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第六章 追憶の海に花束を浮かべて
番外編 仮面の誓い、決別の剣2
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オークションが催されるのは大小二つの島が南北に並ぶうちの、北側に位置する小さい方の島だった。二つの島はどちらも、主催者が個人で所有しているらしい。
主催者側が用意した船で島の船着場に着いたクレインとジェイは、一歩船から降りた瞬間から、まるで異世界に迷い込んだようなおかしな感覚に襲われる。
とにかく、最初の印象は『緑』だ。
背の高い木々には葉っぱが青々と茂り、中には人より大きいのではないかと思うような巨大な葉もあって、空を見上げても緑の合間に青が点々と見えるくらいだ。
それだけでなく、木の幹を隠すようにうっそうとした草が生えていて、地面や幹の茶色まで緑で覆われている。
その緑を分け入るように道があって、しかしきちんと石畳が整備された歩きやすい道になっているところを見ると、好き勝手生えているような草木も人の手が入って管理されているのだろう。
「足元、お気をつけください」
二人を先導しているのは三十代くらいの男で、クレインとジェイペアの専属のお世話係となるらしい。
船に乗る前に自己紹介された時は、世話人という名のどうせ監視役だろうと思っていたクレインだったが、船での仕事ぶりはクウェイルのところの執事どのを思い出すような完ぺきなもので、こんな人材がひと組ごとに一人ずつつくというのだから、主催者の財力やら権力やらが恐ろしくなる。
緑のトンネルを抜けると、重厚な門が鉄格子を開いて迎えてくれる。
「招待状をお見せください」
このやり取りは船に乗る前にもしていたから、クレインはさほど考えず指示に従う。
すると門番は、受け取った招待状をいきなりかがり火の中へと放り込んだ。
「えっ、ちょ……!!」
慌てる二人の前で紙は一気に炎につつまれ、「……えっ?!」不思議な青い光を散らして燃え尽きた。
「招待状が本物かどうか確かめさせていただきました。特殊なインクを使っておりまして、燃やすと青色になるのです」
「……はあ」
演出過多な出迎えにあっけにとられる二人を、門番は「ようこそ」と門の中へと通す。
「招待状を偽造して忍び込もうとした者がかつておりまして、それからこのような細工をほどこすようになったのです」
世話人が裏話を教えてくれる。
「毎回、異なる細工を考えます。あぶり出しで文様を浮かび上がらせたり、特殊な液体にひたすと溶ける紙を使ったり」
「それは……大変ですね」
そこまでするかという呆れた目のクレインに、世話人は「我らはそれも楽しんでおりますから」と笑う。
主人が主人なら、仕える方もたいがいだと、こういう金持ちの道楽的な遊びを理解できないクレインは、心の距離を一歩引いた。
門の先にあったのは石造りの二階建てで、外の階段から直接二階へと案内される。
参加者たちがオークション開始時間まで待機するための待合室だと説明を受けるが、中はここでそのまま仮面舞踏会でもできてしまいそうな、広い広い大広間だった。
重厚な印象だった門と同じく、曲線より直線的などちらかといえば無骨な装飾が目立ち、彫刻も人をかたどったものではなく、魚や船や波といった海に関係したものや、植物をかたどった文様が多い。
(あまり、貴族……というか金持ちっぽい感じじゃないな)
派手派手しくない部屋がさっきのお遊び的な演出とは結びつかなくて、クレインはその二面性に少し戸惑う。
広間にはすでに何組かの先客がいて、二人が姿を見せたとたん、値踏みするような視線が飛んできた。
不快なそれから逃げるために、壁ぎわに並んでいるソファの中のもっとも目立たない位置に腰かけようとすると、世話人がすっと「あちらへ」と手を向ける。
いくつかあるうちの扉に案内されると、そこからバルコニーに出られるようになっていた。
「お飲み物とお食事を運んでまいります。お酒は飲まれますか?」
バルコニーにはテーブルとイスも用意されていて、ここなら人目を気にせずいられそうだ。
「あ、お酒はちょっと……」
「それではアルコールの入っていないものを。それと適当にお食事もお持ちしますので、少々お待ちください」
「あ、ありがとうございます」
世話人の完ぺきな対応に、クレインもジェイも素直にお礼を言っていた。
「……はあ、始まる前から疲れる」
ため息のクレインに、ジェイも完全に同意だ。
******
「……あんなものをオークションにかけるなんぞ、どんな悪趣味な御仁かと思っていたが、意外と──」
クレインとジェイから遅れること三十分、大広間を見渡したカイトもまた、二人と同じような感想を持っていた。
「……っ」ユエがそでを引っ張って、二人についている世話人のほうを気にするそぶりを見せたが、カイトはこれは褒めてるから大丈夫だと笑う。
世話人もカイトの正直な物言いを寛大な笑みで受け止めて、続きをどうぞと余裕だ。
「意外と趣味がいい、と言いたかったんだ。おそらくさっき通ってきた門、あれは、かなり古い遺跡だろう?」
