三鍵の奏者

春澄蒼

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第五章 星は天を巡る

71 キス※

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「ん、ぅん……っ、んん、」

 一度してしまったものは、二度も三度も同じだと、カイトは開き直った。衝動的な口づけは、次第に官能を高めるものへと変わっていく。


 ユエは器用とはとても言えないが、弓の上達具合からも分かるように、根気もあるし向上心もある。

 初めての口づけも、最初は戸惑ってされるがままだったが、少しずつカイトのやり方を真似て覚え、そして自分からも舌を動かすようになっていた。

 唇の表面にカイトが舌を這わせれば、「んぅ」緩く開いて迎え入れる。
 潜り込ませた舌で上あごをくすぐれば、「ん、ふぁ……ぁ」と素直に声を出す。
 舌を舌に絡めれば、だ液が溢れることも気にしないで、「ン、んっんっ」夢中になって追いかけてくる。

 ぢゅうっ、と口を窄めてユエの舌を吸い出したカイトは、その衝撃で跳ねた脚を捕らえて、自分の体を割り込ませた。

「ぅあ……っんん!」
 服越しに擦れた熱に驚いたように、ユエの腰が引く。だがカイトは逃さずに、体重をかけて寝台に追い詰める。


 夜の秘め事に不釣り合いな純白の司教服を、情欲に染めていくために、カイトは手を這わせる。


 純白の司教服は、清貧と清純の証。
 禁欲的な衣装は、ユエの無垢さを際立たせていた。

 露出しているのは、顔と手だけ。
 ゆったりとした長袖のローブが、足首までの全身を覆い隠し、厚い布に阻まれて身体の輪郭も表に出さない。
 ローブには腰のあたりから両脇に切れ込みが入っているが、その中からチラッと見えるのは、肌ではなく白のズボン──まるで隙がない。


 初めてユエがこの服を着ている姿を見た時、カイトはらしくもなく見惚れた。
 触れるのさえはばかられるような、穢れさえ浄化してしまうような──この時、カイトが天の使いを連想したのは、自分を罰したい心理の表れだったのかもしれない。


 まだ何も知らなかったユエに、快楽を教えてしまった──清浄なものを、穢してしまったという罪悪感。
 もしくは、戒め──もう二度と触れるべきではない、という後悔の鎖。


 しかしそんな幻想は、ユエ本人が打ち破ってくれた。


「んぅ……!!」
 口づけだけで兆した身体は、ユエがただの男なのだと知らしめている。


 下から手を忍び込ませたカイトは、ぐいっと下衣を引き下げて、直接、地肌に触れた。びくん、と腹が波打つ感触が伝わり、汗ばんだ皮膚が手に吸いつく。


 どちらの身体も、あの一度目の夜を忘れていない。


「ぷ、ァ……っ」
 唇を離して少し距離を取って、自分の手で乱した祭服を見下ろしたカイトに、もう躊躇はなかった。


 早く全てを暴きたいと、カイトの手は早急に首元のボタンに伸びる。ぴん、と一つ外したところで、「っ、まって……!」ユエが初めての抵抗を見せた。

「あ、カイト、待って……っ」
 肩を押し返すユエの手を取ったカイトは、「……いやなのか?」自分でも大人気ないと思いながらも、拗ねた口調でそう聞いてしまう。

 ユエの意思を無視するような真似はしたくないが、すでにカイトの情欲は止められないところまで来ている。それも、ユエが起こしたモノなのだ。

 ずっと忘れたフリをしていた、カイトの男の本能を、ユエが無理やり起こした──お前が責任を取れ、と、理不尽も言いたくなる。


 ジリジリと追い立てられるように、二つ目のボタンに手をかけたカイトに、ユエは「ん、ちが……やじゃない、けど……」むしろそんなことを言われて心外だという目を向ける。


「嫌じゃないなら、なんだ」
「だって……冷めちゃう」
「冷め……?」
「お茶、せっかくあったかいの持って来たのに、冷めちゃうよ……」

 ユエが指差したのは、サイドテーブルの上を漂う湯気。カモミールティーがその存在を主張している。

 気勢を削がれたカイトが、これは遠回しの拒否なのかと思いあぐねている間に、ユエはカイトの身体と一緒に自分も身を起こす。
 そしてまくれた服もそのままに、カップにお茶を注いで、「はい」とカイトに差し出した。


