね……」
「……いつか……必ず故郷へ帰してあげます……!」
事件の真相を知らない女将に、タヴァレスが静かに誓う。
そのタヴァレスにも、この事件の背後に蠢くもっと大きな陰謀については、知らされてはいない。
知らされることは、ないだろう。
与える影響と予想される混乱を鑑みて、詳細は伏せられた。
今後はベレン卿やギルドが、必要なところに必要な情報を伝え、それとなく亜種の間に警戒を促し、そして調査を継続していく。
******
「……カイト、覚えてる?」
握り締めた手に力を込めて、ユエはカイトを呼ぶ。
葬儀が終わり、まばらだった人々がさらに減っていく中、二人はまだ教会の長椅子に腰掛けている。
この葬儀に『行きたい』と、ユエから言い出したのだ。そしてカイトに『一緒に来て欲しい』とも。
「『生き方で、死に方が決まる』──夜の馬車で、話をしたこと……」
「ああ」
「……彼は──彼らは、こんなかわいそうな死に方をするような、生き方をしてきたのかな……」
「さあな」
「俺には、そうは思えない……」
「……確かに、彼らの最期は辛いものだっただろうな。だが──」
カイトの指がユエの頰を拭う。
「お前が悼んで泣いてくれて──お前だけじゃない、宿屋の女将やタヴァレスたち衛兵、ギルドの人間、多くが悼み、泣き、そして祈っている。俺にはこれが『悪い死に方』とは、思えないがな」
「でも……っ、それって綺麗事だ……!生きている側がそう思いたいだけで……」
ユエが反論したことに少し驚いたように、カイトはパッと目線を下げる。
零れ落ちる涙を、ぐっと眉間に力を入れて堪え、赤くした目元で見返された。
「……そう、だな……だが俺たちは、彼らに聞くことはできないんだ。想像するしかない。死はもう起きてしまった。時間を巻き戻すこともできない」
「…………ぅん……っ」
「……綺麗事で、いいんじゃないか。結局のところ、『死』について考えるのは生きている者だ。だから『いい』『悪い』を決めるのも、こちら側だ」
「ぅん……」
「俺たちはせめて、俺たちが思う『いい死に方』になるように、彼らを送ってやるしかない」
最後は、言葉にならず頷くだけのユエ──堰を切ったように頰を伝い落ちる、二筋の雫。
これほど綺麗な涙を、カイトは初めて見た。
これまでもカイトは、誰かの死に出会うたびに、何度も自分の死に際を想像した。
どこで……?いつ……?
こんな風に殺されるのか。
彼のようにベッドで死ねるのか。
誰かが看取ってくれるのか。────
だがこの瞬間思い描いた光景は、今までのどんな想像よりも鮮烈だった。
(この涙に、見送られたい……)
そう思うほどに──。
その時ちょうど、窓の外に白が舞い始めた。
無垢なユエの涙が結晶になったような、真白な雪──流れた血さえ清めるような初雪が、ベレン領に降った。
******
カイトはベレン領での仕事の締めとして、一行にはこう語った。
依頼を迅速にこなしたということで、ベレン卿からは、ドワーフの国までの路銀は余るほどぶん取った。
さらに危険手当として、旅立つまでの一行の世話も押しつけた。
フェザントの故郷、ドワーフの村へは時期を見計らって出立する。ちょうど雪解けの頃に辿り着くように、と。
つかの間の休息──それは初雪と共に始まった。
******
「…………っ!!」
噛みしめるように、白に染まった世界を堪能するユエを、カイトは思わず笑ってしまった。
教会からの帰り道、降り出した雪をユエは、まん丸の目で追っていた。
天から舞う白を掌で拾うと、その冷たさに驚いて、あれほど楽しみにしていたくせに、フードとカイトを壁にして隠れてしまった。
そのくせ、夜になっても降り続ける雪を、飽きることなく窓に張りついて見ていたのだ。
「っ、ほら、触ってみろ」
地面にも屋根にも木の上にも、10センチほどの雪が積もっている。
一行はベレン卿の館の中庭で、人生初の雪の絨毯に足跡を刻むユエのことを見守っている。
「……、っ、~~っ……!!」
カイトに促され、顔を見て少しだけ躊躇してから、おそるおそる片足を伸ばす。
カイトの腕を命綱のようにして、ちょん、とつま先で触って──その雪に触れた部分から、ぶるっ、と震えが身体を駆け上がって──それから思い切って、ぎゅっ、と踏み締める。
パァァァ~……っ!
