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第四章 地下に眠る太陽のカケラ
番外編 クリストバル・トリエンテの記録
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******
この本と『鍵』を次代に献げる。
我が最後のドワーフとならぬことを願い──我の死後に誕生するドワーフのために、一助になろう。
さぁ、大地から産まれし炎の子よ!我の手から希望を受け取れ!
──ただし、希望が希望のまま汝の手に渡るかは、神にも知れぬこと────。
******
我が名はクリストバル。
トリエンテ部族領に産まれた。
産まれると同時に族長になり、三年後にはトリエンテ一族は九部族の筆頭になっていた。
ドワーフは力を重んじる。
かつては、産まれる場所によって属する部族が決まり、その中で最も力ある者が族長に選ばれていた。
だが今となっては、力と共に血というものに重きを置かれるようになっている。
いや、結局は血と力は比例しているのだから、同じことか。力の強い者から、強い力は受け継がれる。
我は一族の乳母によって、産まれた時から族長として、そしてドワーフをまとめる者としての重き使命を言い聞かされて育った。
******
我が十になる頃、あるものが授けられた。
紅く美しいそれは、様々に呼ばれていた。──『地下の太陽の鍵』『炎の鍵』『ドワーフの鍵』──ドワーフの代表に受け継がれてきた宝物である。
だがその時、我にされた説明は一言だけ。
──『お主が誰かを愛した時に、それの役目は果たされる』
しかしながら我には、愛を知る前に義務がのしかかることとなった。
******
我は十五になると、国のことやら世界のことやら、複雑で難解な課題に直面することとなる。
最も直近の危機は、人間の国との戦争であった。
ドワーフの国だけではない。
妖精の国も人魚の国も、人間の国と年中戦ばかり。
人間の国は歴史を忘れ、とんでもない理由で戦を仕掛けてくるのだ。
曰く、「三種族は傲慢にも、自分たちは人間より『上』だと我らを見下している」と。
どうやら、三種族が唱える人間の起源というものを信じたくないようだった。
我らがどれだけ言葉を尽くして説明しても、彼らは最初から嘘だと決めつけて、考えることもしない。
そしてドワーフの国の中でも、権力争いが次第に見えるようになっていく。
我一人の権力が、強過ぎるのだ。
トリエンテだけが発言力を持つことに、他の八部族が不満を燻らせていた。
我は成人するとまず、部族間の力の均衡を保つことを考えた。
そしてそのために、『鍵』を使うことにしたのだ。
我は他の八部族からそれぞれ一人ずつ嫁を取って、そして子を成した。
複数の妻を持つことも、他部族からの嫁取りも、特例として我のみ許された。
おそらくこれが、歴史上初めて、『鍵』が政治に使われた瞬間だろう。
こうして誕生した我の子たち──彼ら八人も『愛の子』と呼んでもいいものなのか、我には分からない。
だが、後悔はなかった。
******
我が三十の時、人魚と妖精との会談が、約五十年ぶりに開かれた。
これほど間が空いたのには、様々な要因が絡んでいた。人間の国との戦争、それぞれの国の内乱、そして三種族の間の意見の相違──。
しかし悠長には構えていられなくなった。
おそらく誰もが急いだのだ。──我が生きている間に、と。
そして誰もが感じていた。これが最後になるかもしれない、と。
会談は妖精の国での開催となった。
海上は人間の船が跋扈し、大山脈と大海を繋ぐ水路はすでに半分が人間の国の手に落ちていた。
そのため安全性の高い妖精の国で、という提案に、我も賛成した。
我と人魚たちは『鍵』を使って席についたが、妖精たちはそのままの姿であった。
ドワーフと人魚とは違い、妖精は『鍵』を何度も使うことはできないらしい。
昔は『鍵』を広く皆で使うために、ドワーフでも制約を設けていたが、今となっては我しか使う者もいないのだから、使い放題である。
議題はいくつかあった。
まず最初に、それぞれの国の現状を報告し合う。
一番被害が大きいのは、人魚たちだった。
船の性能がよくなるにつれ、次々と領海が奪われているらしい。
その上、人魚を攫う輩も現れたらしい。
我はこの時初めて『奴隷』という恐ろしい言葉を知ることになる。
人魚たちの怒りは凄まじいものだった。
そして次は、『始祖』についてだ。
最初の人間アスカは故郷に眠っているのだが、その墓は地上にあるため、誰でも訪れることができる。
その墓を巡って、今、争いが起きている。
