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第二章 十字行路に風は吹く
23 願いごと
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「大丈夫!できるわ!!」
言い張るリアーナの声が馬車の外に漏れる。
リアーナは足を捻挫していた。カールは『大事をとって演目を変えよう』と提案したが、それを聞き入れない。
心配する周囲の声をよそに、練習も一日も休まない。
リアーナとカールの話し合いは平行線を辿り、とうとうカルメリアへ到着してしまった。
「……分かった、リアーナの意思を尊重して、予定通り『妖精の願いごと』を上演しよう」
カールの言葉に、わぁ!!っと場が湧く。
「ギリー、それからみんなも……リアーナを支えてあげなさい」
「「はい!!」」
そして舞台の幕は上がる。
******
妖精は羽をヒラヒラと光らせながら、軽やかに跳ねる。
「さぁ!あなたの願いはなに?」
妖精はその人の気持ちを読んで、こっそりと願いを叶えていた。
病気の子供に薬草を届け、夫婦喧嘩を仲裁し、失せ物を探す。
だがとある騎士に出会って問われる。「あなたには、願いはないのですか?」
「わたし……わたしの、願い……」
騎士と時折会うようになった時、いつも彼を見つめている女性がいることに気づく。
そして彼女が願うのだ。
──『あの騎士様と結ばれたい……!!』
妖精は自分の気持ちが分からないまま、『いつも通り、いつも通り』と、彼女と騎士を引き合わせる。
どんどん近く二人──。
そんなある日、土砂崩れが町を襲う。
騎士がそれに呑み込まれたと聞いた時やっと、妖精は自分の気持ちに気づく。
そして、初めて自分の願いごとを叶えに行くのだ──。
******
「……なかなか、暗示的だったな」
「っカイト!!」
舞台裏ではなく客席から観ていたカールの後ろから、カイトが耳打ちする。
「あんたがこの脚本を書いた意味が、やっと分かった……悪役は、俺がやろう」
「……なんの、話だい?」
「この前の、花の精とウサギの話──あれも寓話的だったな。ウサギは豊穣の象徴だ」
「……そうだね」
「観客は不恰好なウサギを最初は笑っていた。だが、その笑われた存在が、実は自分たちの生活を、実りを支えている」
「……っ!なんと言うか……君は勘が本当に優れている……」
カールは心底驚いた声を出した後、畏怖の念を抱いたように視線を逸らした。
「……伝わってほしい相手には伝わらない──虚しくなる時もあるんじゃないか?」
「ははっ、私たちはそれでもただ、伝え続けるだけ、だよ」
駆け引きするような言葉の応酬。
「……舞台の後、リアーナとサラを呼び出してくれ」
カイトはそう言い置いて、ハッとしたカールに背を見せた。
舞台を終えた役者たちに、拍手と歓声が送られている。
「あの子!あの主役の妖精の子、すごい動きだったわね!!」
「ほんとう!クルクルっと回って、あんなに高い所から飛び降りて……!」
「聞いたかい?!あの子、足をケガしていたらしいぞ!!」
「うそっ!?」
「ほんとう?ほんとうなら、余計にすごいわ!」
「そうよ!ケガしながら、あんなに笑顔で……!感動したわぁ!!」
リアーナに対する賞賛を、カールは俯いて、罰を受けるように手を組んだ。
******
「……どうしたんですか、団長?」
カルメリアの秋祭りには、リーリア団の他にも何組もの劇団やサーカス団が招待されている。
町が用意した舞台の裏手には、その団体が準備をする場所として、それぞれ天幕が用意されていた。
その、一角──。
華やかな舞台とは裏腹な、薄暗く人気の少ないその場所に、リアーナとサラが所在なく佇む。
「……団長?」
「二人を呼び出したのは、俺だ」
暗闇から声がかかり、二人はビクッと身を寄せる。
