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第四章 地下に眠る太陽のカケラ
49 ヘイレンの素性
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カイトとフェザントが、奇妙な男を伴って村に帰ったのは、ちょうど村人たちも家路を急ぐ夕刻のことだ。
「ふっわ~~……ここが伝説の村、か」
物珍しげにキョロキョロと落ち着きのないヘイレンを、フェザントはどう扱えばいいのか分からない。
脅迫に近い取引で、この村に押しかけたはずなのに、「……うん、いい村だ。ここが故郷なんて、フェザントが羨ましいな」と無邪気な笑顔を見せる。
***
「話をするのはアスカ村で」と譲らなかったヘイレンに、フェザントは難色を示した。
いくらカイトの知り合いでも、どんな条件を出されようとも、得体の知れない人物を村に入れることはできない。
例えカイトに命令されても、フェザントは村の安全を優先するつもりだった。
だがカイトは、フェザントに一任するとでもいうように、何も言わない。
それどころか、ヘイレンを紹介することも、先ほどの会話についての説明もない。
仕方なくフェザントが、初対面のこの掴み所のない男と対峙しなければならなかった。
フェザントがまず聞いたのは、「あんた、誰だ?」という、至極当然の問い。
それに対する答えは、とても複雑で、信じ難く、フェザントは一度で理解することができなかった。
やっと単語の意味を理解し、言葉と言葉が繋がった時、フェザントは自分の口があんぐり開いていることに気づきもせずに、とにかくカイトに助けを求めた。
だが……カイトから返ってきたのは頷きのみ。
そしてフェザントは、その一つの質問と答えだけで、ヘイレンを村へ案内することとなった。
この男を信用した訳ではない。
とても自分一人では許容できないことを、仲間にも背負わせるためだった。
******
「姓はヘイレン。名は呼ばなくていい。俺は──簡単に言えば、商会とギルドと盗賊団の頭をやっている」
フェザントが固まった時と同じ説明で、ヘイレンはその場を凍りつかせた。
場所はフェザントの家。一行とマイナの姿がある。
ヘイレンはこの家に入って、本来の姿を晒している。
よくある茶髪は、かつらだったらしい。
その下からは、短く刈り込まれた白髪が現れた。
白髪に金眼。
だがその異様な外見も、先の発言の衝撃には敵わない。
凍りついたまま、ぎぎぎ……と建て付けの悪い扉のような動きで、視線はカイトに集まる。
だがカイトは無言で肯定するのみ。
仲間を助けるためか、自分が助けてほしいのか──分からなかったが、先に聞いていた分ほんの少しだけ冷静なフェザントが、説明を補足する。
「あー……つまり、ヴァンダイン商会とギルドの最高権力者で、盗賊団の頭もしていて、カイトとは古い付き合いで、あれ、ユエの時のオークションの情報をくれたのと、あと……メイを助けた時の、ほれ!カイトが『盗賊団にいた』って言ってたろ?その時の盗賊団のお頭ってのが──」
「俺だな」
数えながら説明するフェザントを、最後はヘイレンが奪った。
それを聞いてもまだしっくりきていない面々は、もう一度カイトに縋るが、彼は目を閉じてしまった。
村へ戻る道中もそうだったが、カイトはずっと口数が少ない。
まるで余計なことを話さないために、言葉数自体を減らしてしまったようだ。
「これで俺の素性に納得したなら、本題に入るぞ?」
納得どころか、意味を理解することさえ覚束ない面々を分かっていながら、ヘイレンはそうニヤつく。
完全に楽しんでいる。
「ま、待ってくれ!」
かろうじてアイビスが声を出す。
「『商会とギルドの』って……そん、だっ、代表者はヴァンダイン氏で、謎の人物だと──」
「そのヴァンダインと俺が、同一人物だと考えてくれていい」
アイビスが絞り出した疑問を最後まで言わせずに、さらに混乱させることを言う。
