三鍵の奏者

春澄蒼

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第四章 地下に眠る太陽のカケラ

47 鍵の盗難と純血の少女

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 太陽の間の鍵は、王権の象徴。

 ドワーフが信仰する『地下の太陽』の元へ唯一赴けることが、国王の権力を高めている。

 その宝物が、盗まれた。


******
 現王になってから、ドワーフ王国ではますます純血主義が叫ばれるようになった。

 人間との婚姻を禁じ、血縁を詳らかにできる者だけが権力を得ることができる。そのため『純血』とすでにお墨付きをもらっている家系に、金を払って、血縁を偽造する商売もあるくらいだ。


 だがもちろん、それに反発する勢力も大きい。特に一般の民の間では、ドワーフか人間か、純血か亜種か、など、気にもしていない者の方が多いのだ。

 現にフェザントも、この国の基準で言えば『ドワーフ』であるが、外の人間には『ドワーフの亜種』だと説明することに、あまり抵抗はない。

 彼からすれば、己は己であって、他人からドワーフと思われようがドワーフの亜種だと納得されようが、自分自身は変わらないからだ。


 王弟がそんな勢力を取り込み、現国王との対立を深めていることは、フェザントも知っていた。

 だが……

***
「王と王弟の対立は確かに有名だが……だからと言って、内乱にまで発展するかぁ?!」

「フェザント、お前が旅に出てから、色々あったんだ」

 信じられないというフェザントに、村の一人がしみじみと諭す。


「どこから話すか……そうだな、発端はおそらくこれだ。──王弟がどこからか一人の女の子を連れて来た。それが……王弟側が言うことには、その女の子こそが、純血のドワーフだって……」

「純血?!」

「中央のことは、村までなかなか聞こえてこないんだが……噂ではその子は何でも、岩から生まれたとか……」

「んなもん、どうとでも言えらあ」

 鼻で笑ったフェザントに、村の連中は同意のような同情のような目を向ける。

「まぁな。そんな荒唐無稽な話、信じてないヤツの方が多い。でも……確かに『見た』ってやつもいるのさ」

「見たって……何を?」

「その子が太陽の下に連れて来られて、肌が爛れるのを……」

 もう一度食ってかかろうとしたフェザントに、別の一人が淡々と口を挟む。

「まるで伝説の通りなんだと。赤い瞳に赤い髪、褐色の肌、そして太陽の下には出られない」

「それだけじゃない。その子は地下の迷宮から、いくつもお宝を持って来たらしい」

 それまで黙っていた年長の村人たちも、話に加わる。その口調はまるで怪談話でもするように、恐々としたものだ。

「失われたとされる、伝説級の宝物やら石本やらだ。それこそドワーフが、大山脈全てを支配していた時分の遺物らしいぞ。王族さえも知らないような、な」

「つまりこういうことさ。王は『純血』『純血』と言っているが、本物のドワーフはその子だけで、王族ももはや純血じゃない……ってな」

「まあ、そんなことは、ちったあ頭を働かせてる連中にとっちゃあ、明々白々なんだがな」

「だが、はっきりと証拠を示しちまったのさ。これまでみんなが腹の中で思ってきたことを、目に見える形で、な」

「そうさ。王弟はその子を証拠に、『王は民を騙している』やら『純血主義を謳って権力を歪めた』やら……とにかく退陣を要求したのさ」

「んでもな、王側はそんなこと認める訳にはいかねぇからな。『王弟は王座が欲しいだけ』だの、『純血なんてタネがあるに決まってる』だの」


 そうしてすでに火種が用意されていたところに、今回の騒動が起きたのだ。



***
「……『鍵』が盗まれたというのは?」
 黙ってやり取りを聞いていたカイトが、話を引き寄せる。

「それが……よく分からんのだ。国王が持っていた鍵が無くなったのは確からしい。で、王側は王弟側がそれを盗んだと主張している。だが王弟側は、それを否定、するわな。『盗んだ』『盗んでない』の言い合いになって……とうとう剣を抜くかってところまで来てるのさ」

 村人は自国のことなのに、他人事のような突き放した言い方をする。

 それもそのはずだ。

 村人たちはまだ、伝染病の時に国から受けた仕打ちを許してはいない。正直に言えば、権力争いなど勝手にやってくれ、と思っている。もちろん、無関係な民を巻き込まないならば。