 反射的に受け取ったカイトは、薄黄色の液体を見てから、ユエの顔に視線を戻す。ユエは期待に満ちたキラキラした顔で、見返してきた。

 それの顔を見ていると、カイトの中からさっきまでの焦燥が消えて、代わりにおかしみがこみ上げた。
 突拍子もないユエのことが、おかしくなってくる。しかしそれは、とても温かい感情だ。このハーブティーのように温かく、ラベンダーの香りのように甘やかで──

(かわいい……)

 本当は何度も感じていながら、はっきりと言葉にはしたくなかった感情が、今、初めてしっくりとカイトの中に当てはまった。

 放っておくと勝手に口から出てきそうで、カイトは甘い台詞も呑み込むように、カップに口をつける。

「美味しい……?」
「……ああ、温まる」
「よかった……!あのね、お酒とどっちがいいか迷ったんだ。でもカイト、あんまり酔わないって前に言ってたから、お酒よりこっちがいいって思って」

 カイトが傭兵との会話を盗み聞きしていたことなど露知らず、「色んな人に聞いたんだ」とユエは誇らしげに胸を張る。


「……ハーブティーは誰から聞いたんだ?」
「ラフィール司教。傭兵の人たちと話してたら、通りかかって──」
「傭兵……」

 盗み聞きをしたあの会話は、そういうことだったのか、とカイトは納得する。『酒と女』が安眠の秘訣だというのは、なるほど傭兵らしい答えだ、と。

「ユエ、お前──」
 カイトが言いかけたのは、忠告──無防備に性的なことを言うな!──だったが、ユエはカイトの盗み聞きを知らない上に、さすがにそれは過保護過ぎるかと、ギリギリで自重した。

 カイトが認めたくない嫉妬に悩む傍ら、ユエはユエで考えていた。──あの疑問を、聞くべきか聞かざるべきか?

「あの、ね、カイト」考えて出した答えは──「傭兵の人たちがね、その……せ、性行為でよく眠れるようになるって言ってたんだけどほんとうかなっ?」

 それを今聞くのか?!という顔をしたカイトに、ユエは使命感を持って言い募る。

「傭兵の人たちはそう言ってたけどっ、俺はむしろ眠れなくなる気がして……ほら、からだ熱くなるし、汗もかくし、息も切れるしっ!だから、カイトが眠れなくなったら困るからっ、しない方がいいのかなって……っでも──」

 ユエは情けなく眉を下げて、最後に直球で誘った。

「でも……ほんとうは俺、カイトが眠れなくなっても、して欲しいって思ってる……」

 わがままを言ってしまった、と目を逸らすユエが、カイトは可愛くてたまらない。

「……ここで寸止めされる方が、眠れない」
「えっ……?」
「いや、」

 思わず漏れた本音は、ユエにははっきり聞こえなかったらしく聞き返されるが、カイトは少し考えて台詞を変える。ユエのような真っ向勝負は、カイトにはできそうにない。

「……確かめて、みるか?」
「えっ?」
「俺自身も、どうやったら眠れるのか分からん。だから──」
「してみて、眠れるか、確かめる?」
「そうだ」

 いたずらっ子のようなカイトに、ユエの表情もほぐれて「ん」と照れ臭そうに顎を引いた。


******
 カップをサイドテーブルに戻したカイトが、代わりに取った瓶を見て、ユエは声を上げる。
「あっ、蜂蜜!忘れてた……ハーブティーに入れると美味しいからって、食堂の人がくれたのに……」

 しょんぼりするユエに、カイトは「ありがたく、味わわせてもらおう」と薄く笑う。
 もう一杯飲むの?と思ったユエだが、カイトは瓶を枕元に置くと、きょとんとするユエの唇をちゅ、と啄んで、二つ目のボタンに手をかけた。