「正確には、ヴァンダイン商会を始めたのは父親にあたる男だ。そいつを殺して、商会を奪って、今は実質俺たちが経営している」
突っ込みどころが満載なそれに、踏み込む者はいなかった。
顔を引きつらせながらも、アイビスはなんとか二の句を継ぐ。
「そ、その証拠はっ?!」
「はっ!証明するのは難しいな。商会やギルドの中でも、俺たちのことを知ってるやつはごく僅かだ。ほとんどはヴァンダインってオヤジが本当に存在すると信じている。ただ表舞台には出ないだけ、ってな」
これでも、ヘイレンは挑戦的な笑みを浮かべたままだ。
アイビスに代わって、クレインが身元調査を引き継ぐ。
「……盗賊団、というのは?」
「それは俺たちの趣味でやってるもんだ。──まあ、実益も兼ねてるがな。そっちのことなら、クウェイルやメイに聞けば証拠になるだろう」
「……オークションの情報はどうやって手に入れた?」
「盗賊団なんかやってると、裏のオークションにも伝手ができる。その情報網で、人魚の出品をカイトに報せた」
尋問のようになってきた空気を面倒がって、ヘイレンが「おい、カイト!だんまり決め込んでないで、お前が説明しろ」と水を向けると、カイトは重い口を億劫そうに開く。
「……ヘイレンが言っていることは、全て真実だ」
「おいおい、それだけかよ」
簡潔過ぎる一言にヘイレンは笑うが、それ以外にとってはカイトの首肯が全てだった。
全員が明らかに落ち着いて、事実を受け入れる態勢になった。どれほど突拍子がないことでも、常識はずれでも、カイトが認めるなら「そう」なのだと。
「……カイト、お前いい教育してやがるな」
統率者としての格を見せるカイトを、ヘイレンは口笛を吹いて揶揄する。
カイトはそれを完全に黙殺して、再び目を閉じた。
一番最初に受け入れ終えたのは、ユエだ。
商会やギルドの影響力やら功績を、あまり知らない彼からすれば、ヘイレンの情報で重要なのは、カイトの知り合いであることと、彼からの情報のおかげでカイトに出会えたということくらいだ。
その他もユエに遅れて事実を受け入れたが、アイビスは一人、まだ納得いかない顔だ。
そんなアイビスを置いて、事実のさらに先、考察を始めたマイナが、
「……ねぇ、もしかして、この前聞いた指輪の話……」
誰にともなく聞く。
「指輪?」
聞き返して、はっとアイビスもすぐに思い至る。
『ちょっとしたコネだ』
ギルドに命令することができる権威。
つい先日の夜、話し合ったばかりの──。
「ああ、そう言えば、お前たちにはベレン領での事件を解決してもらったんだったな」
ヘイレンは『指輪』という単語だけで彼らの言いたいことが分かったのか、すぐに反応を見せた。
「これだろ?」
懐から出した小さなモノを、アイビスにピンッと指で跳ねて渡す。
血のようなルビーをくちばしに咥えた、真っ黒なカラス──ヴァンダインの紋章だ。
「俺がカイトにやったモンだ。困った時に使えって言ってんのに、遠慮して使いやがらない」
「……遠慮じゃない。お前に借りを作るとどんな無理難題をふっかけられるか分からないからだ」
憮然とカイトが抗議するのを、ヘイレンは否定しないでにぃ、と口角を上げる。
そして呪いの指輪のような扱いをするアイビスに、「欲しけりゃやるぞ。それを見せれば、商会とギルドを好きに動かせる」と簡単に言う。
「あ、いや……」
アイビスは冗談なのか本気なのか分からないそれに、どう返せばいいのか本気で悩んだが、結局はカイトの言葉を考慮して、指輪は持ち主へと帰った。
その判断をヘイレンは楽しそうに受け入れ、指輪を手の中で弄びながら、
「そうか、お前らクリスと面識があったな。それならさっきの『証明』もできる。クリスにカイトを紹介したのは俺だからな」
「クリス……?」
「クリスティアン・ベレン」
「……っ!!」
「アレに聞けば、俺が誰か証明できる。クリスには十時行路上での商売にかなり融通を利かせてもらった」
ベレン卿を『クリス』呼ばわりなんて……!!
