56 / 147
第四章 地下に眠る太陽のカケラ
45 帰郷
しおりを挟む
******
「盗まれた!!」
「なんだと?!盗まれた?」
「人間の仕業か?!」
「いやっ!人間がそう簡単に王国に入ることはできん!」
「それなら、誰が……?」
「……やつらだ」
「そうだ!やつらだ!!」
「なんということを!?これは、宣戦布告だぞ!!」
「……戦争だ!」
「戦争だ!」「戦争だ!!」「戦争だ!!!」
「……取り戻せ!」
「そうだ、取り戻せ!王国の宝を!!」
「国王の証を!!」
「鍵を──『太陽の間の鍵』を!!」
******
大山脈は天と地を繋ぐように聳え立つ。
大陸の極北の地を、西の端から東の端まで連なる様は、人々から畏怖と敬意を持って、昔から信仰の対象にもされてきた。
山頂は雲が覆い隠し、目にすることは稀だが、特別晴れた日には万年雪の白が映える、幻想的な風景が見られる。
ドワーフの王国は、その大山脈の地下に広がる。さながら迷路のように複雑に入り組んだ道が、一説には西の海から東の海まで通っていたと言われている。
しかし今では、使われているのは東寄りのごく一部に過ぎない。
元は十時行路の南北路の北の付け根に、国への入り口があったと伝わっている。だが十時行路が人間の手に渡り、人間の国が発展したことにより、ドワーフたちは移動を余儀なくされた。
そしてある一族が王を名乗り、新たに国を作ったのが、現在のドワーフの王国である。
フェザントの故郷、ドワーフの隠れ里と言われる『渓谷村』、通称『アスカ村』は、大山脈の雪解け水を源流とする小さな川が流れる場所にできた、小さな村だ。
その名の通り、山と山に挟まれた雪深い地に、二百人ほどが暮らしている。
村を訪れる者は少ないが、村人は他の村や町に出稼ぎに行ったり買い物へ行ったり、仕事の依頼を受けたりしているので、それほど排他的ということもない。
ただ外の人間が訪れるには、あまりに辺鄙過ぎるというだけなのだ。
***
アスカ村へ通じる道は三つある。
一つは橋を渡ってドワーフの王国へと繋がる道だ。
だがこの道を通るにはまず、ドワーフの王国へと足を踏み入れなければならない。入国審査がどんどん厳しくなっている王国は、人間が入るには一苦労だ。
もう一つは山を越えて人間の国、ヴェルドット国へと行く道。
こちらは主に村人が抜け道として使っている。昔の坑道を利用するため、村人以外が通ろうとしても決して出口に辿り着けはしない。
フェザントがいる今、この道を通ることはできるようになったのだが、カイトがヴェルドット国を避けているため、一行もそれに付き合わされることになった。
つまりカイトたち一行は、最後の道、川沿いをひたすら北上する道を通って、アスカ村へと辿り着いたのだった。
******
その日、静かな村はちょっとした喧騒に包まれた。
「マイナーーー!!マイナ!マイナ!!」
村の中央部にある診療所に、一人の村人が転がり込む。
「なにっ?!なんの騒ぎよ?!急病人?!」
「マイナ、大変だ!!」
「だから、なにっ?!」
「かっ」
「『かっ』?」
「帰って来た!!」
「…………え?」
「だーかーら!帰って来たんだよ!!フェザントたちがっ!!」
バンッ!!