「ほう……」その分析に世話人は感心する声を上げた。
「遺跡?」門の意匠を思い出そうとするユエだったが、歩くのに必死で足元ばかり見ていたから、浮かぶのは石畳ばかりだ。
「さようでございます。あの門はもともと、この島の先住民たちが建てたもの。ざっと五百年は前です」
四十代くらいの世話人は壁ぎわのソファに座るよう二人をうながしながら、「よくわかりましたね」とカイトの観察眼に敬服した。
「別の島で見た遺跡に似ていたからな。丁寧に修復してあるし、ただ保存するだけでなく使っているというのもすごいな」
そしてカイトも敬意を返す。
「それだけじゃなく、この大広間──この建物はそんなに古くない。が、門に合わせた造りになっている。ということは、主催者どのがわざわざ遺跡風にして建てたといったところか」
「……それも正解でございます」
主人のこだわりを見抜いたカイトに、よくぞわかってくれたと感激をにじませた。
大広間には楽団が奏でる音楽が鳴り響き、テーブルには軽食や飲み物が並びいい匂いをかもす中で、参加者たちのささやきのような話し声が点在している。
世話人が運んでくれた食事と飲み物を楽しみつつ、ユエはソファからこっそりと周囲をうかがう。
広間の人々は主人と剣士、そして世話人の三人ずつにかたまっている。特に禁止されてはいないだろうが、他の参加者と歓談することは自粛しているようだ。
クレインとジェイはどこかな、と探すユエの目に、色とりどりの衣装が映り去っていく。
真っ黒な鳥の羽根を飾ったドレス、全身金ピカの鎧、見たことのない民族衣装から、なかり質素なシャツ姿まで。
隣ではカイトと世話人が遺跡談義に花を咲かせているが、あまり興味をそそられないユエは、再び参加者たちの装い観察に戻る。
そのうちクレインとジェイを探すことも忘れて、夢中になってしまった。
特に個性豊かな仮面たちは、見ているだけで楽しい。
鳥のくちばしのように尖った鼻になっていたり、なにかの動物の毛皮でもふもふだったり、レースで蝶々をかたどっている妖艶なものもあれば、鉄仮面のような少し怖いものもある。
半分が隠れているだけで顔の印象がかなり変わることに気づいたユエは、自分がつけている仮面にそっと触れて、自分はどうなっているんだろうと不思議な気持ちになる。
ちらっとカイトの横顔を見てみると、黒ずくめの中で仮面の白だけがとても目立つ。反対に自分は、白ずくめの中で仮面だけが黒だから、同じように黒が目立っているんだろうと、ユエは自分の見え方を想像する。
黒と白が反転したおそろいの衣装──それはなんだか、ユエの一部がカイトのものになって、カイトの一部がユエのものになって、お互いがお互いを自分のものと主張しているよう。
独占欲を周囲に宣伝しているみたいで、ユエは気恥ずかしくなる。
それを自覚するととたん、それまで気にしていなかった周囲の目が気になって、みんながみんな自分たちを見ているような気がしてくる。
──実はそれはユエの自意識過剰ではなく、本当に見られていたのだが。
「ユ……、どうした?」
視線から逃げるためにカイトの腕にぎゅっと抱きつくと、「なんか、見られてる気がして」ユエは正直に言う。
「初参加の俺たちを値踏みしているんだろう。衣装やら立ち振る舞いを観察して、どれくらいの脅威になりうるか計算しているんだ」
相手の思惑を読んでいるカイトは、「だから気にせず堂々としてろ」とユエにささやき返す。
「うん……」そう言われても、やはり好奇心の目にさらされるというのはいい気分ではない。居心地悪そうなユエのために、カイトは世話人に「あとどれくらいだ?」とオークションの開始時間を尋ねた。
「もうしばらく。……ですが、会場へはすでに入れるようになっていますので、早めに向かうこともできます」
「いいのか?」
「ええ、もちろんです。ただ、あちらは屋外なので今の時間、少し日差しがまぶしいかもしれませんが」
「かまわない」
「それでは、ご案内いたします」
立ち上がったカイトは、すっと革手袋をはめた手を差し出す。そこに重なるユエの手にも、ひじまで覆う長い手袋がはめられている。こちらは革ではなくさらっとした薄いシルクで、手の甲を彩るレースが中指にリングで留められ、指先が露出している。
そんな二人が手に手を取っている姿は、はたから見るととてもロマンチックなのだが、実際には足元が不安なユエをカイトが支えて立ち上がらせているという、とても現実的な理由だ。
そして同じ理由で、ユエはカイトの腕につかまって歩き出したのだが、やはりそれも周囲には、騎士が主人をエスコートしているというノーブルな光景に映っていたのだった。
その誤解にユエはまったく気づいておらず、カイトは気づいていても誤解させておけばいいと放置する。こういう貴族らしいやりとりに慣れていると思わせておいた方が、あなどられなくていいだろうと。
世話人は二人が寄りそう姿になぜか満足げにうなずいてから、
「こちらへどうぞ。遺跡にお詳しいのならば、きっとあちらにも興味を持たれることと思います」
と期待を高めることを言いながら、大きな扉へと先導した。
******
「な……んだ、これ……?」
クレインとジェイが『剣闘場』と聞いて嫌でも思い出してしまうのは、二人の出会いの場にもなった『フラヴィウム闘技場』のこと。
しかしこの島に、まさかあの規模のものがあるはずは──と思っていたところに、頑強な石壁が立ちはだかった。
夕刻が近づいて、「そろそろ会場へ移動しましょう」と世話人に連れられて、二人は大広間を出た。外に出た瞬間に、その石壁の頭はもう見えていた。
大広間の先の道は、石畳の両側にきれいに芝生が刈られ、ところどころに巨石が配置されている。自然のものではなく、人の手で置かれたことは明白だが、巨石群の風合いからはかなりの年月が経過しているように見える。
船着場や門の場所から考えると、島の北からどんどん南へと進んでいき、おそらく一番奥まったところにその『剣闘場』はあった。
「こんな……思ってたより、ずっと大きい」
見上げたクレインがつぶやくと、ジェイもあっけにとられた顔でうなずく。
さすがに大陸最大といわれる『フラヴィウム闘技場』に規模は遠く及ばないが、風格なら負けてはいない。これを個人で所有しているとしたら、主催者の財力と権力は途方もないものだ。
驚く二人に世話人は得意げに「こちらも約五百年前の遺跡でございます」
「遺跡?」
「島の先住民の手によるものです。彼らもここで闘技会を行っていたらしいですよ」
「五百年って……そんな古い建物、大丈夫なのか?崩れたり……」
「ご安心ください。我らが主人によって修復と補強がされております。外壁はあまり手を入れておりませんので、外から見ると不安に思われるかもしれませんが」
世話人の言う通り中へ入ってみれば、風化で崩れた部分がそのままに高さがまばらででこぼこした外壁とはちがい、きちんと整備された会場になっていた。
『フラヴィウム闘技場』は円形だったが、こちらの全体像は扇型だ。そのためクレインには、闘いの場所というより芸術劇場みたいだという印象になる。
扇の要の位置に一段高くなった半円の舞台があって、客席は階段状に広がっている。
客同士の匿名性を保つためだろう、客席には小型の天幕が張られていて、二人はその中へと案内された。舞台から見れば左手の、最前列だ。
天幕の中にはすでに軽食と飲み物が用意されている。
食器やグラスももちろんのこと、硬い石の感触を和らげている敷物にクッション、暗くなった時のためのランタンなど、どれをとっても一流の職人の仕事だとひと目でわかる。それでいて使う人を緊張させない、使い心地のよさがどれにも表れているのだ。
これではいつもは辛口のクレインも、(趣味がいい)と主催者のセンスを認める以外の道はなかった。
「あと少しお待ちください。みなさまの移動が終わりましたら、主人からオークションの説明がございますので」
世話人はそう言うと、天幕の横に控える。
「……天幕、いくつくらいあったか数えたか?」
世話人のことはもう信用しているクレインは、ひそめることなく声を出す。天幕同士の距離は取られていて、他の参加者に聞かれる心配もまずない。
「六十……から七十の間くらいだったように思う」
「そうだな、俺もそのくらいだと思った。……多いのか、少ないのか」
「出品数を考えると、多いんじゃないか。ここまではるばる来たのに、ひとつも競り落とせないヤツが必ず出る」
クレインは目録が書かれた紙を広げると、印がつけられている五つの品を順番に確認していく。
・『エマニュエル夫人のブローチ』~三百人以上の女性を殺し生き血を浴びたというエマニュエル夫人が身につけていたピジョンブラッドルビーのブローチ。夫人と一緒に女性たちの血を浴び続けた。夫人は最期、全身の血を抜かれたように干からびて死んだとされるが、それは殺された女性たちの呪いだったといわれている。それ以来、このブローチを身につけた女性は、夫人と同じ死に方をするようになったとか~
・『処刑人の大剣』~通常の二倍の長さがある斬首用の大剣。古代バロニア国の処刑人が用い、万単位の人の首をはねた。剣に選ばれた使い手ならば、重さを感じず片手で振ることもできるというが、必ず首をはねるよう偏執的になる。選ばれなかった使い手は、自分の首をはねてしまうとか~
・『地獄の仮面』~地獄の番人が現世に落としていったとされる仮面。仮面越しに見ると、地獄の光景が見られるとか~
・『呪いの石笛』~その音を聴いた者を狂わせる。奏者自身にはなにも起こらない~
・『妖刀・白蛇』
「説明書きがあるものはなんとなくわかるけど、これ、最後のなんて名前だけだし」
「まあ、説明があっても、俺たちにはホンモノかどうかは判断できないけどな」
「『妖刀・白蛇』なんて……ヘイレンのやつ、あれじゃないか。自分の紋章が白蛇だから、白蛇がついてるものを集めてたりするのか」
どれだけ説明を読んでもまったくほしくならないクレインは、「……ほんとうに、無理はするなよ」とジェイの身の安全を確保する方を優先する。
「ああ、気をつける」
「……気のせいかもしれないけど、この会場に入ってからずっと、なんか……こう、胸騒ぎがするんだ。だから……」
ざわっ、とジェイの胸にもなにかが通りすぎていったが、めずらしく弱気なクレインには心配をかけないように、表情を変えずにもう一度「気をつける」と約束する。
ガラン、ガラン、ガラン!!
その時、銅鑼を打つ音が空へと抜けていった。
舞台の向こう側にあった扉が開くと、屈強な半裸の男が四人で大きなイスをかついで現れて、舞台上にそれを置くと、イスを囲うようにしてうやうやしくひざをつく。
それに続いて現れたのは、すらりとした女がひとり。
優雅な足取りで舞台へと上がると、男たちが運んだイスにこれまた優雅に腰かける。
──あれが主催者か。
クレインとジェイは緊張感いっぱいに、舞台上を見つめた。
******
うわさ通り主催者は妙齢の女性だったが、カイトが想像していた雰囲気とはまたちがって、毒々しさや禍々しさは感じない。
「ようこそ、妾の主催するお遊戯会へ」
笑いまじりの澄んだ声は、無邪気ですらある。
身にまとうのは東の島国の民族衣装で、高貴な色合いの紫に白の麻の葉模様が幾何学的に交差している。すそに描かれた黒猫が印象的で、なにかに襲いかかろうとしているのか、なにかを守ろうとしているのか、牙をむいて毛を逆立てている。
「慣れた者もおろうが、初めての者も当然いる。いつも通りの説明から始めようかの」
女がパンパン!と手を叩くと、後ろの扉からまたゾロゾロと人が出てくる。今度は女性も男性もごちゃまぜで、白い大きな布を巻きつけたような衣装を着て、手にはそれぞれなにかを持って見せている。
その『なにか』の正体がわかっている常連たちから、ジリッとした熱が飛んだ。
「これらが今回、オークションにかける品々じゃ。ぜんぶで五十二ある」
男女の一団は参加者によく見えるよう品をかかげたまま、客席の近くをぐるりと回って歩くと、そのまま扉の中へと去っていく。
それと入れ違いに、また半裸の男が出てくる。二人がそれぞれかついできた大きなテーブルを舞台の下に置くと、その上にあとの二人が抱えてきた模造刀が並べられていく。
並んだものは、一般的な両刃の大剣から片刃のもの、細身のレイピア、湾曲した曲刀、それから短剣まであって、好みの形や長さの剣が選べるようになっている。
「手順はいたって単純じゃ。剣で闘い、勝つだけ。参加者が五人以下の場合は全員での乱戦になるが、それ以上の場合は五人以下に人数を分け予選を行い、勝者で決勝を戦ってもらう。勝利の条件は、基本的にはこちらの審判の判断になる」
仮面越しでも女が楽しそうに笑ったのがわかった。
「相手を降伏させる、全員を場外へ出す、武器を叩き落とす──つまりは、続行不可能と審判が判断すればそこで試合は終わりじゃ」
女が音を立てずに立ち上がると、周りに控えていた男たちがイスを舞台の下に置き直し、大きな日よけの傘や飲み物を置くテーブル、足置きなどが配置されていく。
女は客席に背を向け舞台を降りようとしたが、ふと立ち止まり「そうそう」と意味深に振り返る。
「妾が用意した剣を見ればわかろうが、流血は避けるが無難じゃぞ。ここはかつて、多くの血が流された忌まわしき場所じゃ。もう血は吸いとうないと嘆いておる」
パッと開いた扇で口元を隠すと、くくっとのど奥で笑って、おどろおどろしく声を低める。
「血の呪いをその身に受けたくなければ、血は流すでないぞ」
「……なんか、思ってたのとちがうね。流血禁止って、もっとはっきり決められてるのかと思ってたのに」
主催者のおどしのような最後の言葉がよほど効いたのか、ユエは寒くもないのに腕をさすっている。
「そうだな。だが、あれだけ言われて違反するヤツもいないだろう。……普通の神経なら、な」
カイトはなにかを探すように視線を会場中にさまよわせてから、今度はなにかを確かめるように自分の手を握ったり開いたりする。
カイトの奇怪な行動に不安が増したユエは、見守ることしかできない自分を歯がゆく思いながら、せめてもと、カイトの手を両手で握ってぎゅうっと力を送る。
「なんでもいいから、けが、しないでね」
「……自分の分はわきまえているさ。ベレン卿もそのあたりは気遣ってくれているしな」
ベレン卿の印がついた目録には、品ごとにカイトへの警告が記されていた。
『これはお前の目で直接見てから決めてくれていい』
『これはあまり無理をしなくていい』
『危険人物が狙っていると聞く。そいつの手にさえ渡らなければいい』
その中でひと品だけ、『絶対に他へ渡してはならぬ』という強い文句がつけられていたものがあった。──カイトでも知っている本物の中の『ホンモノ』だ。
おそらくそれが今回の主役で、参加者のほとんどのお目当のものだろう。
(……そう、ここで普通の神経が保てるのなら、な)
ジェイが言っていたように、舞台上での闘いは普段の命のやり取りとはまたちがうということを、カイトもよく知っている。
『場』というのが人に与える影響は意外と大きい。それどころか、人が『場』に支配されることもある。
ホンモノの呪いの品に、古代遺跡の闘技場──誰しもの心の底に眠っている狂気を呼ぶ起こすには、まさに絶好の状況がそろっている。
それを飼い慣らせるか、解き放ってしまうのかは、その人次第──。
カイトの中にも狂気は眠っている。しかしそれは、この右手に伝わる温もりがあれば恐れることはないと、カイトはもう知っている。
──この手が狂気をつなぎとめ、温もりが優しい首輪となって縛ってくれる。
カイトがユエの手を握り返した時、オークションの開始を告げる銅鑼が鳴り響いた。
主催者側が用意した船で島の船着場に着いたクレインとジェイは、一歩船から降りた瞬間から、まるで異世界に迷い込んだようなおかしな感覚に襲われる。
とにかく、最初の印象は『緑』だ。
背の高い木々には葉っぱが青々と茂り、中には人より大きいのではないかと思うような巨大な葉もあって、空を見上げても緑の合間に青が点々と見えるくらいだ。
それだけでなく、木の幹を隠すようにうっそうとした草が生えていて、地面や幹の茶色まで緑で覆われている。
その緑を分け入るように道があって、しかしきちんと石畳が整備された歩きやすい道になっているところを見ると、好き勝手生えているような草木も人の手が入って管理されているのだろう。
「足元、お気をつけください」
二人を先導しているのは三十代くらいの男で、クレインとジェイペアの専属のお世話係となるらしい。
船に乗る前に自己紹介された時は、世話人という名のどうせ監視役だろうと思っていたクレインだったが、船での仕事ぶりはクウェイルのところの執事どのを思い出すような完ぺきなもので、こんな人材がひと組ごとに一人ずつつくというのだから、主催者の財力やら権力やらが恐ろしくなる。
緑のトンネルを抜けると、重厚な門が鉄格子を開いて迎えてくれる。
「招待状をお見せください」
このやり取りは船に乗る前にもしていたから、クレインはさほど考えず指示に従う。
すると門番は、受け取った招待状をいきなりかがり火の中へと放り込んだ。
「えっ、ちょ……!!」
慌てる二人の前で紙は一気に炎につつまれ、「……えっ?!」不思議な青い光を散らして燃え尽きた。
「招待状が本物かどうか確かめさせていただきました。特殊なインクを使っておりまして、燃やすと青色になるのです」
「……はあ」
演出過多な出迎えにあっけにとられる二人を、門番は「ようこそ」と門の中へと通す。
「招待状を偽造して忍び込もうとした者がかつておりまして、それからこのような細工をほどこすようになったのです」
世話人が裏話を教えてくれる。
「毎回、異なる細工を考えます。あぶり出しで文様を浮かび上がらせたり、特殊な液体にひたすと溶ける紙を使ったり」
「それは……大変ですね」
そこまでするかという呆れた目のクレインに、世話人は「我らはそれも楽しんでおりますから」と笑う。
主人が主人なら、仕える方もたいがいだと、こういう金持ちの道楽的な遊びを理解できないクレインは、心の距離を一歩引いた。
門の先にあったのは石造りの二階建てで、外の階段から直接二階へと案内される。
参加者たちがオークション開始時間まで待機するための待合室だと説明を受けるが、中はここでそのまま仮面舞踏会でもできてしまいそうな、広い広い大広間だった。
重厚な印象だった門と同じく、曲線より直線的などちらかといえば無骨な装飾が目立ち、彫刻も人をかたどったものではなく、魚や船や波といった海に関係したものや、植物をかたどった文様が多い。
(あまり、貴族……というか金持ちっぽい感じじゃないな)
派手派手しくない部屋がさっきのお遊び的な演出とは結びつかなくて、クレインはその二面性に少し戸惑う。
広間にはすでに何組かの先客がいて、二人が姿を見せたとたん、値踏みするような視線が飛んできた。
不快なそれから逃げるために、壁ぎわに並んでいるソファの中のもっとも目立たない位置に腰かけようとすると、世話人がすっと「あちらへ」と手を向ける。
いくつかあるうちの扉に案内されると、そこからバルコニーに出られるようになっていた。
「お飲み物とお食事を運んでまいります。お酒は飲まれますか?」
バルコニーにはテーブルとイスも用意されていて、ここなら人目を気にせずいられそうだ。
「あ、お酒はちょっと……」
「それではアルコールの入っていないものを。それと適当にお食事もお持ちしますので、少々お待ちください」
「あ、ありがとうございます」
世話人の完ぺきな対応に、クレインもジェイも素直にお礼を言っていた。
「……はあ、始まる前から疲れる」
ため息のクレインに、ジェイも完全に同意だ。
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「……あんなものをオークションにかけるなんぞ、どんな悪趣味な御仁かと思っていたが、意外と──」
クレインとジェイから遅れること三十分、大広間を見渡したカイトもまた、二人と同じような感想を持っていた。
「……っ」ユエがそでを引っ張って、二人についている世話人のほうを気にするそぶりを見せたが、カイトはこれは褒めてるから大丈夫だと笑う。
世話人もカイトの正直な物言いを寛大な笑みで受け止めて、続きをどうぞと余裕だ。
「意外と趣味がいい、と言いたかったんだ。おそらくさっき通ってきた門、あれは、かなり古い遺跡だろう?」
「ほう……」その分析に世話人は感心する声を上げた。
「遺跡?」門の意匠を思い出そうとするユエだったが、歩くのに必死で足元ばかり見ていたから、浮かぶのは石畳ばかりだ。
