三鍵の奏者

春澄蒼

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第六章 追憶の海に花束を浮かべて

番外編 仮面の誓い、決別の剣1

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 大陸最大の港町は、すべてがけた外れの大きさだ。

 ズラーッと並ぶ船も、それに積まれた荷も、場外に広がる市場も──自分が小人になったような錯覚さえ覚えるほど、すべてが大きい。

 カイト以外の初見組は圧倒されて、口があんぐり開いて戻らない。年少三人は上を見上げすぎて首が痛くなったし、大人たちも人の多さに神経が張りつめて動きが固い。

 仲間たちがこの場所に慣れるまでに、カイトはひとりで船の売買を済ませてしまうことにした。
 事前にヘイレンが話を通しておいてくれたから、ヴァンダイン商会の受付へ行って、書類を出すだけで終わりだ。

 ここで船を降りて、この先は陸路を行く予定だ。十字行路を北上し、ベレン領へと。そこでベレン卿から妖精の情報をもらい、新たな旅が始まることになるだろう。


 簡単に終わった手続きの後、すでに妖精へと気持ちを向けていたカイトを、商会の幹部が引き止めた。
 そして──思いもよらない寄り道が始まった。


******


 カイトが船に残っていた仲間たちを連れて戻ると、その幹部は商会の事務所からヘイレン個人の所有だという館へと場所を移した。
 カイトも初めて見る顔の幹部は、先ほどした説明を律儀に繰り返す。

「これは双頭ヘイレン個人からの依頼でございます。そしてもうひとり、ベレン卿からも同じ依頼が届いております。あなた方に、とある剣闘会へと参加していただきたいのです」

 剣闘会と聞いて険しい顔になったのは、ジェイだ。
 その理由を知るカイトが先手を打って補足する。

「誤解するな。殺し合いではない、純粋に剣技を競う会だ」
「って、カイト、なんか知ってるの?」

 事前に説明を聞いただけとは思えない訳知り顔にクレインが尋ねると、カイトはうなずいた。
「俺も前々からうわさには聞いていた」

 目でうながされた幹部は、詳しい説明を引き受ける。

「この近くの島で不定期に開催される、ある競売オークションがあるのです。そこで取引されるのは、いわゆる、ワケありの品で」
「……それって人身売買とか盗品とか?」

 不快に眉をひそめたクレインに、幹部はノドの奥で笑って否定する。
「いいえ、そんな非合法なものではありません。ですが時としてそれよりも危ないもの……そうですね、わかりやすく言えば──呪いの品です」

「の・ろ・い?!」
 ヘロンはまさかーという気持ちを存分に込めて、その言葉を繰り返した。
 その他の反応も似たようなもので、ちょっと信じがたいという目を隣同士と合わせる。

 幹部もカイトもそれが当然の反応だと思っていたようで、疑いを晴らす方向には話を向けず、むしろ疑いながら聞いてくれと説明を続ける。


「使い手を狂わせる妖刀、はいたら二度と脱げないくつ、夜中になると動き出す人形、その人の死に顔を映す鏡──そんな超常現象を起こす品々を集めては、オークションにかける人物がいるのです」

「オークションの主催者は謎の人物だ。どこかの金持ちには違いないだろうが、身分をおおやけにはしていない。妙齢の女性といううわさが多いが……」

「そして参加者もまた身分を隠して参加します。主催者側も参加者側もみな仮面で顔を隠すので、仮面舞踏会ならぬ仮面競売会と呼ばれています」

「または、仮面剣闘会だな。このオークションが特別なのは扱う品以外にも、その競り落とし方法にある。普通は参加者が金をどれだけ積めるかを競うところを、剣の腕を競うわけだ。剣闘の勝者にその品は贈られる」


「『贈られる』?競り落とす権利が与えられるんじゃなくて?」
 おかしな表現だとアイビスが訂正しようとしたが、決してカイトの言い間違いではなかった。

「贈られるんだ。金は一切払わない。勝利と引き換えに品は手に入る」
「え、でもそれじゃあ、主催者には金が全然入らないんじゃないの?」

 そんなオークションがあるのかと驚くクレインに、「だからあなた方に依頼したいのです」と商会の幹部が力を込めた。


「これだけの説明でもわかるように、主催者はかなりの変わり者なのです。仮面競売会に必要なのは資金力ではない。純粋な剣の腕だけ。それも流血はご法度の模造刀での対決ですから、ただ強いだけではだめなのです」

 真剣と模造刀でなにが変わってくるのか、ヘロンが教師役に指名したジェイが答える。

「……はっきり言えば、殺してしまうほうが簡単だからだ。血を流させずに相手を戦闘不能にするには、かなりの経験と技術が必要だ。それに剣闘という見世物の舞台は、傭兵や騎士の闘いとはまた違ってくる」

 それに大きくうなずいて、幹部が話を引き取る。

「勝てばなんでもいいというものではありません。……いえ、どんな闘い方でも勝てばとりあえず、品を受け取ることはできるにはできるのです。しかし主催者の基準から外れた闘い方だった場合、もう二度とオークションに招待されません」

 そこで幹部は二通の招待状を一行に見せる。
 上等な羊皮紙の封筒に繊細な金のインクで、ベレン卿の名とヴァンダインの名がそれぞれ記されている。

「この招待状を手に入れるだけでも大変なのですよ。お金で動かないことは有名ですし、かといって伝手ツテやコネではたどり着けません。そして一度招待を受けたとしても、次回を勝ち取るのはまた狭き門なのです」

 ヘイレンにそこまで言わせる招待状に、ごくりとラークののどが鳴った。そんな貴重な闘いを託される責任に、ラーク以外も表情を引き締める。

 そんな中、「うっわぁ!すっげぇ楽しみになってきた!!」とヘロンだけははしゃいだ声を上げたが、しかしここで幹部から非情な宣告が下される。


「楽しみになさっているところ申し訳ございませんが……」
「へっ?!」
「人数制限がございまして」
「え……?えぇーーー?!」
「招待状一枚につき、二名までとなっております。主人と剣士の二人一組ですね。代理人を立てることは許可されていますから、今回でいくと、双頭とベレン卿の代理人という形で主人役を二名、剣士役を二名、計四名までとなります」

「はいはーい!!」と自信満々に手を挙げるヘロンを黙殺して、幹部は二通の招待状をカイトとジェイに差し出した。

「剣士役として、双頭からはジェイさんに指名が、そしてベレン卿からはカイトさんが指名されています。主人役はあなた方で話し合って決めていただいて結構です」


「はいはいはーい!!」こりずに手を挙げ続けるヘロンだったが、カイトとジェイのを務めるとなると自ずとお相手ペアは決まったようなもので、ヘロンの出番は残念ながら訪れないのだった。


******


 オークションが行われるまでの一週間をそれぞれ港町で好きに過ごして、当日の早朝、用意のために集まった四人は有無を言わせずバラバラの部屋へと押し込められる。


***

 カイトの入った部屋で待っていたのは、ヘイレンが選び抜いた世話係スタイリストたちだ。このためだけに造ったという新品のよろいを着せられながら、(これは……ヘイレンも気合が入っているな)とカイトも少し気圧される。

 鎧は全身を覆うものではなく、胸当てと手甲とすね当ての三点のみの軽装だ。頭を守るかぶともないところを見ると、確かにこれは闘い方が難しくなりそうだと先日のジェイの意見を思い出す。


 光沢のある黒地に金の縁取りがされている鎧は、黒髪黒眼のカイトが身につけるとどこか高貴な印象になる。まるで闇に月の光が射し込んでいるよう。

 下に着る服からブーツ、剣帯に外套マントまですべて特注品が用意され、さらに腕や首元に装飾品まで。極めつけに髪まで整えセットさせられて、カイトは着せ替え人形になった気分だ。


 着飾る必要性が一応わかるカイトは大人しくいじくられるままにしていたが、別部屋のクレインあたりは文句を言っているだろうなと予想して苦笑いになる。


***

 カイトの予想通り、クレインは待ち構えていた世話係たちと煌びやかな衣装を目にした瞬間、回れ右をして部屋を出て行こうとした。

 しかし残念ながら捕まって、二種類の服からどちらか選べと突きつけられる。どちらも深い青の生地には変わりないが、片方はどう見ても女性用のドレスにしか見えない。

わたくしどもといたしましてはこちらがオススメなのですが」
 ヒラヒラしたドレスを目の前で揺らされたクレインは、この世話係の女性たちは本気なのか、それともゴネようとする自分に嫌がらせしているのか本気で悩んだ。

 ひきつった顔で首を横に振るとあっさりと諦めたところを見ると、クレインを大人しくさせるための脅しだったのかもしれない。

(まさかこれ……俺が選ばなかった方をユエが着るなんてこと……?)
 回収されて部屋から出ていくヒラヒラを見送るクレインは、隣の部屋の友に面倒を押しつけたかもと心配になったが、だからと言って自分がアレを着る気には絶対になれないのだった。


***

 クレインの心配は杞憂だった。

 自分の支度が終わったカイトが部屋を訪ねると、ユエは白地に金の刺繍のついた服で出迎えた。カイトの鎧と色違いのお揃いだ。

 確かにクレインが拒否した青い一着ではないのだが──「これ、女物じゃないのか?」カイトが疑問を持ったように、ユエの衣装はすそが床を引きずるくらいの丈で、こちらも女性用の白いドレスに見える。

「……おれもそう思ったけど、大丈夫だって言われたから」
 満足そうに片付けに入っている世話係にチラッと目を向けたユエだったが、彼女たちは最高傑作を前にそのささいな不満を見ないふりしている。

「やっぱり、変?」
 立ち上がってカイトに全身を見せるユエは不安そうだ。

「……いや、綺麗だ」
「えっ……ほんとう?」
「ああ。本当に」
「カイトもかっこいいよ」
「……それはどうも」

 真っ正直な二人の感想に、その後ろで女性たちもウンウンと無言で同意している。


 上から下までまじまじと観察したカイトは、これは女性用というよりも男性を中性的に見せる衣装なのではないかと認識を改める。

 チュールレースのハイネックでのどを隠し、ふわっとしたレースが肩幅をごまかし、布を五枚も重ねて体格がわからないように仕立ててあるからだ。

 五枚の布はそれぞれ個性があり、ワンピース型の土台となる生地の上に、しっかりと編まれたレースの生地、その上にさらに二枚の異なる刺繍の入った薄い生地、一番上にハイネックと同じ繊細なレースがふわりとかかっている。

 下二枚はワンピース型だが、上三枚は前面が開いた羽織るような形になっていて、それを腰より高い位置でベルトできゅっと留めてある。
 透けるほど薄い上三枚は計算しつくされた形状デザインだ。三枚合わさることで刺繍とレースが重なって花のような模様を描き出すように作られているし、開いた前面は三枚が階段状に重なっていて、縁取られた上品な曲線が動くたびに表情を変えることだろう。


「髪も、よくあの長さでここまで結えたものだ」
 衣装から視線を上へ向けたカイトが賞賛すると、担当した世話係が無言で胸を張った。

 肩までしかなかった蒼い髪はふわりとパーマをあてられてから、カイトが見ても構造がまったくわからないほど複雑に編み込まれている。
 髪飾りはシンプルな真珠パールのものだが、よく見ると白の他に貴重なゴールドやブルーも使われていて、イヤリングとネックレスともそろえてある。


 さすがヘイレンが雇った優秀な人材だと、カイトはその仕事ぶりを手放しで褒めたい気分だが、ひとつだけ注文をつけるとすれば──「問題は足元だな。ユエ、これで歩けるのか?」

 カイトの手につかまっていてもフラフラと揺れているユエ。いったん座らせてくつを確認すると──やっぱりこれは女装だったのではないかとカイトが再び疑うような、華奢なハイヒールがお目見えした。

「無理。だって立ってるのもグラグラなのに、歩けるわけないよ」
 半べそのユエはもうすでに一度、世話係に変更を交渉済みだったらしい。

「ですが、そのすその長さでいくと、高さがなければ全体のおさまりバランスが悪いですから」
 そしてその時と同じくぴしゃりとはねつけられる。

 カイトは少し考えてから、「せめてかかとの高いブーツにならないか?」と妥協案を提示する。
「ブーツですか……」
「それならまだ安定するから歩きやすいだろう」

 彼女たちの美意識からするとそれはギリギリセーフだったらしく、「至急用意します」と慌ただしく部屋を出ていったが、ユエが脱いだくつに向ける未練がましい目は、どうやっても隠しきれていなかった。


***

 その女性たちと部屋の前ですれ違ったジェイは、自分の用意を手伝ってくれた世話係に案内されて、クレインが待つという部屋へと向かっている。

 ジェイに用意されていた鎧もカイトと同じく、胸当てと手甲、すね当てで、ただし色はクレインの瞳のような深い青色だった。
 この装備を考えると、仮面剣闘会はかなりの見世物になる予感がして、ジェイは今から気が重い。


 しかしそんな憂うつも、クレインの姿を見たらどこかへ吹き飛んだ。


 ぶすっとした顔で座って出迎えたクレインは、髪と瞳とジェイの鎧とおそろいの色の、貴族のような衣装を身にまとっている。

 濃紺の丈の長いジャケットは、ほっそりした首が隠れるほどえりが高く、しっかりした生地とずらっと並んだボタンが禁欲的ストイックな印象を引き立たせていて、クレインによく似合う。

 そでにもついているボタンはすべて銀でできていて、ヘイレンの象徴であるへびが丸く縁取った中に、ジェイとクレインの象徴のつもりか、剣と弓が意匠されている。

 さらにジャケットの縁取りも銀糸で、繊細なつたに小さな花がささやかに咲いている。


 しかし装飾らしい装飾があるのはジャケットだけで、中に着ている白いシャツも黒のズボンと黒の短いブーツも、素材はもちろん最高級だが無地のすっきりしたデザインになっていて、総合すると──とにかくクレインによく似合っている。


 こんなクレインをひと目見れただけで、他のすべてがどうでもよくなるジェイだ。


 だがクレイン自身はお気に召さないらしく、ジェイが部屋へ来てからもそっぽを向いたままで不機嫌を前面に押し出している。

 これは褒めないほうがよさそうだと判断したジェイは、口下手な自分から珍しくスラスラと出て来そうだった言葉を、ぐっと呑み込んだ。


******


「……それで?こんな格好させられて、俺たちはこれからどうすればいいわけ?」
 ゆるくウェーブがかけられた髪を邪魔そうにかき上げながら、ジェイの後に部屋へやって来た商会の幹部にクレインが訊く。

「お二人にはこれから馬車に乗って、指定の船着場へと行っていただきます。そこからオークションが催される島へと船でお渡りください。船着場に案内人が待っているはずですので、その先はその方の指示に従っていただければ大丈夫です」

 幹部の男はヴァンダイン宛の招待状をクレインに手渡すと、封筒の中を見るようにうながす。
 取り出した数枚の紙をジェイも後ろからのぞき込むと、一枚は招待状の本文が書かれた厚手の紙だったが、その他の紙には競売の目録が記されている。

 ずらっと並んだ品は全部で五十点はありそうだ。その中で印がつけられている品が五つあり、それがヘイレンの代理人として二人が競り落とすことになる品らしい。

『呪いの~』やら『幻の~』やら『血の~』などといった不吉で妖しい文字ばかりが並んでいて、見ているだけで呪われそうな目録を前にすると、一行の誰よりも胆力のあるクレインも少し不安になったらしく、「……本当に大丈夫なんだろうな」とつぶやいている。

「なにか不安がございますか?」
 つぶやきを聞き逃さずに問われると、クレインは「だから……」と言いごもってから、
「競り落とした品は当然俺たちが運ぶことになるんだろう?つまり、絶対に触らなければならない……こんなモノ、触っても大丈夫なのか?」

 それはジェイも同じく思ったことで、もしヘイレンがこの場にいたら『クレインが呪われたらどうする?!』と詰め寄りたい気分だ。

「それではお二人は、呪いを信じているということで?」
 先日の説明の時には信じていない様子だったのに、とやゆする男に、クレインは冷静に言い返す。

「俺たちは別に、もとから信じていないわけじゃない。というか信じる信じないの前に、呪いのような現象を何回も見てきたから、そういう常識から外れたことが起きることがあるってよ。だから俺が信じられないのは、こういう品を嬉々として取引したり、欲しがったり、楽しんだり──そういう人の神経と趣味嗜好だ」

 ユエやカイトやジャン・ノーを知っている一行は、呪いとも奇跡とも呼べる現象が現実に起こることをその目で見てきた。
 だから呪いそのものを疑っていたのではなく、そんな競売が実在するのかということや、ホンモノがそこらへんにそうホイホイあるものかと、そういうことを疑っていたのだ。


「失礼いたしました」
 幹部の男はさらっとけなされた上司のことには触れないで、素直に頭を下げる。
「ですが、そういう心配でしたらご無用です。主催者側が責任を持って、厳重に梱包こんぽうして渡してくれますから。そういう品は基本的に、直接触れなければ大丈夫なものです」


 それでもまだ完全に安心できない二人は、それぞれの心の中でしっかりと決意する。

 ──本当にヤバそうだったら、手は出さないでおこう。ヘイレンなんかのために危ない橋を渡ってたまるか。


***


 クレインとジェイがひと足先に出発してから、カイトとユエも同じ幹部の男から同じ説明を受ける。

 目録にひと通り目を通したカイトは、印がついた七品の簡単な説明書きもざっと読んで、なるほどベレン卿がほしがるわけだと納得した。

が一堂に会すとは、にわかには信じられんな。ますます主催者の素性が気になるところだ」

 不敵な笑みを浮かべるカイトに、幹部の男が余計なお世話かと思いますがと前置きして、
「決して素性を探るようなマネはなされないほうがよいですよ。お二人の身の危険もありますが、ベレン卿の代理人として行かれるのですから」

「もちろん、ベレン卿の名に泥をぬるようなことはしないさ」
 カイトはそう言いながらも笑みは崩さない。


 目録を見たとたん、明らかにカイトの雰囲気が変わった。
 そのことにユエは気づいたが、なんとなく今はその理由を問うタイミングではないと察して、質問は後にとっておくことにする。


「ここまでのお二人の準備は、ベレン卿からの依頼により我ら商会が承りましたが、馬車に乗った先は、我らとあなた方は敵同士ライバルになりますことをお心に留めておいてください」

 その見送りの言葉にカイトは当然のようにうなずいたが、ユエは「?」と首をかしげる。

 だから馬車に乗ってすぐに、まずはそのことを尋ねることにする。

「さっきのどういう意味?敵同士って」
「俺たちはあくまで、ベレン卿とヘイレン別々に依頼を受けたってことだ。俺たちの依頼主とクレインとジェイの依頼主は別。だからもしベレン卿とヘイレン二人のほしいものがかぶっていたら──?」

「えっ、カイトとジェイが闘うってこと?」
 まさか仲間同士で?──とユエは目を丸くしたが、カイトは軽い調子で「かもな」と笑うだけだ。

「そんな……」
「ベレン卿もヘイレンも互いの狙っている品を知らないはずだ。だからかぶるとしたら偶然だろうが……まあ、あの二人は趣味が似ていないはずだから、よっぽど大丈夫だろう」

 カイトにそう言われてユエも少しは落ち着く。

「あの『敵同士』という発言はどちらかというと、オークション会場でクレインとジェイとあまり馴れ合うなという警告だろう」
「ん?どうして?」
「なによりも不正を疑われないためだ。こちらにそのつもりがなくとも、仲間だとわかるとどうしても八百長やおちょうを疑われるからな」
「そっか、だからクレインたちとはバラバラの馬車なんだね」


 時間差をつけて出発したのも、二組が仲間だと思われないためだ。
 しかしそれは主催者をだます意図ではなく、それが礼儀というか配慮なのだ。──これは仮面舞踏会マスカレードなのだから。

 素性も身分も、仮面の中に隠すもの。


「ユエ、気をつけろよ。仮面をつけている限りは、クレインのこともジェイのことも知らないフリだ」
「ん、わかった」
「それに、俺のこともあまり名前で呼ばないように」
「……じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「主人役なんだから、『おい』とか『お前』とかでいいんじゃないか?」
「それ、難しいよ」
「俺はお前のことを『ご主人様』と呼ぼう」

 本気か冗談かわからない口調で言って、カイトは仮面をつけた。

 カイトの顔の上半分を覆ったのはユエの衣装とおそろいの色と柄で、ユエに用意されていたのは鎧とおそろいの黒い仮面。
 カイトに頭の後ろでひもを結んでもらってユエも仮面を身につけると、準備が整うのを待っていたように、その時ちょうど馬車が止まった。


 要人が乗るような外から中が見えない造りの馬車だったから、扉が開いて光が射すと、真上に上がった太陽がまぶしくてユエは目を細める。

 先に降りたカイトが芝居がかった仕草で、うやうやしく手を差し出して笑う。
「どうぞ、ご主人様」

 ユエは少し照れながら、その手に手を重ねた。


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