大きな音を立てて開かれた扉もそのままに、女性は駆けていく。
伸びた赤茶の髪が背中を打ち、その躍動的な体躯と相まって、さながら馬のようだ。
彼女が目指したのは村の入り口。彼らが通る道はよく分かっていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
立ち止まったマイナは、久しぶりの全力疾走に暴れる肺を押さえながら、近づいてくる八つの人かげを見つめる。
「……あぁ……!」
今度押さえるのは、肺ではなく、胸だ。
彼女に気づいた小さな二人が、大きく手を振る。
マイナは手を振り返しながら、村中に響き渡るような大声で、八人を迎え入れた。
「おかえりーーー!!!」
約一年半ぶりの、フェザントの帰郷だった。
***
「よう、フェザント!お帰り!!」
「おう!ただいま!!」
「おかえり!なんだ、ずいぶんと早いご帰還だな」
「うるせえ!」
「あっはっはっ!!」
「カイト、みんなも!!」「いらっしゃい!」「おかえりなさい!」
「また世話になる」
「何言ってんだい、他人行儀はやめとくれ!」
「そうだよ!あんたらみんな、この村の恩人なんだ」
「そうさね!故郷に帰ったつもりでくつろぎなさいな」
会う人会う人に声を掛けられ、一行の歩みは遅い。
その上、全員が知り合いという村だ。
噂はすぐに広まって、一行に会いに集まる村人が後を絶たない。
「ほらほら!散った、散った!!どうせ今夜は宴会よ。話はその時にしてよね」
マイナが追い払うように手を振ると、村人たちは笑いながらそれぞれ仕事に戻って行く。
「はいはい、仕事に戻るとするか」
「酒を飲みながら、旅の話を聞かせてくれ!楽しみにしてるよ」
「村中に知らせておくよ」
知らない大勢に囲まれてユエは驚いたが、不思議と恐怖は感じなかった。
それは村人が、カイトの仲間だというだけで、ユエのことを受け入れてくれたからだ。
「さあ、みんな長旅で疲れているでしょ。まずはうちに来て、それから自己紹介ね」
マイナはユエに目配せをして、一行を先導して行く。
(……この人が……)
女性にしては背が高い──ユエとそう変わらないくらいだ──後ろ姿について行きながら、ユエは初対面であるのに懐かしさを感じていた。
道すがら話を聞いていたからだろうか。
仲間だった女性。医者でクレインの命の恩人。一行の母親のような姉のような存在。そして──結婚を機にこの村に留まることを選んだ、と。
***
ドワーフの村は、これまでユエが見て来た人間の町とは全く雰囲気が異なっている。
住居は山の斜面を利用して穴を掘ったものが多いが、それ以外にもレンガ造りから茅葺き屋根、そして古い巨木の洞をそのまま家にしたものもある。
水路が整備されていて、すでに田植えを終えた水田に青々とした稲が揺れている。
その一方、道は土がむき出しで、放し飼いの鶏が好き勝手に歩き回っては、ユエの足元を覚束なくさせた。
統一性がないように見えながらも、村全体が一つの家のように、どこか温かく一行を迎えている。
「ただいま」
案内されたマイナの家は、ここでは最も一般的な洞穴の家だ。
中は少しひんやりとして薄暗い。
「ただいまー!」マイナがもう一度言いながら明かり取りの窓を開け放つと、柔らかな日差しが一行の目に部屋を見せてくれる。
広い居間には大きな石造りの卓と木の椅子が四つ。
壁は粘土で塗り固められ、土の濃淡がそのまま模様のようになっている。
玄関横にはほうき。窓の下の棚には鉢植えに植えられた花が風に揺れている。すずらんに似ているが、それより花弁が大きく、月の色を思わせる淡黄色をしている。
卓の上には読みかけの本が伏せてあり、木のコップの中身は半分残っていて、ついさっきまで居た誰かの影が濃く残っていた。
