14 / 32
14 優しい味の筑前煮の巻②*
しおりを挟む
福留くんは下の引き出しから調味料を取り出す。
「みりんと醤油が大さじ1.5ずつですが、大体の量を知るために測りながら入れてみてください。最初は目分量だと不安になってしまいますから」
「そうだね。入れすぎて失敗したくないなぁ」
大さじを使って、みりんと醤油を入れていく。入れた後の湯気がもう煮物の匂いだ。
「落し蓋をして、弱火で二十分ぐらい煮ていきます。落し蓋というと木の落し蓋のイメージですが、クッキングシートで代用できます。お菓子作りで使用するもので表面がツルツルしているものです」
福留くんはクッキングペーパーを四つ折りにすると、角を切って中心に穴を開ける。鍋の大きさに合わせて端を折り曲げて、鍋の上にのせた。
「空気穴を開けるとふきこぼれが防止できます。クッキングシートがないときは、クッキングペーパーでも、アルミホイルでも代用ができますよ」
「そもそも落し蓋を使うのは味を染み込ませるためかな?」
「その質問、良い質問です。味を染み込ませるのも役割の一つですが、材料が荷崩れするのを防いだり、時短にもなったり……と煮物をするには欠かせないのですよ」
火元を確認しながら火の強さを調整すると、福留くんは「その調子ですね」と褒めてくれた。
しばらくすると、福留くんはクッキングシートをめくって中身をかき混ぜる。
「五分に一度くらいは、かき混ぜながら煮ていきます」
「二十分くらい煮るというのは、できあがりの目安があるの?」
「鍋底に煮汁が少し残るくらいまでですね。味の濃さは味見をしながらの調整になりますが。僕はもう一品作りますので、鍋の様子を見ていてください」
福留くんは残ったしいたけの軸を使って何かを作るようだ。
ごぼうを包丁でささがきにして、ニンジンを千切りにする。流れるような作業に目を奪われた。
しいたけの軸を細く切ると、細長い具材が揃った。
「しいたけの軸入りの、きんぴらごぼうを作ろうかと思います」
煮物の鍋の横で、熱したフライパンにごま油を垂らした。
ごま油に香りは食欲を増進させる香り。ごぼうとニンジン、しいたけの軸を投入すると、さらにごま油の香りが立ち込める。
「すぐできるのでパパッと作っちゃいますよ」
しんなりするまで炒めると、酒を加えてから醤油とみりんで味付けをした。
完成まで五分も経っていない。スピード料理だ。
皿に盛り付けると小鉢が一つできあがった。
「煮物の方はどうですか?」
「煮汁がまだ残っているから、まだかも……」
「味見もしてみてくださいね」
「はーい」
クッキングシートを開けて、菜箸で取ったニンジンを口でふうふうと息を吹きかけてから味見する。
「もうちょっと味が染みた方がいいかな?」
「もう少し煮ましょうか」
腕時計をちらちらと見ていると、煮始めて二十分が経とうとしている。
クッキングシートをめくって再度味見をすると、塩辛くもなくて薄くもない絶妙なバランスのところだった。
「どうかなぁ? 私は丁度良いと思うんだけど」
「真島さんの感覚を信じてください。火を止めて良いと思いますよ」
(感覚を信じる、かぁ。疑心暗鬼になってしまうけれど、福留くんの言うように自分を信じてみようかな)
スイッチをひねって火を止めた。
お玉で筑前煮を皿に均等になるように入れていると、福留くんの視線を感じた。
「違います」
福留くんの料理センサーを押してしまったようだ。
「……違うって?」
訳がわからず聞き返すと、福留くんは「お玉を貸してください」と言った。
「盛り付けも料理の一部だと考えます。真島さんは平べったく盛り付けていますが、僕は少しやり方を変えて盛り付けてみますね」
中心を高く盛り付けて、山形のようになった。
お皿が二つ並ぶ。私が最初に盛り付けた皿と、福留くんが盛り付けた皿。
あっ、と気付く。
ライトの光が反射して、山形に盛り付けた方が立体感が出ている。
「福留くんが盛り付けたお皿の方が、美味しそうに見えるね」
「見た目も大事ですよね。真ん中に高さがあった方が美味しそうに見えますよね」
「修正可能?」
「大丈夫ですよ。やってみましょうか」
福留くんのアドバイス通りに、菜箸で筑前煮に高さを付けていく。修正後は自分が作ったようには見えなくなった。
「高さを付けていくのかぁ。いいね!」
テーブルに並んだのは筑前煮ときんぴら、焼き魚にご飯だ。筑前煮を一口食べて、じっくりと噛んで飲み込んだ。
「味の染み込み具合が優しくて好きかも」
「あ、僕も言おうと思っていました」
箸を置いた福留くんは続けて言う。
「真島さんは味覚が良いですよね。薄すぎず濃くない、絶妙な味に仕上がっています」
福留くんは私を誉めて一体どうしようとしているのだろうか。
「私を誉めても何も出てこないよ?」
ついつい本音ではないことを言ってしまう。どうして憎まれ口になっちゃうんだろう。
素直になれないから、私って可愛くない。
「心からそう思いますよ。料理では舌の感覚が大事になってきますから」
「舌の感覚、かぁ」
誰からも言われたことのなかった言葉をかけられて、本当かなぁと疑ってしまう。
──福留くんが上手に教えてくれたおかげだよ!