一行は認めざるを得なかった。
ヘイレンの信じられない経歴を。
******
「俺の素性なんざ、ただの前置きだ。そろそろ本題に入ってもいいか?」
「本題?」
ヘイレンの自己紹介だけでどっと疲れた一行だったが、まだ本番はこれからだった。
カイトに代わって、フェザントが経緯を説明する。「──んで、情報交換を持ちかけられた」
「情報交換……つまり……あーっと、ヘイレン、卿?ヴァンダイン卿?」
「ヘイレン、でいい。敬称も敬語もいらない。つーか、使うな」
アイビスが呼び方に苦心するのを、ヘイレンはこだわりはないのかバッサリと注文をつけ、「先にこちらの手の内を明かそう」と主導権を握る。
「俺は『太陽の間』の鍵が今どこにあるのか、知っている」
ヘイレンはたっぷりと間を溜めてから、想定外すぎる言葉を取り出した。
「ヴェルドット王城だ」
「……ヴェル、ど……?え……?」
「は、あぁぁ?!ヴェル──って、はっ?!」
呆然とするアイビスに、フェザントの叫びが重なる。
ヴェルドット国──それはドワーフ王国を取り囲むように根を広げる、北東随一の技術大国。もちろん、人間の国である。
「なん、そんっ、ウソ、いやバカな、って、なんでそんなところに……ってなんで知って……?!」
フェザントの狼狽っぷりを、してやったりと愉しむヘイレンに、カイトがやっと傍観者の仮面を捨てて会話に参加する。
「……お前が盗んだのか」
「さっすがカイト!察しがよくて助かる」
「そういうことか……面倒なことを……」
「こっちも色々と想定外が起きたんだ。責めるなよ、な?」
察しがよくない他はもちろん、二人についていけない。
八人八様に混乱し、隣と顔を見合わせたり首をひねったり呻いたり思考を停止させたり──。
詳しい説明はヘイレンから。
「言っただろ?俺は盗賊団の頭でもある。依頼があって、俺たちが盗んだ」
「盗ん、だ……?」
「『盗賊団』つっても、自分が欲しくて盗む訳じゃあない。『盗まれたものを盗み返す』のが一応の理念だ。……ま、例外はあるし、『盗まれたもの』の定義は俺の尺度によるがな。まあ、つまり、依頼があって盗むのが基本──つぅ訳で」
「ヴェルドット王城に依頼主がいる、か……」
カイトの声は心底うんざりしている。
「それにしてもヘイレン、お前、国同士の諍いや権力争いには首を突っ込まないんじゃなかったのか?」
「だーかーら、想定外があったんだって。俺だってこんな大事になって迷惑してんだよ」
まだ衝撃から立ち直れない八人を置いて、二人は話を勝手に進める。
「言っちまえば、騙された」
「……お前が、か?」
「ま、俺の確認不足やら認識不足やらは、否定しない。だが……カイト、お前にも責任はあるんだぜ?」
「……何の話だ?」
「……おいおい、分かる」
意味深な言葉でカイトの興味を引いて、ヘイレンは続ける。
「言い訳させてくれよ。俺は自分が盗んだアレが、ドワーフにとってこれほどの……それこそ戦を引き起こすような代物とは思ってなかったのさ。なんせ、ドワーフ国内の情報はなかなか手に入らない」
「……鍵のことを、知らなかった、と?」
「いやいや、噂くらいは聴いていた。だが……説明が難しいな……」
歯切れが悪いヘイレンを、カイトが「はっきり言え」と急かす。
「わーかった、分かった!つまりだな、俺は『鍵』を盗んだつもりはなかったのさ」
「……意味が分からん」
「依頼はこうだった。『ドワーフに盗まれたヴェルドットの宝石を取り戻して欲しい』」
「宝石……?」
「紅光石、発光する紅い宝石。……知っているだろ?」
カイトはほんのわずか眉を動かし、無言で肯定した。その他ではフェザントだけが心当たりのある素振りを見せる。