居間から奥に続く扉が四つ。
そのうちのどれかから眠そうな男の声が聞こえてきた。
「……おかえり~、早かったな。それに村がなんだか騒がしい──……」
扉を開けた男は、自分の家の人口密度にびっくりし口を閉じた。だが訪問者たちの顔を認めた次の瞬間、「フェザント!!それに……カイトたちも!!」破顔した。
「よう、ゲルト!」
「おかえり!!」
フェザントがゲルトと呼んだその人は、フェザントとほとんど体格の変わらない、がっしりとした男だ。
縮れた赤毛を後ろで一つに結び、筋骨隆々な腕に分厚い胸板、短いひげを蓄えた口元に笑みを浮かべている。
体格もそうだが、雰囲気までもフェザントと似通っていて、まるで兄弟のように見える。
フェザントは彼と抱き合おうとして、はたと、その腕の中に大事そうに抱えられた白い包みに、動きを止めた。
「……まさか……?!」
みんなの目が釘付けになる。
「ぅ~……」
小さな包みがもぞもぞと動き、何か唸りながらその小さな瞳が開かれていく。
「ふふっ、私たちの息子よ。名前は──ダヤン」
「「おお!!」」
歓声にぱちくりと目をしばたかせて、まだ座ったばかりの首をきょとんとかしげる赤子。
「すっげぇ~!!」
「わぁ!赤ちゃんだぁ……!小さい!!」
「マイナにそっくりだな」
騒がしい客人に泣き出すかと思いきや──「うっ、うぅ!!」むくむくの手を伸ばして「やー!ぅやっ!!」歓迎するように笑いかけた。
「わはははっ!肝が座ってるなぁ!」
フェザントの感想に、クレインも同意する。
「ほんと、さすがマイナとゲルトの子どもだね」
誰が見ても間違えようがないくらい、赤子には両親の血がすでに現れていた。
二人と同じ赤毛に、瞳はマイナの緑を受け継いでいる。そして大らかで人懐こいところまでが似ている。
ゲルトからマイナの腕の中に移動したダヤンを、ラーク、ヘロン、クレインが囲み、ジェイとユエはその三人の後ろから、少し距離を取って覗き込んだ。
アイビスとフェザントはゲルトの肩を叩いて、「何ヶ月なんだ?」「もう三ヶ月だ」「お前さんが父親か……」と労う。
そしてカイトは──どこか距離を図りかねているように、歓喜の輪から外れていた。
「……カイト」
マイナが呼ぶ。
その場の全員が──ダヤンまでもが──静かに二人のやり取りに注視した。
その中でアイビスとクレインだけは、チラッと二人の表情を見比べるように確かめる。
しかしマイナはそんな二人の懸案を吹き飛ばすような晴れやかな笑顔だ。
「……カイト、ダヤンを抱っこしてくれるかしら?」
カイトが承諾する前に、マイナは我が子をカイトの腕に預けていた。
小さなダヤンを抱くカイトの姿は、危なっかしくはなかったが、どこか緊張が見える。
「うーあっ!」
顔に向かって伸びた紅葉のような手に、カイトは己の人差し指を握らせた。
「あー!うっきゃ!!」
「……すごいな……」
そう呟いた時には、カイトから緊張は抜けていた。
そして慈愛に満ちた笑みで、母親になったかつての仲間を見つめる。
「……マイナ、それにゲルト、おめでとう」
カイトの祝福に、夫婦は顔を見合わせてから、「「ありがとう」」声を合わせた。
「……おめでとう!!」
「二人とも!おめでとう!」
「そうだ、肝心な言葉を言ってなかった!……おめでとう!!」
そして家の中は、生まれた命への祝福と、再開の歓喜と、そして新たな出会いを歓迎する優しい空気に包まれたのだ。
******
やっと興奮が落ち着いて、一行は家族三人を取り囲むように腰を落ち着けた。
ゲルトがお茶を入れてくれ、そうしてやっとユエは自己紹介することができた。
初対面のユエ、マイナ、ゲルトがそれぞれ名乗るが、すでにダヤンのおかげで打ち解けていたからか、改まるのが少し気恥ずかしい。
