三鍵の奏者

春澄蒼

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第二章 十字行路に風は吹く

22 夜道

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 カルメリアへ歩を進める一団は、道中も練習中も、これまでより一層賑やかに過ごしていた。
 共に大きな舞台を成功させたという一体感が信頼を高めたのだ。

 だがすぐに別れがやってくる。団員たちは今から別れを惜しんで、「寂しい」「このまま入団したらどうか」と冗談めかしながら本気で誘うほどだ。

 一行はそれに苦笑いで首を横に振りながらも、どこか温かい気持ちになっていた。


******
 ガタッ!ガタッ!
 キュルキュル、キュルキュル……。
 カコ、カコ……ジジジジ……!

 夜道に色んな音が消えていく。

 すでに陽は暮れている。
 馬車に付けられたランタンの灯りと、馬上の幾人かが持つ松明の火を頼りに、慎重に進む。

 夜行は十字行路の足元が確かだからこそできることだ。障害物の心配は少なく、治安もいい。

 想定外の公演しごとが終わって護衛に専念できるということで、なるべく夜の移動は一行が担うことにした。
 先頭の馬車の御者を務めるのはカイトだ。そしてその隣には、まだ一人での騎乗が心許ないユエが座っている。

 石畳の揺れが眠気を誘う。重くなった瞼と、長い時間同じ姿勢で凝り固まった身体を解すために、ユエは「う~ん」と伸びをした。

 その時、左の足首の違和感に、ふと手を伸ばす。

 クレインとお揃いのドワーフの剣。それは薄く軽く、クレインからも「ずっと身に付けていればすぐに気にならなくなるよ」という言葉をもらった。
 だが実際の重さだけではない『何か』、覚悟の重さのようなものが、ずしっと絡みついて足を縛っているようだった。

「……どうかしたのか?」
 ユエの様子に気づき、カイトが問う。
 ユエは剣を譲り受けた時のことを話した。そしてクレインの忠告を──。

「……クレインらしいな」
 カイトのその時の笑みは、珍しく何の含みもなかった。

「カイトは、どう思う?」
「……俺もクレインに同意だな。中途半端な決意で剣を向けると、自分だけではなく周りも危うくするぞ。武器を持ったなら、躊躇うな」
 クレインが同じような言葉を、強い、強い決意を持って放ったのに対し、カイトは全く何の気負いもない。

 ユエはこれまでのカイトの戦いを思い出す。
 最初の最初、ユエを買ったあの貴族と相対した時。
 盗賊との戦い。
 そして酔っ払いに向けた短剣──。

「カイトは……」
『人を殺したことがある?』そう聞こうと思ったユエは、自分がその答えをとっくに知っていることに気づく。

「カイトは……あの男を殺した──殺して、俺を、助けてくれた……」
 そこで何を聞きたいのか分からなくなって、もどかしげに首を振る。

「カイトは……その、どうして、殺したんだ?」
「……それは俺を責めている──訳ではなさそうだな……」
 こくん、とはっきり頷いて、考えは纏まらないまま、浮かんだ言葉をそのまま口に出していく。

「カイトたちなら、あいつらを殺さずに……その、縛って動けなくしたりして、それで俺を盗むこともできたんじゃないか?」
「お前を奪うだけなら、な」
「どういうこと?」
「逃げる時間を稼ぐためでもあったし、報復を防ぐためでもあった」
「……それじゃあ、カイトたちは初めから、あいつらを殺すつもり、だった……?」
「そうだな。そこまで計画のうちだった」

「カイトは……人を殺すことが、怖くない、の?」
 その時のカイトは、まるで暗闇から不意打ちを食らったような、珍しい顔を見せた。

「怖い──か……」
「俺は、その……クレインにああ言われて、自分が戦ってるところを想像してみた。だけど、自分が弓を射ったり剣を振ったり、は思い浮かぶけど……人を殺すところは、とても想像できなかった……から、」

「……お前はあの男を殺したいとは思わなかったのか?」
「えっ……?」
「お前を買った貴族だ。それ以外にも例えば……お前を捕らえた人間、オークションの関係者、お前を商品としか見ていない……そういう奴らを、殺したいとは思わなかったのか?」

「俺、は……」
 ユエにとってあの出来事は、嵐のようなものだった。
 自分の力ではとうてい太刀打ちできない。雨が肌を打ち、風が身体を縛る。ただ過ぎるのを待つだけ──。

「俺はたぶん、そこまで考えがいかなかった、んだ……自分のことなのに、ずっと……夢の中みたいで──。現実感がなかったし……」

「それじゃあ、今なら?」
「い、ま……?」
「武器を持ち、人を殺す力を手に入れた、今。己の身に危険が迫った時、お前は剣を向けられるか?」
「……っ」
 考え込んでしまったユエを隣に、カイトは自分自身にも問いかけるように、前を向いたまま話し続ける。

「……人は──いや、生物は皆、どうせいつかは死ぬ。早いか遅いかは、運みたいなもんだ。ただ……どう死ぬか──死に方はその人物が『どう生きたか』で決まると、俺は思う」
「生き方で、死に方が……決まる?」

「悪行を重ねていれば、いくら長生きしようが、安らかには死ねない。……あの貴族は──いや、オークションに関わっていた奴らは皆、人の命を売り買いし、誇りを奪い絶望を与えた。それならば、己の命を金に換え、誇りを奪われ絶望を与えられても文句は言えない。他人にしてきたことが、己に返ってきただけだ」

 カイトは、あの貴族たちを殺したことを正当化しているつもりは、微塵もない。
 それはすなわち、翻ってカイト自身にも向けられた言葉なのだから。

「人を殺すなら、自分が殺される覚悟を持て。己の所業は己に返る」
 空気が、張り詰める。

「そして、奪った命は背負え。その重みを感じられない者は、ただ狂っていくだけだ」

 ザザザザーーーー……!!
 吹き抜けた風の冷たさだけでなく、ユエは身を縮める。
「俺は……」
 もう一度、左の足首に手を伸ばす。
「俺は……やっぱりその時になってみないと、分からない……」
 だが、結局最初の場所へ戻ってしまっただけだ。

 情けなくなって眉尻を下げるユエを、
「ふっ……それでいいんじゃないか」予想外にカイトは笑った。

「どれだけ大口を叩こうが、いざという時動けない奴も多い。その反対に、自分の言葉に縛られたり、な。それくらいなら、その時その時に柔軟に考えればいい」
「そう……かな?」
「その時に決めると『決めた』、それでいい。自分で『決めた』自覚があるならな。決断を他人に委ねるのは、危ういぞ」

「カイトも、自分で『決めて』……殺した……?」
「ああ……──俺はこれまでの俺の剣の全てを、自分で握ってきた。その罪を他人に背負わせたりはしないさ」

 ここまで至るまでにカイトが、どれほどの血を流して来たのか、言外に匂わせている。

「──俺は、ろくな死に方をしないだろうな」

 最後の声は闇の中から聞こえてくるようだった。
 もちろん灯りもあるし、ユエは隣のカイトの息遣いも感じている。
 だが闇の中から聞こえて、そのまま闇へ紛れていく──。

 ユエはそれを、怖いとは思わない。

 暗闇からカイトを陽の下に引っ張り出すのではなく、ユエは自らが闇に分け入る。

 カイトがいるのなら、怖くない。

 寄り添うように、距離を詰めた。
 そこに、確かにある体温を求めて──。


******
 今夜の宿の教会で、アイビスはカイトとこの先の予定を話し合っていた。
「現在地は──ここだ。ここまで来たなら、宿を取らなくてもベレン領まで辿り着ける」
 地図を指しながら、道を確かめる。

 カイトの反応がないことを訝しんで顔を上げると、聞いていなかった訳ではなく、難しい顔で考え込んでいる。
「どうした?何か問題でもあるか?」
「ん?いや……」
 言葉を濁して、なんとも歯切れが悪い。
「……ラークから少し、気になることを聞いてな」
「ラークから……?」

 カイトはラークやヘロンからの情報をここで打ち明けた。

「んー……なんとも不確かだな」
「……このまま何もなければ、それでいい」
 カイト自身にも確証がある訳ではなく、頭の隅に置いといてくれ、と締めくくって、地図を片付けた。


 リーリア団との行動は、一行にもいい影響を与えていた。

 クレインは自分の劣等感を打ち明けたことで、ユエへのわだかまりを完全に払拭できた。歳も近く、背格好や雰囲気も似ているから、二人でいるとまるで兄弟のようだ。

 そしてラークも、少しずつだがユエに歩み寄っている。
 今日もヘロンに背中を押されてユエとクレインに話しかけ、今は三人で弓の練習をしている。(ヘロンはすぐに飽きてどこかへ行ってしまった)

 そしてジェイとフェザントは買い出しの荷物持ちとして町へ出ていて、アイビスは久しぶりにカイトと二人の時間を持てたのだ。

「ちょっと距離が近過ぎないか?」
「何のことだ?」
「ユエのことだ」
 アイビスはいい機会だと、これまで溜まっていた気持ちをぶちまける。

「恋人のふり、なんて……」
「面倒を避けたかっただけだ。ユエやクレインの容姿は男が惹かれる。こうやって寝食を共にすると、中には妙な気を起こすやつもいるかもしれない……と思っていたが、杞憂だったな。この団はなかなか気のいいやつらばかりだ」
 カイトは主にカールとギリーを思い出し、その顔には自然と笑みが浮かんだ。

 だがアイビスは、その説明では納得できない。
「だけど……今まではこんなお節介はしなかったじゃないか」
「そうか?」
「ああ、クレインが加わった時には、これほど世話を焼かなかったぞ」
「クレインにはジェイがいただろう。それにあいつは、自分のことは自分で面倒見られる」
「ユエだって子どもではないだろう?」
「あれは子どもだ。まだ何も知らない」

 言い切るその横顔に、自分には語らないだけで、なにか、含みがないか探すが、カイトは至って普段通りにしか見えない。

「だが……それなら余計に、あまり構い過ぎると依存するんじゃないか?」
「大丈夫だ」
「……何でそう言い切れる?」
「ユエはいずれ海に帰る。そうなれば、陸でのことなど忘れるさ」
「……つまり、別れが決まっているのだから、依存しようが構わない、と……?」
「ふっ、そう言われると、詐欺師のように聞こえるな」

(はぐらかしたのか……?いや──)単にアイビスの意図をはかりかねているだけのようにも思える。

 アイビスはふと不安になる。
(カイトは本当に自覚がないのかもしれない)

 カイトは泰然とした態度を崩さない。

 子ども好きを公言するだけあって、ラークやヘロンに甘いところがあるし、頭を撫でることも多い。
 だが基本的には人との距離は一定だ。

 もちろん仲間とそれ以外とで、全く同じ態度ではないが、アイビスたちであっても踏み込ませない一線がある。

 アイビスはあの出来事を思い出す。
 公演後の酒会、絡んできた酔っ払いに剣を突きつけ、周囲が凍りついたその時──アイビスは魅入られていた。

 偽物の剣で、あの殺気。
 色も温度も感じさせないカイトの瞳。
 誰も踏み込めない聖域。
 ──いや、

『カイト……!』

 それを破る凛とした声──。

 自分たちが越えられない線を、いとも簡単に──いや、その線すら気づかずに飛び込んで行った。

(カイトが『踏み込ませない』のではなく、俺たちが『踏み込まない』だけ、なのか……?)

 カイトのせいでもユエのせいでもなく、自分自身の問題なのか……?と考え直そうとする。だが──カイトの背中に置いた手──。
 あの手が妙に忘れられない。

 ラークやヘロンの頭を撫でる時とは、まるで違う。ざわざわとアイビスを何かに掻き立てる。

(これ以上、壊さないでくれ……!!)
 アイビスは誰に向けてなのか分からないまま、心の中で願った。


******
 カルメリアはもう目と鼻の先だ。
 団員のケガもほとんど癒え、公演に支障はない。
 カールは予定より早く、カイトたちの任を解こうとしていた。

 ──その矢先のこと。

 ドサッ!!
「キャーッ!!」

 大きな音の後に悲鳴が響いた。
 その場の全員が一斉に目を向けると、地面に誰かがうずくまっている。

 ──リアーナだ。

 彼女は次の公演の妖精役に向けて、木の間に綱を張って、その上で軽業の練習をしていた。
 その綱は中央付近で切れて、だらん、と地面に垂れ下がっている。

「……切れ目が、入れられている」
 真っ先に綱を確かめたカイトが掲げると、確かに人工的にできたとしか思えない、真っ直ぐの切れ目が綱の半分ほどまで見える。

「まさかこんな所まで……」
「嫌がらせの続き、か?」
「リアーナ……次の公演はどうなるの……?」

 綱が張られていたのは、ジェイの背丈の倍より高い位置だ。あそこから地面に落ちたのなら、いくら身軽なリアーナでも……──。

 手当のために馬車へ運ばれる小柄な体を見て、そんな声がどこからか聞こえる。

「ほらほら!」
 パンッパンッと手を打って、カールがその不安の空気を追い払った。

「まずはできることをしよう。みんな、道具を全部調べてくれ!他に問題がないか、しっかり確認してくれ!……次の公演をどうするかは、リアーナの怪我の具合を確かめてから考えればいい!ほらほら!!」

 カールに急き立てられて、団員たちはバラバラに駆け出した。

 それを見送って、綱を持ったままのカイトを、カールは見つめる。
「……すまないが、依頼を延長してもいいかな?カルメリアの公演が終わるまで──それまで頼みたい」
「こちらは構わない。……こちらこそ、謝らなければな。ケガを防ぐことができなかった」
「いや……」
 珍しく歯切れの悪いカールは、ため息をついてから、リアーナの後を追った。

「カイトっ、変だよ!だって……」
「『何も気配は感じなかった』?」
「う、うん……」
 慌てふためくラークを遮って、カイトは言葉を奪う。

 それで少しだけ落ち着いたラークだったが、
「ラークが見逃したんじゃねえ?」
「そんなことっ!!ない……はずだけど……」
 ヘロンの不謹慎なからかいに、自信なく尻窄みになって、涙を貯めてカイトを見上げる。

「……いや、ラークに責任はない」
 言い切るカイトは、安心させるように小さな頭に手を置いたぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜる。

「……カイト、何を掴んでいるんだ?」
 アイビスの問いかけに、カイトは静かに仲間を見回した。

「外から敵意を持って近づく者がいれば、ラークが気づいた。つまり……」
「内部の……?」
 ハッとしたアイビスは、周囲を憚り声を潜める。

「それともう一つ、考えられることがある」
「……?」
「『悪意』も『敵意』もない相手ならば……?」
「何言って……?」
「ラークが敏感なのはそういう負の感情だ。もし、それがなければ……?」

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