 すぐに全て外されて、あっという間にユエの首から服が抜き取られていった。

 裸のユエに口づけを降らしながら、カイトは自分の服も剥いでいく。
「ふ……」唇の表面でくすぐられ、「あ……っ」舌で濡らされ、「んっ」時折きつく吸われて、思い出したように歯を立てられる。

 首筋から降った唇が、胸に到達した時には、ユエは先ほどの疑問を、疑問に思ったことさえ忘れていた。


(なんか、カイト……かわいい)
 目を伏せて胸に吸いつくカイトが、初めての時とは違って、妙に可愛らしい。
 以前が、ユエの快楽を引き出そうとしていたのに対して、今のカイトは自分が楽しんでいるように見える。

 ユエの小さな乳首を口に含んで、唇で扱いたり舌で弾いたりやわやわと噛んだり──色んな方法でその感触を堪能している。

 感情に素直に従って、ユエはカイトの髪を撫でた。

「よしよし」という心の声が伝わってしまったのか、カイトはそれに異議を申し立てるように、吸引力を一気に強める。

「やっん……!」
 何かを吸い出すような強さに、ユエは自分の乳首がきゅっと身を守るように強張るのを感じた。
「やぁ……っ、カイト、つよい……っ!」
「……痛いのか?」

 カイトはそう問いながらも、反対の乳首にも指をかけている。痛みよりも遥かに快楽が勝っていることを、知られているのだ。

「……ううん……きもちい」ユエは素直に、感じていることを認める。

 駆け引きも遊びもないその答えに、カイトはふわっと笑った。



 カイトはあまり時間をかけずに、下肢へと手を移す。

 ユエのものからはとっくにトロトロ溢れていて、カイトのものもすぐに入りそうなくらいに張っている。

 上を向くカイトのものが目に入ると、ユエの口の中にだ液が溜まっていく。何とも言えない苦味と、隆起の食感、そして濃密なカイトの匂い──初めての口淫をまざまざと思い出したユエは、喉をくん、と鳴らした。

 そこにばかり目を奪われていたユエは、カイトが伸び上がって、枕元に置いてあった瓶を手に取ったことに、その中身が自分の肌を伝うまで気づかなかった。


「え、なにっ……?」
 とろっと粘度の高い液体が、不意打ちで、ユエの後ろに塗りつけられる。

 得体の知れない感触に震えたユエに、カイトが「蜂蜜だ」と教えてくれる。

「はち、みつ……?」

 教会製の蜂蜜は、あまりクセがなく舌触りもなめらかだと評判だ。匂いもそれほど甘ったるくはないから、カイトがたっぷりと手に取っても、ふわりと香っただけ。匂い袋のラベンダーの香りが勝っている。


 カイトは蜂蜜を惜しげもなく指ですくうと、まだ戸惑うユエの蕾に、性急に潜り込ませた。

「あぁ……っ!」
 蜜を奥へ、奥へと送り込むように、カイトは容赦なくユエの中を抉る。快楽を引き出すよりも、隘路を広げることを優先する動きだ。


 ユエにも蜂蜜の役割が、身を以て理解できる頃には、後孔はカイトの指を二本含んだまま、前も熱い粘膜に包まれていた。

「ぅあっン!あっ、あっ……ぅ、ふぁ……そこぉ……っ」
 一番肢体が震えるしこりを、カイトの指が掠めるのと同時に、屹立をカイトの唇がきゅっと締める。

 思わずユエがカイトの髪を引っ張ると、今にも弾けそうなユエのそこが、ふるっと口から飛び出した。

「や……ぁ、」
 涙目のユエを見つめたまま、カイトは舌を伸ばして屹立を舐め下ろしていく。
「や、やぁ……っ」カイトの口元はユエから見えなくなったが、感触はより明瞭になる。双玉が啄まれてから、「ふっ……あっん!!」縁のぎりぎり上を、尖った舌がくん、と押した。


 ビクンっ!と腰だけが跳ね、ぴゅるっと白い粘液が少しだけ押し出される。
 物足りなさに揺れるユエの屹立に、しかしカイトはそれ以上触れてくれない。

「うぅ~……っ、カイト……っ!も、……おね、がい……っ!」
 自分の手で慰めたことがないユエは、ただただカイトの慈悲を待つことしかできない。

 それでもカイトは、「もう少し待て」と三本目の指を挿入しようとする。

「や、むりっ!カイト、もう無理、待てない……っ!」
「っ、まだ狭い──」
「いいっから……!おねがい、はやく……っ!」

 首に縋りつかれたカイトは、グッと眉間に力を込めて耐えようと──したのは一瞬、「……さすがに、限界だ……」と呟くと、ぐるんとユエの身体をひっくり返して、うつ伏せにした腰を掴んで引き寄せる。

「やっ……カイト、やだっ!」いきなり反転した視界に、ユエは「顔見えないの、こわい……」と鼻をすすりながら不服を申し立てる。

 しかしカイトは「我慢しろ」とはね退けた。

「やっ、なんで……?この前は──」
「まだ十分にほぐれてない。この体勢じゃないと、お前がきついぞ」
「おれっ、大丈夫だよ……痛くてもへいき」
「お前だけじゃなくて……たぶん俺もきつい」

 そこまで言われてやっと、ユエはしぶしぶ受け入れる。
「……がまんする……から、手、ちょうだい」

 腰を支えていた左手を奪って、ユエは命綱のようにぎゅううっと握り締める。

「……入れるぞ。息を止めるな」
 カイトの剛直が、ぐっと快楽への扉を開いた。




******
「あぁ……っ!あっ、あっん!!」
(くそっ、もたない……!)


 二度目のユエの中は、カイトの再訪を待っていたように絡みついてきた。

「大丈夫か……?」とユエを気遣いながら、最初は馴染ませるようにゆっくりと動いていたカイトだったが、自覚よりもずっと切羽詰まっていたようで、腰が早くなっていくのを止められなかった。

 しかもカイトが(抑えろ……!)と自分に言い聞かせても、ユエがそれを台なしにしたのだ。

「んん、あ、カイトぉ……前の時より、いっぱい入ってる……」

 腰だけを高く上げて、上半身は寝台にぺったりとつけて、首をひねって背後を確かめるようにしながら、上気した目元でそんな台詞を言われれば──誰だって理性は吹っ飛ぶだろう。


「あ……あぁ……っ、深ぁ……っ!!」
 初めての角度からの挿入を、ユエの身体も心ももう受け入れている。その順応の高さは、信頼感に依るものだ。

 カイトに対する、絶対的な信頼──カイトが自分のことを傷つけることはないと、ユエは信じているから身を委ねられる。

 そしてユエは、快楽を感じることに罪悪感がない。気持ちいいことをしているんだから、気持ちいいのは当たり前、感じていることを認めるのに、何ら躊躇はない。


 ユエの素直な喘ぎ声に、カイトも煽られていく。


 膝立ちで腰を使うカイトには、自分のものが出入りする場所がよく見える。ねっとりと蜂蜜が絡みついた剛直を、抜けるぎりぎりまで引き出すと、「あぅ……ん!」一気に押し込んだ。

「あー……っ」もう一度抜いて、「やっあ!!」押し込む。

 ぬっちゅん!ぱちゅん!!と、粘度の高い水音を等間隔で鳴らす。蜂蜜は恐ろしいほどの一体感を生んで、ユエの内壁とカイトの陰茎がまるでくっついているみたいだ。

 ひとつになっているモノを、無理やり剥がして引き抜く──だから抜く時はゆっくり引き留められ、入る時は性急に引き込まれる。

 カイトが挿入の主導権を握っているはずなのに、まるでユエに導かれているようにも思える。


 うねる背骨に誘われて、カイトは背中に舌を這わせる。露わになったうなじが眩しい。
 歯を食い込ませて、自分の跡を残したい欲求に駆られたが、その寸前で「かいと……」ユエの手に囚われる。

「カイト……ン~、ちゅーって、して……?」

 後ろ手でカイトの頭を引き寄せ、顎に唇をくっつけながら懇願するユエ──真っ赤に濡れた口内で、チラッチラッと舌が蠢いている。

 その赤に、めまいが起こる。

「んっ!ぅぅンむ……っ!ぷっアぁ、んむっ……っ」
 頭が痺れるほどの悦楽に支配されて、二人は互いの躰を貪り合う。

 奪い、与えて、分け合って────鼓動を重ねて、高みを目指して駆け上る。


 舌を伸ばして舐め合い、唇と言わず口まわり全てをベトベトに濡らしながら、カイトは最後のひと押しをねじ込んだ。

「あ、ぁっぁーーーっ!!」

 カイトの手に導かれ果てるユエは、ぎゅううっっと中のカイトを絞った。


「くっ……!」
 呑み込むように閉じていく路から、カイトは己のものを引き抜く。
 頭が顔を出すと同時に白濁が吐き出され、ユエのヒクつく蕾を、力が入った双丘を、そして綺麗な弧を描く背中を、白が征服していく。



「んん……ふぁ……ぁ……」
「はぁ……」

 先に崩れたユエの身体を押しつぶさないように、カイトは最後の力を振り絞って、自分の体を反転させる。

 仰向けに寝転がったカイトは、寝不足と激しい運動のダブルパンチで、呼吸するのさえ一苦労だ。

 まぶたに手の甲を押しつけて息を整えていたのだが、先に回復したユエはカイトのそんな状況には気づかない。
 それどころか腹の上に乗り上がってきて、口づけをせがんできた。

「んぅ、カイト……カイト……っ」

 ちゅ、ちゅっ、と覚えたばかりの口づかいで、熾火を絶やさないよう必死に。

 その意を汲んでやりたい気持ちは山々なのだが──

「わ、るい、ユエ……ちょっと限界、だ」
「カイト……?」
 さすがにこの調子での二回戦は、途中で情けないことになりかねない。

「眠い?……眠れそう?」
「……分からん。でも、もう体は動かん」
 真っ先にカイトの心配をしたユエだったが、その次に続いたのが、「俺も、カイトの舐めたかったのに……」という、何とも欲望に忠実な呟きだった。

 くくっ、と可笑しくなって思わず漏れた笑いに、疲れ果てて重いはずの身体が、なぜか軽くなる。
 フワフワとした心地のまま、「今度、な」冗談交じりで返したカイトに、ユエは目を見開いてから、「うん!」とそれはもう嬉しそうに笑ったのだった。


 甘い気怠さが漂う事後──本来ならカイトが後処理をしなければならないところだが、もはやそれは無理そうだ。

「……お前、カラダ、拭け。そのへんの……俺の服でいいから。背中から垂れて──」
 せめてユエだけは──と、カイトは自分のことは放って、そう伝える。

 ユエは言われた通りに背中とお腹、そして双丘の間を拭うと、寝台に落ちた精液もざっと片づける。

 それから迷わずに、カイトの脇の間に潜り込むと、腕枕を整えて脚を擦りつけて、一緒に寝る態勢を整えた。

 いつもだったら「自分の部屋へ戻れ」と一度は注意するカイトも、今日は自然にユエの腰を抱き寄せる。

「……俺はね、カイトがそばにいてくれれば、いつでもぐっすり眠れるよ。心臓の音を聴いてると安心するし、体温はあったかいし、汗の匂いも好きだし」
「そう、か」
「うん、大好き」

 ストン、とカイトの胸にその言葉が突き刺さる。それによって壊されたのは、最後の砦。

「……ユエ、もっと俺を詰ってもいい──もっと怒っても、いいぞ……」
「怒る……?」
「何も言わないで『狡い』ってな。……聞きたいことが、あるだろう。言って欲しい、言葉も……」