今やドワーフの国の民であっても、人間の起源を知らない者が増えてきていた。
いや、無知ならば真実を教えてやればいい。
だがやつらは、真実であっても端から受け入れるつもりがないのだ。
最初の人間がドワーフと人魚の間に産まれたということを、信じる者と信じない者に分かれて争っている。
最初の母シィランは、人魚の国の島に埋葬されているが、そこも同じようなことが起きているらしい。
協議の結果、アスカとシィランの棺を『太陽の間』に移すことになった。
そこには最初の父フェリックスの棺が安置されており、今や訪れることができる者も限られるからだ。
そして最後は、最も憂鬱になる議題──未来について、だ。
最早、人間の数が三種族を上回っていることは明白だ。
ドワーフは悪あがきを止め、このまま流れに身を任せることにしている。
神の領域を侵した我らへの罰ならば、甘んじて受けねばならぬ。
しかし人魚と妖精はそれぞれ独自に、種の存続を考えていた。
妖精たちは種を増やすことよりも、絶やさないことを選んだらしい。
元々長寿の種ではあったが、何やらそれをさらに延ばせるような口ぶりであった。
そして人魚の方はというと、『鍵』に改良を加えることを考えているらしい。
人魚たちにとっては何よりも、海で生きられなくなることが恐怖なのだ。
扉を開くか否か──『鍵』が揃ったあの場で、その話題にちらっとでも触れられなかったことが、今となっては不思議である。
******
我が五十を過ぎた頃には、子どもたちがそれぞれの部族を率いるようになり、ドワーフの国はそれなりにまとまっていた。
我は後継に実権を譲り、半分隠居の身となったことで、少しは自由な時間ができたため、ひとりで気ままに旅をすることが増えた。
そして我は──『愛』というものを知るのだ。
彼は人間だった。
人魚の血が濃く表れたのか、細身で儚げで、我が触れれば壊れてしまいそうな──ドワーフの審美眼から言えば、全く真逆の容姿をしていた。
だが……確かに我は、彼を愛した。
不思議なものである。
『鍵』を使って性を得る時、我らはそれを本能で選んでいる。
人間は不便なもので、時々性別を取り違えて産まれることがあると聞くが、我らは自分で選ぶことができるのだ。
我は男だ。それは、彼を愛した後も変わらなかった。
だが彼も、男であるのに、我を愛してくれたのだ。
我にとって『鍵』を使うことは、子孫を残すためであった。
彼と愛し合うために使うことを、神は許し給うだろうか……?
答えはなかった。
しかし彼と共に過ごす時間だけが、我を一族や種族といった重い枷から解き放ってくれた。
初めて我は、ただの一人の男になったのだ。
******
我が六十になると、孫の中にも成人を迎える者が出てきた。
そして新たな問題も出てきた。
これまでは、結婚し子を成すことの前提にあったのは、愛である。
しかしながらこの常識を、我が変えてしまった。
能力の強い子を得るために、政略結婚が望まれるようになったのだ。
まるで病気に強い家畜を作るがごとく、だ。
だがそれも仕方がないことなのかもしれない。
子どもたちの能力に差はなかったが、孫世代になると如実に表れるようになっていた。中には『太陽の間』まで辿り着けない子もいるのだ。
部族間の勢力争いになってはいけないが、国の今後を考えると、能力をなるべく高く保つことは必要である。
しかしそのために、我を利用しようとする輩もいた。
孫のような年齢の娘を我の近くに派遣し、あわよくば我との子を──……。
我はもう、義務で子を成すことはできなかった。我はもう、愛を知ってしまったのだから。
だが彼との関係は、誰にも公表していなかった。
彼もそれを望まなかったし、我も……彼には何も背負わせたくなかったのだ。
我らは秘かに逢瀬を重ねていた。それだけでよかった。
我はきっぱりと、これ以上子を作る気はないと宣言した。
それで潔く諦めてくれたことだけが、救いだった。
もしその後一度でも同じようなことがあったなら、我はドワーフというものに、とうとう愛想を尽かしてしまっただろう。
******
八十になった我は、『太陽の間』にこもるようになっていた。
すでに愛した唯一を亡くし、我は陽の光の世界に希望を見出せなくなっていた。
日がな一日、思考するだけの日々──世界のこと、ドワーフのこと、人間のこと……。
もしかしたらどこかで淡い期待を抱いていたのかもしれない。
──「そのうち新たなドワーフが産まれるだろう」と。
だが流石にそろそろ、本気で最後になることを覚悟しなければならなくなった。
だがそれと同時に、『もし』がある。
──もし我の死後に、新たなドワーフが産まれたら?
