三鍵の奏者

春澄蒼

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第四章 地下に眠る太陽のカケラ

48 ヘイレン

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 マイナが普段詰めている診療所は、先の伝染病で命を落とした老医から受け継いだものだ。

 彼女は基本的にはここで診察を行う。だが患者の家に赴くこともあるし、周囲の村に出張に行くことも多い。
 この辺りではまだまだ医者が足りなかった。

 そのためマイナは、積極的に弟子を取って後継を育てている。


「そう言えば!私の一番弟子は、クレインなのよね」

 今日も隣村の青年を指導しながら、マイナがそんなことを言い出した。

「弟子って……」
 クレインは苦笑を返しただけだが、青年の方が話に食いついて「それならクレインさんは、僕の兄弟子ですねっ!!」と手を握ってくる。

 暑苦しいそれから逃れるように、
「マイナに教えられたのは、怪我を治す方法よりも、怪我をさせる方法だった気がするけど?」
 と、クレインがチラッと腰に帯びた短剣を見ると、青年は面白いほどに飛び退いた。

「あははっ!確かにね!」
 クレインに戦い方を教えたのがマイナだった。医療の方は教えられたというよりも、手伝わされたといった方がいい。


 本日は朝から夕方の今まで、クレインがマイナを手伝っていた。
 その他はそれぞれ村に散って、言われるままに仕事をさせられているはずだ。

 ラークだけはもしかしたら、弓師のところに入り浸って、あれこれと試しているのかもしれないが。


「さあさあ油を売ってないで!あんたはもう帰る時間よ!」

 自分で話題を提供したくせに、マイナは片づけが終わると青年を追い出そうとする。

「……師匠、久しぶりに今日は俺も夕飯を一緒に──」
 クレインにチラチラ視線をやりながら食い下がろうとする青年を、マイナは「やめてよね!!」と笑い飛ばす。

「何人分作らせるのよ!これ以上客はいらないわ」
「……作るの、旦那さんなんじゃ……」
「あら?なにか言ったかしら?!」

 マイナの迫力ある笑顔に押されるように、「あ、いえ、それじゃあ……失礼しますっ」と青年は慌てて帰って行く。


「まったく……目当ては夕飯じゃないくせに」
 あの青年は今日一日中、クレインを熱い目で追っていたのだ。それどころか、途中で顔を出したユエにも、目を奪われていた。

 慣れたもののクレインとマイナは、田舎の若者の一過性の恋病に苦笑を交わす。


「……弟子、か……本当にちゃんと習っておけばよかった」
 クレインは話のきっかけを探すように、思いつくまま話し続ける。

「手伝ってる時も言われるままにやってただけで……俺なんかが覚えても、しょうがないって。マイナがいたから……マイナがいなくなるなんて、考えてなかったから……」

「ははっ、私もよ!自分が抜けるなんて思いもしなかったから」


 まだ話したいことがあるようなクレインに、マイナはお茶を入れて、無言で促した。

 クレインは何度も躊躇して、だが今を逃すとマイナと二人きりになる機会などないかもしれない、といよいよ口を開く。

 彼女が村に残ってから──いや、彼女がゲルトを選んでから、ずっと聞きたかったことがあるのだ。


「……マイナは、カイトのこと……好きだったんじゃないの?」

「そうよ、好きだったわ」

 マイナは躊躇もなく、はっきりと答えた。
 それこそ聞いた側のクレインが、言葉をなくすほどに。

「好きだった……でも、私はカイトとどうこうなろうなんて、思ってなかったのよ。いえ違うわね……『なれる気がしなかった』の」

 クレインの気まずさを吹き飛ばすほどに、マイナは晴れ晴れと笑う。

「憧れで、理想で、彼の隣にいられるだけでよかった。役に立てるだけで幸せだった。でも、カイトは遠かった。……私は恋愛って、椅子取り競争みたいに思ってたのよ」

「椅子取り?」

「そう。カイトの前には『恋人の椅子』があって、それに座れるのは一人だけ。私が今座ってるのは『仲間の椅子』。どうやったら『恋人の椅子』に移動できるのかしら?もし他の人が腰掛けようとするなら、その人を押し退けなくちゃ!──って」