「さようでございます。あの門はもともと、この島の先住民たちが建てたもの。ざっと五百年は前です」
四十代くらいの世話人は壁ぎわのソファに座るよう二人をうながしながら、「よくわかりましたね」とカイトの観察眼に敬服した。
「別の島で見た遺跡に似ていたからな。丁寧に修復してあるし、ただ保存するだけでなく使っているというのもすごいな」
そしてカイトも敬意を返す。
「それだけじゃなく、この大広間──この建物はそんなに古くない。が、門に合わせた造りになっている。ということは、主催者どのがわざわざ遺跡風にして建てたといったところか」
「……それも正解でございます」
主人のこだわりを見抜いたカイトに、よくぞわかってくれたと感激をにじませた。
大広間には楽団が奏でる音楽が鳴り響き、テーブルには軽食や飲み物が並びいい匂いをかもす中で、参加者たちのささやきのような話し声が点在している。
世話人が運んでくれた食事と飲み物を楽しみつつ、ユエはソファからこっそりと周囲をうかがう。
広間の人々は主人と剣士、そして世話人の三人ずつにかたまっている。特に禁止されてはいないだろうが、他の参加者と歓談することは自粛しているようだ。
クレインとジェイはどこかな、と探すユエの目に、色とりどりの衣装が映り去っていく。
真っ黒な鳥の羽根を飾ったドレス、全身金ピカの鎧、見たことのない民族衣装から、なかり質素なシャツ姿まで。
隣ではカイトと世話人が遺跡談義に花を咲かせているが、あまり興味をそそられないユエは、再び参加者たちの装い観察に戻る。
そのうちクレインとジェイを探すことも忘れて、夢中になってしまった。
特に個性豊かな仮面たちは、見ているだけで楽しい。
鳥のくちばしのように尖った鼻になっていたり、なにかの動物の毛皮でもふもふだったり、レースで蝶々をかたどっている妖艶なものもあれば、鉄仮面のような少し怖いものもある。
半分が隠れているだけで顔の印象がかなり変わることに気づいたユエは、自分がつけている仮面にそっと触れて、自分はどうなっているんだろうと不思議な気持ちになる。
ちらっとカイトの横顔を見てみると、黒ずくめの中で仮面の白だけがとても目立つ。反対に自分は、白ずくめの中で仮面だけが黒だから、同じように黒が目立っているんだろうと、ユエは自分の見え方を想像する。
黒と白が反転したおそろいの衣装──それはなんだか、ユエの一部がカイトのものになって、カイトの一部がユエのものになって、お互いがお互いを自分のものと主張しているよう。
独占欲を周囲に宣伝しているみたいで、ユエは気恥ずかしくなる。
それを自覚するととたん、それまで気にしていなかった周囲の目が気になって、みんながみんな自分たちを見ているような気がしてくる。
──実はそれはユエの自意識過剰ではなく、本当に見られていたのだが。
「ユ……、どうした?」
視線から逃げるためにカイトの腕にぎゅっと抱きつくと、「なんか、見られてる気がして」ユエは正直に言う。
「初参加の俺たちを値踏みしているんだろう。衣装やら立ち振る舞いを観察して、どれくらいの脅威になりうるか計算しているんだ」
相手の思惑を読んでいるカイトは、「だから気にせず堂々としてろ」とユエにささやき返す。
「うん……」そう言われても、やはり好奇心の目にさらされるというのはいい気分ではない。居心地悪そうなユエのために、カイトは世話人に「あとどれくらいだ?」とオークションの開始時間を尋ねた。
「もうしばらく。……ですが、会場へはすでに入れるようになっていますので、早めに向かうこともできます」
「いいのか?」
「ええ、もちろんです。ただ、あちらは屋外なので今の時間、少し日差しがまぶしいかもしれませんが」
「かまわない」
「それでは、ご案内いたします」
立ち上がったカイトは、すっと革手袋をはめた手を差し出す。そこに重なるユエの手にも、ひじまで覆う長い手袋がはめられている。こちらは革ではなくさらっとした薄いシルクで、手の甲を彩るレースが中指にリングで留められ、指先が露出している。
そんな二人が手に手を取っている姿は、はたから見るととてもロマンチックなのだが、実際には足元が不安なユエをカイトが支えて立ち上がらせているという、とても現実的な理由だ。
そして同じ理由で、ユエはカイトの腕につかまって歩き出したのだが、やはりそれも周囲には、騎士が主人をエスコートしているというノーブルな光景に映っていたのだった。
その誤解にユエはまったく気づいておらず、カイトは気づいていても誤解させておけばいいと放置する。こういう貴族らしいやりとりに慣れていると思わせておいた方が、あなどられなくていいだろうと。
世話人は二人が寄りそう姿になぜか満足げにうなずいてから、
「こちらへどうぞ。遺跡にお詳しいのならば、きっとあちらにも興味を持たれることと思います」
と期待を高めることを言いながら、大きな扉へと先導した。
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「な……んだ、これ……?」
クレインとジェイが『剣闘場』と聞いて嫌でも思い出してしまうのは、二人の出会いの場にもなった『フラヴィウム闘技場』のこと。
しかしこの島に、まさかあの規模のものがあるはずは──と思っていたところに、頑強な石壁が立ちはだかった。
夕刻が近づいて、「そろそろ会場へ移動しましょう」と世話人に連れられて、二人は大広間を出た。外に出た瞬間に、その石壁の頭はもう見えていた。
大広間の先の道は、石畳の両側にきれいに芝生が刈られ、ところどころに巨石が配置されている。自然のものではなく、人の手で置かれたことは明白だが、巨石群の風合いからはかなりの年月が経過しているように見える。
船着場や門の場所から考えると、島の北からどんどん南へと進んでいき、おそらく一番奥まったところにその『剣闘場』はあった。
「こんな……思ってたより、ずっと大きい」
見上げたクレインがつぶやくと、ジェイもあっけにとられた顔でうなずく。
さすがに大陸最大といわれる『フラヴィウム闘技場』に規模は遠く及ばないが、風格なら負けてはいない。これを個人で所有しているとしたら、主催者の財力と権力は途方もないものだ。
驚く二人に世話人は得意げに「こちらも約五百年前の遺跡でございます」
「遺跡?」
「島の先住民の手によるものです。彼らもここで闘技会を行っていたらしいですよ」
「五百年って……そんな古い建物、大丈夫なのか?崩れたり……」
「ご安心ください。我らが主人によって修復と補強がされております。外壁はあまり手を入れておりませんので、外から見ると不安に思われるかもしれませんが」
世話人の言う通り中へ入ってみれば、風化で崩れた部分がそのままに高さがまばらででこぼこした外壁とはちがい、きちんと整備された会場になっていた。
『フラヴィウム闘技場』は円形だったが、こちらの全体像は扇型だ。そのためクレインには、闘いの場所というより芸術劇場みたいだという印象になる。
扇の要の位置に一段高くなった半円の舞台があって、客席は階段状に広がっている。
客同士の匿名性を保つためだろう、客席には小型の天幕が張られていて、二人はその中へと案内された。舞台から見れば左手の、最前列だ。
天幕の中にはすでに軽食と飲み物が用意されている。
食器やグラスももちろんのこと、硬い石の感触を和らげている敷物にクッション、暗くなった時のためのランタンなど、どれをとっても一流の職人の仕事だとひと目でわかる。それでいて使う人を緊張させない、使い心地のよさがどれにも表れているのだ。
これではいつもは辛口のクレインも、(趣味がいい)と主催者のセンスを認める以外の道はなかった。
「あと少しお待ちください。みなさまの移動が終わりましたら、主人からオークションの説明がございますので」
世話人はそう言うと、天幕の横に控える。
「……天幕、いくつくらいあったか数えたか?」
世話人のことはもう信用しているクレインは、ひそめることなく声を出す。天幕同士の距離は取られていて、他の参加者に聞かれる心配もまずない。
「六十……から七十の間くらいだったように思う」
「そうだな、俺もそのくらいだと思った。……多いのか、少ないのか」
「出品数を考えると、多いんじゃないか。ここまではるばる来たのに、ひとつも競り落とせないヤツが必ず出る」
クレインは目録が書かれた紙を広げると、印がつけられている五つの品を順番に確認していく。
・『エマニュエル夫人のブローチ』~三百人以上の女性を殺し生き血を浴びたというエマニュエル夫人が身につけていたピジョンブラッドルビーのブローチ。夫人と一緒に女性たちの血を浴び続けた。夫人は最期、全身の血を抜かれたように干からびて死んだとされるが、それは殺された女性たちの呪いだったといわれている。それ以来、このブローチを身につけた女性は、夫人と同じ死に方をするようになったとか~
・『処刑人の大剣』~通常の二倍の長さがある斬首用の大剣。古代バロニア国の処刑人が用い、万単位の人の首をはねた。剣に選ばれた使い手ならば、重さを感じず片手で振ることもできるというが、必ず首をはねるよう偏執的になる。選ばれなかった使い手は、自分の首をはねてしまうとか~
・『地獄の仮面』~地獄の番人が現世に落としていったとされる仮面。仮面越しに見ると、地獄の光景が見られるとか~
・『呪いの石笛』~その音を聴いた者を狂わせる。奏者自身にはなにも起こらない~
・『妖刀・白蛇』
「説明書きがあるものはなんとなくわかるけど、これ、最後のなんて名前だけだし」
「まあ、説明があっても、俺たちにはホンモノかどうかは判断できないけどな」
「『妖刀・白蛇』なんて……ヘイレンのやつ、あれじゃないか。自分の紋章が白蛇だから、白蛇がついてるものを集めてたりするのか」
どれだけ説明を読んでもまったくほしくならないクレインは、「……ほんとうに、無理はするなよ」とジェイの身の安全を確保する方を優先する。
「ああ、気をつける」
「……気のせいかもしれないけど、この会場に入ってからずっと、なんか……こう、胸騒ぎがするんだ。だから……」
ざわっ、とジェイの胸にもなにかが通りすぎていったが、めずらしく弱気なクレインには心配をかけないように、表情を変えずにもう一度「気をつける」と約束する。
ガラン、ガラン、ガラン!!
その時、銅鑼を打つ音が空へと抜けていった。
舞台の向こう側にあった扉が開くと、屈強な半裸の男が四人で大きなイスをかついで現れて、舞台上にそれを置くと、イスを囲うようにしてうやうやしくひざをつく。
それに続いて現れたのは、すらりとした女がひとり。
優雅な足取りで舞台へと上がると、男たちが運んだイスにこれまた優雅に腰かける。
──あれが主催者か。
クレインとジェイは緊張感いっぱいに、舞台上を見つめた。
******
うわさ通り主催者は妙齢の女性だったが、カイトが想像していた雰囲気とはまたちがって、毒々しさや禍々しさは感じない。
「ようこそ、妾の主催するお遊戯会へ」
笑いまじりの澄んだ声は、無邪気ですらある。
身にまとうのは東の島国の民族衣装で、高貴な色合いの紫に白の麻の葉模様が幾何学的に交差している。すそに描かれた黒猫が印象的で、なにかに襲いかかろうとしているのか、なにかを守ろうとしているのか、牙をむいて毛を逆立てている。
「慣れた者もおろうが、初めての者も当然いる。いつも通りの説明から始めようかの」
女がパンパン!と手を叩くと、後ろの扉からまたゾロゾロと人が出てくる。今度は女性も男性もごちゃまぜで、白い大きな布を巻きつけたような衣装を着て、手にはそれぞれなにかを持って見せている。
その『なにか』の正体がわかっている常連たちから、ジリッとした熱が飛んだ。
「これらが今回、オークションにかける品々じゃ。ぜんぶで五十二ある」
男女の一団は参加者によく見えるよう品をかかげたまま、客席の近くをぐるりと回って歩くと、そのまま扉の中へと去っていく。
それと入れ違いに、また半裸の男が出てくる。二人がそれぞれかついできた大きなテーブルを舞台の下に置くと、その上にあとの二人が抱えてきた模造刀が並べられていく。
並んだものは、一般的な両刃の大剣から片刃のもの、細身のレイピア、湾曲した曲刀、それから短剣まであって、好みの形や長さの剣が選べるようになっている。
「手順はいたって単純じゃ。剣で闘い、勝つだけ。参加者が五人以下の場合は全員での乱戦になるが、それ以上の場合は五人以下に人数を分け予選を行い、勝者で決勝を戦ってもらう。勝利の条件は、基本的にはこちらの審判の判断になる」
仮面越しでも女が楽しそうに笑ったのがわかった。
「相手を降伏させる、全員を場外へ出す、武器を叩き落とす──つまりは、続行不可能と審判が判断すればそこで試合は終わりじゃ」
女が音を立てずに立ち上がると、周りに控えていた男たちがイスを舞台の下に置き直し、大きな日よけの傘や飲み物を置くテーブル、足置きなどが配置されていく。
女は客席に背を向け舞台を降りようとしたが、ふと立ち止まり「そうそう」と意味深に振り返る。
「妾が用意した剣を見ればわかろうが、流血は避けるが無難じゃぞ。ここはかつて、多くの血が流された忌まわしき場所じゃ。もう血は吸いとうないと嘆いておる」
パッと開いた扇で口元を隠すと、くくっとのど奥で笑って、おどろおどろしく声を低める。
「血の呪いをその身に受けたくなければ、血は流すでないぞ」
「……なんか、思ってたのとちがうね。流血禁止って、もっとはっきり決められてるのかと思ってたのに」
主催者のおどしのような最後の言葉がよほど効いたのか、ユエは寒くもないのに腕をさすっている。
「そうだな。だが、あれだけ言われて違反するヤツもいないだろう。……普通の神経なら、な」
カイトはなにかを探すように視線を会場中にさまよわせてから、今度はなにかを確かめるように自分の手を握ったり開いたりする。
カイトの奇怪な行動に不安が増したユエは、見守ることしかできない自分を歯がゆく思いながら、せめてもと、カイトの手を両手で握ってぎゅうっと力を送る。
「なんでもいいから、けが、しないでね」
「……自分の分はわきまえているさ。ベレン卿もそのあたりは気遣ってくれているしな」
ベレン卿の印がついた目録には、品ごとにカイトへの警告が記されていた。
『これはお前の目で直接見てから決めてくれていい』
『これはあまり無理をしなくていい』
『危険人物が狙っていると聞く。そいつの手にさえ渡らなければいい』
その中でひと品だけ、『絶対に他へ渡してはならぬ』という強い文句がつけられていたものがあった。──カイトでも知っている本物の中の『ホンモノ』だ。
おそらくそれが今回の主役で、参加者のほとんどのお目当のものだろう。
(……そう、ここで普通の神経が保てるのなら、な)
ジェイが言っていたように、舞台上での闘いは普段の命のやり取りとはまたちがうということを、カイトもよく知っている。
『場』というのが人に与える影響は意外と大きい。それどころか、人が『場』に支配されることもある。
ホンモノの呪いの品に、古代遺跡の闘技場──誰しもの心の底に眠っている狂気を呼ぶ起こすには、まさに絶好の状況がそろっている。
それを飼い慣らせるか、解き放ってしまうのかは、その人次第──。
カイトの中にも狂気は眠っている。しかしそれは、この右手に伝わる温もりがあれば恐れることはないと、カイトはもう知っている。
──この手が狂気をつなぎとめ、温もりが優しい首輪となって縛ってくれる。
カイトがユエの手を握り返した時、オークションの開始を告げる銅鑼が鳴り響いた。
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