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第四章 地下に眠る太陽のカケラ
53 告白
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今回起こっている一連の騒動を紐解くには、ヴェルドット国とドワーフ王国の関係から説明しなければならない。
二国の関係はかなり複雑だ。
対外的には少し距離のある隣人として振舞っているが、実際にはもっと根が深く絡まり合っている。
ドワーフが大山脈全てを牛耳っていた時代は、その資源を独占していたため、人間もドワーフの国との交易が必至であった。
だが戦争を経て大山脈が人間の手に渡ると、そんな必要もなくなった。
人間の国々はドワーフの国との交易を打ち切り、孤立させ、そしてドワーフたちもそれに反発して内にこもるようになっていった。
そんな時代を経て、ヴェルドットが建国される。
ドワーフ王国やヴェルドットがある大陸の北東部は、不毛な土地が多い上、亜種が多く生まれる地域として、他からは軽んじられてきた。
いつの時代も、誰も、亜種について調べたことがないにも関わらず、である。
つまり何か統計や証拠があるのではないのだが──『亜種が多くない』と証明することもまた、できなかった。
いわれのない差別──だがヴェルドットはそれを逆手に取るように、亜種の力で成り上がった。
他国で差別される亜種を秘密裏に受け入れて、その能力でもって、技術大国へとのし上がったのだ。
そしてそれには、ドワーフの力も大きく貢献することとなった。
ドワーフは生来ものづくりが得意な種族と言われる。鉱物を見つける嗅覚、その良し悪しを見分ける目、それらを採掘する力、そして加工する腕──一流の職人ばかりだ。
彼らが隣国ヴェルドットへと出稼ぎに行くことで、技術を広め、高め合うことになったのだ。
ドワーフ王国はその国土のほとんどが地下にあるため、食料自給率が低い。
そのため足元を見られ、通常よりも高く人間の国々から買わなければならなかったのだが、ヴェルドットを介することでそれを解消することになった。
つまりドワーフは人手と技術を提供し、ヴェルドットは適切な価格の食料と仕事を与えることで、水面下で協力関係を結んできたのだ。
実際にフェザントとゲルトも、二人で造った装飾品などをヴェルドットで売ったり、ヴェルドットの工房を手伝いに行ったりしていた。
以前カイトがクウェイルに語った、船を使った冷却運搬の新技術も、ドワーフとヴェルドットが協力して開発したものだ。
それはあくまで水面下での交流ではあるが、一般の民たちはそうして友人として付き合ってきた。
******
ヴェルドットから戻った四人の表情は、真っ二つに割れていた。
とにかく楽しそうなカイトとヘイレン、びっくりして見開いた目が戻らないアイビスとフェザント。
そして前知識として、先の二国間の関係が語られたのだ。
──「つまりドワーフとヴェルドットは、今までは上手くやってきたワケだが……その関係を壊そうとして起こしたのが、今回の鍵盗難騒動だ」
「……シンシア王女がドワーフにケンカを売った、と?」
「いや、王女はそこまで考えてないだろうな。ヴェルドット国王も無関係だ。黒幕は一部の貴族連中だろう」
もしシンシア王女にそんな魂胆があったのなら、ヘイレンが気づかないはずはない。
「王女はただ、ローサ姫の思い出の品を取り返したいとかそんなとこだろう。いかにも『恋に恋するお姫様』だったからな」
ヘイレンの人物評は何となく説得力がある。
「おそらくシンシア王女からローサ姫の日記のことを聞いた奴らが、ドワーフから盗むことを唆したんだろう。それで俺たちに依頼を出した」
だが事態は、黒幕たちにも予想外の展開に転がったのだ。
ドワーフ国王は、鍵の盗難の犯人を王弟サイドだと決めつけた。
確かに、その可能性が真っ先に思い浮かぶことは仕方がない。
そもそも『太陽の間』の鍵の存在を知る者は限られる上に、鍵を使おうとしても、『太陽の間』まで辿り着くのは困難だ。
なぜなら『太陽の間』の場所を知るのは、王族だけなのだから。
さらに言えば、鍵に付いている紅光石は、それほど価値が高いものではない。
ドワーフにとっては歴史的な宝物ではあるが、宝石としての値打ちはあまりないのだ。
それらの理由から現王側は、鍵を盗んだのは王弟だと決めつけて、攻勢を強めている。
──と、言うよりも、鍵の盗難をこれ幸いと、王弟を非難する理由として利用したのだ。
「俺たちの手際が良過ぎたんだなー。そのせいでドワーフは外部の犯行を全く疑ってねえ。自分で自分の首を絞めてりゃ、世話ねぇぜ」
ヘイレンのその軽口には、流石にフェザントがカチンときて睨みつけたが、ヘイレンは全く堪えないから怒り損だ。
つまり今回の騒動には、二つの思惑が絡み合っている。
一つはヴェルドットとドワーフの勢力争い。
一部の貴族の暴走とは言え、ドワーフとの戦争を望んですらいるようだ。
もう一つは、ドワーフ国内の王位争い。
だがこちらは、鍵の盗難は最後の一押しであり、きっかけは純血の少女の登場だ。
今さら鍵を取り戻したところで、止まることはない。
「このままドワーフの内乱なんざ起きようもんなら、黒幕たちの笑いが止まらねえぞ。労せずドワーフの勢力を削ぐことができるんだからな。だが、だからと言って、犯人はヴェルドットだと教えても、今度はドワーフとヴェルドットの間が拗れる。そうなっても、負けだ」
国や王族が入り乱れる壮大な陰謀に、聴衆はゴクリと喉を鳴らす。
複雑に絡まり、始めも終わりも分からないようなこの状況を、どうすればほぐすことができるのか──?
何の権力も持たない旅人の一行に、できることなどあるのか──?
臆する一行だが──
「解決すべきモンは二つだ。まずは鍵。そして──純血の少女。その二つを、盗む」
ヘイレンはいとも簡単そうに言って、にやりと笑った。
******
明日からの作戦が、雇い主であるヘイレンから語られた。
新事実と大胆な作戦に、フェザントの家の中はざわめき立ったが、カイトに付き合わされて無茶には慣れている一行の思考は、すぐにやるべきことへと向かう。
いつものようにカイトとアイビスの間で考察が繰り返される。
今日はその会話にヘイレンも口を挟むものだから、いつもより議論は長引くことになった。
──「よし、そんじゃ明日から頼むぜ」
ヘイレンの締めの言葉で作戦会議は終わり、夕食までのあと少しの時間を、各々好きに過ごそうと立ち上がる。
その中で、ユエがするりとカイトに近づいた。
カイトはそれにいち早く気づいたはずなのに、背を向けたまま、アイビスとヘイレンの会話を聞いているフリをしている。
「……カイト」
ユエはもちろん、そんな無言の拒絶など察しない。背に手を置いて、彼を呼ぶ。
「……なんだ?」
「はなし、ある」
どうぞ、という感じで眉を上げるカイトを、「二人で」とユエは袖を引っ張った。
周りの注目を集める中、渋々という態度のカイトは、ユエを先導して隣の部屋へと消えていく。
クレインとマイナは(まさか……?!)と顔を見合わせるが、引き止めることもできずに、扉が閉められるのを見守ることしかできなかった。
******
「……なんだ?」
温度が感じられないカイトの声だが、ユエは気にもしないで、彼の手を取る。
剣ダコでゴツゴツと硬い皮膚は、決して触り心地がいいとは言えない。
だがそれは、カイトの闘いの歴史を物語っている。
その歴戦の勇者のような風格が、どれだけの研鑽によって磨かれたのか──自分が鍛え始めたからこそ、ユエにもその途方もない積み重ねが感じられるようになっていた。
大きな手の平を自分の頰に当てると、なぜだか泣きたいような気持ちになって、ユエは目を閉じる。
「……なにを、してるんだ」
「うん……確かめてる」
「『確かめる』?なにを──」
言葉を封じるように、もう一方の人差し指と中指で、カイトの渇いた唇をなぞる。
触れたところに感覚が全て集まってくるように、じん、としびれる。敏感になり過ぎると、反対に感覚が鈍るようだ。
もう一度、指を動かす。
くん、と荒れた表面に引っかかった指が、唇の内側に触れて濡れた感触が伝わる。
(あ……近い……)
黒々としたカイトの瞳に自分の顔が映り込むほどの距離。
蜜に惹かれる蝶のように、唇からその潤いをすするために、いつの間にか顔を寄せていた。
あと少し、もう少しだけ──伸び上がったユエは、自分の体を支えるために、カイトの胸に寄りかかる。
彼の体温と匂いに包まれる。
見上げると、宵闇のような瞳が揺らめいて、カイトの動揺を知らせていた。
ユエの突拍子もない行動に、カイトも動けないようで、魅入られたように視線を外せない。
(あぁ……そう、か)
触れて、触れられて──ずっと自分の中にあって、でも名前を付けることができなかった感情が、今やっと言葉としてカタチになった。
「すき」
する、とユエからその言葉が零れた。心で感じたそのままに、飾り気のない言葉。
一度口に出すと、枷が外れたように、愛おしさが溢れて止まらなくなった。
「おれ、カイトのこと、好きだよ」
どうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいに、その感情はユエの中に膨れ上がっていた。
「好き」が躰の中に溜まって心臓を圧迫するように、きゅうぅっと胸が絞られる。
「すき」「好き」「好きだよ」
口に出さなければ胸がいっぱいになってしまいそうで、ユエは自分でも止められずに同じ言葉を紡ぎ続けた。
******
「カイトのこと、好き」
「それは──」
「うん、恋愛感情の『好き』だ」
ユエからの告白を、カイトは──しくじった、というような苦々しい表情で聞いていた。
そして彼の返事は、受け容れるでも拒否でもなく──否定、だった。
「……勘違いだ」
「かん、ちがい……?」
「そうだ。お前のその感情は、勘違いだ。恋情じゃない」
ユエの潤んだ瞳を干上がらせるような、渇いた声でキッパリと言い切る。
「お前のそれは、ただの刷り込みだ」
「『刷り込み』?」
「雛鳥が初めて見たモノを親と勘違いして、後を付いて回るのと一緒だ。俺に助けられて、懐いただけだ」
ただ事実を述べているだけという淡々とした態度。
カイトを知る者ほど、「なるほど」とすんなり納得してしまいそうな雰囲気がある。
それに、告白した相手からこう返されたなら、ほとんどは(遠回しに断られたんだな)(脈ナシか……)と悟って、これ以上踏み込まないだろう。
むしろ言葉に乗って、「ああ、そうかも、勘違いだったみたい」と、せめて今の関係を維持する方向へと向かうはずだ。
そう、普通ならば──。
「……ちがう」
ユエにそんな駆け引きは通用しない。
「その理屈なら、俺はラークやクレインを好きになってる。だって……俺、最初はカイトのこと、怖かったもの。ラークとクレインの方が、優しかった」
口を開こうとしたカイトに一音も発せさせず、ユエは言い募る。
「それに『吊り橋効果』?っていうのも聞いたけど、やっぱりそれでも俺が勘違いするなら、相手はカイトじゃなくて、クレインだと思う。だって……一緒に捕まって、一緒に闘ったし」
ユエの反論は筋が通っていた。
感情的でもなく、ムキになっている訳でもない。
カイトの言葉を一旦受け止めて、考えて、そして結論を出している。
思ったより手強いユエに、それでもカイトはまだ子どもを諭すような姿勢を崩さない。
「……お前は世界を知らないんだ。狭い世界の中で、数少ない知り合いの中で比べて、それで俺のことを特別だと勘違いしただけだ。もっと広い世界を知って、もっと多くの人に出会えば──」
「俺は知ってる。アイビスもラークもヘロンもクレインもジェイもフェザントも。それにクウェイルやメイ、リーリア団のみんな、ベレン卿のところの人たち、ここのドワーフたち。それに……人魚たち」
「……それだけだ」
「それなら!あと何人と知り合えばいい?」
ユエは自分が無知であることを知っている。
カイトに比べれば、狭い狭い交友関係であることも。だが──
「何十人、何百人と比べないと、分からないの?」