満面の笑みで、仲間を振り返った。
******
「ッハァ、ハァっ、ハァハァ……っ!げんっっっかいっだ!!」
雪合戦に駆り出されていたフェザントが座り込んだのを見て、
「うわぁ~!もうへばったのかよっ?!だっせぇ~~!!」
ヘロンが指をさしてゲラゲラ笑う。
そう言いながらもヘロンは、「じゃあさ、次!!次は雪だるま、作ろーぜ!!」さっさと切り替える。
小さな雪玉をコロコロと転がして、「こうやって大きくするんだ!ほら、ユエもやってみろよ!」得意げにお手本を見せるヘロン。
大きくなっていく雪玉を不思議そうに眺めるユエに、ラークが「こうやって新しい雪をくっつけて、固めて……」説明していく。
同じくヘロンに引っ張られて雪合戦に参加していたジェイとアイビスも、お役御免と引き上げてくる。
それと入れ替わるように、クレインが子ども三人の元へ向かう。
「……平和だねぇ……」
フェザントがしみじみと言う。
白に染まった世界に、木の緑と空の青が映える。時折、ドサッ、と雪が落ちる音と共に、バササッと鳥が飛び立っていく。
笑い声が、白に反射するように弾けた。
「ジェイ!フェザント!これ、持ち上げてよ!!」
四人に呼ばれて二人は、大きく育てた二つの雪玉を重ねに行く。
「うーん……目とか鼻とか付けたいよね」
「確かに……!ねぇ、アイビス!!なんかいいモノないかな?!」
「なんで俺に聞く……?う~ん、この辺りに赤い実があったような……」
「折れた枝とかないかなっ?!腕も付けようよ!」
カイトはそんな仲間たちを、壁にもたれて眩しそうに目を細めた。
「……確かに……『平和』、だな」
「俺は同情しないよ。もっと他にたくさん、同情されるべき人がいるんだから。俺の心は、そんなに広くない」
そう、奪われた命は計り知れない。
「……そう、さな。殺された傭兵たちやその家族からすれば、理由なんて関係ねぇ。……ある者の病気を治すために、その他の罪もない人間を殺すなんて、そんなのどう考えても釣り合わねぇよ……」
フェザントの独白は、彼の境遇を知っている一行からすれば、とても重いものだった。
「……病気の臓器を『取り替える』か……本当にそんなことができるなら、飛びつく奴は多いかも、な……」
アイビスの言葉に、皆、同意する。
「目的は治療だけではないかもな。前、クウェイルの館で話したことを、覚えているか?遥か昔、強い人間を作るためにした実験──三種の身体や動物の身体を人間に繋ぎ合わせる──」
カイトは質問を投げかけていながら、独り言のように続ける。
「──亜種の臓器を取り入れることで、普通の人間に何か変化が出る可能性もある。それから──寿命を延ばすことにもなるか……?年老いた臓器を若いモノと入れ替える……いや、それでは外はシワシワのままだ。──皮膚を付け替えたり……いっそのこと、中身を全部、移し替える…………」
誰も口を挟めない。
「俺の中身を全て別の人間の中に移し替えたとして、それは俺か?それとも──」
「カイト……?」
ユエが引き戻すように、カイトの服の袖を掴んだ。
カイトは一瞬、全てを忘れたような目でユエを見てから、気圧されたような周囲に気がついて、ふっ、と息を吐いた。
「……推測は色々とできるが、現時点で分かっていることは、『臓器』を何かに使っている、ということくらいだな」
先ほどの取り憑かれたような様子を霧散させて、カイトはいつもの調子で結論に入る。
「また新たに謎が増えただけのような気がするな」
『水晶』『再生の水』とは、何なのか。
『臓器』を最終的にどうしたのか。
そして──
「『誰が』首謀者なのか……」
ここまで来ても、まだ全体像が見えてこない。
アダルベルトや奴隷商人は尻尾、仲介者も胴体に過ぎず、その先の『頭』は誰なのか──?