「紅光石は、そのほとんどが指先ほどの小さなカケラだ。だがそれでも、この家中を照らし出すほどの光源になる。そんで、紅光石の中でも、最も大きいもの──通称『太陽のカケラ』と呼ばれるそれが、依頼の品だった」
「それは……」
「言ったろう?俺は『鍵』を盗んだつもりはなかったんだって。俺が盗んだのは宝石『太陽のカケラ』さ」
結論、というようにヘイレンは言い放つが、誰一人──カイトさえまだ理解が追いつかない。
「アレは『鍵』っつうより、『ほとんど宝石』と言った方がいいもんだった。俺も、依頼主に渡す前に見たが、紅光石の存在感がデカすぎて、鍵の部分はただの装飾に見えてたぜ」
カイトは頭の中を整理するように、ゆっくりと、そして簡潔に質問をしていく。
「……ヘイレン、『太陽の間』の鍵を、見たんだな?」
「ああ、そう言ってる」
「……宝石が、付いていた?」
「付いてたってもんじゃねぇって!ほとんど宝石だって──どうした、カイト?」
そこでヘイレンも、カイトの混乱に気づく。顔にはまざまざと『予想外』と書かれている。
「ヘイレン、もう一度、鍵について詳しく説明しろ。色は?大きさは?持ち手の形は?」
「……俺の手の平から少しはみ出るくらいで、持ち手が紅光石、挿し込む部分は銀製だった、が?」
なぜカイトが『鍵』の見た目をそれほど気にするのか、ヘイレンには分からない。
だが自分の返答が、カイトが望んでいたものと違っていたことは、その表情から明らかだった。
「……おい、カイト?」
「まさか、違う、のか……?」
カイトの呟きは、不安をその場に撒き散らす。
『太陽の間』の鍵は、『人魚の鍵』とは、とても共通点が見つけられない。
期待が暗闇の中へと転がり落ちる。
先行きの見えない混乱だけが、残った。
「ふっわ~~……ここが伝説の村、か」
物珍しげにキョロキョロと落ち着きのないヘイレンを、フェザントはどう扱えばいいのか分からない。
脅迫に近い取引で、この村に押しかけたはずなのに、「……うん、いい村だ。ここが故郷なんて、フェザントが羨ましいな」と無邪気な笑顔を見せる。
***
「話をするのはアスカ村で」と譲らなかったヘイレンに、フェザントは難色を示した。
いくらカイトの知り合いでも、どんな条件を出されようとも、得体の知れない人物を村に入れることはできない。
例えカイトに命令されても、フェザントは村の安全を優先するつもりだった。
だがカイトは、フェザントに一任するとでもいうように、何も言わない。
それどころか、ヘイレンを紹介することも、先ほどの会話についての説明もない。
仕方なくフェザントが、初対面のこの掴み所のない男と対峙しなければならなかった。
フェザントがまず聞いたのは、「あんた、誰だ?」という、至極当然の問い。
それに対する答えは、とても複雑で、信じ難く、フェザントは一度で理解することができなかった。
やっと単語の意味を理解し、言葉と言葉が繋がった時、フェザントは自分の口があんぐり開いていることに気づきもせずに、とにかくカイトに助けを求めた。
だが……カイトから返ってきたのは頷きのみ。
そしてフェザントは、その一つの質問と答えだけで、ヘイレンを村へ案内することとなった。
この男を信用した訳ではない。
とても自分一人では許容できないことを、仲間にも背負わせるためだった。
******
「姓はヘイレン。名は呼ばなくていい。俺は──簡単に言えば、商会とギルドと盗賊団の頭をやっている」
フェザントが固まった時と同じ説明で、ヘイレンはその場を凍りつかせた。
場所はフェザントの家。一行とマイナの姿がある。
ヘイレンはこの家に入って、本来の姿を晒している。
よくある茶髪は、かつらだったらしい。