 そんな村人たちを見て、フェザントはずっと浮かせていた腰を落ち着けた。

 この様子ならすぐさま村に影響が出ることはなさそうだ、と。



******
 中央と距離を置いている村人たちは、それ以上の情報を持ち得なかったため、一行がまず取りかかったのは情報収集だ。

 目立たぬように少数精鋭ということで、カイトとフェザントが朝から中央へと出かけて行った。距離を考えると、一週間は戻らない。


 村に残った面々は、マイナの手伝いをしたり村人の手伝いをしたりして過ごしている。

 村では基本的に『働かざる者食うべからず!』なのだ。それは恩人たちである一行にも免除はない。

 畑仕事や家畜の世話、釣りや狩りでいい汗を流した一行は、マイナの家でぎゅうぎゅうになって夕食を終えた。

 村の夜は早い。

 いつもなら夕食後に湯浴みをして、すぐに就寝するマイナだが、久しぶりの再会に話題は尽きず、ついつい話し込んでしまった。

 窓際の鉢植えの『月下鈴げっかりん』という花が、その名の通り、月の光のような黄色味が強い明かりを提供してくれる。

 もちろん光源として火を使うこともあるが、ドワーフの夜はこの花と共にあることの方が多い。

 日中蓄えた太陽の明かりを、夜になるとこうして発してくれるのだ。


「……マイナ」
 ダヤンを寝かしつけて来たゲルトが指差したのは、舟を漕いでいるラークとヘロンだ。

 それを微笑ましく見て、そろそろ我々も、と思ったところで、クレインが気づく。

「あー……っと、今日の部屋割り、どうしようか」

「どうって……昨日と同じでいいじゃない」

 何を言い出すのかとマイナが首をかしげるが、よくはないから、クレインが水を向けたのだ。


 昨夜はマイナの家にラーク、ヘロン、クレイン、ジェイが、フェザントの家に家主のフェザント、カイト、アイビス、ユエと分かれた。

 だが今夜はカイトとフェザントが不在なのだ。つまり昨日と同じでいくと、アイビスとユエが二人でフェザントの家に……。


 そのことに遅ればせながら思い至ったアイビスも、何とも微妙な顔になっている。


 道中の宿でも、二つか三つの部屋に分かれることが多かったが、何となく暗黙の了解で、クレインとジェイの二人、カイトとアイビスとユエの三人が同室になって、残りの三人がばらけるという図式が続いていた。

 今回も同じように宿を分けたのだが……はっきり言えば、ユエとアイビスを二人にしてしまうことを、クレインは心配しているのだ。


 ユエとラークとの関係は改善されている。

 しかし、アイビスとは……。

 二人とも露骨に態度に出す訳ではないし、『仲間』としての信頼は築かれてはいる。だがそれでも、二人きりで話が弾むことはないだろう。

 かと言って、「二人では気まずいから、部屋割りを変えてくれ」とも言い出しにくい。

 気遣いやら、見栄やらが交差する微妙な空気を、マイナがその大雑把さで押し進める。


「……なんだかよく分からないけど……でも確かに、あっちに二人では寂しいわね。──そうだわ!お子ちゃま二人が寝ちゃったんだもの。彼らはゲルトに任せて、私たち大人組は、フェザントの家で飲み直さない?カイトがいない間に、彼の愚痴でも聞かせなさいよ」


「……そう、だな」
 アイビスはその提案に二重の意味で諸手を挙げて賛成したい気分だった。

 これでユエと二人きりの夜を回避できる。
 そして──

「ちょうどマイナに聞きたいこともある」

 それはカイトとゲルトの前では、聞きにくい話。
 ずっと伺っていた機会がこれほど簡単に転がり込んで、アイビスははやる胸の内を抑えた。



******
 場所を移したユエ、アイビス、クレイン、ジェイ、マイナは、家主のいないフェザントの家で酒盛りを始めた。

 マイナがこの村に嫁いで最も変わったことが、酒量だった。

 この村の者──いや、ドワーフ全般に言えることだが、とにかく酒好きが多い。
 いつでも飲む機会を狙っていて、宴会ともなれば大騒ぎをする。それも強い酒を好み、人に飲ませるのも好きなのだ。