 競争に勝てばいいって思ってたの、とマイナは述懐する。

「でも気づいたのよ……カイトの前には、そもそも椅子がないってこと」

 マイナは哀しげだ。
 自分に対する哀れみではなく、カイトに対する同情。

「カイトは誰も選ばない」

 カイトの『恋人の椅子』は壊れたのか目に見えないのか、それとも本当に最初から存在しないのか──マイナにはそれを知ることすらできなかった。

 いずれにしても、それはカイト自身の意思によるものなのだろう。

 誰も愛さない。

 そんな決意は、哀しい。


 まだ続きがありそうなクレインを、マイナが促そうとしたところで、よく響くヘロンの声が外から聞こえ、その場はそれまでになった。



******
 マイナたちにそんな噂をされていることなど露知らないカイトは、フェザントと忍び込んだ王都にて、情報収集に励んでいた。

「……あまり戦の気配は見えないな」
「兵士なんかは地下王城に集まってんだろ。王弟の勢力は、王都より地方に多いはずだしな」

 ドワーフ王国では、身分が高い者ほど地下深くに居を構える。王城はまるごと地中にあるのだ。

 中堅どころは大山脈の山腹に穴を掘って住み、さらに下は麓の裾野に張り付くように家を建てる。

 大山脈から離れるほど、身分が低く、田舎者という扱いだ。


 二人が怪しまれずギリギリ潜入できるのは、王都でも末端のここまでだった。

 フェザントのかつての仕事の繋がりを頼って、鍛冶屋や武器屋やらを巡ったが、核心に迫る情報はなかなか得られない。

 伝手はそうそうに全滅し、二人は情報が集まりそうな大きな酒場へと足を向けた。

 そこに集まった人々は、誰しもが今話題の内乱話をしてはいるのだが、人々の関心は権力の行方よりも、別の方へと向いているようだ。

 カイトは酒を飲みながら、酒場中の会話を拾う。

「純血って……」「そんなもん信じてんのか?!」「まさか……」

「王弟が広告塔にしてるだけさ」「取り巻き連中は完全に信じてるみてぇだぞ」「拝んだり、貢物を差し出したり……」「小さな女の子にかぁ?……ちょっと異様だな」

「『鍵』はまだ見つからないのか?」「そうらしい」「王は弟が盗んだと」「盗んだ鍵で、王弟は『太陽の間』からお宝を奪った、とか」「それが本当なら、確かに宣戦布告だ」


『鍵』という単語にカイトは注意を向けたが、噂話ばかりで要領を得ない。



「……戦争よりも、女の子の方が気になるらしい」
 フェザントが独りごちる。


***
 アスカ村は独自に歴史を語り継いできた。

『最初の人アスカ』が住んだと言われる場所。約五百年前にドワーフ王国が今の形になる、その遥か昔からアスカ村は今の地に、地上のドワーフの隠れ里として存在していた。

 そのため、ドワーフ王国に属しているが、国からは自治権を認められている。


 アスカ村に伝わる歴史では、いわゆる純粋な純血のドワーフは、すでに千年前には絶えてしまったとされている。

 だがその歴史を、ドワーフ王国の民のほとんどは知らない。
 いや、もしかしたら、王や王族さえも知らないのかもしれない。

 人間との長い戦いの渦の中に、歴史は置き去りにされてしまった。


 彼らにとって『ドワーフ』とは、『ドワーフ王国に住む者』という認識だったのだ。

 国民同士の婚姻によって産まれるのはドワーフで、外の人間との間に産まれれば亜種、外の人間同士の間には人間の子どもができる。

 だがそれも、見た目にはほとんど違いなどないから、人々は深く考えてこなかった。
 狭い世界では、疑問に思うことすらなかったのだ。


 ドワーフの間に伝わる昔話やおとぎ話には、『最初のドワーフは岩から産まれた』という冒頭がお決まりではあったが、それを信じている者などいなかった。

 それは言わば、天地創造、世界の成り立ち、生物の起源など、説明ができないものを説明するための、神話だと。


 もちろんフェザントもここにいる民たちも、純血の噂を完全に信じてはいない。

 だが「ペテンだ」「眉唾だ」と言い合いながらも、不安を拭いきないのも事実だ。

 アスカ村の者として歴史を、カイトの仲間として世界を、多少なりとも知った気でいるフェザントでもそうなのだ。
 民からすれば、青天の霹靂もいいところだろう。

 これまで考えたこともなかった、『ドワーフとは?』『自分は何者だ?』という問いが、国中に渦巻いている。



 国は確かに揺れている。

 だがそれは、王位争いによるものではない。

 もっと根本的な、『ドワーフ』としての存在意義、自己肯定が揺らいでいるのだ。

 一人の少女の登場によって。



******
 喧騒の中から情報を拾うために集中していたカイトと、思考に沈んでいたフェザントだが、決して周囲への警戒を疎かにしたつもりはなかった。

 カイトははっきり言わなくとも不法入国だったし、『鍵』について探ることは、どう考えても国政に対して友好的とは言えない。

 ここは言わば敵地なのだ。

 二人の警戒心は研ぎ澄まされていた。だから──二人の落ち度ではない。


「動くな」


 フェザントはその男の手際のよさに、賞賛を贈りたくなるほどだった。

 客に紛れて近づき、気づいた時には喉元に刃が当てられていた。
 周囲に異変を察知される前に、男は親しげにフェザントの首に腕を回したまま、隣の椅子に腰を下ろす。
 まるで周りからは、酔っ払いが肩を組んでいるようにしか見えないだろう。