 自分でも何を言っているのか分かっていないような状態のカイトだったが、不思議とその後のユエの言葉だけは一言一句、頭に届いた。

「『話さなきゃいけない』って思って話すんじゃなくって……そんな義務感じゃなくてね、カイトが『話したい』って思ったことを話して」
「俺が……話したい……」

「俺はカイトのことなら、何でも聞きたいし、知りたい──けど、カイトは俺に『知って欲しい』って思ったことだけ話してくれれば、それでいいよ」

 赦しは優しく、夢の世界へ誘っていく。


「お前……かわいいな」


 この台詞は、心の中で思っただけなのか、口に出してしまったのか──直後に意識を手放したカイトは、それを確かめることはなかった。

 しかし──カイトの目に最後に残ったユエが、目をまん丸にしていたことだけは、確かだ。



******
「ん……」
 日の出と共に目覚める習慣は、一週間で確立されてしまったらしい。
 いつもより遅くなった就寝時間も、あれほど激しかった交合も影響はせず、ユエはパッチリと目を開けた。

 目の前には、カイトの寝顔。

 目の下のクマはまだ消えていないが、朝の光の中のカイトは穏やかで、どこかあどけない表情にも見える。


 規則的な寝息を立てるカイトを置いて、自分の部屋に戻って寝るという選択肢は、ユエは にはちらっとも浮かばなかった。
 裸のままカイトの腕に包まって、彼の体温に包まれて眠る夜は、ユエにもこの上ない安寧をもたらした。


 身体は痛むが、ユエの心はそれを忘れるほど浮かれている。

 しばらく寝顔を眺めてから、ユエはする……と頰に指を滑らせた。昨夜を思い起こしながら、唇にも触れる。

(ここ、で……)
 この唇が触れた場所、この唇で紡がれた言葉──記憶は降り積もって、ユエの胸を一杯にする。


 だが、どんなに名残惜しくても、ゆっくりと浸っている時間はない。

 早く自分の部屋に戻って着替えなければならない。毎朝、三人揃ってこの居住塔を降りるのだ。部屋にいなかったら、アイビスとラークが驚くだろう。


 カイトを起こさないように気をつけて、心地いい腕の中から身を起こしたユエは、迷って最後に、閉じられているまぶたの上に、ちゅっ、と唇を落とした。

 自分のそんな甘い行動に照れながら、カイトの寝顔に「……ゆっくり寝てね」と言い残して、ユエは新たな一日を始めたのだ。




 歩けないほどだった初めての時より成長し、今回は辛うじていつも通りを装うことができたことは、幸いだった。

 と言ってもそれは、あくまでユエの自己評価であって、周囲からは十分ギクシャクして見えていたし、理由なく浮かれているようにも見えていた。


 それでも何とか午前の奉仕を終わらせて、三人が食堂へ向かっていると、待っていたラフィールがユエを呼び止める。

「それがですね、カイトさんがまだ顔を見せないのです。寝過ごしただけだと思うのですが……」
 ラフィールがユエを選んでこの話をしたのは、彼がハーブティーの一件を知っているからだった。


 何も知らないアイビスとラークが、首をひねり合う横で、ユエは「まだ、寝てるのかも……」と同意しながらも、少し心配が頭をもたげる。

「疲れが溜まっていたようですし、それならいいのですが……さすがにそろそろ様子を見に行くべきか、迷っていまして。病気や過労で倒れている、なんてことは──」

「おれっ、見て来ます!!」

 頼む前に、自ら部屋への訪問を申し出たユエに、ラフィールは安堵して一任する。
「お願いします。アディーン様の容体は落ち着いていますし、くれぐれも無理はしないように、伝えてください」