黙って椅子に腰かけたカールの後ろから、カイトが姿を現わす。
「カイト?!」
「この公演で契約が終わる。その前に仕事を全うしようと思ってな」
訳が分からないと顔を合わせる二人に、カイトは構わず続ける。
「俺たちが頼まれたのは、護衛兼雑用。だが……先日のリアーナのけが──それを防げなかった」
「そんなの、しょうがないわ。別に私はあなたたちのせいだなんて、思ってないわよ」
「……そう、よ、ね……うん……」
けがをしたリアーナ本人があっけらかんと言い放つから、サラも同意するほかない。
片眉を器用に上げ、カイトは二人を上から睥睨する。
「……いや、奇遇だな。俺たちもそう思ってるんだ。『俺たちのせいじゃない』ってな」
「……ちょっと……それはどうなの?」
挑戦的なその口調に、さすがにサラが異を唱える。「『責任を取れ』とは言わな」「責任、ね」カイトはサラを遮って薄く笑う。
「それじゃあサラ、お前は自分一人で転んだけがまで、俺たち護衛が防げなかったと文句を言うか?」
「……なに、それ?」
「それも、『故意に』、なら?」
「え……?」
「カール」
それまで黙っていたカールが、カイトに促され口を開く。
「……あの後、他の道具も全部調べ直した。他にもいくつか壊されていたね?」
「ええ」
「だけど、実際にけがをしたのはリアーナだけだった」
「それは偶然……」
「壊されていた他の道具は偶然にも、誰も練習に使わないものだった」
「それ、は……」
「そしてあの綱は偶然にも、本番では使わない練習用で、今回の公演に支障がなかった」
「…………!」
「そして偶然にも、リアーナのけがは無理をすれば出演できる程度のものだった」
カールはあえてリアーナに問うた。
「……これは本当に、偶然かい?」
「偶然よ。私が上手く受け身をとっただけ」
何でもないように返すリアーナに、カールは悲しげに首を振る。
「リアーナ……あなた……?」
カイトの言わんとしていることに気づき、サラはハッと口を押さえる。
言おうが言うまいか、ここまで来て迷っていたカールだが、リアーナのこの態度を受けて、重い口を再び開く。
「……実はね、前回の時から何かおかしいと感じていたんだよ……」
「団長……?」
「サラ、あのチンピラ紛いの襲撃の後、道具に細工がされていて何人かがけがをしたね?……今回のように」
「……っ!でも団長あれは!あの男の仕業でしょう?!」
「襲撃はそうだろうね。でもね、道具の方は……部外者がどうやってあんなことができる?」
「どうって……」
「道具は一見しただけでは分からないように壊されていた。だからこそ使うまで誰も細工に気づかなかった……我々に嫌がらせをしたかったなら、そんな面倒はしないで、めちゃくちゃにしてしまえばよかったのに」
「……」
「手が混み過ぎていた。そもそも……誰にも気づかれずに、外から道具に近づける者がいるかい?」
サラにももう、内部の犯行であることを疑う材料が見つからない。
「でも……だけど……っ」
『内部に犯人がいるとしても、それがリアーナだとは言い切れない』
その反論はつまり、他の団員を疑う言葉である。とても口には出せなかった。
カールとサラが黙って見守るのを受けて、
「リアーナ、あのけがはお前自身が仕組んだものだな」
とうとう、カイトが確信に迫った。
「……そうよ、私がやったの」
『それがどうしたの?』とでも言うような口調に、カールもサラも目を見開く。
「リアーナ……あなた……!?」
「どうして……こんなこと……」
「なによ、サラ。どうしてそんな顔するの?」
「な、に……」
「私、あなたのためにやったのに」
サラは、リアーナのこの得意げな様子が、理解できない。
「サラ、あなたが望んだことでしょう?」
「……なに、言ってるの……?」
恐ろしいモノを見たように、一歩後退った。
「だって私のケガのおかげで、カイトの仕事が延長されたのよ?!」
「は……?」
「サラはカイトのこと好きでしょう?だから少しでも一緒にいられるように、協力してあげたのよ!!」
「私……そんなこと言ってない……」
「言わなくても分かるわ。だって私、妖精の亜種なんだもの!!」
まるでそれが『魔法の言葉』のように言い放った。
「前の時だって、サラがあそこに、あの男のところに残りたいって分かったから、だから足止めしてあげたのよ!」
「やっぱりあれも……?」
信じたくなかったと肩を落とすカールに、リアーナはさらに追い討ちをかける。
「そうよ!団長、あなたは親切ごかして『団員を守ってる』って言うけれど、そんなのはあなたの自己満足なのよ!サラの気持ちも知らないで……!!」
『サラ』の名前を出しながら、リアーナの目は誰も映していない。
「あの時だって、この前の『花の精』の時も!せっかく誘われたのに団長が勝手に断って!サラは本当はあそこに残りたかったの!サラは元々大きな劇団にいたのよ!?こんな不安定な旅なんて嫌なのよ!」
「……私は、そんなこと……望んでない……」
サラの呆然とした声すら、リアーナには届いていない。
得体の知れないモノを目の当たりにしたように、カールもサラも動けない。
──そんな闇を破ったのは、カイトの場違いな言葉。
「……そうか、やっと分かった」
三人の視線を集めて、それを軽く受け止める。
「『妖精ごっこ』をしているだけなのか、それとも本気で思い込んでいるのか、どちらかと思ったが、後者だったようだな。通りであっさりと認める訳だ……」
「な、に……?『ごっこ』って!!」
「なるほど。『サラのため』という免罪符があるから、お前は罪の意識すら感じていないんだな」
「『ごっこ』って何よ!私は……っ」
「まずはお前がちゃんと自分の責任を実感できるように、そこから崩していこうか」
カイトはリアーナを無視して、絡まった糸をほどき始めた。
いや──糸を断ち切った。
「お前は、妖精の亜種じゃない」
******
「はあ?!なに言い出すのよ!私が妖精の亜種じゃないっ?!よくもそんな……」
気色ばむリアーナを制して、カイトはあくまで淡々と投げかける。
「では自分が『妖精の亜種』だということを、証明してみろ」
カイトの挑発を、リアーナはキッと睨み返した。
「私のお母さんは、妖精の亜種だった!だから私も……っ」
「確かに、親子で亜種だった例を、俺は知っている」
カイトはクレインの顔を思い浮かべる。
「だが家族の中でただ一人だけに特徴が出ることもある」
今度はラークを──。
「亜種は血縁に左右されない。『母親が亜種だから』というのは、証明にはならない」
「っ身軽さは『妖精の亜種』の特徴だわ!私は団でも一番っ──」
「あの程度の身軽さなら、普通の人間でも訓練すればできる」
切って捨てられたリアーナは、その言葉に殴られたようにフラついた。だが──それでも踏み止まる。
「っ私は妖精の亜種よ!!だって……だって、人の心が読めるんだから!!ね、サラ!あなたが証明して!!」
それまで無視するように振舞っておいて、いきなり涙目で縋り付くリアーナを、サラは振り払うように後退る。
「っサラ!!ひどいわ!あなたの願いを叶えたいのに……!!」
「ちが……ちがうっ!!私はあなたにそんなこと願っていない!!」
「願っていたわ、心の中で!!……分かってる……!サラは自分でも自覚がないのよ!」
今度は一転、同情するようにサラの手を握りに行く。
「な、に……言って……っ?!」
「だから私があの妖精みたいに……」
「いい加減にしなさい!!」
堪らずカールが、リアーナの小さな身体を掴んで揺すった。
「リアーナ、ちゃんと『自分』を持ちなさい!!君とお母さんは別の人間なんだ……」
「っ団長、なにを言うの?!お母さんは……!わ、たしは……!!」
カールとリアーナのこのやり取りが分からず立ち尽くすサラに、カイトが道を作る。
「サラ、お前が証明してやれ──リアーナが思い込んでいる『サラの願い』は全くの的外れだと」
******
「リアーナ、私……私はね、リーリア団に自分から団長に頭を下げて、お願いして入れてもらったの」
「どうして?サラは大きな国のお抱え劇団の主役だったんでしょう?!」
「……そうよ。でもね、気づいたの。あそこでは私の価値は、若さと外見だけだって……」
サラは語った。リアーナに伝わるように、自分の経験を──。
サラは十五歳で劇団の頂点に立った。煌びやかな舞台で全身に歓声を浴び、豪華な部屋、服、宝石、食事を与えられ、その国の王子の庇護を受け、何の疑いも不安もない日々。
しかしある日、一人の女性の悲報がもたらされた時、その夢は終わりを告げた。
サラの前任者、サラが取って代わり、劇団を出て行った女性。
どこか田舎の貴族の後妻に収まったが、城での派手な暮らしが忘れらなかった。散財した挙句に離縁され、城下町で最下層の娼婦にまで転落し、最期は流行病で──。
サラはその女性を、蔑むことも笑うこともできなかった。
(ああ……彼女は私だ。未来の私……)
「──彼女が劇団を出たのは二十五歳の時だった。だから私はその年齢より前に、お払い箱になる前に、自分からここを出て行かないと、と思ったのよ」
サラと彼女の違いは、彼女が派手な暮らしに固執したのに対し、サラは舞台を求めたことだ。
伝手を探し、国内外の他の劇団への異動を求めたが、どこにも受け入れてもらえない。なぜならサラは、王子の愛人として認知されていて、下手に関わりたくないと敬遠されたのだ。
途方に暮れたサラに、城の下働きからコソッと耳打ちされたのが、リーリア団の情報だ。
城下町の祭に招かれたそのサーカス団を、サラはこっそり見に行った。そして──その場でカールに直談判したのだ。
『私をこの団に入れてください』
「──私が今まで『芝居』だと思っていたものが、全部吹っ飛んだわ。『なんて自由で、なんてめちゃくちゃで、なんて……楽しそう!!』ってね」
サラのその晴れやかな表情を見て、さすがのリアーナも、彼女がリーリア団を嫌っているとは思えなかった。
「それに……これはカイトには悪いんだけど……」
サラの視線を、苦笑で受けたカイトは、手で先を促す。
「私は確かに、『誰が好みか』って聞かれてカイトの名前を出したけど……私は今はまだ、恋愛する気にはなれないのよ……」
「え……?」
「あの時は無難に、誰も名前を挙げなかったカイトを出しただけ……こんなことになってしまって、カイトに申し訳ないくらいよ……」
「なんだ、知らないうちに振られたみたいだな」
カイトの軽口に、サラもやっと肩の力が抜けてきた。
「……私、国の劇団にいた時、本当に愛人のようなこと、やってたのよ。チヤホヤされるのを勘違いしたの……バカね……」
「サラ……」
「だから、自分に恋愛する資格がない気がして……それに、なんだか……」
「サラ!辛いことまで言わなくていいんだよ」
「ううん、団長、いいの。私の曖昧な態度が、もしかしたらリアーナの勘違いのきっかけになったのかもしれないし……リアーナ、私はね、この団のみんなが眩しくて……羨ましかったのよ」
「え……?」
「汚れた私とは違って、とってもキレイに見えて、なんだか側に寄ってはいけないように思ってたの。それにいつもビクビクしてたわ。昔のことを『みんなに知られたくない』って。それから『迷惑をかけてここを追い出されたらどうしよう』って……」
そこまで赤裸々に打ち明けたサラを、リアーナももはや『嘘よ』と追求することは、できなかった。
「……サラは、リーリア団に、いたいの?」
「そうよ」
「旅が、したい……?」
「ええ」
「……カイトのこと」
「好きじゃないわ」
呆然とリアーナは、そこに答えが描いてあるかのように、カイトを振り返る。
「リアーナ、お前はサラの望みを叶えたと言っていたが、実際は──それはお前自身の願いだったんじゃないか?」
言い張るリアーナの声が馬車の外に漏れる。
リアーナは足を捻挫していた。カールは『大事をとって演目を変えよう』と提案したが、それを聞き入れない。
心配する周囲の声をよそに、練習も一日も休まない。
リアーナとカールの話し合いは平行線を辿り、とうとうカルメリアへ到着してしまった。
「……分かった、リアーナの意思を尊重して、予定通り『妖精の願いごと』を上演しよう」
カールの言葉に、わぁ!!っと場が湧く。
「ギリー、それからみんなも……リアーナを支えてあげなさい」
「「はい!!」」
そして舞台の幕は上がる。
******
妖精は羽をヒラヒラと光らせながら、軽やかに跳ねる。
「さぁ!あなたの願いはなに?」
妖精はその人の気持ちを読んで、こっそりと願いを叶えていた。
病気の子供に薬草を届け、夫婦喧嘩を仲裁し、失せ物を探す。
だがとある騎士に出会って問われる。「あなたには、願いはないのですか?」
「わたし……わたしの、願い……」
騎士と時折会うようになった時、いつも彼を見つめている女性がいることに気づく。
そして彼女が願うのだ。
──『あの騎士様と結ばれたい……!!』
妖精は自分の気持ちが分からないまま、『いつも通り、いつも通り』と、彼女と騎士を引き合わせる。
どんどん近く二人──。
そんなある日、土砂崩れが町を襲う。
騎士がそれに呑み込まれたと聞いた時やっと、妖精は自分の気持ちに気づく。
そして、初めて自分の願いごとを叶えに行くのだ──。
******
「……なかなか、暗示的だったな」
「っカイト!!」
舞台裏ではなく客席から観ていたカールの後ろから、カイトが耳打ちする。
「あんたがこの脚本を書いた意味が、やっと分かった……悪役は、俺がやろう」
「……なんの、話だい?」
「この前の、花の精とウサギの話──あれも寓話的だったな。ウサギは豊穣の象徴だ」
「……そうだね」
「観客は不恰好なウサギを最初は笑っていた。だが、その笑われた存在が、実は自分たちの生活を、実りを支えている」
「……っ!なんと言うか……君は勘が本当に優れている……」
カールは心底驚いた声を出した後、畏怖の念を抱いたように視線を逸らした。
「……伝わってほしい相手には伝わらない──虚しくなる時もあるんじゃないか?」
「ははっ、私たちはそれでもただ、伝え続けるだけ、だよ」
駆け引きするような言葉の応酬。
「……舞台の後、リアーナとサラを呼び出してくれ」
カイトはそう言い置いて、ハッとしたカールに背を見せた。
舞台を終えた役者たちに、拍手と歓声が送られている。
「あの子!あの主役の妖精の子、すごい動きだったわね!!」
「ほんとう!クルクルっと回って、あんなに高い所から飛び降りて……!」
「聞いたかい?!あの子、足をケガしていたらしいぞ!!」
「うそっ!?」
「ほんとう?ほんとうなら、余計にすごいわ!」
「そうよ!ケガしながら、あんなに笑顔で……!感動したわぁ!!」
リアーナに対する賞賛を、カールは俯いて、罰を受けるように手を組んだ。
******
「……どうしたんですか、団長?」
カルメリアの秋祭りには、リーリア団の他にも何組もの劇団やサーカス団が招待されている。
町が用意した舞台の裏手には、その団体が準備をする場所として、それぞれ天幕が用意されていた。
その、一角──。
華やかな舞台とは裏腹な、薄暗く人気の少ないその場所に、リアーナとサラが所在なく佇む。
「……団長?」
「二人を呼び出したのは、俺だ」
暗闇から声がかかり、二人はビクッと身を寄せる。
黙って椅子に腰かけたカールの後ろから、カイトが姿を現わす。
「カイト?!」
「この公演で契約が終わる。その前に仕事を全うしようと思ってな」
訳が分からないと顔を合わせる二人に、カイトは構わず続ける。
「俺たちが頼まれたのは、護衛兼雑用。だが……先日のリアーナのけが──それを防げなかった」
「そんなの、しょうがないわ。別に私はあなたたちのせいだなんて、思ってないわよ」
「……そう、よ、ね……うん……」
けがをしたリアーナ本人があっけらかんと言い放つから、サラも同意するほかない。
片眉を器用に上げ、カイトは二人を上から睥睨する。
「……いや、奇遇だな。俺たちもそう思ってるんだ。『俺たちのせいじゃない』ってな」
「……ちょっと……それはどうなの?」
挑戦的なその口調に、さすがにサラが異を唱える。「『責任を取れ』とは言わな」「責任、ね」カイトはサラを遮って薄く笑う。
「それじゃあサラ、お前は自分一人で転んだけがまで、俺たち護衛が防げなかったと文句を言うか?」
「……なに、それ?」
「それも、『故意に』、なら?」
「え……?」
「カール」
それまで黙っていたカールが、カイトに促され口を開く。
「……あの後、他の道具も全部調べ直した。他にもいくつか壊されていたね?」
「ええ」
「だけど、実際にけがをしたのはリアーナだけだった」
「それは偶然……」
「壊されていた他の道具は偶然にも、誰も練習に使わないものだった」
「それ、は……」
「そしてあの綱は偶然にも、本番では使わない練習用で、今回の公演に支障がなかった」
「…………!」
「そして偶然にも、リアーナのけがは無理をすれば出演できる程度のものだった」
カールはあえてリアーナに問うた。
「……これは本当に、偶然かい?」
「偶然よ。私が上手く受け身をとっただけ」
何でもないように返すリアーナに、カールは悲しげに首を振る。
「リアーナ……あなた……?」
カイトの言わんとしていることに気づき、サラはハッと口を押さえる。
言おうが言うまいか、ここまで来て迷っていたカールだが、リアーナのこの態度を受けて、重い口を再び開く。
「……実はね、前回の時から何かおかしいと感じていたんだよ……」
「団長……?」
「サラ、あのチンピラ紛いの襲撃の後、道具に細工がされていて何人かがけがをしたね?……今回のように」
「……っ!でも団長あれは!あの男の仕業でしょう?!」
「襲撃はそうだろうね。でもね、道具の方は……部外者がどうやってあんなことができる?」
「どうって……」
「道具は一見しただけでは分からないように壊されていた。だからこそ使うまで誰も細工に気づかなかった……我々に嫌がらせをしたかったなら、そんな面倒はしないで、めちゃくちゃにしてしまえばよかったのに」
「……」
「手が混み過ぎていた。そもそも……誰にも気づかれずに、外から道具に近づける者がいるかい?」
サラにももう、内部の犯行であることを疑う材料が見つからない。
「でも……だけど……っ」
『内部に犯人がいるとしても、それがリアーナだとは言い切れない』
その反論はつまり、他の団員を疑う言葉である。とても口には出せなかった。
カールとサラが黙って見守るのを受けて、
「リアーナ、あのけがはお前自身が仕組んだものだな」
とうとう、カイトが確信に迫った。
「……そうよ、私がやったの」
『それがどうしたの?』とでも言うような口調に、カールもサラも目を見開く。
「リアーナ……あなた……!?」
「どうして……こんなこと……」
「なによ、サラ。どうしてそんな顔するの?」
「な、に……」
「私、あなたのためにやったのに」
サラは、リアーナのこの得意げな様子が、理解できない。
「サラ、あなたが望んだことでしょう?」
「……なに、言ってるの……?」
恐ろしいモノを見たように、一歩後退った。
「だって私のケガのおかげで、カイトの仕事が延長されたのよ?!」
「は……?」
「サラはカイトのこと好きでしょう?だから少しでも一緒にいられるように、協力してあげたのよ!!」
「私……そんなこと言ってない……」
「言わなくても分かるわ。だって私、妖精の亜種なんだもの!!」
まるでそれが『魔法の言葉』のように言い放った。
「前の時だって、サラがあそこに、あの男のところに残りたいって分かったから、だから足止めしてあげたのよ!」
「やっぱりあれも……?」
信じたくなかったと肩を落とすカールに、リアーナはさらに追い討ちをかける。
「そうよ!団長、あなたは親切ごかして『団員を守ってる』って言うけれど、そんなのはあなたの自己満足なのよ!サラの気持ちも知らないで……!!」
『サラ』の名前を出しながら、リアーナの目は誰も映していない。
「あの時だって、この前の『花の精』の時も!せっかく誘われたのに団長が勝手に断って!サラは本当はあそこに残りたかったの!サラは元々大きな劇団にいたのよ!?こんな不安定な旅なんて嫌なのよ!」
「……私は、そんなこと……望んでない……」
サラの呆然とした声すら、リアーナには届いていない。
得体の知れないモノを目の当たりにしたように、カールもサラも動けない。
──そんな闇を破ったのは、カイトの場違いな言葉。
「……そうか、やっと分かった」
三人の視線を集めて、それを軽く受け止める。
「『妖精ごっこ』をしているだけなのか、それとも本気で思い込んでいるのか、どちらかと思ったが、後者だったようだな。通りであっさりと認める訳だ……」
「な、に……?『ごっこ』って!!」
「なるほど。『サラのため』という免罪符があるから、お前は罪の意識すら感じていないんだな」
「『ごっこ』って何よ!私は……っ」
「まずはお前がちゃんと自分の責任を実感できるように、そこから崩していこうか」
カイトはリアーナを無視して、絡まった糸をほどき始めた。
いや──糸を断ち切った。
「お前は、妖精の亜種じゃない」
******
「はあ?!なに言い出すのよ!私が妖精の亜種じゃないっ?!よくもそんな……」
気色ばむリアーナを制して、カイトはあくまで淡々と投げかける。
「では自分が『妖精の亜種』だということを、証明してみろ」
カイトの挑発を、リアーナはキッと睨み返した。
「私のお母さんは、妖精の亜種だった!だから私も……っ」
「確かに、親子で亜種だった例を、俺は知っている」
カイトはクレインの顔を思い浮かべる。
「だが家族の中でただ一人だけに特徴が出ることもある」
今度はラークを──。
「亜種は血縁に左右されない。『母親が亜種だから』というのは、証明にはならない」
「っ身軽さは『妖精の亜種』の特徴だわ!私は団でも一番っ──」
「あの程度の身軽さなら、普通の人間でも訓練すればできる」
切って捨てられたリアーナは、その言葉に殴られたようにフラついた。だが──それでも踏み止まる。
「っ私は妖精の亜種よ!!だって……だって、人の心が読めるんだから!!ね、サラ!あなたが証明して!!」
それまで無視するように振舞っておいて、いきなり涙目で縋り付くリアーナを、サラは振り払うように後退る。
「っサラ!!ひどいわ!あなたの願いを叶えたいのに……!!」
「ちが……ちがうっ!!私はあなたにそんなこと願っていない!!」
「願っていたわ、心の中で!!……分かってる……!サラは自分でも自覚がないのよ!」
今度は一転、同情するようにサラの手を握りに行く。
「な、に……言って……っ?!」
「だから私があの妖精みたいに……」
「いい加減にしなさい!!」
堪らずカールが、リアーナの小さな身体を掴んで揺すった。
「リアーナ、ちゃんと『自分』を持ちなさい!!君とお母さんは別の人間なんだ……」
「っ団長、なにを言うの?!お母さんは……!わ、たしは……!!」
カールとリアーナのこのやり取りが分からず立ち尽くすサラに、カイトが道を作る。
「サラ、お前が証明してやれ──リアーナが思い込んでいる『サラの願い』は全くの的外れだと」
******
「リアーナ、私……私はね、リーリア団に自分から団長に頭を下げて、お願いして入れてもらったの」
「どうして?サラは大きな国のお抱え劇団の主役だったんでしょう?!」
「……そうよ。でもね、気づいたの。あそこでは私の価値は、若さと外見だけだって……」
サラは語った。リアーナに伝わるように、自分の経験を──。
サラは十五歳で劇団の頂点に立った。煌びやかな舞台で全身に歓声を浴び、豪華な部屋、服、宝石、食事を与えられ、その国の王子の庇護を受け、何の疑いも不安もない日々。
しかしある日、一人の女性の悲報がもたらされた時、その夢は終わりを告げた。
サラの前任者、サラが取って代わり、劇団を出て行った女性。
どこか田舎の貴族の後妻に収まったが、城での派手な暮らしが忘れらなかった。散財した挙句に離縁され、城下町で最下層の娼婦にまで転落し、最期は流行病で──。
サラはその女性を、蔑むことも笑うこともできなかった。
(ああ……彼女は私だ。未来の私……)
「──彼女が劇団を出たのは二十五歳の時だった。だから私はその年齢より前に、お払い箱になる前に、自分からここを出て行かないと、と思ったのよ」
サラと彼女の違いは、彼女が派手な暮らしに固執したのに対し、サラは舞台を求めたことだ。
伝手を探し、国内外の他の劇団への異動を求めたが、どこにも受け入れてもらえない。なぜならサラは、王子の愛人として認知されていて、下手に関わりたくないと敬遠されたのだ。
途方に暮れたサラに、城の下働きからコソッと耳打ちされたのが、リーリア団の情報だ。
城下町の祭に招かれたそのサーカス団を、サラはこっそり見に行った。そして──その場でカールに直談判したのだ。
『私をこの団に入れてください』
「──私が今まで『芝居』だと思っていたものが、全部吹っ飛んだわ。『なんて自由で、なんてめちゃくちゃで、なんて……楽しそう!!』ってね」
サラのその晴れやかな表情を見て、さすがのリアーナも、彼女がリーリア団を嫌っているとは思えなかった。
「それに……これはカイトには悪いんだけど……」
サラの視線を、苦笑で受けたカイトは、手で先を促す。
「私は確かに、『誰が好みか』って聞かれてカイトの名前を出したけど……私は今はまだ、恋愛する気にはなれないのよ……」
「え……?」
「あの時は無難に、誰も名前を挙げなかったカイトを出しただけ……こんなことになってしまって、カイトに申し訳ないくらいよ……」
「なんだ、知らないうちに振られたみたいだな」
カイトの軽口に、サラもやっと肩の力が抜けてきた。
「……私、国の劇団にいた時、本当に愛人のようなこと、やってたのよ。チヤホヤされるのを勘違いしたの……バカね……」
「サラ……」
「だから、自分に恋愛する資格がない気がして……それに、なんだか……」
「サラ!辛いことまで言わなくていいんだよ」
「ううん、団長、いいの。私の曖昧な態度が、もしかしたらリアーナの勘違いのきっかけになったのかもしれないし……リアーナ、私はね、この団のみんなが眩しくて……羨ましかったのよ」
「え……?」
「汚れた私とは違って、とってもキレイに見えて、なんだか側に寄ってはいけないように思ってたの。それにいつもビクビクしてたわ。昔のことを『みんなに知られたくない』って。それから『迷惑をかけてここを追い出されたらどうしよう』って……」
そこまで赤裸々に打ち明けたサラを、リアーナももはや『嘘よ』と追求することは、できなかった。
「……サラは、リーリア団に、いたいの?」
「そうよ」
「旅が、したい……?」
「ええ」
「……カイトのこと」
「好きじゃないわ」
呆然とリアーナは、そこに答えが描いてあるかのように、カイトを振り返る。
「リアーナ、お前はサラの望みを叶えたと言っていたが、実際は──それはお前自身の願いだったんじゃないか?」
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