 そして刃が、首から喉を辿り、心臓へと──銀色は上着に隠れて、もう見えない。


 何とも鮮やかだ。そう、フェザントは拍手を送りたい。もちろん、その刃が自分に向いていなければ──。


 ごくっ、と喉が鳴った。

 間違いなく、相手は手慣れている。冷静で冷酷。フェザントがピクリとでも動けば、容赦なくその切っ先が食い込むに違いない。

 汗が、こめかみから頰を伝い、顎に溜まる。

 その汗がポタリ、とテーブルに落ちる、その刹那────

「……どうしてお前がここにいる……?!」

 ギュッと目を瞑ったフェザントを、カイトの声が目覚めさせる。

 さっきまでの殺気も緊張も、全ては夢の中の出来事に思えた。
 空気が解き放たれる。


「ヘイレン……!」


 彼にしては珍しく、表情を取り繕えていない。
 カイトは驚きや戸惑い、それから警戒を順番に顔に乗せて、最後に苦虫を噛み潰したような表情を残す。

 対する男は、無頓着に足を組んで、その全てを楽しんでいる。


「よう、カイト。どうしてって……もちろん、お前に会うために決まってる」


***
 ヘイレンと呼ばれたのは、とても奇妙な男だった。

 よくある茶色の髪は肩までのザンバラで、背はフェザントより少し高いくらい。年齢は一見不詳だが、二十代後半から三十代──四十には届いていないと見るのが妥当だろう。
 服装も地味で、立ち振る舞いにもなんら引っかかるところはない。

 見た目はこの場所によく馴染んでいる。

 だがその普通の外見と、それに収まる中身とが、激しく乖離しているように、フェザントには感じられるのだ。

 そう、異形の化け物が、人間の皮を被っているように。


 男は不敵な笑みを張り付かせて、カイトの酒を奪って一気に飲み干した。

「っかぁーーっ!やっぱりドワーフの酒は強過ぎる!俺としては、アンガスト辺りのワインの方が好みだな」

「…………」

 この店の常連のように寛いで、二人の仲間のように馴れ馴れしい。
 その男がゆったりと構えれば構えるほど、カイトの警戒が強まっていく。

 カイトの知り合いだと分かって一瞬緩まった緊張を、フェザントは引き締め直した。

「……そう邪険にするなよ」

「……ここはお前の縄張りからは外れているだろう。もう一度聞く。なぜここにいる?」

「だーかーら、お前に会いに来たんだって」

 二人のやり取りはまるで、堅物の兄を軽薄な弟が揶揄っているようにも見える。


「お前はホントに狡いよな。伝説の村にいつの間にか入り込んで、住人と仲良くなって」

 フェザントに剣を突きつけたことなど忘れたように、「俺にも紹介してくれよ」とフェザントを杯で指す。

「俺なんかこの国に潜り込むまでに、そりゃあ苦労したぜ」

「……俺たちがここに来ることを分かっていて先回りした、という訳ではなさそうだな」

「かはっ!知ってたら、お前に案内してもらったさ」

「……『他にかかりっきり』……つまりお前はここで、仕事をしていた……」

 眉間にしわを寄せたカイトが答えに辿り着く前に、男が先手を打つ。


「人魚は、どうした?」


 カイトもフェザントも、ピクッと肩を揺らす。動揺は、簡単に相手に伝わっただろう。

「人魚が消えたところまでは、俺も把握している。そしてお前が奪ったことも知ってる。お前がオスの人魚を奪った直後に、お前のお仲間が一人増えた。人間だ。脚がある。だがそいつは、消えた人魚と同じ色の髪と瞳と美貌を持っている。──人魚は、どうした?」


(ユエのことを知っている?!っ、待てよ『ヘイレン』?どこかで聞き覚えが……ユエとヘイレン……人魚とヘイレン……っ!!そうだ!あの時!!)

 忙しなくフェザントの脳裏に蘇ったのは、床のない、クウェイルの館──『人魚がオークションに出ると、ヘイレンから情報があってな』──人魚が人間になるという大事の前に、聞き流していた言葉。

(こいつが……っ、ユエの情報提供者?!)

 だがそれだけでは、警戒を解くまでにあたらない。
(……どこまで知っている?こいつは──)

 敵か味方か?


 緊迫した二人のやり取りを、フェザントは固唾を飲んで見守る。


「…………」
 無言を貫くカイトに対し、ヘイレンは余裕を崩さない。


「情報交換といこう、カイト。ドワーフの隠れ里に伝わる歴史、人魚の謎──お前が黙っていた情報を俺に寄こせ。その代わり……俺はお前が求める情報を与える」

「……」
 カイトは眉だけで先を促した。


「『太陽の間』の鍵、探してるんだろう?」


 黄金の虹彩が、全てを見透かしているように煌めいた。

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