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第四章 地下に眠る太陽のカケラ
46 フェザントの過去
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「……ただいま。デイシー、エバ」
フェザントは花を供えてから、静かに語りかける。
「……一年半も放っておいて、すまねぇな……。俺は……怖かったんだ。お前たちがいないこの村が……。お前たちがいないのに、生きていかなきゃなんねぇのが……」
ドワーフは、死後の世界や生まれ変わりを信じていない。
命尽きれば等しく、大地に還るだけだ。
だがそれでも、墓を作り死者をともらうのは、残された者のためだと、フェザントは考えている。
妻と娘が眠る墓の前に膝をつき、フェザントは寝物語のように自分の旅の話をする。
「……俺はずいぶんと狭い世界しか知らなかったみてぇだ。海っつーもんがあんなに綺麗なことも、人を売り買いするような輩がいることも、俺が……俺が、お前たちがいなくても笑えることも……」────
******
それは、記録的な猛暑の夏だった。
村だけではなく、ドワーフ王国とその周辺一帯が、記録にも記憶にもないほどの暑さに見舞われたその夏。
伝染病が村を襲った。
最初はただの熱病だと思われた。
発熱、嘔吐、下痢──体力のない子ども、年寄りからバタバタと倒れていったが、安静にしていれば回復するだろうと、一様に深刻には受け止めていなかった。
おかしいと気がついたのは、最初の死者が出てからだ。
元々、慣れない暑さに参っていた高齢の女性が、血を吐き、下血し、そして目や耳からも血を流しながら亡くなった。
伝染する病気だと医者が判断した時には、すでにその村唯一の老医が病に倒れていた。
そして、フェザントのまだ九歳の娘エバがその短い生涯を終えた、その日──それが、ドワーフの隠れ里を探していたカイトたち一行が、村へと足を踏み入れた日だった。
***
村が全滅しなかったのは、三つの奇跡が重なったため。
一つはマイナ。
大陸中を旅して、病と治療法に精通した医者──彼女がその伝染病についての知識を持っていたこと。
二つ目はカイト。
その伝染病の唯一の治療法は、抗体を持つ者の血液を患者に輸血することだった。
そして──カイトが抗体を持っていた。
三つ目は、ドワーフの村の風習にあった。
患者の血や分泌物から、人へと感染するその病。
ドワーフはアルコールや煮沸による消毒の知識があり、火葬の風習があった。それが病の拡大をギリギリのところで防いでいたのだ。
カイトが言葉通り身を切って輸血し、そしてマイナが病を恐れず適切な治療を施した。
それでも──全てを救うことはできなかった。
フェザントの娘エバ、その後亡くなった妻のデイシーを含め、最終的に二十三人の犠牲を出して、村から病を一掃したのだった。
熱帯地域の島国を滅ぼしたこともある災厄。それを思えば、犠牲者は奇跡的なほどに抑えられたと言ってもいい。
だが……家族を亡くしたフェザントが、それを手放しでは喜べなかったのは当然のことだ。
『どうしてもっと早く来てくれなかった!?』
『どうしてデイシーとエバが……?!』
『どうしてこの村が……?!』
奇跡とも運命とも、簡単に受け入れられなかった。
******
「……まさか俺が、旅をすることになるなんて、な」
妻と娘を喪って自暴自棄になりかけたフェザントを救ったのは、ヘロンの明るさとラークの優しさだった。
意図的だったのか、何の計算もなかったのか──二人の母親のような姉のような立場のマイナが忙しいこともあって、子ども二人の世話をいつの間にかフェザントが見ていた。
決して恵まれていたとは言えない幼少期を過ごした二人であったが、それでも明るくたくましく生きていた。
それまでドワーフの王国とその隣国くらいしか知らなかったフェザントにとって、二人の冒険譚は眩しいほどだった。
「……そんでまさか、ゲルトとマイナが、なあ……」