ユエはどの程度『紹介』すべきなのか迷っていたが、マイナの方から「いつからなの?」「いくつなの?」「……男の子、よね?」と色々質問をしてくれたため、それに答えることで自己紹介は進められて、ユエは助かった。
それから互いの近況を報告し合って、さて本題に、という時に、外からノックの音とともに「お~い、マイナー!」声がかけられた。
「どうしたのよ?」
「こんな時に悪いなあ……うちの娘の具合がちょっと……」
マイナは客といくつか言葉を交わしてから、
「悪いわね。患者よ。ちょっと出てくるわ」
と、そのまま家を飛び出していった。
一行は呆気にとられたが、すぐに「相変わらずだ」「マイナらしい」と笑う。
彼女はカイトをして「最高の医者」と言わしめるほどなのだ。
それは単純な知識や技術だけではない。
新しい治療法や薬を学ぶ姿勢。未知の病気に対する度胸。そして患者への対し方。その全てが揃っての賛辞だ。
彼女は旅の中でも、こうして患者のために奔走していた。
そんな妻を誇りに思いながら、ゲルトは「そうだ」と、部屋いっぱいの客人を見回す。
「お前さんたちの寝床を作らないとな。さすがにうちに八人は狭いから……半分は、フェザント、お前の家に寝かせるか?」
「そうだなあ……」
旅に出ている間、フェザントの家の管理はゲルトたちに頼んでおいたのだ。
フェザントは己の家を思う時、必ず懐かしさと同時に、切なさが溢れた。
思い出の残る、あの場所。
人生最大の喜びと、そして最大の哀しみを味わったあの家──。
「……日が暮れる前に、行かねえと、な……」
窓の外はゆっくりと日陰の面積が増えている。
目を伏せてポツンと呟いて、フェザントは一人腰を上げた。
「……手伝うか?」
ゲルトの申し出に、黙って頭を横に振る。
「いや……家に帰るより先に、二人に会いに行ってくるよ」
「……フェザント」
いたずら小僧がいつもの笑顔を封印して、心配そうに見上げる。
そのヘロンの頭をぐしゃぐしゃっとかき混ぜて、フェザントは一人、故郷の風に吹かれる。
妻と娘に会うために──。
「盗まれた!!」
「なんだと?!盗まれた?」
「人間の仕業か?!」
「いやっ!人間がそう簡単に王国に入ることはできん!」
「それなら、誰が……?」
「……やつらだ」
「そうだ!やつらだ!!」
「なんということを!?これは、宣戦布告だぞ!!」
「……戦争だ!」
「戦争だ!」「戦争だ!!」「戦争だ!!!」
「……取り戻せ!」
「そうだ、取り戻せ!王国の宝を!!」
「国王の証を!!」
「鍵を──『太陽の間の鍵』を!!」
******
大山脈は天と地を繋ぐように聳え立つ。
大陸の極北の地を、西の端から東の端まで連なる様は、人々から畏怖と敬意を持って、昔から信仰の対象にもされてきた。
山頂は雲が覆い隠し、目にすることは稀だが、特別晴れた日には万年雪の白が映える、幻想的な風景が見られる。
ドワーフの王国は、その大山脈の地下に広がる。さながら迷路のように複雑に入り組んだ道が、一説には西の海から東の海まで通っていたと言われている。
しかし今では、使われているのは東寄りのごく一部に過ぎない。
元は十時行路の南北路の北の付け根に、国への入り口があったと伝わっている。だが十時行路が人間の手に渡り、人間の国が発展したことにより、ドワーフたちは移動を余儀なくされた。
そしてある一族が王を名乗り、新たに国を作ったのが、現在のドワーフの王国である。
フェザントの故郷、ドワーフの隠れ里と言われる『渓谷村』、通称『アスカ村』は、大山脈の雪解け水を源流とする小さな川が流れる場所にできた、小さな村だ。
その名の通り、山と山に挟まれた雪深い地に、二百人ほどが暮らしている。