「……これはまだ、ギルド側は知らないことなんだが……」
ベレン卿が珍しく難しい顔で、愚痴のように溢した話を、カイトは一行に打ち明ける。
「ベレン卿の調査によると今回と同じ事件は、ベレン領だけでなく各地で起きているらしい」
この国だけでなく、周辺国でも被害が報告されたのだ。
臓器が取り出された遺体。
液体に浸けられた臓器を持っていた人物。
亜種だけを狙う奴隷商人。
これらは今回の事件が明るみに出るまで、それぞれが結びつくとは考えてもいなかった事件。
「奴隷商人たちが受け取っていた報酬もかなりの額だ。背後には大きな組織がいる。貴族が関わっている可能性も高いし、あるいは──もしかしたら『国』単位で関わっているかもしれん」
その雲を掴むような壮大な陰謀の予感に、一行は身震いを抑えられない。
特にクレインやラークは『亜種』という理由で、これまでにも嫌な目にあったり、騒動に巻き込まれたりしてきたのだ。
自分が望んで手に入れた訳でもないのに──二人は己の運命を呪いたいほどだった。
その上、ただでさえ荒波の人生をさらにかき乱してくる奴らがいるのだ。そんな奴らがいることに、クレインは怒りを覚え、ラークは怯える。
二人だけではない。
皆一様に、怒りを覚え、恐怖に震え、不安に溢れている。
そんな空気を、カイトが少しだけ晴らす。
「とは言え、この先当分は、あまり俺たちと関わりはないだろう。そう神経をすり減らすこともない」
「……?どういう意味だ?」
「全ては西に集約される」
カイトは絨毯に指を滑らせながら、地図に見立てて位置関係を示していく。
「事件が起きた場所はここベレン領より西だ。そして仲介者のアジトの場所は、この国の西隣の国にあった。そこから臓器は、西へと運ばれている」
彼らがこれから向かうのは、東。
完全に危険は去った訳ではないが、とりあえずここで一区切りをつけた方がいい、とカイトは続ける。
「ひとまず、ベレン卿からの依頼は完了だ。この先は、卿とギルドに任せておけばいい」
元々は資金稼ぎのために引き受けた依頼だったはずなのに、いつの間にか自分たちが深みにはまっていたことに、遅ればせながら気づく。
確かに一行には、義務も責任もない。
だがここまで知ってしまったのに、その後は知らんぷりではすわりが悪いし、何より──
「なんだか、スッキリしないな……」
そのアイビスの心情は、皆を代表していた。
アイビスはまるでスッキリしない心中の代わりに、凝り固まった身体だけでも解したいように、首をコキコキと鳴らし、
「ふぅ~……」
大きく深呼吸する。
だがそれを契機に皆も一斉に一つ息をつき、これで話は終わりだ、と気を緩めた、その時──
「だがいずれは、こちらから向かうことになるかもしれん」
カイトが言い放った言葉が、緊張の糸を張り直す。
「奴隷商人が聞いたことがあるそうだ。仲介者が『再生の水』のことを、こう呼ぶのを──」
カイトはどこか恍惚とした表情で、その言葉を唇に乗せた。
「『妖精の国の遺物』、と──」
******
被害者の中で身元が確認されたのは、ほんの一部だ。
腕輪が残されていた者は、ギルドによって身内に連絡がされ、遺品と見舞金が届けられた。
グンナルの腕輪も、故郷へと帰っていった。
残っていた入領証から、幾人かは名前と外見の特徴などが判明したが、それだけでギルドの資料を探すことは難しい。
時間をかけて特定することを、ギルドは表明したが、それもいつのことになるのか……。