世界中の人と会ってからでなければ、人を好きにはなれないのか?──そんなことは不可能だということくらい、ユエにも分かる。
「これから先、誰と出会うとしても、俺は今、カイトが好き」
***
「……いきなり、何なんだ」
簡単に言いくるめられると思っていた相手に、反対に言い負かされ、カイトはやっと『オトナ』の態度を捨てた。
イライラと髪をかき上げ、そっぽを向いて吐き捨てるように言う。
「こんな時に、くだらないことを言うな。どうしてこう、脈絡もない──」
「くだらなくなんか、ない。俺にとってはすごく大事なことだ。それに……いきなりでもない」
「いきなりだろう?さっきまで真面目な話をしていたのに……今、言うことか?」
「だって……言わずには、いられなかったんだもの……」
マイナとクレインとの会話があって、(確かめてみよう)とは思っていた。自分が本当にカイトのことを好きなのか──。
確かめたかっただけで、ユエはその先のことを全く考えていなかったのだ。
まさかこれほどすんなりと自分の気持ちを自覚し、告白までしてしまうなんて、ユエにも予想外だった。
「カイトに触れたら……もう止まらなかった。気づいた時には『好き』ってもう言ってた」
遠ざかった体温に、もう一度擦り寄る。
「……もっと近くにいきたい」
そっと硬い胸に頰を押しつけると、カイトは小さくピクッとして、ユエの肩に反射的に手を置いた。
「抱き締めて……接吻して……」
上目遣いにそう囁かれ、カイトはその一瞬、操られるように顔を寄せた──が、寸前にとどまって、糸を断ち切るように横を向く。
「……性欲じゃないのか、それは」
カイトの最後の悪あがきを、ユエは一蹴する。
「カイトがミカエルに言ったんだ。『誰でもいいなら色欲だけど、ギリーだけならそれは愛情だ』って。俺もそうだよ。カイトだけ。カイトじゃないと、だめだ」
「……そうか。そうだな。お前の感情を、俺が勝手に否定はできん」
カイトはユエの肩に置いた手に力を込め──グッと引き離した。
二人の間を隔てる、見えない壁。
そして全ての感情を封印した、酷薄な瞳でユエを射抜く。
「俺は、お前を好きじゃない」
完全な拒絶──ユエのからだが、凍りつく。
「お前が俺のことを好きでも、俺は違う。俺は『お前じゃないといけない』なんてことない。お前じゃなくても、同じように助けたし接しただろう。俺は──」
氷にヒビが入り、ぴしぴしと音が鳴る。
「お前じゃなくても、口づけできる。触れられる。抱き締められる。──抱ける」
キンッと弾けて砕け散る音が、自分の胸から本当に聴こえた気がしたが──崩れ落ちる心とは裏腹に、ユエのからだはぴくりとも動けない。
カイトは目を逸らして、ユエを置いて歩き出す。
ユエから弾け飛んだ氷のカケラが刺さって、無数の傷を作っている自分など見て見ぬ振りで、カイトはその場を後にした。
二国の関係はかなり複雑だ。
対外的には少し距離のある隣人として振舞っているが、実際にはもっと根が深く絡まり合っている。
ドワーフが大山脈全てを牛耳っていた時代は、その資源を独占していたため、人間もドワーフの国との交易が必至であった。
だが戦争を経て大山脈が人間の手に渡ると、そんな必要もなくなった。
人間の国々はドワーフの国との交易を打ち切り、孤立させ、そしてドワーフたちもそれに反発して内にこもるようになっていった。
そんな時代を経て、ヴェルドットが建国される。
ドワーフ王国やヴェルドットがある大陸の北東部は、不毛な土地が多い上、亜種が多く生まれる地域として、他からは軽んじられてきた。
いつの時代も、誰も、亜種について調べたことがないにも関わらず、である。
つまり何か統計や証拠があるのではないのだが──『亜種が多くない』と証明することもまた、できなかった。
いわれのない差別──だがヴェルドットはそれを逆手に取るように、亜種の力で成り上がった。
他国で差別される亜種を秘密裏に受け入れて、その能力でもって、技術大国へとのし上がったのだ。
そしてそれには、ドワーフの力も大きく貢献することとなった。
ドワーフは生来ものづくりが得意な種族と言われる。鉱物を見つける嗅覚、その良し悪しを見分ける目、それらを採掘する力、そして加工する腕──一流の職人ばかりだ。
彼らが隣国ヴェルドットへと出稼ぎに行くことで、技術を広め、高め合うことになったのだ。
ドワーフ王国はその国土のほとんどが地下にあるため、食料自給率が低い。
そのため足元を見られ、通常よりも高く人間の国々から買わなければならなかったのだが、ヴェルドットを介することでそれを解消することになった。
つまりドワーフは人手と技術を提供し、ヴェルドットは適切な価格の食料と仕事を与えることで、水面下で協力関係を結んできたのだ。
実際にフェザントとゲルトも、二人で造った装飾品などをヴェルドットで売ったり、ヴェルドットの工房を手伝いに行ったりしていた。
以前カイトがクウェイルに語った、船を使った冷却運搬の新技術も、ドワーフとヴェルドットが協力して開発したものだ。
それはあくまで水面下での交流ではあるが、一般の民たちはそうして友人として付き合ってきた。
******
ヴェルドットから戻った四人の表情は、真っ二つに割れていた。
とにかく楽しそうなカイトとヘイレン、びっくりして見開いた目が戻らないアイビスとフェザント。
そして前知識として、先の二国間の関係が語られたのだ。
──「つまりドワーフとヴェルドットは、今までは上手くやってきたワケだが……その関係を壊そうとして起こしたのが、今回の鍵盗難騒動だ」
「……シンシア王女がドワーフにケンカを売った、と?」
「いや、王女はそこまで考えてないだろうな。ヴェルドット国王も無関係だ。黒幕は一部の貴族連中だろう」
もしシンシア王女にそんな魂胆があったのなら、ヘイレンが気づかないはずはない。
「王女はただ、ローサ姫の思い出の品を取り返したいとかそんなとこだろう。いかにも『恋に恋するお姫様』だったからな」
ヘイレンの人物評は何となく説得力がある。
「おそらくシンシア王女からローサ姫の日記のことを聞いた奴らが、ドワーフから盗むことを唆したんだろう。それで俺たちに依頼を出した」
だが事態は、黒幕たちにも予想外の展開に転がったのだ。
ドワーフ国王は、鍵の盗難の犯人を王弟サイドだと決めつけた。
確かに、その可能性が真っ先に思い浮かぶことは仕方がない。
そもそも『太陽の間』の鍵の存在を知る者は限られる上に、鍵を使おうとしても、『太陽の間』まで辿り着くのは困難だ。
なぜなら『太陽の間』の場所を知るのは、王族だけなのだから。
さらに言えば、鍵に付いている紅光石は、それほど価値が高いものではない。
ドワーフにとっては歴史的な宝物ではあるが、宝石としての値打ちはあまりないのだ。
それらの理由から現王側は、鍵を盗んだのは王弟だと決めつけて、攻勢を強めている。
──と、言うよりも、鍵の盗難をこれ幸いと、王弟を非難する理由として利用したのだ。
「俺たちの手際が良過ぎたんだなー。そのせいでドワーフは外部の犯行を全く疑ってねえ。自分で自分の首を絞めてりゃ、世話ねぇぜ」
ヘイレンのその軽口には、流石にフェザントがカチンときて睨みつけたが、ヘイレンは全く堪えないから怒り損だ。
つまり今回の騒動には、二つの思惑が絡み合っている。
一つはヴェルドットとドワーフの勢力争い。
一部の貴族の暴走とは言え、ドワーフとの戦争を望んですらいるようだ。
もう一つは、ドワーフ国内の王位争い。
だがこちらは、鍵の盗難は最後の一押しであり、きっかけは純血の少女の登場だ。
今さら鍵を取り戻したところで、止まることはない。
「このままドワーフの内乱なんざ起きようもんなら、黒幕たちの笑いが止まらねえぞ。労せずドワーフの勢力を削ぐことができるんだからな。だが、だからと言って、犯人はヴェルドットだと教えても、今度はドワーフとヴェルドットの間が拗れる。そうなっても、負けだ」
国や王族が入り乱れる壮大な陰謀に、聴衆はゴクリと喉を鳴らす。
複雑に絡まり、始めも終わりも分からないようなこの状況を、どうすればほぐすことができるのか──?
何の権力も持たない旅人の一行に、できることなどあるのか──?
臆する一行だが──
「解決すべきモンは二つだ。まずは鍵。そして──純血の少女。その二つを、盗む」
ヘイレンはいとも簡単そうに言って、にやりと笑った。
******
明日からの作戦が、雇い主であるヘイレンから語られた。
新事実と大胆な作戦に、フェザントの家の中はざわめき立ったが、カイトに付き合わされて無茶には慣れている一行の思考は、すぐにやるべきことへと向かう。
いつものようにカイトとアイビスの間で考察が繰り返される。
今日はその会話にヘイレンも口を挟むものだから、いつもより議論は長引くことになった。
──「よし、そんじゃ明日から頼むぜ」
ヘイレンの締めの言葉で作戦会議は終わり、夕食までのあと少しの時間を、各々好きに過ごそうと立ち上がる。
その中で、ユエがするりとカイトに近づいた。
カイトはそれにいち早く気づいたはずなのに、背を向けたまま、アイビスとヘイレンの会話を聞いているフリをしている。
「……カイト」
ユエはもちろん、そんな無言の拒絶など察しない。背に手を置いて、彼を呼ぶ。
「……なんだ?」
「はなし、ある」
どうぞ、という感じで眉を上げるカイトを、「二人で」とユエは袖を引っ張った。
周りの注目を集める中、渋々という態度のカイトは、ユエを先導して隣の部屋へと消えていく。
クレインとマイナは(まさか……?!)と顔を見合わせるが、引き止めることもできずに、扉が閉められるのを見守ることしかできなかった。
******
「……なんだ?」
温度が感じられないカイトの声だが、ユエは気にもしないで、彼の手を取る。
剣ダコでゴツゴツと硬い皮膚は、決して触り心地がいいとは言えない。
だがそれは、カイトの闘いの歴史を物語っている。
その歴戦の勇者のような風格が、どれだけの研鑽によって磨かれたのか──自分が鍛え始めたからこそ、ユエにもその途方もない積み重ねが感じられるようになっていた。
大きな手の平を自分の頰に当てると、なぜだか泣きたいような気持ちになって、ユエは目を閉じる。
「……なにを、してるんだ」
「うん……確かめてる」
「『確かめる』?なにを──」
言葉を封じるように、もう一方の人差し指と中指で、カイトの渇いた唇をなぞる。
触れたところに感覚が全て集まってくるように、じん、としびれる。敏感になり過ぎると、反対に感覚が鈍るようだ。
もう一度、指を動かす。
くん、と荒れた表面に引っかかった指が、唇の内側に触れて濡れた感触が伝わる。
(あ……近い……)
黒々としたカイトの瞳に自分の顔が映り込むほどの距離。
蜜に惹かれる蝶のように、唇からその潤いをすするために、いつの間にか顔を寄せていた。
あと少し、もう少しだけ──伸び上がったユエは、自分の体を支えるために、カイトの胸に寄りかかる。
彼の体温と匂いに包まれる。
見上げると、宵闇のような瞳が揺らめいて、カイトの動揺を知らせていた。
ユエの突拍子もない行動に、カイトも動けないようで、魅入られたように視線を外せない。
(あぁ……そう、か)
触れて、触れられて──ずっと自分の中にあって、でも名前を付けることができなかった感情が、今やっと言葉としてカタチになった。
「すき」
する、とユエからその言葉が零れた。心で感じたそのままに、飾り気のない言葉。
一度口に出すと、枷が外れたように、愛おしさが溢れて止まらなくなった。
「おれ、カイトのこと、好きだよ」
どうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいに、その感情はユエの中に膨れ上がっていた。
「好き」が躰の中に溜まって心臓を圧迫するように、きゅうぅっと胸が絞られる。
「すき」「好き」「好きだよ」
口に出さなければ胸がいっぱいになってしまいそうで、ユエは自分でも止められずに同じ言葉を紡ぎ続けた。
******
「カイトのこと、好き」
「それは──」
「うん、恋愛感情の『好き』だ」
ユエからの告白を、カイトは──しくじった、というような苦々しい表情で聞いていた。
そして彼の返事は、受け容れるでも拒否でもなく──否定、だった。
「……勘違いだ」
「かん、ちがい……?」
「そうだ。お前のその感情は、勘違いだ。恋情じゃない」
ユエの潤んだ瞳を干上がらせるような、渇いた声でキッパリと言い切る。
「お前のそれは、ただの刷り込みだ」
「『刷り込み』?」
「雛鳥が初めて見たモノを親と勘違いして、後を付いて回るのと一緒だ。俺に助けられて、懐いただけだ」
ただ事実を述べているだけという淡々とした態度。
カイトを知る者ほど、「なるほど」とすんなり納得してしまいそうな雰囲気がある。
それに、告白した相手からこう返されたなら、ほとんどは(遠回しに断られたんだな)(脈ナシか……)と悟って、これ以上踏み込まないだろう。
むしろ言葉に乗って、「ああ、そうかも、勘違いだったみたい」と、せめて今の関係を維持する方向へと向かうはずだ。
そう、普通ならば──。
「……ちがう」
ユエにそんな駆け引きは通用しない。
「その理屈なら、俺はラークやクレインを好きになってる。だって……俺、最初はカイトのこと、怖かったもの。ラークとクレインの方が、優しかった」
口を開こうとしたカイトに一音も発せさせず、ユエは言い募る。
「それに『吊り橋効果』?っていうのも聞いたけど、やっぱりそれでも俺が勘違いするなら、相手はカイトじゃなくて、クレインだと思う。だって……一緒に捕まって、一緒に闘ったし」
ユエの反論は筋が通っていた。
感情的でもなく、ムキになっている訳でもない。
カイトの言葉を一旦受け止めて、考えて、そして結論を出している。
思ったより手強いユエに、それでもカイトはまだ子どもを諭すような姿勢を崩さない。
「……お前は世界を知らないんだ。狭い世界の中で、数少ない知り合いの中で比べて、それで俺のことを特別だと勘違いしただけだ。もっと広い世界を知って、もっと多くの人に出会えば──」
「俺は知ってる。アイビスもラークもヘロンもクレインもジェイもフェザントも。それにクウェイルやメイ、リーリア団のみんな、ベレン卿のところの人たち、ここのドワーフたち。それに……人魚たち」
「……それだけだ」
「それなら!あと何人と知り合えばいい?」
ユエは自分が無知であることを知っている。
カイトに比べれば、狭い狭い交友関係であることも。だが──
「何十人、何百人と比べないと、分からないの?」
世界中の人と会ってからでなければ、人を好きにはなれないのか?──そんなことは不可能だということくらい、ユエにも分かる。
「これから先、誰と出会うとしても、俺は今、カイトが好き」
***
「……いきなり、何なんだ」
簡単に言いくるめられると思っていた相手に、反対に言い負かされ、カイトはやっと『オトナ』の態度を捨てた。
イライラと髪をかき上げ、そっぽを向いて吐き捨てるように言う。
「こんな時に、くだらないことを言うな。どうしてこう、脈絡もない──」
「くだらなくなんか、ない。俺にとってはすごく大事なことだ。それに……いきなりでもない」
「いきなりだろう?さっきまで真面目な話をしていたのに……今、言うことか?」
「だって……言わずには、いられなかったんだもの……」
マイナとクレインとの会話があって、(確かめてみよう)とは思っていた。自分が本当にカイトのことを好きなのか──。
確かめたかっただけで、ユエはその先のことを全く考えていなかったのだ。
まさかこれほどすんなりと自分の気持ちを自覚し、告白までしてしまうなんて、ユエにも予想外だった。
「カイトに触れたら……もう止まらなかった。気づいた時には『好き』ってもう言ってた」
遠ざかった体温に、もう一度擦り寄る。
「……もっと近くにいきたい」
そっと硬い胸に頰を押しつけると、カイトは小さくピクッとして、ユエの肩に反射的に手を置いた。
「抱き締めて……接吻して……」
上目遣いにそう囁かれ、カイトはその一瞬、操られるように顔を寄せた──が、寸前にとどまって、糸を断ち切るように横を向く。
「……性欲じゃないのか、それは」
カイトの最後の悪あがきを、ユエは一蹴する。
「カイトがミカエルに言ったんだ。『誰でもいいなら色欲だけど、ギリーだけならそれは愛情だ』って。俺もそうだよ。カイトだけ。カイトじゃないと、だめだ」
「……そうか。そうだな。お前の感情を、俺が勝手に否定はできん」
カイトはユエの肩に置いた手に力を込め──グッと引き離した。
二人の間を隔てる、見えない壁。
そして全ての感情を封印した、酷薄な瞳でユエを射抜く。
「俺は、お前を好きじゃない」
完全な拒絶──ユエのからだが、凍りつく。
「お前が俺のことを好きでも、俺は違う。俺は『お前じゃないといけない』なんてことない。お前じゃなくても、同じように助けたし接しただろう。俺は──」
氷にヒビが入り、ぴしぴしと音が鳴る。
「お前じゃなくても、口づけできる。触れられる。抱き締められる。──抱ける」
キンッと弾けて砕け散る音が、自分の胸から本当に聴こえた気がしたが──崩れ落ちる心とは裏腹に、ユエのからだはぴくりとも動けない。
カイトは目を逸らして、ユエを置いて歩き出す。
ユエから弾け飛んだ氷のカケラが刺さって、無数の傷を作っている自分など見て見ぬ振りで、カイトはその場を後にした。
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【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
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だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
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