勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里

文字の大きさ
69 / 98
第三部 竜の棲む村編

69 竜神さまとは

しおりを挟む
 緊張してきた。
 竜神さまとは、どんな方なんだろう。

 海藻のベッドを降りると、水の抵抗があるのか体の動きはゆっくりだ。
 部屋を見回すと、天井が高く、身長の高い魚族に合わせて作られているのが分かる。
 竜神さまも身長というか、頭から尾にかけての全長は私の二倍以上あるに違いない。

 と、海藻ののれんが揺れる。

「入らせてもらいます」

 低音の美声が響き渡る。
 現れたのは、白銀の長髪を背中になびかせた美しい男性だった。鼻筋は高く、目元は切れ長で、どこぞの貴族の家に置かれている彫刻かと思う。

 言われなくても分かる。竜神さまだ。
 背丈は私より頭三つ分くらい大きく、立ったまま見上げると赤い瞳と視線がかち合う。

 すると、麗しい目元が細められ、近寄りがたいオーラが一気に柔らかくなった。

「意識が戻ったと聞きましたが、具合はどうですか?」
「特に問題ないと思うわ」

 私の返答に、竜神さまは胸に手を当てて息を吐く。
 
「良かった……。ロザリー。会いたかったです」

 ええっと。どなたでしょうか?
 私の記憶が正しければ、竜神さまに会ったことはないはず。
 でも、私の名前を知っているということは……どういうこと⁉︎

 うーん。知り合いのふりをするのは、ボロが出て後悔することになりそう。
 ああもう、聞いてしまえ!

「竜神さま。不敬を承知で申しますが、私が竜神さまにお会いしたことはありましたでしょうか?」

 機嫌を損ねませんように、と願いながら丁寧な言葉で尋ねる。
 すると、竜神さまは一度瞬きをしてから口を開いた。
 
「ああ、そうか。あのときと姿が異なっているから、ロザリーが分からないのは当然ですね」

「あのときというのは……」

 全く身に覚えがないのが怖い。いつ竜神さまに出会ったんだ、私。

「一年前くらいに、怪我をしたトカゲを助けたのを覚えていませんか?」

 それは覚えている。
 勇者パーティで旅へ出たときに、道で倒れていたトカゲを介抱したことがある。
 
 勇者アーサーは「汚いトカゲは放っておけ。弱い動物は淘汰される運命だ」と言って、見て見ぬふりをした。

 それに我慢ならなかった私は、アーサーから静止されるのを振り払って、回復魔法をかけた。多少の傷だったらそれで治るはずだったけれど、傷は大きく、回復までには数日かかった。

 アーサーやソニアからは「無駄なことをするな」「気持ち悪い生き物を飼わないで」と不評だったけれど。
 
「トカゲを助けたことはあるけど……」
 
 あのトカゲが竜神さまってこと⁉︎

 あのときの旅先の部屋では、私が着替えをしている間はくるっと背中を見せているとは思っていたのよ!
 あの動きは気のせいではなかったわ!
 まさか、ただのトカゲじゃなくて、竜神さまだったなんて!

「成人したばかりの頃で……力が安定せずに暴走して大怪我を負ってしまいました。しまいには、竜の姿が保てなくなり、トカゲの形になったのです。そんな中、ロザリーに助けられただけでなく、ユキちゃんと名前を付けてもらったことが、とても嬉しかったんです。竜神には名前などありませんから」

 灰色のトカゲだったのに、光に当たると反射で白く見えるから雪っぽくて「ユキちゃん」と呼んでいたっけ。
 待って。適当に付けただけの名前なのに、頬を染めて喜ばないで!

「あのときに私が助けたのが竜神さまだったんですね」
 
「その節はありがとうございました。そして、お礼がずっとできずに申し訳ありません。ロザリーのところへ駆けつけたかったのですが、この湖の守り神として、この地を離れることができませんでした」

 竜は気位が高いと聞いていたのに、流れるように頭を下げた。その拍子に、彼の肩から白銀の髪が水に揺られながら前に落ちる。

「ロザリーの気配を感じて、竜の宮へ呼び寄せることにしましたが……手荒な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」
 
 竜神さまは再度頭を下げる。
 迷惑を受けたことには違いないのに、竜神さまの謝罪にはそわそわとして、どうも落ち着かない。

「この通り、ピンピンしてるんだから、大丈夫よ。許すわ。竜神さま、それ以上は謝らないで」

「ありがとうございます。ロザリーは優しい。……私のことはぜひ、あのときと同じようにユキと呼んでください」

 それは、いくらなんでもできません!
 自分の付けた名前とはいえ、竜神さまのことを「ユキ」と呼ぶなんて、罰当たり過ぎる。そんな事実を知っていたら、恐れ多くてあだ名は付けなかったわ。

「……ダメでしょうか」

 私が言葉に詰まったのを見て、竜神さまは眉を下げておねだりしてくる。
 これは、しっかりとお断りしなくては。甘やかしてはいけない。

「ダメです! ……第一、招かれただけの人間がそう呼んでいたら、竜の宮にいる他の方たちからどのように思われるでしょうか。失礼な人間だと思われるのでは?」

「……招かれただけの人間でなければいいのですね」
 
 竜神さまはボソリと呟く。
 何やら意味深なことを言ってくるわね。
 もしかして、友人になってほしいとか? それなら、喜んでなりますとも! 恐れ多いには違いないけれど!

「ユキと呼んでもらうのは、今は諦めます。ロザリーの呼びやすい名前で」

 竜神さまから撤回してくれた。私の困った様子を察してくれたようだ。

「わかりました。やっぱり竜神さまと呼ばせてください」

「では、私もロザリーさまと呼びましょう」

 竜神さまはいたずらな笑みを浮かばせた。
 おおっとー⁉︎ ダメダメ! 良くないに決まってるでしょう?
 私はすぐに抗議する。

「竜神さまが呼びやすいのはロザリーでしょう? そこは変えてほしくないわ」

「そうですね。そうさせてもらいます」

 ああ良かった。納得してくれたようで安心だ。
 緊張が緩んで、貸してもらった服が大きかったのか、思い切り服の裾を足で踏んでしまい――。

 ボフッ!

 前に倒れる。あろうことか、竜神さまの胸の中へ飛び込む形に……!

「大丈夫ですか?」

 私の顔を覗き込んでくる眉目秀麗な顔。
 あー! やってしまった!
 服の裾を踏んで転けるとは、恥ずかし過ぎる!

「だ、大丈夫です……」

 ドギマギしながら体を離すも、竜神さまは私に視線を向けたまま、竜の言語で呪文を唱えた。

「これで服をロザリーの体に合わせました。不便があれば、何でも言ってくださいね」

 あっ、服のサイズが私に合わせて縮んでいる!
 床にすれすれだった服の裾が、くるぶしの丈になった。一気に歩きやすくなった。

「ありがとうございます」
「どういたしまして。当然のことをしたまでです」

 涼しげな顔が美丈夫過ぎる。
 美男美女の村で見慣れたはずなのに、さらに上がいるとは恐ろしいわ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する

鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】 余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。 いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。 一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。 しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。 俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...