アダルベルトも奴隷商人たちも、自分たちが殺した人間のことを『個人』として認識していなかったのだ。
彼らにも名前があり、家族があり、そして命があるという、当たり前のことを──。
結局、被害者の正確な人数も把握できないで、事件は終息を迎えたのだった。
******
「……そうかい、彼のことは結局、名前しか分からなかったのかい……」
タヴァレスの隣で顔を伏せるのは、あの宿屋の女将だ。
この事件を発覚へと導いた功労者が二人、並んで黙祷する。
教会の司教が悲哀に満ちながらもどこか温かな声で、遺体もない犠牲者たちの冥福を祈る。
火葬場に残されていた彼の身体の一部は、すでに灰となっていて、これから教会の共同墓地に埋葬されるのだ。
「……うちの次男坊も、傭兵でね」
女将はポツリポツリと語る。
「『自分の腕を試したいんだ』──なんて言って家を飛び出してから、とんと音沙汰なしさ。便りがないのがいい便りだって、言い聞かせてきたけれど……彼にももしかしたら、わたしのように待っている人がいるかもしれないのにね……」
「……いつか……必ず故郷へ帰してあげます……!」
事件の真相を知らない女将に、タヴァレスが静かに誓う。
そのタヴァレスにも、この事件の背後に蠢くもっと大きな陰謀については、知らされてはいない。
知らされることは、ないだろう。
与える影響と予想される混乱を鑑みて、詳細は伏せられた。
今後はベレン卿やギルドが、必要なところに必要な情報を伝え、それとなく亜種の間に警戒を促し、そして調査を継続していく。
******
「……カイト、覚えてる?」
握り締めた手に力を込めて、ユエはカイトを呼ぶ。
葬儀が終わり、まばらだった人々がさらに減っていく中、二人はまだ教会の長椅子に腰掛けている。
この葬儀に『行きたい』と、ユエから言い出したのだ。そしてカイトに『一緒に来て欲しい』とも。
「『生き方で、死に方が決まる』──夜の馬車で、話をしたこと……」
「ああ」
「……彼は──彼らは、こんなかわいそうな死に方をするような、生き方をしてきたのかな……」
「さあな」
「俺には、そうは思えない……」
「……確かに、彼らの最期は辛いものだっただろうな。だが──」
カイトの指がユエの頰を拭う。
「お前が悼んで泣いてくれて──お前だけじゃない、宿屋の女将やタヴァレスたち衛兵、ギルドの人間、多くが悼み、泣き、そして祈っている。俺にはこれが『悪い死に方』とは、思えないがな」
「でも……っ、それって綺麗事だ……!生きている側がそう思いたいだけで……」
ユエが反論したことに少し驚いたように、カイトはパッと目線を下げる。
零れ落ちる涙を、ぐっと眉間に力を入れて堪え、赤くした目元で見返された。
「……そう、だな……だが俺たちは、彼らに聞くことはできないんだ。想像するしかない。死はもう起きてしまった。時間を巻き戻すこともできない」
「…………ぅん……っ」
「……綺麗事で、いいんじゃないか。結局のところ、『死』について考えるのは生きている者だ。だから『いい』『悪い』を決めるのも、こちら側だ」
「ぅん……」
「俺たちはせめて、俺たちが思う『いい死に方』になるように、彼らを送ってやるしかない」
最後は、言葉にならず頷くだけのユエ──堰を切ったように頰を伝い落ちる、二筋の雫。
これほど綺麗な涙を、カイトは初めて見た。
これまでもカイトは、誰かの死に出会うたびに、何度も自分の死に際を想像した。
どこで……?いつ……?