 意外と言うほどではないが、カイトたち一行は、それほど酒を飲まない。もちろん出されれば飲むし、嫌いとは言わないが、あれば飲むといったくらいで、固執はしない。

 そのため一緒に旅をしていた頃は、マイナもそれに合わせるようにほどほどに楽しんでいた。

 だがこの村に腰を据えて、村人たちに合わせるようになって、以前より格段に酒量が増えていた。

 久しぶりの再会に浮かれていることもあって、マイナは杯を口に運ぶのが止められない。

 この場の誰よりも酒を楽しむマイナを横目に、アイビスは(杞憂だったか……)と気を回し過ぎた自分に内心苦笑する。

 マイナが過去を語る姿を、ゲルトには見せてはいけないような気がして、アイビスは場所を移したかったのだ。



******
「マイナは聞いたことがあるか?カイトがギルドに特別なコネを持っている、とか……」

 アイビスの質問の意図が分からず、マイナは首をひねる。
「コネ?」

「ギルドじゃなくて、商会の方かもしれない」

 仲間内のたわいもない話だと予想していたマイナは、思っていたより深刻そうなアイビスに、少し面食らう。

 アイビス以外の表情を伺うと、ジェイはいつも通りの渋面で、クレインは(またか)といううんざり顔、そしてユエは何の話か分からずきょとんとしている。

 果たしてマイナが読み取った表情通り、クレインが「またその話?」と言葉にする。

「なんだよ。お前たちは気にならないのか?」
「気にならない訳じゃないけど……でもカイトが言わないんだから、これ以上詮索するべきじゃないと思うだけ」

 二人の温度差に戸惑って、マイナは説明を促す。
「なによ?なにかあったの?」


***
 アイビスはベレン領のあの事件から、気になっていることがあった。


『お前なら、これが何か、分かるな?命令だ。職員の情報を渡せ』

 そう言って、カイトがベレン領のギルド長ワグナーに『何か』を見せると、途端、彼の態度が変わった。

 それまではあくまでカイトたちは、ベレン卿の使いでありギルドの協力者だった。
 それが一転、カイトがギルドに命令する立場になったのだ。

 その場では、アイビスは何も聞けなかった。事態は切迫していたし、カイトからも「踏み込むな」という拒絶が見えたからだ。


 だがずっと気になっていたアイビスは、後日になってとうとう聞いてしまった。「アレは何だったんだ?」と。


***
「カイトは何て?」
「……『ちょっとしたコネだ』と。それだけだ」
「コネ、ねぇ……なにを見せたの?」

「ジェイが見たところによると、黒い宝石のついた指輪のようだったらしい」

 アイビスからは見えなかったが、目の前にいたジェイには一瞬見えたのだ。

 カイトの指にあったのはおそらく、知る者だけが分かる、何かの象徴。
 ギルドにさえ影響力を持つ、証。

「それと……ジェイが『そんなものがあるなら出し惜しみするな。そうすればもっと早く事件は解決していたかもしれないのに』と詰ったら、『あれは最終手段だ。そう簡単に晒せる手ではない』って」

「ふぅん……諸刃の剣でもある、ってことかしら……?」

 ひと通り状況を把握したマイナは、「そうねぇ……」思い出し思い出し、言葉を繋ぐ。

「関係あるか分からないけど……カイトは時々、ギルドから特別な依頼を受けていたわよ」

「特別な依頼?」

「アイビスも覚えているんじゃない?ほら、いつだったか、よく分からない依頼があったじゃない。騎士みたいな変な格好をさせられたり、中身が分からないものを運ばされたり……」

「ああ!あったな」「何やってるのか最後まで分からなかった──」「そのくせ報酬はよくて──」

 すぐに思い至ったアイビス、ジェイ、クレインが口々に話す中、その時を知らないユエはきょとんと四人の顔を見ている。


「あの依頼は、ギルドからカイトを指名したのよ」
「指名?カイトを?」

 ギルドが傭兵個人や団を指名することは、ないことはない。だがそれは、名や顔が売れた傭兵に「ぜひ頼みたい」と依頼主が行うことだ。

 だがカイトは……

「カイトは傭兵としてそれほど有名ではないだろう?むしろ難しい依頼は避けてきたし」

 アイビスの指摘に、「だからおかしいって思ったのよ」とマイナが頷く。

「でもね……ギルドにはこんな噂があるのよ。赤、銅、銀、金の階級の上に、さらに『黒』があるんだって。『黒』は表には出ない特殊な依頼を受ける、言わば裏稼業。でもだからこそ、ギルドから真に信頼を受けている、と」

「……裏の、依頼……」

「伝説のような話だけどね。でもカイトなら……なんとなくカイトならそういうこともあり得そうだなって、私が勝手に思っただけよ」


 想い出と共に、当時の甘酸っぱい感情も蘇る。
 だが、今の自分がそれを懐かしいとさえ思えるようになったことに、マイナは満足していた。

 そして笑い飛ばして話を締める。


「カイトの秘密主義は、今に始まったことじゃないんだから!カイトが話さないのなら、絶対に答えはもらえないわ。それこそ、私たちが想像もできないトコロと繋がっているのかも……!」

「まあ、な……確かに、ベレン卿やドワーフの隠れ里に顔が利くなんて、カイトくらいだろうし」

「そうよ!私はカイトがギルドの創始者のヴァンダイン氏と知り合いだとしても、驚かないわ!」


 マイナが放った軽口が、まさか当たらずとも遠からずだということを、彼らは数日の内に知ることになる。

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