そしてゲルトと恋仲になったマイナが、村に留まる決断をして、思いがけない長逗留になった一行が、とうとう村を去る日が来て──。
『フェザント、一緒に行こうぜ!!』
ヘロンに誘われたのだ。
「……お前たちも、もう聞いてるか?ゲルトとマイナのところに子どもが産まれたんだ。……デイシー、お前にとっちゃあ、甥っ子だな。エバがいりゃあ、きっと大喜びでお世話を手伝ったろうな……」
フェザント自身の血縁は、もういない。両親はすでに死去し、兄弟もいなかった。
だが、デイシーの弟のゲルトに子ができた。
奇跡とも運命とも言いたくない。
それでも──『巡り合わせ』というものは、確かにあるのだ。
喪失から逃れるように旅に出て、知らない世界を知り、綺麗なものも汚濁も見て──こうして穏やかな気持ちで村へと戻って来られた。
フェザントはやっと受け入れることができた。
二人の死を、ではない。
自分が生きていくことを、だ。
******
フェザントが墓前で過去を振り返っているその時──マイナの家に残った者たちも同じ想いの中にいた。
「もちろんマイナとカイトは命の恩人だが……お前さんたち全員に、村は感謝してるのさ。病が下火になってもしばらくは、村は機能していなかった。その間を支えてくれたからな」
すやすやと何の憂いもなく眠る赤ん坊──こんな穏やかな日々が決して『当たり前』ではないことを、ゲルトは知っている。
病に倒れた者とそれを看病する者、村は仕事どころではなかった。
作物は暑さもあって枯れ、家畜は伝染を恐れて殺処分するしかない。
王国へ支援を求めたが……病を恐れた国は、支援どころか村を見捨てたのだ。
国へと続く橋に兵を立て、村人たちを閉じ込めて。
もしかしたらそれは、病の拡大を防ぐためには英断だったのかもしれない。
だがそれでも、『見捨てられた』という村人たちの思いは消えない。
特にカイトたち一行が──『よそ者』とも言える彼らが──自らの身の危険を顧みずに助けてくれた姿を知っているからこそ、その不信は大きなものになった。
「お前さんたちが留まって助けてくれなけりゃあ、村は無くなっていたかもしれん」
カイトたちは自らの旅の資金を、村人たちの食糧やら薬やらに充ててくれた。その上、何とか村が日常生活を送れるまで、復興を手伝ってくれたのだ。
「……そう、俺たちを聖人みたいに崇められては困る」
カイトはゲルトに苦笑を返す。
「俺たちは俺たちで、魂胆があった。『ドワーフの情報を得たい』という、な。見返りを見越して、恩を売っただけだ」
カイトの言葉は、そのまま本心だった。
カイト自身は抗体を持っていたため、それほど危険は大きくないと判断し村の治療に当たったが、それ以外、特に体力のないラークとヘロンは、安全が確保されるまで絶対に村へは入れなかった。
色々なものを天秤にかけて、そして利点があると判断して手を貸したに過ぎない。
「ははっ、それでもいいのさ。意図がどうであれ、感謝は消えない。お前さんたちが嫌がろうと、俺たちは『ありがとう』と言い続けてやるよ」
ゲルトの脅迫のような感謝に、笑いが漏れる。
「……さぁて、と!」
話がひと段落したところで、ヘロンが勢いよく立ち上がった。
「日が暮れてきたし、そろそろフェザントを迎えに行ってやろうぜ!」とラークに声をかける。
「迎えって……そっとしてあげた方がいいんじゃ……?」
「なーに言ってんだよ!そっとしといたら、フェザントのやつ、いつまで経っても帰って来ないぜ」
妻と娘を悼んでいるであろうフェザントのことを思って、躊躇するラークに、ヘロンは「分かってないなぁ」と子どもに言い聞かせるような口調だ。
「フェザントは一人になるとズンズン、ズンズン沈んでっちまうんだよ。俺らが隣でわちゃわちゃやってるくらいがちょうどいいんだって!」
妙に分かったようなことを言うヘロンに、大人一同はハッとさせられる。
……が──それも一瞬のこと。
「……フェザントのため、みたいに言ってるけど、ヘロン?ただ単にヘロンが外に遊びに行きたいだけなんじゃないの?」