そう言えばよかったと、一瞬頭によぎった。
「しいたけの軸を入れたきんぴらも食べてみてくださいよ」
オススメしてくれる福留くんの嬉しそうな顔を見たら、小さなことは吹き飛んだ。
「わぁ。サクサクしてて、箸休めにちょうどいいね!」
「どんどん食べてください」
きんぴらに舌鼓を打ち、筑前煮に戻る。
優しい味……。
(味の濃さもちょうどいい。そうか、自分で作ると好みな味付けにできるんだね)
筑前煮は煮詰めることで味の調整ができる。優しい味わいにも濃くてパンチの効いた仕上がりにも自由自在。
一人で納得して、口直しにと福留くんの作ったきんぴらに手を伸ばした。
○筑前煮のレシピ
材料(4人分)
鶏もも肉…150g
ニンジン…1/2個
ごぼう…半分
コンニャク…一丁
しいたけ…3枚
里芋…2、3個
絹さや…5~6枚(お好みで)
だし汁…1カップ
作り方
(1)こんにゃくは適当な大きさにちぎり、下ゆでする。ごぼうは2~3cm幅の斜め切りにして水にさらす。ニンジンは乱切りにする。
(2)鶏肉は余分な黄色い脂を取り除き、一口大に切る。
(3)鍋にサラダ油を熱して鶏肉を入れ、中火で表面の色が変わるくらいまで炒める。
(4)(1)を入れて、全体に油がまわるよう炒め合わせる。
(5)だし汁(※)を入れて、落し蓋(クッキングシート等で代用可)をして、弱火で20分ほど煮る。
(6)鍋底に煮汁が少し残るくらいまで煮込んで完成。お好みで絹さやを散らす。
※だし汁の作り方(顆粒だしでも可)
①鍋に水を入れて沸騰させてから火を止める。
②鰹節を一つかみ入れて、1~2分くらい置く。
③キッチンペーパー等を敷いたザルでこす。
「みりんと醤油が大さじ1.5ずつですが、大体の量を知るために測りながら入れてみてください。最初は目分量だと不安になってしまいますから」
「そうだね。入れすぎて失敗したくないなぁ」
大さじを使って、みりんと醤油を入れていく。入れた後の湯気がもう煮物の匂いだ。
「落し蓋をして、弱火で二十分ぐらい煮ていきます。落し蓋というと木の落し蓋のイメージですが、クッキングシートで代用できます。お菓子作りで使用するもので表面がツルツルしているものです」
福留くんはクッキングペーパーを四つ折りにすると、角を切って中心に穴を開ける。鍋の大きさに合わせて端を折り曲げて、鍋の上にのせた。
「空気穴を開けるとふきこぼれが防止できます。クッキングシートがないときは、クッキングペーパーでも、アルミホイルでも代用ができますよ」
「そもそも落し蓋を使うのは味を染み込ませるためかな?」
「その質問、良い質問です。味を染み込ませるのも役割の一つですが、材料が荷崩れするのを防いだり、時短にもなったり……と煮物をするには欠かせないのですよ」
火元を確認しながら火の強さを調整すると、福留くんは「その調子ですね」と褒めてくれた。
しばらくすると、福留くんはクッキングシートをめくって中身をかき混ぜる。
「五分に一度くらいは、かき混ぜながら煮ていきます」
「二十分くらい煮るというのは、できあがりの目安があるの?」
「鍋底に煮汁が少し残るくらいまでですね。味の濃さは味見をしながらの調整になりますが。僕はもう一品作りますので、鍋の様子を見ていてください」
福留くんは残ったしいたけの軸を使って何かを作るようだ。
ごぼうを包丁でささがきにして、ニンジンを千切りにする。流れるような作業に目を奪われた。
しいたけの軸を細く切ると、細長い具材が揃った。
「しいたけの軸入りの、きんぴらごぼうを作ろうかと思います」
煮物の鍋の横で、熱したフライパンにごま油を垂らした。
ごま油に香りは食欲を増進させる香り。ごぼうとニンジン、しいたけの軸を投入すると、さらにごま油の香りが立ち込める。
「すぐできるのでパパッと作っちゃいますよ」
しんなりするまで炒めると、酒を加えてから醤油とみりんで味付けをした。
完成まで五分も経っていない。スピード料理だ。
皿に盛り付けると小鉢が一つできあがった。
「煮物の方はどうですか?」
「煮汁がまだ残っているから、まだかも……」
「味見もしてみてくださいね」
「はーい」
クッキングシートを開けて、菜箸で取ったニンジンを口でふうふうと息を吹きかけてから味見する。
「もうちょっと味が染みた方がいいかな?」