村を訪れる者は少ないが、村人は他の村や町に出稼ぎに行ったり買い物へ行ったり、仕事の依頼を受けたりしているので、それほど排他的ということもない。
ただ外の人間が訪れるには、あまりに辺鄙過ぎるというだけなのだ。
***
アスカ村へ通じる道は三つある。
一つは橋を渡ってドワーフの王国へと繋がる道だ。
だがこの道を通るにはまず、ドワーフの王国へと足を踏み入れなければならない。入国審査がどんどん厳しくなっている王国は、人間が入るには一苦労だ。
もう一つは山を越えて人間の国、ヴェルドット国へと行く道。
こちらは主に村人が抜け道として使っている。昔の坑道を利用するため、村人以外が通ろうとしても決して出口に辿り着けはしない。
フェザントがいる今、この道を通ることはできるようになったのだが、カイトがヴェルドット国を避けているため、一行もそれに付き合わされることになった。
つまりカイトたち一行は、最後の道、川沿いをひたすら北上する道を通って、アスカ村へと辿り着いたのだった。
******
その日、静かな村はちょっとした喧騒に包まれた。
「マイナーーー!!マイナ!マイナ!!」
村の中央部にある診療所に、一人の村人が転がり込む。
「なにっ?!なんの騒ぎよ?!急病人?!」
「マイナ、大変だ!!」
「だから、なにっ?!」
「かっ」
「『かっ』?」
「帰って来た!!」
「…………え?」
「だーかーら!帰って来たんだよ!!フェザントたちがっ!!」
バンッ!!
大きな音を立てて開かれた扉もそのままに、女性は駆けていく。
伸びた赤茶の髪が背中を打ち、その躍動的な体躯と相まって、さながら馬のようだ。
彼女が目指したのは村の入り口。彼らが通る道はよく分かっていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
立ち止まったマイナは、久しぶりの全力疾走に暴れる肺を押さえながら、近づいてくる八つの人かげを見つめる。
「……あぁ……!」
今度押さえるのは、肺ではなく、胸だ。
彼女に気づいた小さな二人が、大きく手を振る。
マイナは手を振り返しながら、村中に響き渡るような大声で、八人を迎え入れた。
「おかえりーーー!!!」
約一年半ぶりの、フェザントの帰郷だった。
***
「よう、フェザント!お帰り!!」
「おう!ただいま!!」
「おかえり!なんだ、ずいぶんと早いご帰還だな」
「うるせえ!」
「あっはっはっ!!」
「カイト、みんなも!!」「いらっしゃい!」「おかえりなさい!」
「また世話になる」
「何言ってんだい、他人行儀はやめとくれ!」
「そうだよ!あんたらみんな、この村の恩人なんだ」
「そうさね!故郷に帰ったつもりでくつろぎなさいな」
会う人会う人に声を掛けられ、一行の歩みは遅い。
その上、全員が知り合いという村だ。
噂はすぐに広まって、一行に会いに集まる村人が後を絶たない。
「ほらほら!散った、散った!!どうせ今夜は宴会よ。話はその時にしてよね」
マイナが追い払うように手を振ると、村人たちは笑いながらそれぞれ仕事に戻って行く。
「はいはい、仕事に戻るとするか」
「酒を飲みながら、旅の話を聞かせてくれ!楽しみにしてるよ」
「村中に知らせておくよ」
知らない大勢に囲まれてユエは驚いたが、不思議と恐怖は感じなかった。
それは村人が、カイトの仲間だというだけで、ユエのことを受け入れてくれたからだ。
「さあ、みんな長旅で疲れているでしょ。まずはうちに来て、それから自己紹介ね」
マイナはユエに目配せをして、一行を先導して行く。
(……この人が……)
女性にしては背が高い──ユエとそう変わらないくらいだ──後ろ姿について行きながら、ユエは初対面であるのに懐かしさを感じていた。