こんな風に殺されるのか。
彼のようにベッドで死ねるのか。
誰かが看取ってくれるのか。────
だがこの瞬間思い描いた光景は、今までのどんな想像よりも鮮烈だった。
(この涙に、見送られたい……)
そう思うほどに──。
その時ちょうど、窓の外に白が舞い始めた。
無垢なユエの涙が結晶になったような、真白な雪──流れた血さえ清めるような初雪が、ベレン領に降った。
******
カイトはベレン領での仕事の締めとして、一行にはこう語った。
依頼を迅速にこなしたということで、ベレン卿からは、ドワーフの国までの路銀は余るほどぶん取った。
さらに危険手当として、旅立つまでの一行の世話も押しつけた。
フェザントの故郷、ドワーフの村へは時期を見計らって出立する。ちょうど雪解けの頃に辿り着くように、と。
つかの間の休息──それは初雪と共に始まった。
******
「…………っ!!」
噛みしめるように、白に染まった世界を堪能するユエを、カイトは思わず笑ってしまった。
教会からの帰り道、降り出した雪をユエは、まん丸の目で追っていた。
天から舞う白を掌で拾うと、その冷たさに驚いて、あれほど楽しみにしていたくせに、フードとカイトを壁にして隠れてしまった。
そのくせ、夜になっても降り続ける雪を、飽きることなく窓に張りついて見ていたのだ。
「っ、ほら、触ってみろ」
地面にも屋根にも木の上にも、10センチほどの雪が積もっている。
一行はベレン卿の館の中庭で、人生初の雪の絨毯に足跡を刻むユエのことを見守っている。
「……、っ、~~っ……!!」
カイトに促され、顔を見て少しだけ躊躇してから、おそるおそる片足を伸ばす。
カイトの腕を命綱のようにして、ちょん、とつま先で触って──その雪に触れた部分から、ぶるっ、と震えが身体を駆け上がって──それから思い切って、ぎゅっ、と踏み締める。
パァァァ~……っ!
満面の笑みで、仲間を振り返った。
******
「ッハァ、ハァっ、ハァハァ……っ!げんっっっかいっだ!!」
雪合戦に駆り出されていたフェザントが座り込んだのを見て、
「うわぁ~!もうへばったのかよっ?!だっせぇ~~!!」
ヘロンが指をさしてゲラゲラ笑う。
そう言いながらもヘロンは、「じゃあさ、次!!次は雪だるま、作ろーぜ!!」さっさと切り替える。
小さな雪玉をコロコロと転がして、「こうやって大きくするんだ!ほら、ユエもやってみろよ!」得意げにお手本を見せるヘロン。
大きくなっていく雪玉を不思議そうに眺めるユエに、ラークが「こうやって新しい雪をくっつけて、固めて……」説明していく。
同じくヘロンに引っ張られて雪合戦に参加していたジェイとアイビスも、お役御免と引き上げてくる。
それと入れ替わるように、クレインが子ども三人の元へ向かう。
「……平和だねぇ……」
フェザントがしみじみと言う。
白に染まった世界に、木の緑と空の青が映える。時折、ドサッ、と雪が落ちる音と共に、バササッと鳥が飛び立っていく。
笑い声が、白に反射するように弾けた。
「ジェイ!フェザント!これ、持ち上げてよ!!」
四人に呼ばれて二人は、大きく育てた二つの雪玉を重ねに行く。
「うーん……目とか鼻とか付けたいよね」
「確かに……!ねぇ、アイビス!!なんかいいモノないかな?!」
「なんで俺に聞く……?う~ん、この辺りに赤い実があったような……」
「折れた枝とかないかなっ?!腕も付けようよ!」
カイトはそんな仲間たちを、壁にもたれて眩しそうに目を細めた。
「……確かに……『平和』、だな」
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彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
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