我のことを知っている者が生きている内ならいい。その者たちから知識を得られるだろう。
だがもし何十年、何百年経ってからだったら──?
その時まで、正しい歴史は、必要な知識は、伝わっているだろうか?
我は歴史が簡単に塗り替えられるところを、目の当たりにしてきた。
とても楽観的にはなれない。
そうして我は最後の仕事として、この本を残すことにしたのだ。
******
最も気がかりなのは『鍵』である。
ここにその使い方を記しておく。
これを受け継ぐお前に、愛するものができた時のために──。
必要なのは、想像だ──己の変化した姿を思い浮かべること。そして強い意志を持て。信じるだけでは足りない。結果を微塵も疑わないことだ。
──『鍵』を己の胸に差し込め!回せ!!鍵を開けるのだ!己の内から抜け出る大地の力の代わりに、新しき力を受け取るがよい!!
『ドワーフの鍵』は、ドワーフから大地の力を抜き、海と空の力を与えてくれる。
そうすることで、お前は愛しき者を愛せる身体になる。
この『鍵』を使うことができるのは、ドワーフのみ。
ドワーフが受け継ぎ、ドワーフが守るべきものだ。
『鍵』は我の死後、この本と共に棺に納めるように指示しておくことに決めた。
『太陽の間』の我の棺の中ならば、最も安全であろう。
後継の手に渡るまで、我が守ることとしよう。
これは愛の扉を開くだけではない。世界の平穏を崩す扉をも、開けることができるのだから──。
心せよ、同胞よ!『鍵』は大地の力そのものだ。何千年と脈々と受け継がれし、ドワーフの力の結晶だ。
受け継ぎ、守れ!
そして、さらに次の世代へと──!!
──最後に、八人の子とその血脈の安寧を祈る。
いざ行かん、我の愛するかの者の元へと──
******
──────カイトによる現代語訳より
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この本と『鍵』を次代に献げる。
我が最後のドワーフとならぬことを願い──我の死後に誕生するドワーフのために、一助になろう。
さぁ、大地から産まれし炎の子よ!我の手から希望を受け取れ!
──ただし、希望が希望のまま汝の手に渡るかは、神にも知れぬこと────。
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我が名はクリストバル。
トリエンテ部族領に産まれた。
産まれると同時に族長になり、三年後にはトリエンテ一族は九部族の筆頭になっていた。
ドワーフは力を重んじる。
かつては、産まれる場所によって属する部族が決まり、その中で最も力ある者が族長に選ばれていた。
だが今となっては、力と共に血というものに重きを置かれるようになっている。
いや、結局は血と力は比例しているのだから、同じことか。力の強い者から、強い力は受け継がれる。
我は一族の乳母によって、産まれた時から族長として、そしてドワーフをまとめる者としての重き使命を言い聞かされて育った。
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我が十になる頃、あるものが授けられた。
紅く美しいそれは、様々に呼ばれていた。──『地下の太陽の鍵』『炎の鍵』『ドワーフの鍵』──ドワーフの代表に受け継がれてきた宝物である。
だがその時、我にされた説明は一言だけ。
──『お主が誰かを愛した時に、それの役目は果たされる』
しかしながら我には、愛を知る前に義務がのしかかることとなった。
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我は十五になると、国のことやら世界のことやら、複雑で難解な課題に直面することとなる。
最も直近の危機は、人間の国との戦争であった。
ドワーフの国だけではない。
妖精の国も人魚の国も、人間の国と年中戦ばかり。
人間の国は歴史を忘れ、とんでもない理由で戦を仕掛けてくるのだ。
曰く、「三種族は傲慢にも、自分たちは人間より『上』だと我らを見下している」と。
どうやら、三種族が唱える人間の起源というものを信じたくないようだった。
我らがどれだけ言葉を尽くして説明しても、彼らは最初から嘘だと決めつけて、考えることもしない。
そしてドワーフの国の中でも、権力争いが次第に見えるようになっていく。
我一人の権力が、強過ぎるのだ。
トリエンテだけが発言力を持つことに、他の八部族が不満を燻らせていた。
我は成人するとまず、部族間の力の均衡を保つことを考えた。
そしてそのために、『鍵』を使うことにしたのだ。
我は他の八部族からそれぞれ一人ずつ嫁を取って、そして子を成した。
複数の妻を持つことも、他部族からの嫁取りも、特例として我のみ許された。
おそらくこれが、歴史上初めて、『鍵』が政治に使われた瞬間だろう。
こうして誕生した我の子たち──彼ら八人も『愛の子』と呼んでもいいものなのか、我には分からない。
だが、後悔はなかった。
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我が三十の時、人魚と妖精との会談が、約五十年ぶりに開かれた。
これほど間が空いたのには、様々な要因が絡んでいた。人間の国との戦争、それぞれの国の内乱、そして三種族の間の意見の相違──。
しかし悠長には構えていられなくなった。
おそらく誰もが急いだのだ。──我が生きている間に、と。
そして誰もが感じていた。これが最後になるかもしれない、と。
会談は妖精の国での開催となった。
海上は人間の船が跋扈し、大山脈と大海を繋ぐ水路はすでに半分が人間の国の手に落ちていた。
そのため安全性の高い妖精の国で、という提案に、我も賛成した。
我と人魚たちは『鍵』を使って席についたが、妖精たちはそのままの姿であった。
ドワーフと人魚とは違い、妖精は『鍵』を何度も使うことはできないらしい。
昔は『鍵』を広く皆で使うために、ドワーフでも制約を設けていたが、今となっては我しか使う者もいないのだから、使い放題である。
議題はいくつかあった。
まず最初に、それぞれの国の現状を報告し合う。
一番被害が大きいのは、人魚たちだった。
船の性能がよくなるにつれ、次々と領海が奪われているらしい。
その上、人魚を攫う輩も現れたらしい。
我はこの時初めて『奴隷』という恐ろしい言葉を知ることになる。
人魚たちの怒りは凄まじいものだった。
そして次は、『始祖』についてだ。
最初の人間アスカは故郷に眠っているのだが、その墓は地上にあるため、誰でも訪れることができる。
その墓を巡って、今、争いが起きている。
今やドワーフの国の民であっても、人間の起源を知らない者が増えてきていた。
いや、無知ならば真実を教えてやればいい。
だがやつらは、真実であっても端から受け入れるつもりがないのだ。
最初の人間がドワーフと人魚の間に産まれたということを、信じる者と信じない者に分かれて争っている。
最初の母シィランは、人魚の国の島に埋葬されているが、そこも同じようなことが起きているらしい。
協議の結果、アスカとシィランの棺を『太陽の間』に移すことになった。
そこには最初の父フェリックスの棺が安置されており、今や訪れることができる者も限られるからだ。
そして最後は、最も憂鬱になる議題──未来について、だ。
最早、人間の数が三種族を上回っていることは明白だ。
ドワーフは悪あがきを止め、このまま流れに身を任せることにしている。
神の領域を侵した我らへの罰ならば、甘んじて受けねばならぬ。
しかし人魚と妖精はそれぞれ独自に、種の存続を考えていた。
妖精たちは種を増やすことよりも、絶やさないことを選んだらしい。
元々長寿の種ではあったが、何やらそれをさらに延ばせるような口ぶりであった。
そして人魚の方はというと、『鍵』に改良を加えることを考えているらしい。
人魚たちにとっては何よりも、海で生きられなくなることが恐怖なのだ。
扉を開くか否か──『鍵』が揃ったあの場で、その話題にちらっとでも触れられなかったことが、今となっては不思議である。
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我が五十を過ぎた頃には、子どもたちがそれぞれの部族を率いるようになり、ドワーフの国はそれなりにまとまっていた。
我は後継に実権を譲り、半分隠居の身となったことで、少しは自由な時間ができたため、ひとりで気ままに旅をすることが増えた。
そして我は──『愛』というものを知るのだ。
彼は人間だった。
人魚の血が濃く表れたのか、細身で儚げで、我が触れれば壊れてしまいそうな──ドワーフの審美眼から言えば、全く真逆の容姿をしていた。
だが……確かに我は、彼を愛した。
不思議なものである。
『鍵』を使って性を得る時、我らはそれを本能で選んでいる。
人間は不便なもので、時々性別を取り違えて産まれることがあると聞くが、我らは自分で選ぶことができるのだ。
我は男だ。それは、彼を愛した後も変わらなかった。
だが彼も、男であるのに、我を愛してくれたのだ。
我にとって『鍵』を使うことは、子孫を残すためであった。
彼と愛し合うために使うことを、神は許し給うだろうか……?
答えはなかった。
しかし彼と共に過ごす時間だけが、我を一族や種族といった重い枷から解き放ってくれた。
初めて我は、ただの一人の男になったのだ。
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我が六十になると、孫の中にも成人を迎える者が出てきた。
そして新たな問題も出てきた。
これまでは、結婚し子を成すことの前提にあったのは、愛である。
しかしながらこの常識を、我が変えてしまった。
能力の強い子を得るために、政略結婚が望まれるようになったのだ。
まるで病気に強い家畜を作るがごとく、だ。
だがそれも仕方がないことなのかもしれない。
子どもたちの能力に差はなかったが、孫世代になると如実に表れるようになっていた。中には『太陽の間』まで辿り着けない子もいるのだ。
部族間の勢力争いになってはいけないが、国の今後を考えると、能力をなるべく高く保つことは必要である。
しかしそのために、我を利用しようとする輩もいた。
孫のような年齢の娘を我の近くに派遣し、あわよくば我との子を──……。
我はもう、義務で子を成すことはできなかった。我はもう、愛を知ってしまったのだから。
だが彼との関係は、誰にも公表していなかった。
彼もそれを望まなかったし、我も……彼には何も背負わせたくなかったのだ。
我らは秘かに逢瀬を重ねていた。それだけでよかった。
我はきっぱりと、これ以上子を作る気はないと宣言した。
それで潔く諦めてくれたことだけが、救いだった。
もしその後一度でも同じようなことがあったなら、我はドワーフというものに、とうとう愛想を尽かしてしまっただろう。
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八十になった我は、『太陽の間』にこもるようになっていた。
すでに愛した唯一を亡くし、我は陽の光の世界に希望を見出せなくなっていた。
日がな一日、思考するだけの日々──世界のこと、ドワーフのこと、人間のこと……。
もしかしたらどこかで淡い期待を抱いていたのかもしれない。
──「そのうち新たなドワーフが産まれるだろう」と。
だが流石にそろそろ、本気で最後になることを覚悟しなければならなくなった。
だがそれと同時に、『もし』がある。
──もし我の死後に、新たなドワーフが産まれたら?
我のことを知っている者が生きている内ならいい。その者たちから知識を得られるだろう。
だがもし何十年、何百年経ってからだったら──?
その時まで、正しい歴史は、必要な知識は、伝わっているだろうか?
我は歴史が簡単に塗り替えられるところを、目の当たりにしてきた。
とても楽観的にはなれない。
そうして我は最後の仕事として、この本を残すことにしたのだ。
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最も気がかりなのは『鍵』である。
ここにその使い方を記しておく。
これを受け継ぐお前に、愛するものができた時のために──。
必要なのは、想像だ──己の変化した姿を思い浮かべること。そして強い意志を持て。信じるだけでは足りない。結果を微塵も疑わないことだ。
──『鍵』を己の胸に差し込め!回せ!!鍵を開けるのだ!己の内から抜け出る大地の力の代わりに、新しき力を受け取るがよい!!
『ドワーフの鍵』は、ドワーフから大地の力を抜き、海と空の力を与えてくれる。
そうすることで、お前は愛しき者を愛せる身体になる。
この『鍵』を使うことができるのは、ドワーフのみ。
ドワーフが受け継ぎ、ドワーフが守るべきものだ。
『鍵』は我の死後、この本と共に棺に納めるように指示しておくことに決めた。
『太陽の間』の我の棺の中ならば、最も安全であろう。
後継の手に渡るまで、我が守ることとしよう。
これは愛の扉を開くだけではない。世界の平穏を崩す扉をも、開けることができるのだから──。
心せよ、同胞よ!『鍵』は大地の力そのものだ。何千年と脈々と受け継がれし、ドワーフの力の結晶だ。
受け継ぎ、守れ!
そして、さらに次の世代へと──!!
──最後に、八人の子とその血脈の安寧を祈る。
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──────カイトによる現代語訳より
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