道すがら話を聞いていたからだろうか。
仲間だった女性。医者でクレインの命の恩人。一行の母親のような姉のような存在。そして──結婚を機にこの村に留まることを選んだ、と。
***
ドワーフの村は、これまでユエが見て来た人間の町とは全く雰囲気が異なっている。
住居は山の斜面を利用して穴を掘ったものが多いが、それ以外にもレンガ造りから茅葺き屋根、そして古い巨木の洞をそのまま家にしたものもある。
水路が整備されていて、すでに田植えを終えた水田に青々とした稲が揺れている。
その一方、道は土がむき出しで、放し飼いの鶏が好き勝手に歩き回っては、ユエの足元を覚束なくさせた。
統一性がないように見えながらも、村全体が一つの家のように、どこか温かく一行を迎えている。
「ただいま」
案内されたマイナの家は、ここでは最も一般的な洞穴の家だ。
中は少しひんやりとして薄暗い。
「ただいまー!」マイナがもう一度言いながら明かり取りの窓を開け放つと、柔らかな日差しが一行の目に部屋を見せてくれる。
広い居間には大きな石造りの卓と木の椅子が四つ。
壁は粘土で塗り固められ、土の濃淡がそのまま模様のようになっている。
玄関横にはほうき。窓の下の棚には鉢植えに植えられた花が風に揺れている。すずらんに似ているが、それより花弁が大きく、月の色を思わせる淡黄色をしている。
卓の上には読みかけの本が伏せてあり、木のコップの中身は半分残っていて、ついさっきまで居た誰かの影が濃く残っていた。
居間から奥に続く扉が四つ。
そのうちのどれかから眠そうな男の声が聞こえてきた。
「……おかえり~、早かったな。それに村がなんだか騒がしい──……」
扉を開けた男は、自分の家の人口密度にびっくりし口を閉じた。だが訪問者たちの顔を認めた次の瞬間、「フェザント!!それに……カイトたちも!!」破顔した。
「よう、ゲルト!」
「おかえり!!」
フェザントがゲルトと呼んだその人は、フェザントとほとんど体格の変わらない、がっしりとした男だ。
縮れた赤毛を後ろで一つに結び、筋骨隆々な腕に分厚い胸板、短いひげを蓄えた口元に笑みを浮かべている。
体格もそうだが、雰囲気までもフェザントと似通っていて、まるで兄弟のように見える。
フェザントは彼と抱き合おうとして、はたと、その腕の中に大事そうに抱えられた白い包みに、動きを止めた。
「……まさか……?!」
みんなの目が釘付けになる。
「ぅ~……」
小さな包みがもぞもぞと動き、何か唸りながらその小さな瞳が開かれていく。
「ふふっ、私たちの息子よ。名前は──ダヤン」
「「おお!!」」
歓声にぱちくりと目をしばたかせて、まだ座ったばかりの首をきょとんとかしげる赤子。
「すっげぇ~!!」
「わぁ!赤ちゃんだぁ……!小さい!!」
「マイナにそっくりだな」
騒がしい客人に泣き出すかと思いきや──「うっ、うぅ!!」むくむくの手を伸ばして「やー!ぅやっ!!」歓迎するように笑いかけた。
「わはははっ!肝が座ってるなぁ!」
フェザントの感想に、クレインも同意する。
「ほんと、さすがマイナとゲルトの子どもだね」
誰が見ても間違えようがないくらい、赤子には両親の血がすでに現れていた。
二人と同じ赤毛に、瞳はマイナの緑を受け継いでいる。そして大らかで人懐こいところまでが似ている。
ゲルトからマイナの腕の中に移動したダヤンを、ラーク、ヘロン、クレインが囲み、ジェイとユエはその三人の後ろから、少し距離を取って覗き込んだ。
アイビスとフェザントはゲルトの肩を叩いて、「何ヶ月なんだ?」「もう三ヶ月だ」「お前さんが父親か……」と労う。
そしてカイトは──どこか距離を図りかねているように、歓喜の輪から外れていた。
「……カイト」
マイナが呼ぶ。