「分かりました!」
「あっ!おい、ユエ──」
 アイビスの制止を背に、ユエは駆け出した。




 ギシギシと軋む身体を鼓舞して、今日のユエにとっての全速力で、居住塔の最上階へ向かった。

 扉を叩きかけて、ユエは手を止める。本当にまだ寝ているなら、起こしてしまう。そ~っと扉を開けると、「カイト……?」小声で中に呼びかける。

 返事はない。

 するりと中に入ると、「カイト」もう一度名前を呼びながら、ユエは広い背中へ近づいて行く。

「……ユ、エ……?」
 もぞ、と動いたカイトの手は、抱き締めて眠ったはずのユエの身体を探して、シーツの上を彷徨っている。

「……ごめんなさい、起こしちゃった?」
 その仕草がかわいくて、ユエは寝台に腰かけると、後ろからそっと首に腕を回して抱きついた。

「いや……」
 まだ半分夢の中のカイトは、モニョモニョと口の中で返事をして、存在を確かめるようにユエの腕をさする。


「……いま、何時だ?」
「もうお昼だよ」
「もう、か。よく寝た……」

 身を起こそうとするカイトにラフィールの伝言を伝えて、「まだ寝てていいよ」とユエは言ったが、カイトは「これ以上寝ると、昼夜逆転する……」と、億劫そうに上半身を起こした。

 寝台の上であぐらをかいたカイトは、寝惚けた顔であくびをする。普段は寝つきも寝起きもいいカイトだから、こんな表情を見るのはユエも初めてだ。

 自分にだけ見せてくれる無防備な姿が嬉しくて、くすぐったい気分で見ていたユエは、「わっ!」いきなり腕を引かれて、硬い胸に鼻をぶつけた。


 ユエの髪の中に鼻を埋めたカイトに、
「お前……ちゃんと身体拭いたか?まだ蜂蜜の匂いがするぞ」
 とスンスンと匂いを嗅がれて、
「ん、拭いたよ……!匂いがついてるのは、カイトだから」
 ユエは身をよじる。

「ああ、俺か。……そう言えば、体がベタつくな」
「お湯、持って来ようか?」
「いや、顔洗うついでに、水場で洗う。腹、減った……」
「俺たちもこれからお昼だよ。カイトも一緒に食べる?」
「ああ。……いや、やっぱり、俺は後でいい」

 交わす会話は日常のものなのに、交わす視線はこれまでになく、甘い。

 朝になったらカイトは、夜の睦言をなかったように振る舞うのではないか、とユエは思っていたが、むしろその雰囲気を引きずっているのは、カイトの方だった。

 膝の上に乗せたユエを緩く抱き締めて、頭のてっぺんからこめかみ、まぶたに鼻の先、と順に唇を滑らせて、辿り着いた唇を何度も啄む。

 夜のように官能的ではないが、この戯れのキスもユエを魅了する。大きな狼が甘えてきたような、カイトの新たな一面を発見した気分だ。

「も、カイト……んっ」「ふ、こっち──」「やだ、んぅ、いじわる」「ほら、これでいいだろう」「ん、ふふっ……ぁ、ふ」

 口づけしながらの体勢変えで、時と場合を忘れつつあった二人だったが、「リン、ゴーン!」正午の鐘の音が現実を思い出させてくれた。


「あ、お昼──っ俺、戻らなきゃ!アイビスとラークが待ってる……!」
 慌てて寝台から降りようとするユエだったが、カイトは手を離してくれない。

「カイト……」
「…………今夜も、同じ時間に」

 ユエを試しているとも思えるような、曖昧で狡い台詞──ユエの返事は、やっぱり少しズレていた。

「……ハーブティー、持って来ればいいの?でもあれ重かったから、できれば食堂で飲んで欲しいんだけど……」
「いや、そうじゃなくて……」
「今日こそ蜂蜜入れて──」
「いや、ハーブティーはいいから」
「……美味しく、なかった?」

 夜の誘いに全く気づかないユエに、カイトは「勝てない」と全面降伏して、いっそ清々しいとばかりに笑んだ。

 そして、ユエに選択を丸投げする卑怯はやめて、もっとはっきりと伝える。

「ハーブティーは美味かった。でも俺はコレと──」枕の下からカイトが取り出したのは、ユエが作った匂い袋。
 それを大事そうに握り締めながら、反対の手でユエの手をぎゅっと強く握り直す。


「──お前がいれば、眠れる」

「え……」


「……今夜も、眠らせてくれ」

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