「それもある!!」
ラークの分析に堂々と頷くヘロンに、一同にさらに笑みが広がった。
******
村の広場は、それこそ村人全員が集まったような大宴会になった。
各々が酒を持ち寄って、互いの杯を満たし合う。即席のかまどでスープが煮込まれ、焚き火には肉や魚が脂を落として香ばしい匂いを漂わせている。
「……やはりあの伝染病は、猛暑が一因だったようだ。あの後、王国の別の村やヴェルドットでも患者が出たが、寒さが戻ってすぐに終息に向かったと聞いた」
「そうか。あの病はまだ感染源が特定されていない。が……あの夏、南の商団から手に入れた何かに、おそらく……」
「ああ。病気の元がくっ付いて来たんだろうな……」
「今年、うちの村は雪が少なくてな。その代わりみたいに、いつもはそう降らないところで、ずいぶんと積もったっていう話だ」
「変な気候が続くね……」
「そういえば……最近は天災が多いとか、どこかで聞いたな……」
カイトとアイビスが村の男衆と堅い話をする中、ダヤンをあやすマイナは、クレイン、ユエ、ジェイに息子の愛らしさを語っている。
「子育てっておもしろいわ!ってもうちはほとんどゲルトが育ててるようなものだけどね」
「マイナはもう仕事に復帰してるのか?」
「そうよ。村の診療所で診てるの。ゲルトの仕事は家でもできるから、彼がダヤンを見ててくれて助かるわ」
ゲルトは彫金師だ。
元々、フェザントが鍛金した金属をゲルトが加工し、装飾品を造っていた。
仕事仲間だったフェザントに、ゲルトが姉を紹介したことで二人は結ばれたのだ。
そしてそのフェザントは……いつものようにヘロンの後を追っかけている。
何をやらかしたのか、肉を両手に逃げるヘロンの後を、フェザントが追いかけ、それをラークがおろおろと見ている。
いつの間に仲良くなったのか、ヘロンの「突撃ーーっ!!」という指示に、村の子どもたちが一斉にフェザントに襲いかかって、きゃっきゃと巨体にまとわりついている。
村の宴会の光景は、ここがまさしく生まれ故郷であるフェザントだけでなく、他に故郷を持つ者、そして持たない者にとっても、等しく『ノスタルジア』を感じさせるものであった。
***
宴もたけなわ──夜が深まり、子どもたちは親に連れられてそれぞれの家へと戻って行った。
酒豪が多いドワーフの中でも、特に酒好きばかりが残り、静かに輪ができる。
「……それで?」
ダヤンをゲルトに預け先に帰らせて、マイナが斬り込んだ。
「今回は何の目的?」
カイトの行動を、性格をよく把握しているマイナは、彼らが何の意味もなくここを訪れるとは考えない。
「『ちょっと顔を見に』なんて、軽く来られる所じゃあないことは、よく分かってるわ」
話が早くて助かる、と、カイトは笑む。
「ドワーフ王国の中枢へ……地下王城へ行きたい」
一気に密談の雰囲気になった。
「また難しいことを……目的は?」
「……以前ここを訪れた時、『鍵』の話をしてくれただろう?『太陽の間』の──」
そこでふと、カイトは言葉を切る。
村人たちの反応がおかしい。
打ち合わせたように、一斉に息を呑んだのだ。
「……何だ?それほど変なことを言ったか……?」
胡乱げなカイトに向かって、マイナが代表してその空気を説明してくれる。
「……カイト、あなたって……どうしてこう……!!機を狙っているのか外しているのか……まるであなたが嵐を運んでくるみたいに思えるわ……」
「一体何の──?」
「いい?!今、王国の中心部では、戦に向けて機運が高まっているのよっ!」
ビシィっ!!と人差し指を立てて、マイナが語尾を強める。
「いくさだあ?!なんだっ?!とうとう人間と戦争でもおっ始めるつもりかぁ?!」
フェザントがひっくり返るような声を出し、自分の声につられて身体も転げそうになったのを、慌てて引き戻す。
「……『人間と』、じゃあないのよ」
「は、ぁ?!どういう……?」
「ドワーフ同士で、戦争が始まりそうなの」
目玉が落ちそうなほど瞠いたフェザントは、さらに続いたマイナの言葉に、とうとう後ろにひっくり返ることになる。
「そしてその戦争の大義名分になっているのが、『鍵』──『太陽の間の鍵』が、何者かに盗まれたの!!」
フェザントは花を供えてから、静かに語りかける。
「……一年半も放っておいて、すまねぇな……。俺は……怖かったんだ。お前たちがいないこの村が……。お前たちがいないのに、生きていかなきゃなんねぇのが……」
ドワーフは、死後の世界や生まれ変わりを信じていない。
命尽きれば等しく、大地に還るだけだ。
だがそれでも、墓を作り死者をともらうのは、残された者のためだと、フェザントは考えている。
妻と娘が眠る墓の前に膝をつき、フェザントは寝物語のように自分の旅の話をする。
「……俺はずいぶんと狭い世界しか知らなかったみてぇだ。海っつーもんがあんなに綺麗なことも、人を売り買いするような輩がいることも、俺が……俺が、お前たちがいなくても笑えることも……」────
******
それは、記録的な猛暑の夏だった。
村だけではなく、ドワーフ王国とその周辺一帯が、記録にも記憶にもないほどの暑さに見舞われたその夏。
伝染病が村を襲った。
最初はただの熱病だと思われた。
発熱、嘔吐、下痢──体力のない子ども、年寄りからバタバタと倒れていったが、安静にしていれば回復するだろうと、一様に深刻には受け止めていなかった。
おかしいと気がついたのは、最初の死者が出てからだ。
元々、慣れない暑さに参っていた高齢の女性が、血を吐き、下血し、そして目や耳からも血を流しながら亡くなった。
伝染する病気だと医者が判断した時には、すでにその村唯一の老医が病に倒れていた。
そして、フェザントのまだ九歳の娘エバがその短い生涯を終えた、その日──それが、ドワーフの隠れ里を探していたカイトたち一行が、村へと足を踏み入れた日だった。
***
村が全滅しなかったのは、三つの奇跡が重なったため。
一つはマイナ。
大陸中を旅して、病と治療法に精通した医者──彼女がその伝染病についての知識を持っていたこと。
二つ目はカイト。
その伝染病の唯一の治療法は、抗体を持つ者の血液を患者に輸血することだった。
そして──カイトが抗体を持っていた。
三つ目は、ドワーフの村の風習にあった。
患者の血や分泌物から、人へと感染するその病。
ドワーフはアルコールや煮沸による消毒の知識があり、火葬の風習があった。それが病の拡大をギリギリのところで防いでいたのだ。
カイトが言葉通り身を切って輸血し、そしてマイナが病を恐れず適切な治療を施した。
それでも──全てを救うことはできなかった。
フェザントの娘エバ、その後亡くなった妻のデイシーを含め、最終的に二十三人の犠牲を出して、村から病を一掃したのだった。
熱帯地域の島国を滅ぼしたこともある災厄。それを思えば、犠牲者は奇跡的なほどに抑えられたと言ってもいい。
だが……家族を亡くしたフェザントが、それを手放しでは喜べなかったのは当然のことだ。
『どうしてもっと早く来てくれなかった!?』
『どうしてデイシーとエバが……?!』
『どうしてこの村が……?!』
奇跡とも運命とも、簡単に受け入れられなかった。
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「……まさか俺が、旅をすることになるなんて、な」
妻と娘を喪って自暴自棄になりかけたフェザントを救ったのは、ヘロンの明るさとラークの優しさだった。
意図的だったのか、何の計算もなかったのか──二人の母親のような姉のような立場のマイナが忙しいこともあって、子ども二人の世話をいつの間にかフェザントが見ていた。
決して恵まれていたとは言えない幼少期を過ごした二人であったが、それでも明るくたくましく生きていた。
それまでドワーフの王国とその隣国くらいしか知らなかったフェザントにとって、二人の冒険譚は眩しいほどだった。
「……そんでまさか、ゲルトとマイナが、なあ……」
そしてゲルトと恋仲になったマイナが、村に留まる決断をして、思いがけない長逗留になった一行が、とうとう村を去る日が来て──。
『フェザント、一緒に行こうぜ!!』
ヘロンに誘われたのだ。
「……お前たちも、もう聞いてるか?ゲルトとマイナのところに子どもが産まれたんだ。……デイシー、お前にとっちゃあ、甥っ子だな。エバがいりゃあ、きっと大喜びでお世話を手伝ったろうな……」
フェザント自身の血縁は、もういない。両親はすでに死去し、兄弟もいなかった。
だが、デイシーの弟のゲルトに子ができた。
奇跡とも運命とも言いたくない。
それでも──『巡り合わせ』というものは、確かにあるのだ。
喪失から逃れるように旅に出て、知らない世界を知り、綺麗なものも汚濁も見て──こうして穏やかな気持ちで村へと戻って来られた。
フェザントはやっと受け入れることができた。
二人の死を、ではない。
自分が生きていくことを、だ。
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フェザントが墓前で過去を振り返っているその時──マイナの家に残った者たちも同じ想いの中にいた。
「もちろんマイナとカイトは命の恩人だが……お前さんたち全員に、村は感謝してるのさ。病が下火になってもしばらくは、村は機能していなかった。その間を支えてくれたからな」
すやすやと何の憂いもなく眠る赤ん坊──こんな穏やかな日々が決して『当たり前』ではないことを、ゲルトは知っている。
病に倒れた者とそれを看病する者、村は仕事どころではなかった。
作物は暑さもあって枯れ、家畜は伝染を恐れて殺処分するしかない。
王国へ支援を求めたが……病を恐れた国は、支援どころか村を見捨てたのだ。
国へと続く橋に兵を立て、村人たちを閉じ込めて。
もしかしたらそれは、病の拡大を防ぐためには英断だったのかもしれない。
だがそれでも、『見捨てられた』という村人たちの思いは消えない。
特にカイトたち一行が──『よそ者』とも言える彼らが──自らの身の危険を顧みずに助けてくれた姿を知っているからこそ、その不信は大きなものになった。
「お前さんたちが留まって助けてくれなけりゃあ、村は無くなっていたかもしれん」
カイトたちは自らの旅の資金を、村人たちの食糧やら薬やらに充ててくれた。その上、何とか村が日常生活を送れるまで、復興を手伝ってくれたのだ。
「……そう、俺たちを聖人みたいに崇められては困る」
カイトはゲルトに苦笑を返す。
「俺たちは俺たちで、魂胆があった。『ドワーフの情報を得たい』という、な。見返りを見越して、恩を売っただけだ」
カイトの言葉は、そのまま本心だった。
カイト自身は抗体を持っていたため、それほど危険は大きくないと判断し村の治療に当たったが、それ以外、特に体力のないラークとヘロンは、安全が確保されるまで絶対に村へは入れなかった。
色々なものを天秤にかけて、そして利点があると判断して手を貸したに過ぎない。
「ははっ、それでもいいのさ。意図がどうであれ、感謝は消えない。お前さんたちが嫌がろうと、俺たちは『ありがとう』と言い続けてやるよ」
ゲルトの脅迫のような感謝に、笑いが漏れる。
「……さぁて、と!」
話がひと段落したところで、ヘロンが勢いよく立ち上がった。
「日が暮れてきたし、そろそろフェザントを迎えに行ってやろうぜ!」とラークに声をかける。
「迎えって……そっとしてあげた方がいいんじゃ……?」
「なーに言ってんだよ!そっとしといたら、フェザントのやつ、いつまで経っても帰って来ないぜ」
妻と娘を悼んでいるであろうフェザントのことを思って、躊躇するラークに、ヘロンは「分かってないなぁ」と子どもに言い聞かせるような口調だ。
「フェザントは一人になるとズンズン、ズンズン沈んでっちまうんだよ。俺らが隣でわちゃわちゃやってるくらいがちょうどいいんだって!」
妙に分かったようなことを言うヘロンに、大人一同はハッとさせられる。
……が──それも一瞬のこと。
「……フェザントのため、みたいに言ってるけど、ヘロン?ただ単にヘロンが外に遊びに行きたいだけなんじゃないの?」
「それもある!!」