その場の全員が──ダヤンまでもが──静かに二人のやり取りに注視した。
その中でアイビスとクレインだけは、チラッと二人の表情を見比べるように確かめる。
しかしマイナはそんな二人の懸案を吹き飛ばすような晴れやかな笑顔だ。
「……カイト、ダヤンを抱っこしてくれるかしら?」
カイトが承諾する前に、マイナは我が子をカイトの腕に預けていた。
小さなダヤンを抱くカイトの姿は、危なっかしくはなかったが、どこか緊張が見える。
「うーあっ!」
顔に向かって伸びた紅葉のような手に、カイトは己の人差し指を握らせた。
「あー!うっきゃ!!」
「……すごいな……」
そう呟いた時には、カイトから緊張は抜けていた。
そして慈愛に満ちた笑みで、母親になったかつての仲間を見つめる。
「……マイナ、それにゲルト、おめでとう」
カイトの祝福に、夫婦は顔を見合わせてから、「「ありがとう」」声を合わせた。
「……おめでとう!!」
「二人とも!おめでとう!」
「そうだ、肝心な言葉を言ってなかった!……おめでとう!!」
そして家の中は、生まれた命への祝福と、再開の歓喜と、そして新たな出会いを歓迎する優しい空気に包まれたのだ。
******
やっと興奮が落ち着いて、一行は家族三人を取り囲むように腰を落ち着けた。
ゲルトがお茶を入れてくれ、そうしてやっとユエは自己紹介することができた。
初対面のユエ、マイナ、ゲルトがそれぞれ名乗るが、すでにダヤンのおかげで打ち解けていたからか、改まるのが少し気恥ずかしい。
ユエはどの程度『紹介』すべきなのか迷っていたが、マイナの方から「いつからなの?」「いくつなの?」「……男の子、よね?」と色々質問をしてくれたため、それに答えることで自己紹介は進められて、ユエは助かった。
それから互いの近況を報告し合って、さて本題に、という時に、外からノックの音とともに「お~い、マイナー!」声がかけられた。
「どうしたのよ?」
「こんな時に悪いなあ……うちの娘の具合がちょっと……」
マイナは客といくつか言葉を交わしてから、
「悪いわね。患者よ。ちょっと出てくるわ」
と、そのまま家を飛び出していった。
一行は呆気にとられたが、すぐに「相変わらずだ」「マイナらしい」と笑う。
彼女はカイトをして「最高の医者」と言わしめるほどなのだ。
それは単純な知識や技術だけではない。
新しい治療法や薬を学ぶ姿勢。未知の病気に対する度胸。そして患者への対し方。その全てが揃っての賛辞だ。
彼女は旅の中でも、こうして患者のために奔走していた。
そんな妻を誇りに思いながら、ゲルトは「そうだ」と、部屋いっぱいの客人を見回す。
「お前さんたちの寝床を作らないとな。さすがにうちに八人は狭いから……半分は、フェザント、お前の家に寝かせるか?」
「そうだなあ……」
旅に出ている間、フェザントの家の管理はゲルトたちに頼んでおいたのだ。
フェザントは己の家を思う時、必ず懐かしさと同時に、切なさが溢れた。
思い出の残る、あの場所。
人生最大の喜びと、そして最大の哀しみを味わったあの家──。
「……日が暮れる前に、行かねえと、な……」
窓の外はゆっくりと日陰の面積が増えている。
目を伏せてポツンと呟いて、フェザントは一人腰を上げた。
「……手伝うか?」
ゲルトの申し出に、黙って頭を横に振る。
「いや……家に帰るより先に、二人に会いに行ってくるよ」
「……フェザント」
いたずら小僧がいつもの笑顔を封印して、心配そうに見上げる。
そのヘロンの頭をぐしゃぐしゃっとかき混ぜて、フェザントは一人、故郷の風に吹かれる。
妻と娘に会うために──。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる