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第二章 十字行路に風は吹く
21 舞台
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旅を続ける一団は、公演の予定に合わせて順調に北上していく。
そしてカイトたち四人が出演する予定の公演が迫っていた。
その舞台には『花の精に恋するウサギ』という題名が付けられている。
公演当日は、すでに秋も深まり、葉が色を変えて舞台を彩る。
実りの秋。
収穫祭の用意が進む広場に天幕を張り、舞台を組み立てる。その様子を通りかかる人々が立ち止まって眺め、どんどんと祭りの機運は高まっていった。
そして陽が傾きかけた夕刻──
「さあ!お集まりの皆様、お待たせいたしました!!アンナ・リーリアサーカス団がお届けするのは、花の精に恋をした不恰好なウサギのお話!」
カールの前説に、高まった期待がさらに膨れ上がる。
パチパチ……!
わぁーーー!
ピュゥ~~!!
拍手と歓声と口笛が混じる中、幕は上がった。
******
「……どうしてボクだけ、こんなに不恰好なんだろう……?」
すらっとした仲間のウサギに囲まれて、肩を落とす一匹。一回り大きな体でピョンピョンとぎこちない動きが、観客の笑いを誘う。
このウサギ役を務めるのは、ドワーフの亜種の男性。彼はひょうきんな演技が得意な役者だ。
一人だけ仲間ハズレのウサギは、笑われて虐められて、いつも孤独だった。
そんな彼が、美しい花の精と出会う。
「なんて美しいんだ……!だけど……こんなに醜いボクなんか、相手にされる訳ないや……」
サラが演じる花の精は、いつも大勢に囲まれていて、彼は近づくこともできない。
遠くから見つめるだけの日々。
そんなある日、花の精がチンピライタチに絡まれる事件が起こる。
そこへ颯爽と現れるのはギリー演じるキツネの王子。
「彼女から離れろ!!」
鉤爪のような武器でイタチを追い払う。
アイビスとカイトを含むチンピラたちを倒し、花の精の美しさに魅力されたキツネは、その場で求婚する。
ミカエルとのことで見せていた情けない姿はない。ギリーは本来の性格とは違って、こういう騎士や王子がハマり役だった。
打ちひしがれるウサギ。
そして花の精とキツネの結婚式の日。
森中の動物や妖精たちが集まって、豪華な式が執り行われている。
しかしそこに突如異変が起きる。
ドドドド……!!
地響きとともに現れたのは、土の精の軍勢。彼らはあの不恰好なウサギとそっくりの姿をしていた。そう、彼はウサギではなく土の精だったのだ。
花の精をキツネから奪おうと、式を襲う軍勢。
その中にはフェザントも混じっている。
ギリーに扱かれたおかげで、フェザントの演技も周りから浮いてはいない。アイビスも無難にこなした。
意外な才能を発揮したのは、カイトだ。
けが人の代役として、チンピライタチ役から式の出席者、そして今は土の精と、三役こなしながらそれぞれ違う動きを見せた。
仮面を付けたり奇抜な化粧をしたりして顔が分からないということもあるが、三役を同一人物が演じているとは、観客の誰も気づかない。
(そう言えば、あのオークションの時……カイトは印象が違った。演技、上手なのか……?)
忙しない舞台の裏から、ユエはずいぶんと昔のことのように思い出した。
そんなユエたちも裏方として東奔西走している。
衣装替えの手伝い、小道具の管理、舞台の演出の手伝い。
太鼓を叩いて足音を模し、大きな団扇で風を起こし、集めた花を降らせる。
カールは人使いが荒かった。
******
舞台上ではとうとう最高潮を迎えようとしている。
自分が土の精だと知ったウサギは、本当の仲間たちに出会い、葛藤していた。
「俺たちと一緒に、彼女を取り戻そう!キツネなんかに奪われてなるものか!!」
そう誘われて揺れる心。
だが──
「彼女はキツネのことが好きなんだ!ボクは彼女の心を守る!!」
キツネに寄り添う花の精を見て、自分の気持ちではなく、彼女の幸せを選んだのだ。
一人で土の精と戦い、見事追い払うことはできたが、力尽き倒れたウサギ。
「……ありがとう、優しいウサギさん」
初めて顔を合わせた花の精にお礼をもらって、ウサギは笑顔で命を散らす。
ウサギの亡骸の後には、それは綺麗な花畑が広がったのだった──。
******
わぁ~~~!!!
歓声と拍手が弾けた。
余韻に浸るような柔らかい拍手の後、もう一度割れんばかりに大きくなる。
役者たちが舞台上に並んで、揃ってお辞儀をし──幕は閉じた。
******
片付けを終えた一団は、夜になって町へ繰り出す者と、宴会場に変わった広場に残る者に分かれた。
祭は夜通し行われる。いつも整然と店が並ぶ大通りも、この日ばかりは出店や大道芸人らが溢れかえり、ゴチャゴチャと乱雑な様相だ。
店に入り切らない客が道に座り込んでいても、今日だけは許される。
他の劇団や雑技団の舞台を遠目に、リーリア団は静かに酒を楽しんでいた。
カールはその道では顔が知れているのか、時折挨拶に訪れる同業者たちの相手で忙しそうで、ギリーもそれに付き合わされている。
いの一番に駆け出したヘロンを追って、フェザントとラークが喧騒に消え、クレインとジェイは団の馬車に早々に逃げ込んだので、広場にはカイト、ユエ、アイビスが残っていた。
「カイト、演技上手だった」
「……そうか?」
「うん、別人みたいだった」
「そうか」
三人は固まっているものの、アイビスの声はしない。ユエが質問して、カイトが答える。その繰り返しだ。
団員の中ではギリーの他に、サラとリアーナを含めた十名ほどが留まっている。
美男美女が多いからか、そこだけ華やかな空気で、周りからもチラチラと注目されているが、本人たちは慣れていていつも通りの振る舞いだ。
そんな酒宴に、いきなり四人の男が絡んできた。
「さっきの花の精じゃねぇか?」
「本当だ、見てたぜ」
「へ~!近くで見るとますますべっぴんじゃねぇか!!」
舞台を見ていた観客が、感想を伝えたいだけだと思って、サラも最初は「ありがとう」と対応していたのだが──。
「おい!こっちで俺たちと呑もうぜ!」
「酌でもしてくれ」
「そりゃいい!ほら、来いよ!!」
無理やり腕を掴んで引っ張られる。
さすがに身の危険を感じて拒否を示すと、男たちの態度が一変する。
「お高くとまってんじゃねーよ!」
「なんだー?俺たちとは呑めねえってのかっ?!」
ずいぶんと酒も入っているのか、よく見れば顔も赤く足元も覚束ない。
サラの顔が引きつっていく様子を見て、周りの団員が立ち上がる前に、
「……離してくれ」
座ったまま、静かな声をかけたのは、カイトだ。
「あん?!なんだてめぇ?!」
「……彼女は芸者じゃない。女性に酌を頼むなら、そういう店に行ってくれ」
「ああ?!」
「なんだと?!」
サラから手を離して、カイトに詰め寄る酔っ払いは、その隣のユエに気づき、好色な笑みを露骨にした。
今度は悪意を明確にして、嬲るように言葉を並べる。
「うぉお!こっちにもいるじゃねぇか、美人が!!」
「本当だぜ!」
「あっちがダメなら、お前の女を貸せよ!!」
手を伸ばした一人だが、ユエにその手が届くことはなかった。
「触るな」
ギラッと、銀色が月明かりに光る。
ユエを己の背に庇って立ちはだかり、男の喉元に短剣を突きつけたカイトからは、冷たい空気が流れてくる。
ピリッ……!!
酔っ払いたちは気圧されて、息さえ止めた。酒で赤らんでいた顔が見る見るうちに青ざめていく。
「カイト……!」
酔っ払いだけではなく、団員たちやその周囲で呑んでいた人々までが凍りついたことに気づき、ユエが目の前の背中に手を置く。
「ふっ……」
カイトが息を吐き、やっと時間が動き出す。
「……酔いは、醒めたか?」
「カイト!!」
騒動に気づいたカールとギリーが困惑顔で駆け寄ると、カイトは酔っ払いに向けていた短剣を手の中で玩び、ひょい、とギリーに投げ渡した。
「えっ?!っとと……っ!!」
受け取ったギリーはカイトの意図に気づき、ニヤッとしてから舞台上の顔になる。
そして唐突に、己の首に刃を立て──掻き切った。
「きゃあ……!!」
「うそだろ?!」
一瞬、絶叫に包まれたが、「……あれ?」「え?」ギリーは血の一滴も流していない。
観客を見回して手を広げる。
「皆様、ご安心を!コレは刃の潰れた模造剣です!我らアンナ・リーリア団はお客様に刃を向けたりはいたしません!……サラ!!」
得心したサラも役者の顔を作り、ギリーから投げられた短剣を華麗に受け取り、ギリーに斬りかかる。
即興で剣舞が始まった。
さっきまでの緊張感すら、この時間のための演出に変わっていた。
わあ!!!!
サラが舞いながら繰り出す剣を、ギリーが避けるたびに歓声が上がる。
他の団員たちも次々加わって輪が広がっていく。呆気にとられていた酔っ払いたちも、ギリーに巻き込まれ、いつの間にかその場の誰もが笑っていた。
「我々、アンナ・リーリアサーカス団、残念ながら今年の公演はもう終わってしまいましたが、来年!またお会いする時まで、名前を覚えておいてください!!」
会場全てを巻き込んで、最後には最高の団の宣伝に変えてしまったのだ。
******
「いやいや、一時はどうなるかと思ったが──」
始めた張本人のくせに、知らん顔で酒に戻っていたカイトの隣に、カールはどかっと腰を下ろす。
すでに手を離れて勝手に盛り上がっていくお祭騒ぎを尻目に、団員たちが一人、また一人と戻って、身内だけの酒宴が再開される。
そこへまた招かれざる客が一人。
「いやいや、見事なものだった!」
パチパチと手を叩きながら、男が親しげにカールに話しかける。
祭の舞台を管理している、ここの役人だ。団員たちも最初に挨拶をしているから顔を知っていた。
「その男が剣を出した時は止めに入ろうかと思ったが……さすが評判高い劇団だ!咄嗟の機転に優れているな!」
見え透いたおべっかに、カールは団員にだけ分かるくらいに眉をひそめる。
「ありがとうございます」
謙遜に見える笑みを作って、カールは男に返す。
「リーリア団の公演は、役人や要人の中にも毎年楽しみにしている者は多くてね。今年も素晴らしかったよ!特に……君と、君!」
指の先にはギリーとサラ。
指名された二人は、その展開を読んでいたように表情一つ動かさない。
「どうかね?是非とも君たちが欲しいとおっしゃる方々がいるんだが……」
「おやおや?私の目の前で引き抜きとは、なんとも大胆ですな!あっはっは!!」
役人に相対したのは、二人ではなく、カールだ。
大きなお腹を揺らしながら、冗談にしてしまって笑い飛ばす。
「もちろん、彼らの素晴らしさは誰より私が承知しておりますよ!しかし!しかしですね、我らのような貧乏劇団から役者を取られては、とてもとてもこの先立ち行かなくなってしまいます……!!これからカルメリアでの公演も控えておりますし、ジスタにクラウディ、ラゥスト……我らの公演を楽しみに待っているお客様が大勢いらっしゃるのです!!」
畳み掛けるような熱弁に、口を挟めない役人はムッと眉間にしわを寄せた。しかし最後に並べられた地名に、開きかけた口を閉じる。
どこも名の知れた大きな町だ。そこで『あそこの役人に団員を無理やり引き抜かれた』などと噂を流されるのは、あまり歓迎すべきことではない。
損得勘定を始めた役人に、カールは『分かりますね?』という笑みで、
「さあ、お役人さん!団への賞賛は私が聞きましょう!さあさあ!あちらにいい酒がありますよ、一緒にどうですかな?」
ギリーとサラから引き離すように、役人を追い立てるカールは、最後に目配せをしてその場を離れて行った。
「……ふんっ!役者としての引き抜きじゃなくて、『愛人に欲しい』だろ?!俺たちに後ろ盾がないからって軽く見やがって……!」
小さな声で悪態を吐くギリーに、カイトが酒の杯を渡して宥める。
「こういうことはよくあるのか?」
「まあな。俺たちは団長がキッパリ断ってくれるから安心だけど、中には団長自らが役者をそういう接待に使うところもあるんだぜ?!」
信じられねえだろ?!と吐き出すギリーに他の団員たちも、「そうそう!」と同調する。
そんな中でサラだけは、遠くに見えるカールの背中から目を離さない。
「サ~ラ!!大丈夫よ、そんなに心配しなくても!団長なら上手くやってくれるわ!」
気づいた一人にポンッと肩を叩かれ、息をすることを思い出したように、大きく息を吐いて力を抜いた。
「そう、よね……」
「団長に任せておけばいいよ」
「そうよ!団長はこんなこと屁とも思ってないわよ~!!」
「ははっ!団長ならこの機会を反対に利用しそうだな!?」
「確かに!あんなのほほんとした顔でなかなかやり手なんだから!」
「違いねえ!!」
アハハハハハッ~~!!
そんな仲間たちに、やっとサラも控えめに笑顔を見せた。
明るい笑い声のその中で、サラを見つめる暗い瞳──それに気がついたのはカイトだけだった。
そしてカイトたち四人が出演する予定の公演が迫っていた。
その舞台には『花の精に恋するウサギ』という題名が付けられている。
公演当日は、すでに秋も深まり、葉が色を変えて舞台を彩る。
実りの秋。
収穫祭の用意が進む広場に天幕を張り、舞台を組み立てる。その様子を通りかかる人々が立ち止まって眺め、どんどんと祭りの機運は高まっていった。
そして陽が傾きかけた夕刻──
「さあ!お集まりの皆様、お待たせいたしました!!アンナ・リーリアサーカス団がお届けするのは、花の精に恋をした不恰好なウサギのお話!」
カールの前説に、高まった期待がさらに膨れ上がる。
パチパチ……!
わぁーーー!
ピュゥ~~!!
拍手と歓声と口笛が混じる中、幕は上がった。
******
「……どうしてボクだけ、こんなに不恰好なんだろう……?」
すらっとした仲間のウサギに囲まれて、肩を落とす一匹。一回り大きな体でピョンピョンとぎこちない動きが、観客の笑いを誘う。
このウサギ役を務めるのは、ドワーフの亜種の男性。彼はひょうきんな演技が得意な役者だ。
一人だけ仲間ハズレのウサギは、笑われて虐められて、いつも孤独だった。
そんな彼が、美しい花の精と出会う。
「なんて美しいんだ……!だけど……こんなに醜いボクなんか、相手にされる訳ないや……」
サラが演じる花の精は、いつも大勢に囲まれていて、彼は近づくこともできない。
遠くから見つめるだけの日々。
そんなある日、花の精がチンピライタチに絡まれる事件が起こる。
そこへ颯爽と現れるのはギリー演じるキツネの王子。
「彼女から離れろ!!」
鉤爪のような武器でイタチを追い払う。
アイビスとカイトを含むチンピラたちを倒し、花の精の美しさに魅力されたキツネは、その場で求婚する。
ミカエルとのことで見せていた情けない姿はない。ギリーは本来の性格とは違って、こういう騎士や王子がハマり役だった。
打ちひしがれるウサギ。
そして花の精とキツネの結婚式の日。
森中の動物や妖精たちが集まって、豪華な式が執り行われている。
しかしそこに突如異変が起きる。
ドドドド……!!
地響きとともに現れたのは、土の精の軍勢。彼らはあの不恰好なウサギとそっくりの姿をしていた。そう、彼はウサギではなく土の精だったのだ。
花の精をキツネから奪おうと、式を襲う軍勢。
その中にはフェザントも混じっている。
ギリーに扱かれたおかげで、フェザントの演技も周りから浮いてはいない。アイビスも無難にこなした。
意外な才能を発揮したのは、カイトだ。
けが人の代役として、チンピライタチ役から式の出席者、そして今は土の精と、三役こなしながらそれぞれ違う動きを見せた。
仮面を付けたり奇抜な化粧をしたりして顔が分からないということもあるが、三役を同一人物が演じているとは、観客の誰も気づかない。
(そう言えば、あのオークションの時……カイトは印象が違った。演技、上手なのか……?)
忙しない舞台の裏から、ユエはずいぶんと昔のことのように思い出した。
そんなユエたちも裏方として東奔西走している。
衣装替えの手伝い、小道具の管理、舞台の演出の手伝い。
太鼓を叩いて足音を模し、大きな団扇で風を起こし、集めた花を降らせる。
カールは人使いが荒かった。
******
舞台上ではとうとう最高潮を迎えようとしている。
自分が土の精だと知ったウサギは、本当の仲間たちに出会い、葛藤していた。
「俺たちと一緒に、彼女を取り戻そう!キツネなんかに奪われてなるものか!!」
そう誘われて揺れる心。
だが──
「彼女はキツネのことが好きなんだ!ボクは彼女の心を守る!!」
キツネに寄り添う花の精を見て、自分の気持ちではなく、彼女の幸せを選んだのだ。
一人で土の精と戦い、見事追い払うことはできたが、力尽き倒れたウサギ。
「……ありがとう、優しいウサギさん」
初めて顔を合わせた花の精にお礼をもらって、ウサギは笑顔で命を散らす。
ウサギの亡骸の後には、それは綺麗な花畑が広がったのだった──。
******
わぁ~~~!!!
歓声と拍手が弾けた。
余韻に浸るような柔らかい拍手の後、もう一度割れんばかりに大きくなる。
役者たちが舞台上に並んで、揃ってお辞儀をし──幕は閉じた。
******
片付けを終えた一団は、夜になって町へ繰り出す者と、宴会場に変わった広場に残る者に分かれた。
祭は夜通し行われる。いつも整然と店が並ぶ大通りも、この日ばかりは出店や大道芸人らが溢れかえり、ゴチャゴチャと乱雑な様相だ。
店に入り切らない客が道に座り込んでいても、今日だけは許される。
他の劇団や雑技団の舞台を遠目に、リーリア団は静かに酒を楽しんでいた。
カールはその道では顔が知れているのか、時折挨拶に訪れる同業者たちの相手で忙しそうで、ギリーもそれに付き合わされている。
いの一番に駆け出したヘロンを追って、フェザントとラークが喧騒に消え、クレインとジェイは団の馬車に早々に逃げ込んだので、広場にはカイト、ユエ、アイビスが残っていた。
「カイト、演技上手だった」
「……そうか?」
「うん、別人みたいだった」
「そうか」
三人は固まっているものの、アイビスの声はしない。ユエが質問して、カイトが答える。その繰り返しだ。
団員の中ではギリーの他に、サラとリアーナを含めた十名ほどが留まっている。
美男美女が多いからか、そこだけ華やかな空気で、周りからもチラチラと注目されているが、本人たちは慣れていていつも通りの振る舞いだ。
そんな酒宴に、いきなり四人の男が絡んできた。
「さっきの花の精じゃねぇか?」
「本当だ、見てたぜ」
「へ~!近くで見るとますますべっぴんじゃねぇか!!」
舞台を見ていた観客が、感想を伝えたいだけだと思って、サラも最初は「ありがとう」と対応していたのだが──。
「おい!こっちで俺たちと呑もうぜ!」
「酌でもしてくれ」
「そりゃいい!ほら、来いよ!!」
無理やり腕を掴んで引っ張られる。
さすがに身の危険を感じて拒否を示すと、男たちの態度が一変する。
「お高くとまってんじゃねーよ!」
「なんだー?俺たちとは呑めねえってのかっ?!」
ずいぶんと酒も入っているのか、よく見れば顔も赤く足元も覚束ない。
サラの顔が引きつっていく様子を見て、周りの団員が立ち上がる前に、
「……離してくれ」
座ったまま、静かな声をかけたのは、カイトだ。
「あん?!なんだてめぇ?!」
「……彼女は芸者じゃない。女性に酌を頼むなら、そういう店に行ってくれ」
「ああ?!」
「なんだと?!」
サラから手を離して、カイトに詰め寄る酔っ払いは、その隣のユエに気づき、好色な笑みを露骨にした。
今度は悪意を明確にして、嬲るように言葉を並べる。
「うぉお!こっちにもいるじゃねぇか、美人が!!」
「本当だぜ!」
「あっちがダメなら、お前の女を貸せよ!!」
手を伸ばした一人だが、ユエにその手が届くことはなかった。
「触るな」
ギラッと、銀色が月明かりに光る。
ユエを己の背に庇って立ちはだかり、男の喉元に短剣を突きつけたカイトからは、冷たい空気が流れてくる。
ピリッ……!!
酔っ払いたちは気圧されて、息さえ止めた。酒で赤らんでいた顔が見る見るうちに青ざめていく。
「カイト……!」
酔っ払いだけではなく、団員たちやその周囲で呑んでいた人々までが凍りついたことに気づき、ユエが目の前の背中に手を置く。
「ふっ……」
カイトが息を吐き、やっと時間が動き出す。
「……酔いは、醒めたか?」
「カイト!!」
騒動に気づいたカールとギリーが困惑顔で駆け寄ると、カイトは酔っ払いに向けていた短剣を手の中で玩び、ひょい、とギリーに投げ渡した。
「えっ?!っとと……っ!!」
受け取ったギリーはカイトの意図に気づき、ニヤッとしてから舞台上の顔になる。
そして唐突に、己の首に刃を立て──掻き切った。
「きゃあ……!!」
「うそだろ?!」
一瞬、絶叫に包まれたが、「……あれ?」「え?」ギリーは血の一滴も流していない。
観客を見回して手を広げる。
「皆様、ご安心を!コレは刃の潰れた模造剣です!我らアンナ・リーリア団はお客様に刃を向けたりはいたしません!……サラ!!」
得心したサラも役者の顔を作り、ギリーから投げられた短剣を華麗に受け取り、ギリーに斬りかかる。
即興で剣舞が始まった。
さっきまでの緊張感すら、この時間のための演出に変わっていた。
わあ!!!!
サラが舞いながら繰り出す剣を、ギリーが避けるたびに歓声が上がる。
他の団員たちも次々加わって輪が広がっていく。呆気にとられていた酔っ払いたちも、ギリーに巻き込まれ、いつの間にかその場の誰もが笑っていた。
「我々、アンナ・リーリアサーカス団、残念ながら今年の公演はもう終わってしまいましたが、来年!またお会いする時まで、名前を覚えておいてください!!」
会場全てを巻き込んで、最後には最高の団の宣伝に変えてしまったのだ。
******
「いやいや、一時はどうなるかと思ったが──」
始めた張本人のくせに、知らん顔で酒に戻っていたカイトの隣に、カールはどかっと腰を下ろす。
すでに手を離れて勝手に盛り上がっていくお祭騒ぎを尻目に、団員たちが一人、また一人と戻って、身内だけの酒宴が再開される。
そこへまた招かれざる客が一人。
「いやいや、見事なものだった!」
パチパチと手を叩きながら、男が親しげにカールに話しかける。
祭の舞台を管理している、ここの役人だ。団員たちも最初に挨拶をしているから顔を知っていた。
「その男が剣を出した時は止めに入ろうかと思ったが……さすが評判高い劇団だ!咄嗟の機転に優れているな!」
見え透いたおべっかに、カールは団員にだけ分かるくらいに眉をひそめる。
「ありがとうございます」
謙遜に見える笑みを作って、カールは男に返す。
「リーリア団の公演は、役人や要人の中にも毎年楽しみにしている者は多くてね。今年も素晴らしかったよ!特に……君と、君!」
指の先にはギリーとサラ。
指名された二人は、その展開を読んでいたように表情一つ動かさない。
「どうかね?是非とも君たちが欲しいとおっしゃる方々がいるんだが……」
「おやおや?私の目の前で引き抜きとは、なんとも大胆ですな!あっはっは!!」
役人に相対したのは、二人ではなく、カールだ。
大きなお腹を揺らしながら、冗談にしてしまって笑い飛ばす。
「もちろん、彼らの素晴らしさは誰より私が承知しておりますよ!しかし!しかしですね、我らのような貧乏劇団から役者を取られては、とてもとてもこの先立ち行かなくなってしまいます……!!これからカルメリアでの公演も控えておりますし、ジスタにクラウディ、ラゥスト……我らの公演を楽しみに待っているお客様が大勢いらっしゃるのです!!」
畳み掛けるような熱弁に、口を挟めない役人はムッと眉間にしわを寄せた。しかし最後に並べられた地名に、開きかけた口を閉じる。
どこも名の知れた大きな町だ。そこで『あそこの役人に団員を無理やり引き抜かれた』などと噂を流されるのは、あまり歓迎すべきことではない。
損得勘定を始めた役人に、カールは『分かりますね?』という笑みで、
「さあ、お役人さん!団への賞賛は私が聞きましょう!さあさあ!あちらにいい酒がありますよ、一緒にどうですかな?」
ギリーとサラから引き離すように、役人を追い立てるカールは、最後に目配せをしてその場を離れて行った。
「……ふんっ!役者としての引き抜きじゃなくて、『愛人に欲しい』だろ?!俺たちに後ろ盾がないからって軽く見やがって……!」
小さな声で悪態を吐くギリーに、カイトが酒の杯を渡して宥める。
「こういうことはよくあるのか?」
「まあな。俺たちは団長がキッパリ断ってくれるから安心だけど、中には団長自らが役者をそういう接待に使うところもあるんだぜ?!」
信じられねえだろ?!と吐き出すギリーに他の団員たちも、「そうそう!」と同調する。
そんな中でサラだけは、遠くに見えるカールの背中から目を離さない。
「サ~ラ!!大丈夫よ、そんなに心配しなくても!団長なら上手くやってくれるわ!」
気づいた一人にポンッと肩を叩かれ、息をすることを思い出したように、大きく息を吐いて力を抜いた。
「そう、よね……」
「団長に任せておけばいいよ」
「そうよ!団長はこんなこと屁とも思ってないわよ~!!」
「ははっ!団長ならこの機会を反対に利用しそうだな!?」
「確かに!あんなのほほんとした顔でなかなかやり手なんだから!」
「違いねえ!!」
アハハハハハッ~~!!
そんな仲間たちに、やっとサラも控えめに笑顔を見せた。
明るい笑い声のその中で、サラを見つめる暗い瞳──それに気がついたのはカイトだけだった。
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しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
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