ラークの分析に堂々と頷くヘロンに、一同にさらに笑みが広がった。
******
村の広場は、それこそ村人全員が集まったような大宴会になった。
各々が酒を持ち寄って、互いの杯を満たし合う。即席のかまどでスープが煮込まれ、焚き火には肉や魚が脂を落として香ばしい匂いを漂わせている。
「……やはりあの伝染病は、猛暑が一因だったようだ。あの後、王国の別の村やヴェルドットでも患者が出たが、寒さが戻ってすぐに終息に向かったと聞いた」
「そうか。あの病はまだ感染源が特定されていない。が……あの夏、南の商団から手に入れた何かに、おそらく……」
「ああ。病気の元がくっ付いて来たんだろうな……」
「今年、うちの村は雪が少なくてな。その代わりみたいに、いつもはそう降らないところで、ずいぶんと積もったっていう話だ」
「変な気候が続くね……」
「そういえば……最近は天災が多いとか、どこかで聞いたな……」
カイトとアイビスが村の男衆と堅い話をする中、ダヤンをあやすマイナは、クレイン、ユエ、ジェイに息子の愛らしさを語っている。
「子育てっておもしろいわ!ってもうちはほとんどゲルトが育ててるようなものだけどね」
「マイナはもう仕事に復帰してるのか?」
「そうよ。村の診療所で診てるの。ゲルトの仕事は家でもできるから、彼がダヤンを見ててくれて助かるわ」
ゲルトは彫金師だ。
元々、フェザントが鍛金した金属をゲルトが加工し、装飾品を造っていた。
仕事仲間だったフェザントに、ゲルトが姉を紹介したことで二人は結ばれたのだ。
そしてそのフェザントは……いつものようにヘロンの後を追っかけている。
何をやらかしたのか、肉を両手に逃げるヘロンの後を、フェザントが追いかけ、それをラークがおろおろと見ている。
いつの間に仲良くなったのか、ヘロンの「突撃ーーっ!!」という指示に、村の子どもたちが一斉にフェザントに襲いかかって、きゃっきゃと巨体にまとわりついている。
村の宴会の光景は、ここがまさしく生まれ故郷であるフェザントだけでなく、他に故郷を持つ者、そして持たない者にとっても、等しく『ノスタルジア』を感じさせるものであった。
***
宴もたけなわ──夜が深まり、子どもたちは親に連れられてそれぞれの家へと戻って行った。
酒豪が多いドワーフの中でも、特に酒好きばかりが残り、静かに輪ができる。
「……それで?」
ダヤンをゲルトに預け先に帰らせて、マイナが斬り込んだ。
「今回は何の目的?」
カイトの行動を、性格をよく把握しているマイナは、彼らが何の意味もなくここを訪れるとは考えない。
「『ちょっと顔を見に』なんて、軽く来られる所じゃあないことは、よく分かってるわ」
話が早くて助かる、と、カイトは笑む。
「ドワーフ王国の中枢へ……地下王城へ行きたい」
一気に密談の雰囲気になった。
「また難しいことを……目的は?」
「……以前ここを訪れた時、『鍵』の話をしてくれただろう?『太陽の間』の──」
そこでふと、カイトは言葉を切る。
村人たちの反応がおかしい。
打ち合わせたように、一斉に息を呑んだのだ。
「……何だ?それほど変なことを言ったか……?」
胡乱げなカイトに向かって、マイナが代表してその空気を説明してくれる。
「……カイト、あなたって……どうしてこう……!!機を狙っているのか外しているのか……まるであなたが嵐を運んでくるみたいに思えるわ……」
「一体何の──?」
「いい?!今、王国の中心部では、戦に向けて機運が高まっているのよっ!」
ビシィっ!!と人差し指を立てて、マイナが語尾を強める。
「いくさだあ?!なんだっ?!とうとう人間と戦争でもおっ始めるつもりかぁ?!」
フェザントがひっくり返るような声を出し、自分の声につられて身体も転げそうになったのを、慌てて引き戻す。
「……『人間と』、じゃあないのよ」
「は、ぁ?!どういう……?」
「ドワーフ同士で、戦争が始まりそうなの」
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