「もう少し煮ましょうか」
腕時計をちらちらと見ていると、煮始めて二十分が経とうとしている。
クッキングシートをめくって再度味見をすると、塩辛くもなくて薄くもない絶妙なバランスのところだった。
「どうかなぁ? 私は丁度良いと思うんだけど」
「真島さんの感覚を信じてください。火を止めて良いと思いますよ」
(感覚を信じる、かぁ。疑心暗鬼になってしまうけれど、福留くんの言うように自分を信じてみようかな)
スイッチをひねって火を止めた。
お玉で筑前煮を皿に均等になるように入れていると、福留くんの視線を感じた。
「違います」
福留くんの料理センサーを押してしまったようだ。
「……違うって?」
訳がわからず聞き返すと、福留くんは「お玉を貸してください」と言った。
「盛り付けも料理の一部だと考えます。真島さんは平べったく盛り付けていますが、僕は少しやり方を変えて盛り付けてみますね」
中心を高く盛り付けて、山形のようになった。
お皿が二つ並ぶ。私が最初に盛り付けた皿と、福留くんが盛り付けた皿。
あっ、と気付く。
ライトの光が反射して、山形に盛り付けた方が立体感が出ている。
「福留くんが盛り付けたお皿の方が、美味しそうに見えるね」
「見た目も大事ですよね。真ん中に高さがあった方が美味しそうに見えますよね」
「修正可能?」
「大丈夫ですよ。やってみましょうか」
福留くんのアドバイス通りに、菜箸で筑前煮に高さを付けていく。修正後は自分が作ったようには見えなくなった。
「高さを付けていくのかぁ。いいね!」
テーブルに並んだのは筑前煮ときんぴら、焼き魚にご飯だ。筑前煮を一口食べて、じっくりと噛んで飲み込んだ。
「味の染み込み具合が優しくて好きかも」
「あ、僕も言おうと思っていました」
箸を置いた福留くんは続けて言う。
「真島さんは味覚が良いですよね。薄すぎず濃くない、絶妙な味に仕上がっています」
福留くんは私を誉めて一体どうしようとしているのだろうか。
「私を誉めても何も出てこないよ?」
ついつい本音ではないことを言ってしまう。どうして憎まれ口になっちゃうんだろう。
素直になれないから、私って可愛くない。
「心からそう思いますよ。料理では舌の感覚が大事になってきますから」
「舌の感覚、かぁ」
誰からも言われたことのなかった言葉をかけられて、本当かなぁと疑ってしまう。
──福留くんが上手に教えてくれたおかげだよ!
そう言えばよかったと、一瞬頭によぎった。
「しいたけの軸を入れたきんぴらも食べてみてくださいよ」
オススメしてくれる福留くんの嬉しそうな顔を見たら、小さなことは吹き飛んだ。
「わぁ。サクサクしてて、箸休めにちょうどいいね!」
「どんどん食べてください」
きんぴらに舌鼓を打ち、筑前煮に戻る。
優しい味……。
(味の濃さもちょうどいい。そうか、自分で作ると好みな味付けにできるんだね)
筑前煮は煮詰めることで味の調整ができる。優しい味わいにも濃くてパンチの効いた仕上がりにも自由自在。
一人で納得して、口直しにと福留くんの作ったきんぴらに手を伸ばした。
○筑前煮のレシピ
材料(4人分)
鶏もも肉…150g
ニンジン…1/2個
ごぼう…半分
コンニャク…一丁
しいたけ…3枚
里芋…2、3個
絹さや…5~6枚(お好みで)
だし汁…1カップ
作り方
(1)こんにゃくは適当な大きさにちぎり、下ゆでする。ごぼうは2~3cm幅の斜め切りにして水にさらす。ニンジンは乱切りにする。
(2)鶏肉は余分な黄色い脂を取り除き、一口大に切る。
(3)鍋にサラダ油を熱して鶏肉を入れ、中火で表面の色が変わるくらいまで炒める。
(4)(1)を入れて、全体に油がまわるよう炒め合わせる。
(5)だし汁(※)を入れて、落し蓋(クッキングシート等で代用可)をして、弱火で20分ほど煮る。
(6)鍋底に煮汁が少し残るくらいまで煮込んで完成。お好みで絹さやを散らす。
※だし汁の作り方(顆粒だしでも可)
①鍋に水を入れて沸騰させてから火を止める。
②鰹節を一つかみ入れて、1~2分くらい置く。
③キッチンペーパー等を敷いたザルでこす。
応援ありがとうございます!
11
お気に入りに追加
27
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる