三鍵の奏者

春澄蒼

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第四章 地下に眠る太陽のカケラ

53 告白

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 今回起こっている一連の騒動を紐解くには、ヴェルドット国とドワーフ王国の関係から説明しなければならない。 

 二国の関係はかなり複雑だ。

 対外的には少し距離のある隣人として振舞っているが、実際にはもっと根が深く絡まり合っている。



 ドワーフが大山脈全てを牛耳っていた時代は、その資源を独占していたため、人間もドワーフの国との交易が必至であった。
 だが戦争を経て大山脈が人間の手に渡ると、そんな必要もなくなった。

 人間の国々はドワーフの国との交易を打ち切り、孤立させ、そしてドワーフたちもそれに反発して内にこもるようになっていった。



 そんな時代を経て、ヴェルドットが建国される。

 ドワーフ王国やヴェルドットがある大陸の北東部は、不毛な土地が多い上、亜種が多く生まれる地域として、他からは軽んじられてきた。

 いつの時代も、誰も、亜種について調べたことがないにも関わらず、である。


 つまり何か統計や証拠があるのではないのだが──『亜種が多くない』と証明することもまた、できなかった。


 いわれのない差別──だがヴェルドットはそれを逆手に取るように、亜種の力で成り上がった。


 他国で差別される亜種を秘密裏に受け入れて、その能力でもって、技術大国へとのし上がったのだ。


 そしてそれには、ドワーフの力も大きく貢献することとなった。


 ドワーフは生来ものづくりが得意な種族と言われる。鉱物を見つける嗅覚、その良し悪しを見分ける目、それらを採掘する力、そして加工する腕──一流の職人ばかりだ。

 彼らが隣国ヴェルドットへと出稼ぎに行くことで、技術を広め、高め合うことになったのだ。

 ドワーフ王国はその国土のほとんどが地下にあるため、食料自給率が低い。

 そのため足元を見られ、通常よりも高く人間の国々から買わなければならなかったのだが、ヴェルドットを介することでそれを解消することになった。

 つまりドワーフは人手と技術を提供し、ヴェルドットは適切な価格の食料と仕事を与えることで、水面下で協力関係を結んできたのだ。


 実際にフェザントとゲルトも、二人で造った装飾品などをヴェルドットで売ったり、ヴェルドットの工房を手伝いに行ったりしていた。

 以前カイトがクウェイルに語った、船を使った冷却運搬の新技術も、ドワーフとヴェルドットが協力して開発したものだ。


 それはあくまで水面下での交流ではあるが、一般の民たちはそうして友人として付き合ってきた。




******
 ヴェルドットから戻った四人の表情は、真っ二つに割れていた。

 とにかく楽しそうなカイトとヘイレン、びっくりして見開いた目が戻らないアイビスとフェザント。

 そして前知識として、先の二国間の関係が語られたのだ。


 ──「つまりドワーフとヴェルドットは、今までは上手くやってきたワケだが……その関係を壊そうとして起こしたのが、今回の鍵盗難騒動だ」

「……シンシア王女がドワーフにケンカを売った、と?」
「いや、王女はそこまで考えてないだろうな。ヴェルドット国王も無関係だ。黒幕は一部の貴族連中だろう」

 もしシンシア王女にそんな魂胆があったのなら、ヘイレンが気づかないはずはない。

「王女はただ、ローサ姫の思い出の品を取り返したいとかそんなとこだろう。いかにも『恋に恋するお姫様』だったからな」

 ヘイレンの人物評は何となく説得力がある。

「おそらくシンシア王女からローサ姫の日記のことを聞いた奴らが、ドワーフから盗むことを唆したんだろう。それで俺たちに依頼を出した」

 だが事態は、黒幕たちにも予想外の展開に転がったのだ。


 ドワーフ国王は、鍵の盗難の犯人を王弟サイドだと決めつけた。

 確かに、その可能性が真っ先に思い浮かぶことは仕方がない。


 そもそも『太陽の間』の鍵の存在を知る者は限られる上に、鍵を使おうとしても、『太陽の間』まで辿り着くのは困難だ。

 なぜなら『太陽の間』の場所を知るのは、王族だけなのだから。


 さらに言えば、鍵に付いている紅光石は、それほど価値が高いものではない。

 ドワーフにとっては歴史的な宝物ではあるが、宝石としての値打ちはあまりないのだ。


 それらの理由から現王側は、鍵を盗んだのは王弟だと決めつけて、攻勢を強めている。
 ──と、言うよりも、鍵の盗難をこれ幸いと、王弟を非難する理由として利用したのだ。


「俺たちの手際が良過ぎたんだなー。そのせいでドワーフは外部の犯行を全く疑ってねえ。自分で自分の首を絞めてりゃ、世話ねぇぜ」

 ヘイレンのその軽口には、流石にフェザントがカチンときて睨みつけたが、ヘイレンは全く堪えないから怒り損だ。




 つまり今回の騒動には、二つの思惑が絡み合っている。

 一つはヴェルドットとドワーフの勢力争い。
 一部の貴族の暴走とは言え、ドワーフとの戦争を望んですらいるようだ。

 もう一つは、ドワーフ国内の王位争い。
 だがこちらは、鍵の盗難は最後の一押しであり、きっかけは純血の少女の登場だ。
 今さら鍵を取り戻したところで、止まることはない。


「このままドワーフの内乱なんざ起きようもんなら、黒幕たちの笑いが止まらねえぞ。労せずドワーフの勢力を削ぐことができるんだからな。だが、だからと言って、犯人はヴェルドットだと教えても、今度はドワーフとヴェルドットの間が拗れる。そうなっても、負けだ」


 国や王族が入り乱れる壮大な陰謀に、聴衆はゴクリと喉を鳴らす。

 複雑に絡まり、始めも終わりも分からないようなこの状況を、どうすればほぐすことができるのか──?

 何の権力も持たない旅人の一行に、できることなどあるのか──?

 臆する一行だが──


「解決すべきモンは二つだ。まずは鍵。そして──純血の少女。その二つを、盗む」

 ヘイレンはいとも簡単そうに言って、にやりと笑った。



******
 明日からの作戦が、雇い主であるヘイレンから語られた。

 新事実と大胆な作戦に、フェザントの家の中はざわめき立ったが、カイトに付き合わされて無茶には慣れている一行の思考は、すぐにやるべきことへと向かう。

 いつものようにカイトとアイビスの間で考察が繰り返される。
 今日はその会話にヘイレンも口を挟むものだから、いつもより議論は長引くことになった。



 ──「よし、そんじゃ明日から頼むぜ」
 ヘイレンの締めの言葉で作戦会議は終わり、夕食までのあと少しの時間を、各々好きに過ごそうと立ち上がる。

 その中で、ユエがするりとカイトに近づいた。

 カイトはそれにいち早く気づいたはずなのに、背を向けたまま、アイビスとヘイレンの会話を聞いているをしている。

「……カイト」
 ユエはもちろん、そんな無言の拒絶など察しない。背に手を置いて、彼を呼ぶ。

「……なんだ?」
「はなし、ある」

 どうぞ、という感じで眉を上げるカイトを、「二人で」とユエは袖を引っ張った。


 周りの注目を集める中、渋々という態度のカイトは、ユエを先導して隣の部屋へと消えていく。

 クレインとマイナは(まさか……?!)と顔を見合わせるが、引き止めることもできずに、扉が閉められるのを見守ることしかできなかった。



******
「……なんだ?」
 温度が感じられないカイトの声だが、ユエは気にもしないで、彼の手を取る。

 剣ダコでゴツゴツと硬い皮膚は、決して触り心地がいいとは言えない。
 だがそれは、カイトの闘いの歴史を物語っている。

 その歴戦の勇者のような風格が、どれだけの研鑽によって磨かれたのか──自分が鍛え始めたからこそ、ユエにもその途方もない積み重ねが感じられるようになっていた。


 大きな手の平を自分の頰に当てると、なぜだか泣きたいような気持ちになって、ユエは目を閉じる。


「……なにを、してるんだ」
「うん……確かめてる」
「『確かめる』?なにを──」

 言葉を封じるように、もう一方の人差し指と中指で、カイトの渇いた唇をなぞる。

 触れたところに感覚が全て集まってくるように、じん、としびれる。敏感になり過ぎると、反対に感覚が鈍るようだ。

 もう一度、指を動かす。

 くん、と荒れた表面に引っかかった指が、唇の内側に触れて濡れた感触が伝わる。

(あ……近い……)
 黒々としたカイトの瞳に自分の顔が映り込むほどの距離。
 蜜に惹かれる蝶のように、唇からその潤いをすするために、いつの間にか顔を寄せていた。


 あと少し、もう少しだけ──伸び上がったユエは、自分の体を支えるために、カイトの胸に寄りかかる。

 彼の体温と匂いに包まれる。

 見上げると、宵闇のような瞳が揺らめいて、カイトの動揺を知らせていた。

 ユエの突拍子もない行動に、カイトも動けないようで、魅入られたように視線を外せない。


(あぁ……そう、か)

 触れて、触れられて──ずっと自分の中にあって、でも名前を付けることができなかった感情が、今やっと言葉としてカタチになった。


「すき」


 する、とユエからその言葉が零れた。心で感じたそのままに、飾り気のない言葉。

 一度口に出すと、枷が外れたように、愛おしさが溢れて止まらなくなった。

「おれ、カイトのこと、好きだよ」

 どうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいに、その感情はユエの中に膨れ上がっていた。

「好き」が躰の中に溜まって心臓を圧迫するように、きゅうぅっと胸が絞られる。

「すき」「好き」「好きだよ」

 口に出さなければ胸がいっぱいになってしまいそうで、ユエは自分でも止められずに同じ言葉を紡ぎ続けた。




******
「カイトのこと、好き」
「それは──」
「うん、恋愛感情の『好き』だ」


 ユエからの告白を、カイトは──しくじった、というような苦々しい表情で聞いていた。


 そして彼の返事は、受け容れるでも拒否でもなく──否定、だった。


「……勘違いだ」
「かん、ちがい……?」
「そうだ。お前のその感情は、勘違いだ。恋情じゃない」


 ユエの潤んだ瞳を干上がらせるような、渇いた声でキッパリと言い切る。


「お前のそれは、ただの刷り込みだ」
「『刷り込み』?」
「雛鳥が初めて見たモノを親と勘違いして、後を付いて回るのと一緒だ。俺に助けられて、懐いただけだ」

 ただ事実を述べているだけという淡々とした態度。
 カイトを知る者ほど、「なるほど」とすんなり納得してしまいそうな雰囲気がある。


 それに、告白した相手からこう返されたなら、ほとんどは(遠回しに断られたんだな)(脈ナシか……)と悟って、これ以上踏み込まないだろう。

 むしろ言葉に乗って、「ああ、そうかも、勘違いだったみたい」と、せめて今の関係を維持する方向へと向かうはずだ。

 そう、普通ならば──。


「……ちがう」


 ユエにそんな駆け引きは通用しない。



「その理屈なら、俺はラークやクレインを好きになってる。だって……俺、最初はカイトのこと、怖かったもの。ラークとクレインの方が、優しかった」

 口を開こうとしたカイトに一音も発せさせず、ユエは言い募る。


「それに『吊り橋効果』?っていうのも聞いたけど、やっぱりそれでも俺が勘違いするなら、相手はカイトじゃなくて、クレインだと思う。だって……一緒に捕まって、一緒に闘ったし」



 ユエの反論は筋が通っていた。
 感情的でもなく、ムキになっている訳でもない。

 カイトの言葉を一旦受け止めて、考えて、そして結論を出している。


 思ったより手強いユエに、それでもカイトはまだ子どもを諭すような姿勢を崩さない。


「……お前は世界を知らないんだ。狭い世界の中で、数少ない知り合いの中で比べて、それで俺のことを特別だと勘違いしただけだ。もっと広い世界を知って、もっと多くの人に出会えば──」

「俺は知ってる。アイビスもラークもヘロンもクレインもジェイもフェザントも。それにクウェイルやメイ、リーリア団のみんな、ベレン卿のところの人たち、ここのドワーフたち。それに……人魚たち」

「……それだけだ」
「それなら!あと何人と知り合えばいい?」

 ユエは自分が無知であることを知っている。
 カイトに比べれば、狭い狭い交友関係であることも。だが──

「何十人、何百人と比べないと、分からないの?」

 世界中の人と会ってからでなければ、人を好きにはなれないのか?──そんなことは不可能だということくらい、ユエにも分かる。

「これから先、誰と出会うとしても、俺は今、カイトが好き」



***
「……いきなり、何なんだ」

 簡単に言いくるめられると思っていた相手に、反対に言い負かされ、カイトはやっと『オトナ』の態度を捨てた。

 イライラと髪をかき上げ、そっぽを向いて吐き捨てるように言う。

「こんな時に、くだらないことを言うな。どうしてこう、脈絡もない──」

「くだらなくなんか、ない。俺にとってはすごく大事なことだ。それに……いきなりでもない」

「いきなりだろう?さっきまで真面目な話をしていたのに……今、言うことか?」

「だって……言わずには、いられなかったんだもの……」


 マイナとクレインとの会話があって、(確かめてみよう)とは思っていた。自分が本当にカイトのことを好きなのか──。

 確かめたかっただけで、ユエはその先のことを全く考えていなかったのだ。

 まさかこれほどすんなりと自分の気持ちを自覚し、告白までしてしまうなんて、ユエにも予想外だった。


「カイトに触れたら……もう止まらなかった。気づいた時には『好き』ってもう言ってた」

 遠ざかった体温に、もう一度擦り寄る。

「……もっと近くにいきたい」
 そっと硬い胸に頰を押しつけると、カイトは小さくピクッとして、ユエの肩に反射的に手を置いた。

「抱き締めて……接吻キスして……」

 上目遣いにそう囁かれ、カイトはその一瞬、操られるように顔を寄せた──が、寸前にとどまって、糸を断ち切るように横を向く。


「……性欲じゃないのか、それは」


 カイトの最後の悪あがきを、ユエは一蹴する。

「カイトがミカエルに言ったんだ。『誰でもいいなら色欲だけど、ギリーだけならそれは愛情だ』って。俺もそうだよ。カイトだけ。カイトじゃないと、だめだ」



「……そうか。そうだな。お前の感情を、俺が勝手に否定はできん」

 カイトはユエの肩に置いた手に力を込め──グッと引き離した。

 二人の間を隔てる、見えない壁。

 そして全ての感情を封印した、酷薄な瞳でユエを射抜く。


「俺は、お前を好きじゃない」


 完全な拒絶──ユエのからだが、凍りつく。


「お前が俺のことを好きでも、俺は違う。俺は『お前じゃないといけない』なんてことない。お前じゃなくても、同じように助けたし接しただろう。俺は──」


 氷にヒビが入り、ぴしぴしと音が鳴る。


「お前じゃなくても、口づけできる。触れられる。抱き締められる。──抱ける」


 キンッと弾けて砕け散る音が、自分の胸から本当に聴こえた気がしたが──崩れ落ちる心とは裏腹に、ユエのからだはぴくりとも動けない。


 カイトは目を逸らして、ユエを置いて歩き出す。


 ユエから弾け飛んだ氷のカケラが刺さって、無数の傷を作っている自分など見て見ぬ振りで、カイトはその場を後にした。

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