その下からは、短く刈り込まれた白髪が現れた。
白髪に金眼。
だがその異様な外見も、先の発言の衝撃には敵わない。
凍りついたまま、ぎぎぎ……と建て付けの悪い扉のような動きで、視線はカイトに集まる。
だがカイトは無言で肯定するのみ。
仲間を助けるためか、自分が助けてほしいのか──分からなかったが、先に聞いていた分ほんの少しだけ冷静なフェザントが、説明を補足する。
「あー……つまり、ヴァンダイン商会とギルドの最高権力者で、盗賊団の頭もしていて、カイトとは古い付き合いで、あれ、ユエの時のオークションの情報をくれたのと、あと……メイを助けた時の、ほれ!カイトが『盗賊団にいた』って言ってたろ?その時の盗賊団のお頭ってのが──」
「俺だな」
数えながら説明するフェザントを、最後はヘイレンが奪った。
それを聞いてもまだしっくりきていない面々は、もう一度カイトに縋るが、彼は目を閉じてしまった。
村へ戻る道中もそうだったが、カイトはずっと口数が少ない。
まるで余計なことを話さないために、言葉数自体を減らしてしまったようだ。
「これで俺の素性に納得したなら、本題に入るぞ?」
納得どころか、意味を理解することさえ覚束ない面々を分かっていながら、ヘイレンはそうニヤつく。
完全に楽しんでいる。
「ま、待ってくれ!」
かろうじてアイビスが声を出す。
「『商会とギルドの』って……そん、だっ、代表者はヴァンダイン氏で、謎の人物だと──」
「そのヴァンダインと俺が、同一人物だと考えてくれていい」
アイビスが絞り出した疑問を最後まで言わせずに、さらに混乱させることを言う。
「正確には、ヴァンダイン商会を始めたのは父親にあたる男だ。そいつを殺して、商会を奪って、今は実質俺たちが経営している」
突っ込みどころが満載なそれに、踏み込む者はいなかった。
顔を引きつらせながらも、アイビスはなんとか二の句を継ぐ。
「そ、その証拠はっ?!」
「はっ!証明するのは難しいな。商会やギルドの中でも、俺たちのことを知ってるやつはごく僅かだ。ほとんどはヴァンダインってオヤジが本当に存在すると信じている。ただ表舞台には出ないだけ、ってな」
これでも、ヘイレンは挑戦的な笑みを浮かべたままだ。
アイビスに代わって、クレインが身元調査を引き継ぐ。
「……盗賊団、というのは?」
「それは俺たちの趣味でやってるもんだ。──まあ、実益も兼ねてるがな。そっちのことなら、クウェイルやメイに聞けば証拠になるだろう」
「……オークションの情報はどうやって手に入れた?」
「盗賊団なんかやってると、裏のオークションにも伝手ができる。その情報網で、人魚の出品をカイトに報せた」
尋問のようになってきた空気を面倒がって、ヘイレンが「おい、カイト!だんまり決め込んでないで、お前が説明しろ」と水を向けると、カイトは重い口を億劫そうに開く。
「……ヘイレンが言っていることは、全て真実だ」
「おいおい、それだけかよ」
簡潔過ぎる一言にヘイレンは笑うが、それ以外にとってはカイトの首肯が全てだった。
全員が明らかに落ち着いて、事実を受け入れる態勢になった。どれほど突拍子がないことでも、常識はずれでも、カイトが認めるなら「そう」なのだと。
「……カイト、お前いい教育してやがるな」
統率者としての格を見せるカイトを、ヘイレンは口笛を吹いて揶揄する。
カイトはそれを完全に黙殺して、再び目を閉じた。
一番最初に受け入れ終えたのは、ユエだ。
商会やギルドの影響力やら功績を、あまり知らない彼からすれば、ヘイレンの情報で重要なのは、カイトの知り合いであることと、彼からの情報のおかげでカイトに出会えたということくらいだ。
その他もユエに遅れて事実を受け入れたが、アイビスは一人、まだ納得いかない顔だ。
