三鍵の奏者

春澄蒼

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第二章 十字行路に風は吹く

番外編 教会の夜は更け……※

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※ギリー×ミカエルの完全番外編です。一応R18になります。飛ばしても本編に支障はありません。



******
「あっ、あっ、あぁ!!」
 上がった声に驚いて、ギリーが思わず掌で口を塞ぐ。その手を掴んだ華奢な腕は、全く力が入っていなくて、表面を撫でられた感触が、ソワッと皮膚を震わせる。

 それが苦しかったのか、ギリーの掌の中でふぅふぅ息を溜めるミカエルは、顔を真っ赤にして目を潤ませる。

 終焉に向けて、奥へ奥へ向かう腰が肌を打つ音が、がらんとした部屋に響く。
 ミカエルの自室は端にあって、子ども部屋とももう一人の司教の部屋とも離れている。
 控えめなミカエルらしい、この小さく日当たりの悪い部屋を、ギリーは好ましく思っていた。

「ンふっ、ふっ、ンン~!!」
 真っ赤な顔をかわいそうに思いながらも、口を塞ぐ手を退ける訳にはいかない。
 いくら部屋が離れていても、ミカエルが感じ過ぎた時に漏れる声は、教会中に響くほどなのだ。

「っ、っぅン!!」「……っ!」
 ミカエルの締め付けに息を呑んで、熱い内部に断続的に放ちながら、ギリーは自分とミカエルの三年を思い出していた。

 ギリーは自分がミカエルにここまで執着するとは、思ってもみなかった。
 それどころか、男同士の恋愛すら想定していなかったし、そもそも男女であっても、恋愛というものにあまり希望を抱いていなかった。


******
 ギリーは産まれた時から旅をしている。いや、産まれる前からだ。
 両親も元はリーリア団の団員だった。この団で出会い、結婚し、そしてギリーが産まれた。

 ギリーは産まれた時から舞台に立っていた。
 それは比喩などではなく、本当に乳飲み子の時に初舞台を踏み、お客に愛嬌を振りまいていたと、両親のみならずカールも証言しているのだから、真実だろうとギリーは思っている。
 それどこか母は「妊娠中も舞台に出続けていた」と豪語していたから、こちらも本当に『産まれる前から』だ。

 今では両親は引退して、気に入った田舎町で第二の人生をのんびり過ごしているが、ギリーは両親が抜けた後も団に残り、今ではかなりの古株になっている。

 ギリーにとっては、旅をすることは当たり前のことだった。
 団員は皆家族だったし、家と言えば寝泊まりする馬車か天幕を一番に思い浮かべる。
 両親が住む家にも、もちろん遊びに行ったことはあるが、やはり『遊びに』であって、『帰る』のはいつも団だった。

「一年、待っていて。必ずあなたに会いに戻って来るから」

 公演先で出会った女の子とは、必ずこの台詞で別れた。
 だがギリーはそれを本気で言ったことはなかった。

 サーカスは非日常の象徴だ。
 そしてギリーもまた、その登場人物に過ぎない。いつもとは違う刺激を、一時だけ共有する。

 長くても一週間、早ければ公演のその日に移動を始めるのだ。心を通わせるには短過ぎる。
 かと言って、ギリーは団を抜けることを考えたことはなかったし、女性たちもその土地での暮らしを捨てて付いてくることはなかった。

 団の女性陣は長い付き合いで、もはや家族としか思えない。
 だからギリーの恋愛は、長く続くようなものではなかった。


******
 初対面では、それほど印象的だった訳ではない。
 穏やかで、真面目そうで、清潔感はあるが派手さはない。
 それくらいの目新しくないものだった。

 だが子どもと教会に対して一生懸命で、ギリーの何でもない話に目を白黒させて、声を抑えて控えめに笑うミカエル。ギリーは漠然と「いいな」と思ったのだ。

 最初の別れは、あっさりとしたものだった。
 旅を再開してすぐは、「ミカエルに見せたい」「また笑ってくれるかな」と次に会うことが楽しみなだけだった。
 だがあの笑顔を思い出す度に、何かが積もっていった。

 一年旅をして、ミカエルの教会に近づくにつれて、気が早るようになり、思い出すと苦しくなった。
 早く会いたいような、だがそれが少し怖い。

「ああ、好きだ」

 その時初めて、自分の感情を掴んだ。


******
 再会はどこか気まずかった。
 ギリーが意識し過ぎて、ミカエルの目を直接見られなかったからだ。

 だがすぐにギリーは時間がないことに気づいた。グズグズしていては、また一年悶々とすることになる。

「好きだ」

 二人きりになった瞬間に、何の前触れもなくそんな言葉が出てきた。
 ミカエルはぽかんとした後──かぁぁぁ……!茹で上がったように顔を真っ赤にした。

 口付けの経験もなかったミカエルに、ギリーは最初からずいぶんと無茶をしたと、後々反省することになる。

 それほど初めての情交は激しかった。

 とにかく少しの時間も惜しいほどに交わった。昼間から教会の裏手で、夜はミカエルの自室で──。

 二回目の別れは、胸が締め付けられるほどの切なさを伴った。
「待っていてくれ」
 その台詞を、初めて心から伝えた。縋るように、願うように──。

 一年が今までにないくらい長く感じ、初めて思ったのだ。ミカエルの元へ『帰りたい』と。


******
 そして三度目の今年──。
「……もう、忘れました」

 目も合わせてくれないミカエルを何とか捕まえて、「どうして?」「会いたかった」とみっともなく縋ると、返ってきたのはその言葉。

 声は震え、顔を合わせることもなく、青ざめた唇──ギリーにはそれが、自分に対する怖れなのか、他に理由があるのか分からなかった。

 ──そしてあの、カイトとユエに目撃された場面に繋がる。


******
 はぁ、はぁ、はぁ……息を整えながら見つめると、はにかんだ笑顔が返る。
(あぁーーっ!!……かわいい……!!なんてかわいいんだっ!!)

「ミカ、ミカ……かわいい……!!」
 心の叫びをそのまま口に出し、ギリーは顔中に口付けを降らせる。

「ん、そんな……、私など……」
「嫌かい?『かわいい』と言われるのは……」

 気持ちを確かめ合ったとは言え、一度ミカエルに拒絶されたギリーは、前より少しだけ遠慮気味になっている。

 そんなギリーの眉が下がったことに、ミカエルもハッとして、カイトの助言に従い、自分の気持ちを素直に吐露する。

「……私は、不安、ばかりなのです……あなたの周りには美しい人がたくさんいて……」

 ミカエルの脳内にはユエやサラやリアーナたちの姿が次々と浮かぶ。

「ユエさんのように美しければ、私も自信を持てるのでしょうか……?」
「何言ってんだ?!俺にとってはミカが一等かわいいんだ!!」

 ギリーは力を込めて、キッパリと言い切った。

「ほんとう、ですか……?」
「ああ、もちろんだ!確かに俺は綺麗な人をたくさん見てきた。だけどミカが一番綺麗でかわいい!それにそれだけじゃない!子ども好きのところも、俺の話に笑ってくれるところも、それから……こういう時のかわいい声も、みんなみんな好きだよ!!」

 かぁぁぁ……!また顔の朱が濃くなり、伏た目尻に艶が滲む。

「……おかしく、ない、ですか……?」
「えっ?!」
「その……こういう行為は、その……あなたとが初めてで……」

(なっ……!!なんって……かわいいんだっ?!)
 フルフルと身体を震わせるギリーに、一瞬不安になったミカエルだが、カバッ!抱き締められ、

「大丈夫だ!ミカはどこもおかしくない!それどころか……!!すごくかわいいし、とっても色っぽいよ……!!」

 熱っぽい身体に、先ほどまでの情熱的な交わりを思い出し、ミカエルは己の内が蠢くのを感じた。

「他に不安はあるかい?何でも言ってくれ!!」
 ギリーはミカエルの全ての不安を晴らそうと、意気込んでいる。

 それに励まされ、ポツン、と溢したのは、
「……やはり、遠く離れることは、不安です」
 二人にとって一番の大問題が横たわっていた。

「……ごめんな、『ここに残る』って俺がハッキリ言えればいいのに……」
「そんなっ!あなただけのせいではありません!……私こそ……」

 ギリーはミカエルの意に反して「付いて来てくれ」と言う気はない。そしてミカエルも「残って欲しい」とは、とても口に出せなかった。

 楽しそうに舞台で演じるギリーのことを、ミカエルは好きになったのだ。──もちろんそれ以外、子どもと遊ぶ無邪気な様子や、派手な見た目に反して気さくで人懐こく、そして情熱的なところも、全てを愛おしいと思っているが──。

 互いに気を遣って、進む方向が分からなくなっていた。

「……ミカだけに、話すよ」
 ギリーは(これを言うのは、ズルイかもな……)と思いながら、だが自分のこの複雑な想いは説明しなければ分かってもらえないと、決意を決める。

「リーリア団は元々、団長の奥さんの両親が始めたんだ。そしてお二人が後を継いだ。でも……団長夫婦にはお子さんがいない。お二人は『団員みんなが私たちの子どもだ』って気にしてないんだけどな……俺が、後を継ぎたいと思ってる」

 ハッと息を呑んだミカエルに、ギリーは真摯な目を向ける。

「……俺が、団を守りたいと思ってたんだ」

 これはまだカールともハッキリと約束を交わした訳ではなかった。
 だが二人の間では暗黙の了解となっている。カールはギリーに演出や団の運営を少しずつ任せ初めていた。

「……俺は……もちろん血の繋がった両親はいるけど、団長のことも、親だと思ってる。だから……俺は団とミカ、お前を比べられないし、どちらかを選べないんだ……」
 ズルくてごめんな、と最後に溢す。

「……私は……」

 ミカエルは教会で育った。
 一人で彼を産んだ母は、教会にミカエルを産み捨てて、どこへ流れたのかも知れない。
 育ててくれた司教たちも、母のことをよく知らなかったし、ミカエルもそれほど知りたいと思ったことはない。

 教会で育てられ、自然と司教を目指した。自分を育てたくれた教会に恩返しをしたかったし、その理念にも賛同できたから、特に何の疑念も抱かなかった。

 司教になるには、大司教の元で修行をし心身を鍛えるとともに、教会を運営する具体的な指導も受ける。
 それを一通り終えると各地の教会へ派遣され、実際に働きながら先輩司教の教えを受けるのだ。
 今、ミカエルはその段階で、このまま何も問題がなければ、先輩司教が引退した時に、ここの責任者を引き継ぐことになっていた。

 そう、何もなければ──。

「……私は、教会に仕えることが当然で、それ以外の選択肢を全く考えたことがなかったのです」

 そう、ミカエルは教会しか知らない。これまで自分が『したい』ことではなく『すべきこと』を選択してきたことに、ギリーに出会って初めて気がついた。

 だがミカエルにとっては、ギリーと一緒に『いたい』という気持ちを、教会に貢献『すべき』という思いより優先することは、とても自分勝手で、これまで自分を育ててくれた全てに対する裏切りだと思えてしまうのだ。

「……あなたが謝るのなら、私も謝らなけれなりません……」
「ミカ、いいんだよ。俺はミカのそういう責任感が強いところも好きなんだから」
「それなら!私もあなたの、家族想いのところも……とても素敵だと思います……!」

「ミカ……!」感極まったギリーの深い口付けに、「んっ!」まだ入ったままの楔が、ミカエルの感じるところを抉る。

 見つめ合って通じ合った二人は、再び悦楽の海へ飛び込んだ。


******
「んン~……っ!!」
 対面座位でミカエルの口を己の口で塞ぎ、何度目か分からない白濁を注ぐ。

「あっん!だめです……!」
 勢いをなくしたミカエルの前を、絞り出すように擦るギリーを叱りながらも、ミカエルの腰はまだ揺らめいている。

(『だめです』……!堪らん……!最中のミカの敬語もかわいい!!)
 恋人の痴態を堪能して、ギリーは長い間居座っていた中から、己のモノを泣く泣く退かせた。

 後ろから溢れる白濁に後ろ髪を引かれながら、最後の夜は明けていく。


******
 結局、何の結論も出なかった二人だったが、
「必ずミカの元へ帰るよ」
 ギリーのその誓いを信じ、
「待っています」
 ミカエルも今度はそう返すことができた。

******
 ──二人はまだ知らない。
 カールも先輩司教も、二人の関係に気づいていることを。
 そしてそれぞれが相談に乗ってもらい、次の年、ミカエルがギリーと共に旅立つ決意をするその未来を。

 ──二人は知ることがない。
 決意のちょうどその時、教会本部からミカエルの後任の司教が派遣され、それが二人を後押しすることになる。
 それはある人物が手回しをして、教会本部にその用意を頼んでいたからだということを──。
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