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第一章 人魚の鱗は海へ還る
7 鍵と人魚姫
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「……うそよ……」
恐慌状態の妻を抱き抱えて、クウェイルは目を閉じた。同じように「嘘だ」と感情的には叫びたいくらいだが、カイトがそんな意味のない嘘をつくことはないと、頭では理解していた。
二人が向き合って、そして受け入れてきた現実が、ひび割れていくようだった。
「何か……何か証拠はないのか……?人魚同士でしか分からないような……」
確かめなければ、とクウェイルがユエに懇願する。
「……俺はユエ。中央の一族コウ・コク・シの、シの族長の息子。あなたはもしかして、東の一族の……?」
二人を刺激しないように、おそるおそる言葉を選ぶ。しかし自分の発言にさらに顔色を失っていく様子に、何を言えばいいのかユエにも分からなくなって、カイトに助けを求める目を向ける。
「……人魚がオークションに出ると、ヘイレンから情報があってな。そこからユエを強奪した。『鍵』を取ってきてもらうまでは順調だったんだが……『鍵』を手に入れた途端に海が荒れ、『鍵』が光り出してユエの中に吸い込まれた。それからユエ自身が光り、気づくと……こうなっていた」
ユエを示して、簡単に説明を終わらせる。
「だから、『鍵』に何か秘密でもあるのか、メイに聞きに来たんだが……その様子だと心当たりは全くなさそうだな」
自分よりもよほど動揺している二人を目の当たりにすると、反対に落ち着いてくるから不思議なものだ。
カイトもここまで狼狽えるのは予想を上回っていたのか、黙って二人の反応を待つ。
「……確かに、昔の物語にはあったわ。人間と恋をして、人間になる人魚の物語……でも!そんなの全部ただの作り話!!だって、もし『鍵』にそんな力があるなら、百年前のあの時だって……」
静かに涙を流すメイを、クウェイルが促してその場を離れる。
残された一行には、役者が降りた舞台の前に座り続けるような、寂寞が残された。
******
黙って待っていた一行の元に、クウェイルだけが戻り、
「すまん、メイは少し休ませる」
自分もドカッと床に座り込む。
「……いや、こっちこそ悪かった。お前たちがこれほど動揺するとは。配慮が足りなかったな」
カイトが謝り、そしてまた沈黙が落ちる。
「……どうして今さらこんな……」
クウェイルが絞り出すような声でカイトを責める。
「喜ぶかと、思ったが……」
「喜ぶ、か……」
渋い顔のクウェイルは、「五年……いや、四年早かったら、な……」
過去を振り返る。種の違いを、体の違いを嘆き、それでもお互いしかいないと、乗り越えてきた二人の苦悩を。
「……私たちはもう、諦めたんだ。縋るには、淡すぎる希望だった……もう子どもは無理だと……」
ハッと全員が顔を上げ、頭を抱えるクウェイルを見つめる。
「……私は別に家のことはよかった。私の代で血が絶えようとも……だがメイが気にするから、養子を探そうと……していたところに、これだ……」
ユエを見て、それからカイトに視線を移す。
「……お前にも原因は分かっていないんだろう?」
「ああ……それにはっきり言っておけば、ユエのこの状態が本当に『人間』と言えるのかも分からない」
「……どういう、意味だ?」
「確かに見た目は人間と変わらないが、機能までが同じとは限らない。もしかしたら足は飾りで歩けないかもしれないし、生殖機能も同様だ。子どもが出来るかどうかも、試してみないと分からないだろう」
カイトのその冷静な分析に、他の一行は驚く。そこまで考えていた者はいなかった。カイトがユエにつきっきりだったのは、状態を見極めるためだったのだ。