そんなアイビスを置いて、事実のさらに先、考察を始めたマイナが、
「……ねぇ、もしかして、この前聞いた指輪の話……」
誰にともなく聞く。
「指輪?」
聞き返して、はっとアイビスもすぐに思い至る。
『ちょっとしたコネだ』
ギルドに命令することができる権威。
つい先日の夜、話し合ったばかりの──。
「ああ、そう言えば、お前たちにはベレン領での事件を解決してもらったんだったな」
ヘイレンは『指輪』という単語だけで彼らの言いたいことが分かったのか、すぐに反応を見せた。
「これだろ?」
懐から出した小さなモノを、アイビスにピンッと指で跳ねて渡す。
血のようなルビーをくちばしに咥えた、真っ黒なカラス──ヴァンダインの紋章だ。
「俺がカイトにやったモンだ。困った時に使えって言ってんのに、遠慮して使いやがらない」
「……遠慮じゃない。お前に借りを作るとどんな無理難題をふっかけられるか分からないからだ」
憮然とカイトが抗議するのを、ヘイレンは否定しないでにぃ、と口角を上げる。
そして呪いの指輪のような扱いをするアイビスに、「欲しけりゃやるぞ。それを見せれば、商会とギルドを好きに動かせる」と簡単に言う。
「あ、いや……」
アイビスは冗談なのか本気なのか分からないそれに、どう返せばいいのか本気で悩んだが、結局はカイトの言葉を考慮して、指輪は持ち主へと帰った。
その判断をヘイレンは楽しそうに受け入れ、指輪を手の中で弄びながら、
「そうか、お前らクリスと面識があったな。それならさっきの『証明』もできる。クリスにカイトを紹介したのは俺だからな」
「クリス……?」
「クリスティアン・ベレン」
「……っ!!」
「アレに聞けば、俺が誰か証明できる。クリスには十時行路上での商売にかなり融通を利かせてもらった」
ベレン卿を『クリス』呼ばわりなんて……!!
一行は認めざるを得なかった。
ヘイレンの信じられない経歴を。
******
「俺の素性なんざ、ただの前置きだ。そろそろ本題に入ってもいいか?」
「本題?」
ヘイレンの自己紹介だけでどっと疲れた一行だったが、まだ本番はこれからだった。
カイトに代わって、フェザントが経緯を説明する。「──んで、情報交換を持ちかけられた」
「情報交換……つまり……あーっと、ヘイレン、卿?ヴァンダイン卿?」
「ヘイレン、でいい。敬称も敬語もいらない。つーか、使うな」
アイビスが呼び方に苦心するのを、ヘイレンはこだわりはないのかバッサリと注文をつけ、「先にこちらの手の内を明かそう」と主導権を握る。
「俺は『太陽の間』の鍵が今どこにあるのか、知っている」
ヘイレンはたっぷりと間を溜めてから、想定外すぎる言葉を取り出した。
「ヴェルドット王城だ」
「……ヴェル、ど……?え……?」
「は、あぁぁ?!ヴェル──って、はっ?!」
呆然とするアイビスに、フェザントの叫びが重なる。
ヴェルドット国──それはドワーフ王国を取り囲むように根を広げる、北東随一の技術大国。もちろん、人間の国である。
「なん、そんっ、ウソ、いやバカな、って、なんでそんなところに……ってなんで知って……?!」
フェザントの狼狽っぷりを、してやったりと愉しむヘイレンに、カイトがやっと傍観者の仮面を捨てて会話に参加する。
「……お前が盗んだのか」
「さっすがカイト!察しがよくて助かる」
「そういうことか……面倒なことを……」
「こっちも色々と想定外が起きたんだ。責めるなよ、な?」
察しがよくない他はもちろん、二人についていけない。
八人八様に混乱し、隣と顔を見合わせたり首をひねったり呻いたり思考を停止させたり──。
詳しい説明はヘイレンから。
「言っただろ?俺は盗賊団の頭でもある。依頼があって、俺たちが盗んだ」
「盗ん、だ……?」
「『盗賊団』つっても、自分が欲しくて盗む訳じゃあない。『盗まれたものを盗み返す』のが一応の理念だ。……ま、例外はあるし、『盗まれたもの』の定義は俺の尺度によるがな。まあ、つまり、依頼があって盗むのが基本──つぅ訳で」
「ヴェルドット王城に依頼主がいる、か……」
カイトの声は心底うんざりしている。
「それにしてもヘイレン、お前、国同士の諍いや権力争いには首を突っ込まないんじゃなかったのか?」
「だーかーら、想定外があったんだって。俺だってこんな大事になって迷惑してんだよ」
まだ衝撃から立ち直れない八人を置いて、二人は話を勝手に進める。
「言っちまえば、騙された」
「……お前が、か?」
「ま、俺の確認不足やら認識不足やらは、否定しない。だが……カイト、お前にも責任はあるんだぜ?」
「……何の話だ?」
「……おいおい、分かる」
意味深な言葉でカイトの興味を引いて、ヘイレンは続ける。
「言い訳させてくれよ。俺は自分が盗んだアレが、ドワーフにとってこれほどの……それこそ戦を引き起こすような代物とは思ってなかったのさ。なんせ、ドワーフ国内の情報はなかなか手に入らない」
「……鍵のことを、知らなかった、と?」
「いやいや、噂くらいは聴いていた。だが……説明が難しいな……」
歯切れが悪いヘイレンを、カイトが「はっきり言え」と急かす。
「わーかった、分かった!つまりだな、俺は『鍵』を盗んだつもりはなかったのさ」
「……意味が分からん」
「依頼はこうだった。『ドワーフに盗まれたヴェルドットの宝石を取り戻して欲しい』」
「宝石……?」
「紅光石、発光する紅い宝石。……知っているだろ?」
カイトはほんのわずか眉を動かし、無言で肯定した。その他ではフェザントだけが心当たりのある素振りを見せる。
「紅光石は、そのほとんどが指先ほどの小さなカケラだ。だがそれでも、この家中を照らし出すほどの光源になる。そんで、紅光石の中でも、最も大きいもの──通称『太陽のカケラ』と呼ばれるそれが、依頼の品だった」
「それは……」
「言ったろう?俺は『鍵』を盗んだつもりはなかったんだって。俺が盗んだのは宝石『太陽のカケラ』さ」
結論、というようにヘイレンは言い放つが、誰一人──カイトさえまだ理解が追いつかない。
「アレは『鍵』っつうより、『ほとんど宝石』と言った方がいいもんだった。俺も、依頼主に渡す前に見たが、紅光石の存在感がデカすぎて、鍵の部分はただの装飾に見えてたぜ」
カイトは頭の中を整理するように、ゆっくりと、そして簡潔に質問をしていく。
「……ヘイレン、『太陽の間』の鍵を、見たんだな?」
「ああ、そう言ってる」
「……宝石が、付いていた?」
「付いてたってもんじゃねぇって!ほとんど宝石だって──どうした、カイト?」
そこでヘイレンも、カイトの混乱に気づく。顔にはまざまざと『予想外』と書かれている。
「ヘイレン、もう一度、鍵について詳しく説明しろ。色は?大きさは?持ち手の形は?」
「……俺の手の平から少しはみ出るくらいで、持ち手が紅光石、挿し込む部分は銀製だった、が?」
なぜカイトが『鍵』の見た目をそれほど気にするのか、ヘイレンには分からない。
だが自分の返答が、カイトが望んでいたものと違っていたことは、その表情から明らかだった。
「……おい、カイト?」
「まさか、違う、のか……?」
カイトの呟きは、不安をその場に撒き散らす。
『太陽の間』の鍵は、『人魚の鍵』とは、とても共通点が見つけられない。
期待が暗闇の中へと転がり落ちる。
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