「……と言っても、今の時点での印象は、『かなり人間に近い』だがな」
天国と地獄を行ったり来たりする会話に、疲れたようにクウェイルは目頭を押さえた。
「……聞きたく、なかったな……」
「いや、お前たちは知っておくべきだ」
弱ったクウェイルにもカイトは容赦ない。
「現実に起きた以上、知って、調べて、それから選べ。そうしなければ、覚悟は決まらない」
突き放したようにも取れる言葉に、クウェイルは顔を上げられなかった。
******
一行はその後、ちゃんと床のある部屋に案内され、一晩を過ごした。
それぞれがカイトに聞きたいことご山ほどあったが、気づいた時には彼は家から消えていた。
カイトが単独行動を取ることは、これまでにもよくある事だった。だが今日、自分たちの知らない交友関係を見せられた後だけに、自分たちが信用されていないような、虚無感が漂っていた。
一行が起き出して昨日最初に通された部屋へ向かうと、すでにカイトとメイが揃って食事の支度をしていた。
もちろん使用人はいるのだが、メイが自ら包丁を握って、果物の皮を剥いていることに驚かされる。
「おはよう」
昨日の名残は目元に窺えたが、思ったよりしっかりとした様子に安堵が広がる。
床に座って食事が始まると、
「昨日はみっともないところを見せて、ごめんなさい」
赤く腫れた瞼に、微笑みを見せる。その仕草や表情には、ドキッとするような色気があった。
メイの見た目は二十代半ばくらいに見え、(ずいぶんと年の離れた夫婦だな)などと見ていた一行は、もしかしてクウェイルとそう変わらない年齢なのでは……?と面と向かっては聞かないが、そう思った。
「ユエにも謝らなくちゃ。あなたの方がずっと大変なのに、自分のことばかりになってしまって……」
予期せぬ同胞との再会に、ようやくユエにも喜びが湧いた。これまでの恐怖や心細さを、矜恃によって取り繕っていたことを自覚し、その仮面が崩れる。
「……いえ、俺も……会えてうれしい、です」
それはまだ十代の幼さが残る、泣き笑いのような表情だった。
すでに仕事に向かったクウェイルを除いて、昨日と同じように座が組まれる。
メイがちらっと窺うと、カイトが「大丈夫だ」と言うように、頷きを返す。それを合図に『鍵』の伝説の語りが始まった。
******
私も直接『鍵』を見たことはないの。だって私が生まれる前から、海に沈んでいたのだから。
最後に人魚の手にあったのは、およそ百年前──ユエは知っているかしら?私たち東の一族が、陸を離れたきっかけを。
そう……そうかもしれないわね。あの時すでに、中央の一族も西の一族も、海に籠ってしまっていたから。詳しく伝わっていないのも当然かもしれないわ。
中央と西の一族が人間と交流を断った後も、東の一族だけはまだ共存の道を探っていたわ。
だけどある事件がきっかけで、完全に放棄することになった……。
『姫』が人間に殺されたの。
人魚に王を名乗った者はいないんだけど、東の族長の血筋はなぜか、昔から『王族』と呼ばれてきたの。その中でもその女性は、美しく、聡明で、そして強く、やさしかった。だから一族からは敬意を込めて『姫』と呼ばれたらしいわ。
『鍵』は代々、王族に受け継がれてきたものなの。だから『姫』に受け継がれた。彼女はいつも首飾りにしてかけていたらしいわ。
『姫』は自分が先頭に立って、人間との対話を模索した。何度も捕まりそうになったけど、決して諦めなかった。
そのうち人間の中にも、『姫』に賛同する者が現れて……当時はまだ人間に捕らえられた人魚がいたから、一緒に救出したり、そんなこともあったみたい。
……潮目が変わったのは、ある男に目を付けられてから。
海賊の船長だったその男は、『姫』を自分のものにしようと、執拗に追い回すようになった。ユエが『鍵』を取ってきたんでしょう?ならその船も見たかしら?
そう……それがその男の海賊船ね。船首の人魚の像、あれはその『姫』をかたどったと言われているわ。
男は残虐で狡猾。でも最悪なことに、財力と支配力があった。
他の人魚や『姫』の仲間を人質に取って、『姫』に迫った。
……それから先は、実ははっきり伝わっていないの。
『姫』が海賊船を沈めて、その時の怪我で命を落とした。
仲間を救うため、相打ちになった。
手に入れられないなら、と海賊が『姫』を殺し、自死した。──
色々言われているけど、事実は二つ。
『姫』は死に、海賊船は沈んだ。
でも『姫』の遺体は海に沈んだ訳じゃないわ。最期を看取った人間が、人魚の一族の元まで運んだらしいの。だから葬儀もしたしお墓もある。
でも『鍵』は『姫』の首にはなかった。
一族がそれに気づいたのは、ずいぶん後になってからだった。直後は悲しみに暮れ、人間への怒りに我を忘れていたから。
そんなことがあって東の一族も、人間とは縁を切ることになったんだけど……『鍵』は人間に奪われたのか、海に沈んだのか……何度か一族の者が、船が沈んだあたりを探しはしたらしいけど、結局行方知れずのまま来たわ。
******
──「だから『鍵』があの船と共に沈んでいることは、カイトに聞くまではっきりしなかったの」
長い話を終えて、メイは一息ついて喉を潤す。そしてカイトに話を振る。
「カイトは『調べた』なんて言っていたけど、本当に見つかるなんて、私も驚いたわ」
やっぱり眉唾ものだったんじゃないかと、ユエはカイトを横目で睨む。
他の一行は、よくあることだと受け入れは早い。伝説やお宝にまつわる話は玉石混交だということは、これまでの経験上分かっていた。どれを信じてどれを捨てるか、全ては結果が物語る。
「だから私が知っている『鍵』のことなんて、みんな又聞きなのよ。確かに私の血筋が受け継いできたものだけど、どうしろとかどう使うんだとか、聞いてないの。『海の果てへ至る鍵』なんて言われていたから、『海の楽園』と結びついたんだろうけど……どっちかと言えば、ただ受け継ぐだけで、使ってはならないって感じだったし……」
「……ちょっと待ってください」
ユエが引っかかったのは『鍵』のことではなく……
「今、『私の血筋が受け継いだ』って……と言うことは、あなたは……」
「ええ、東の一族族長、つまり王族の血縁よ」
ユエだけが驚愕に唸る。
「と言っても、直系じゃないのよ。『姫』のお父上の妹が、私の祖に当たるわ」
「そう……ですか……」
人魚誰しもにとって、『王族』とは特別な存在だった。だか本人はいたってこだわりはないのか、あっさりしたものだ。
「でもそうね……昨日は何も考えずに否定しか出てこなかったけど……『鍵』にそういう力があるかもしれないってことを否定出来るほど、私は『鍵』のことを知らないのね。聞いたことは確かにないけれど、だからと言って、あり得ないと決めつけられないわ」
メイは一晩経って、かなり冷静に考えられるようになっていた。
「……『姫』の死の原因になった海賊も、彼女を人間にしたいと思って、色々と方法を探っていた、と言われているわ。カイトに『鍵は船と共に沈んでいる』って聞いて、漠然と、海賊が『鍵』を奪ったんだと早とちりしていたわ。それでも人間になる方法は見つからなかったんだから、『鍵』にそんな力はないって思っていたけど……海賊が方法を知らなかっただけとか、『鍵』を使う条件があるだとか、そういうことも考えられるのね……そう思うと、『鍵』がきっかけになったということも、大いにあり得るわ」
「……『鍵』は海賊船にあった骸骨の首にかかっていたんです」
ユエは海での恐怖を思い出しながら、身を震わせる。
「そう……もしかしたら、その骸骨が船長だったのかも」
「そうだとすると、やっぱり『鍵』はその船長に奪われたって考えられるんじゃないですか?」
アイビスが口を挟む。
「そうね。どの時点で奪われたかは、もう知る術はないけれど……」
「海賊は『鍵』についてどの程度の知識があったと思われますか?」
「どうかしら?『鍵』は人魚の間でも、知っている者は限られるわ。『姫』に仇なす海賊に、そんなこと話したりしないと思うけど……無理やり口を割らされたり、盗み聞きしたり……考えられるわ」
「もしくは、何も知らなかったけれど、『姫』の所有物だから盗んだ、という可能性もありますね……」
アイビス自身も、明確な答えを求めて質問を繰り返している訳ではない。ただ様々な可能性を想定しておくことは、いざという時の素早い判断に繋がる。
「百年か……そんな昔のことを今あれこれ想像しても、拉致があかないな……」
困った時はやはりカイトに視線が集まる。
「……メイ、お前の故郷に、『鍵』についてお前より詳しい者はいるか?」
「いない、と断言してもいいと思う。私は直接、族長から話を聞いたけど、彼もこれ以上の知識はなかったわ。もし『鍵』のことは伝承と共に一子相伝のような形で伝わっていたとしたら、『姫』が次に託す前に亡くなられてしまったから、途切れたのかもしれないし……」
誰もが行く先を見失った焦燥感に駆られたが、ただ一人、まだカードを持っていた。
「……どの道、次の目的地は変わらない」
カイトの気負いのない声に、霧は薄れていく。
「ドワーフの隠れ里、フェザントの故郷に向かう」
「……うちの村?あそこに何が……?」
いきなり名前を出されたフェザントが狼狽するのを、不思議そうに眺めて、
「人魚の『鍵』のことがこれ以上分からないのなら、他の『鍵』を探せばいい」
「他の……『鍵』……?」
ポカンとする一行に、なぜ伝わらないんだ?という訝しげな表情で、事もなげに言い放った。
「ドワーフの『鍵』を探す」
恐慌状態の妻を抱き抱えて、クウェイルは目を閉じた。同じように「嘘だ」と感情的には叫びたいくらいだが、カイトがそんな意味のない嘘をつくことはないと、頭では理解していた。
二人が向き合って、そして受け入れてきた現実が、ひび割れていくようだった。
「何か……何か証拠はないのか……?人魚同士でしか分からないような……」
確かめなければ、とクウェイルがユエに懇願する。
「……俺はユエ。中央の一族コウ・コク・シの、シの族長の息子。あなたはもしかして、東の一族の……?」
二人を刺激しないように、おそるおそる言葉を選ぶ。しかし自分の発言にさらに顔色を失っていく様子に、何を言えばいいのかユエにも分からなくなって、カイトに助けを求める目を向ける。
「……人魚がオークションに出ると、ヘイレンから情報があってな。そこからユエを強奪した。『鍵』を取ってきてもらうまでは順調だったんだが……『鍵』を手に入れた途端に海が荒れ、『鍵』が光り出してユエの中に吸い込まれた。それからユエ自身が光り、気づくと……こうなっていた」
ユエを示して、簡単に説明を終わらせる。
「だから、『鍵』に何か秘密でもあるのか、メイに聞きに来たんだが……その様子だと心当たりは全くなさそうだな」
自分よりもよほど動揺している二人を目の当たりにすると、反対に落ち着いてくるから不思議なものだ。
カイトもここまで狼狽えるのは予想を上回っていたのか、黙って二人の反応を待つ。
「……確かに、昔の物語にはあったわ。人間と恋をして、人間になる人魚の物語……でも!そんなの全部ただの作り話!!だって、もし『鍵』にそんな力があるなら、百年前のあの時だって……」
静かに涙を流すメイを、クウェイルが促してその場を離れる。
残された一行には、役者が降りた舞台の前に座り続けるような、寂寞が残された。
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黙って待っていた一行の元に、クウェイルだけが戻り、
「すまん、メイは少し休ませる」
自分もドカッと床に座り込む。
「……いや、こっちこそ悪かった。お前たちがこれほど動揺するとは。配慮が足りなかったな」
カイトが謝り、そしてまた沈黙が落ちる。
「……どうして今さらこんな……」
クウェイルが絞り出すような声でカイトを責める。
「喜ぶかと、思ったが……」
「喜ぶ、か……」
渋い顔のクウェイルは、「五年……いや、四年早かったら、な……」
過去を振り返る。種の違いを、体の違いを嘆き、それでもお互いしかいないと、乗り越えてきた二人の苦悩を。
「……私たちはもう、諦めたんだ。縋るには、淡すぎる希望だった……もう子どもは無理だと……」
ハッと全員が顔を上げ、頭を抱えるクウェイルを見つめる。
「……私は別に家のことはよかった。私の代で血が絶えようとも……だがメイが気にするから、養子を探そうと……していたところに、これだ……」
ユエを見て、それからカイトに視線を移す。
「……お前にも原因は分かっていないんだろう?」
「ああ……それにはっきり言っておけば、ユエのこの状態が本当に『人間』と言えるのかも分からない」
「……どういう、意味だ?」
「確かに見た目は人間と変わらないが、機能までが同じとは限らない。もしかしたら足は飾りで歩けないかもしれないし、生殖機能も同様だ。子どもが出来るかどうかも、試してみないと分からないだろう」
カイトのその冷静な分析に、他の一行は驚く。そこまで考えていた者はいなかった。カイトがユエにつきっきりだったのは、状態を見極めるためだったのだ。
「……と言っても、今の時点での印象は、『かなり人間に近い』だがな」
天国と地獄を行ったり来たりする会話に、疲れたようにクウェイルは目頭を押さえた。
「……聞きたく、なかったな……」
「いや、お前たちは知っておくべきだ」
弱ったクウェイルにもカイトは容赦ない。
「現実に起きた以上、知って、調べて、それから選べ。そうしなければ、覚悟は決まらない」
突き放したようにも取れる言葉に、クウェイルは顔を上げられなかった。
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一行はその後、ちゃんと床のある部屋に案内され、一晩を過ごした。
それぞれがカイトに聞きたいことご山ほどあったが、気づいた時には彼は家から消えていた。
カイトが単独行動を取ることは、これまでにもよくある事だった。だが今日、自分たちの知らない交友関係を見せられた後だけに、自分たちが信用されていないような、虚無感が漂っていた。
一行が起き出して昨日最初に通された部屋へ向かうと、すでにカイトとメイが揃って食事の支度をしていた。
もちろん使用人はいるのだが、メイが自ら包丁を握って、果物の皮を剥いていることに驚かされる。
「おはよう」
昨日の名残は目元に窺えたが、思ったよりしっかりとした様子に安堵が広がる。
床に座って食事が始まると、
「昨日はみっともないところを見せて、ごめんなさい」
赤く腫れた瞼に、微笑みを見せる。その仕草や表情には、ドキッとするような色気があった。
メイの見た目は二十代半ばくらいに見え、(ずいぶんと年の離れた夫婦だな)などと見ていた一行は、もしかしてクウェイルとそう変わらない年齢なのでは……?と面と向かっては聞かないが、そう思った。
「ユエにも謝らなくちゃ。あなたの方がずっと大変なのに、自分のことばかりになってしまって……」
予期せぬ同胞との再会に、ようやくユエにも喜びが湧いた。これまでの恐怖や心細さを、矜恃によって取り繕っていたことを自覚し、その仮面が崩れる。
「……いえ、俺も……会えてうれしい、です」
それはまだ十代の幼さが残る、泣き笑いのような表情だった。
すでに仕事に向かったクウェイルを除いて、昨日と同じように座が組まれる。
メイがちらっと窺うと、カイトが「大丈夫だ」と言うように、頷きを返す。それを合図に『鍵』の伝説の語りが始まった。
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私も直接『鍵』を見たことはないの。だって私が生まれる前から、海に沈んでいたのだから。
最後に人魚の手にあったのは、およそ百年前──ユエは知っているかしら?私たち東の一族が、陸を離れたきっかけを。
そう……そうかもしれないわね。あの時すでに、中央の一族も西の一族も、海に籠ってしまっていたから。詳しく伝わっていないのも当然かもしれないわ。
中央と西の一族が人間と交流を断った後も、東の一族だけはまだ共存の道を探っていたわ。
だけどある事件がきっかけで、完全に放棄することになった……。
『姫』が人間に殺されたの。
人魚に王を名乗った者はいないんだけど、東の族長の血筋はなぜか、昔から『王族』と呼ばれてきたの。その中でもその女性は、美しく、聡明で、そして強く、やさしかった。だから一族からは敬意を込めて『姫』と呼ばれたらしいわ。
『鍵』は代々、王族に受け継がれてきたものなの。だから『姫』に受け継がれた。彼女はいつも首飾りにしてかけていたらしいわ。
『姫』は自分が先頭に立って、人間との対話を模索した。何度も捕まりそうになったけど、決して諦めなかった。
そのうち人間の中にも、『姫』に賛同する者が現れて……当時はまだ人間に捕らえられた人魚がいたから、一緒に救出したり、そんなこともあったみたい。
……潮目が変わったのは、ある男に目を付けられてから。
海賊の船長だったその男は、『姫』を自分のものにしようと、執拗に追い回すようになった。ユエが『鍵』を取ってきたんでしょう?ならその船も見たかしら?
そう……それがその男の海賊船ね。船首の人魚の像、あれはその『姫』をかたどったと言われているわ。
男は残虐で狡猾。でも最悪なことに、財力と支配力があった。
他の人魚や『姫』の仲間を人質に取って、『姫』に迫った。
……それから先は、実ははっきり伝わっていないの。
『姫』が海賊船を沈めて、その時の怪我で命を落とした。
仲間を救うため、相打ちになった。
手に入れられないなら、と海賊が『姫』を殺し、自死した。──
色々言われているけど、事実は二つ。
『姫』は死に、海賊船は沈んだ。
でも『姫』の遺体は海に沈んだ訳じゃないわ。最期を看取った人間が、人魚の一族の元まで運んだらしいの。だから葬儀もしたしお墓もある。
でも『鍵』は『姫』の首にはなかった。
一族がそれに気づいたのは、ずいぶん後になってからだった。直後は悲しみに暮れ、人間への怒りに我を忘れていたから。
そんなことがあって東の一族も、人間とは縁を切ることになったんだけど……『鍵』は人間に奪われたのか、海に沈んだのか……何度か一族の者が、船が沈んだあたりを探しはしたらしいけど、結局行方知れずのまま来たわ。
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──「だから『鍵』があの船と共に沈んでいることは、カイトに聞くまではっきりしなかったの」
長い話を終えて、メイは一息ついて喉を潤す。そしてカイトに話を振る。
「カイトは『調べた』なんて言っていたけど、本当に見つかるなんて、私も驚いたわ」
やっぱり眉唾ものだったんじゃないかと、ユエはカイトを横目で睨む。
他の一行は、よくあることだと受け入れは早い。伝説やお宝にまつわる話は玉石混交だということは、これまでの経験上分かっていた。どれを信じてどれを捨てるか、全ては結果が物語る。
「だから私が知っている『鍵』のことなんて、みんな又聞きなのよ。確かに私の血筋が受け継いできたものだけど、どうしろとかどう使うんだとか、聞いてないの。『海の果てへ至る鍵』なんて言われていたから、『海の楽園』と結びついたんだろうけど……どっちかと言えば、ただ受け継ぐだけで、使ってはならないって感じだったし……」
「……ちょっと待ってください」
ユエが引っかかったのは『鍵』のことではなく……
「今、『私の血筋が受け継いだ』って……と言うことは、あなたは……」
「ええ、東の一族族長、つまり王族の血縁よ」
ユエだけが驚愕に唸る。
「と言っても、直系じゃないのよ。『姫』のお父上の妹が、私の祖に当たるわ」
「そう……ですか……」
人魚誰しもにとって、『王族』とは特別な存在だった。だか本人はいたってこだわりはないのか、あっさりしたものだ。
「でもそうね……昨日は何も考えずに否定しか出てこなかったけど……『鍵』にそういう力があるかもしれないってことを否定出来るほど、私は『鍵』のことを知らないのね。聞いたことは確かにないけれど、だからと言って、あり得ないと決めつけられないわ」
メイは一晩経って、かなり冷静に考えられるようになっていた。
「……『姫』の死の原因になった海賊も、彼女を人間にしたいと思って、色々と方法を探っていた、と言われているわ。カイトに『鍵は船と共に沈んでいる』って聞いて、漠然と、海賊が『鍵』を奪ったんだと早とちりしていたわ。それでも人間になる方法は見つからなかったんだから、『鍵』にそんな力はないって思っていたけど……海賊が方法を知らなかっただけとか、『鍵』を使う条件があるだとか、そういうことも考えられるのね……そう思うと、『鍵』がきっかけになったということも、大いにあり得るわ」
「……『鍵』は海賊船にあった骸骨の首にかかっていたんです」
ユエは海での恐怖を思い出しながら、身を震わせる。
「そう……もしかしたら、その骸骨が船長だったのかも」
「そうだとすると、やっぱり『鍵』はその船長に奪われたって考えられるんじゃないですか?」
アイビスが口を挟む。
「そうね。どの時点で奪われたかは、もう知る術はないけれど……」
「海賊は『鍵』についてどの程度の知識があったと思われますか?」
「どうかしら?『鍵』は人魚の間でも、知っている者は限られるわ。『姫』に仇なす海賊に、そんなこと話したりしないと思うけど……無理やり口を割らされたり、盗み聞きしたり……考えられるわ」
「もしくは、何も知らなかったけれど、『姫』の所有物だから盗んだ、という可能性もありますね……」
アイビス自身も、明確な答えを求めて質問を繰り返している訳ではない。ただ様々な可能性を想定しておくことは、いざという時の素早い判断に繋がる。
「百年か……そんな昔のことを今あれこれ想像しても、拉致があかないな……」
困った時はやはりカイトに視線が集まる。
「……メイ、お前の故郷に、『鍵』についてお前より詳しい者はいるか?」
「いない、と断言してもいいと思う。私は直接、族長から話を聞いたけど、彼もこれ以上の知識はなかったわ。もし『鍵』のことは伝承と共に一子相伝のような形で伝わっていたとしたら、『姫』が次に託す前に亡くなられてしまったから、途切れたのかもしれないし……」
誰もが行く先を見失った焦燥感に駆られたが、ただ一人、まだカードを持っていた。
「……どの道、次の目的地は変わらない」
カイトの気負いのない声に、霧は薄れていく。
「ドワーフの隠れ里、フェザントの故郷に向かう」
「……うちの村?あそこに何が……?」
いきなり名前を出されたフェザントが狼狽するのを、不思議そうに眺めて、
「人魚の『鍵』のことがこれ以上分からないのなら、他の『鍵』を探せばいい」
「他の……『鍵』……?」
ポカンとする一行に、なぜ伝わらないんだ?という訝しげな表情で、事もなげに言い放った。
「ドワーフの『鍵』を探す」
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だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
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