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第三部 竜の棲む村編

69 竜神さまとは

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 緊張してきた。
 竜神さまとは、どんな方なんだろう。

 海藻のベッドを降りると、水の抵抗があるのか体の動きはゆっくりだ。
 部屋を見回すと、天井が高く、身長の高い魚族に合わせて作られているのが分かる。
 竜神さまも身長というか、頭から尾にかけての全長は私の二倍以上あるに違いない。

 と、海藻ののれんが揺れる。

「入らせてもらいます」

 低音の美声が響き渡る。
 現れたのは、白銀の長髪を背中になびかせた美しい男性だった。鼻筋は高く、目元は切れ長で、どこぞの貴族の家に置かれている彫刻かと思う。

 言われなくても分かる。竜神さまだ。
 背丈は私より頭三つ分くらい大きく、立ったまま見上げると赤い瞳と視線がかち合う。

 すると、麗しい目元が細められ、近寄りがたいオーラが一気に柔らかくなった。

「意識が戻ったと聞きましたが、具合はどうですか?」
「特に問題ないと思うわ」

 私の返答に、竜神さまは胸に手を当てて息を吐く。
 
「良かった……。ロザリー。会いたかったです」

 ええっと。どなたでしょうか?
 私の記憶が正しければ、竜神さまに会ったことはないはず。
 でも、私の名前を知っているということは……どういうこと⁉︎

 うーん。知り合いのふりをするのは、ボロが出て後悔することになりそう。
 ああもう、聞いてしまえ!

「竜神さま。不敬を承知で申しますが、私が竜神さまにお会いしたことはありましたでしょうか?」

 機嫌を損ねませんように、と願いながら丁寧な言葉で尋ねる。
 すると、竜神さまは一度瞬きをしてから口を開いた。
 
「ああ、そうか。あのときと姿が異なっているから、ロザリーが分からないのは当然ですね」

「あのときというのは……」

 全く身に覚えがないのが怖い。いつ竜神さまに出会ったんだ、私。

「一年前くらいに、怪我をしたトカゲを助けたのを覚えていませんか?」

 それは覚えている。
 勇者パーティで旅へ出たときに、道で倒れていたトカゲを介抱したことがある。
 
 勇者アーサーは「汚いトカゲは放っておけ。弱い動物は淘汰される運命だ」と言って、見て見ぬふりをした。

 それに我慢ならなかった私は、アーサーから静止されるのを振り払って、回復魔法をかけた。多少の傷だったらそれで治るはずだったけれど、傷は大きく、回復までには数日かかった。

 アーサーやソニアからは「無駄なことをするな」「気持ち悪い生き物を飼わないで」と不評だったけれど。
 
「トカゲを助けたことはあるけど……」
 
 あのトカゲが竜神さまってこと⁉︎

 あのときの旅先の部屋では、私が着替えをしている間はくるっと背中を見せているとは思っていたのよ!
 あの動きは気のせいではなかったわ!
 まさか、ただのトカゲじゃなくて、竜神さまだったなんて!

「成人したばかりの頃で……力が安定せずに暴走して大怪我を負ってしまいました。しまいには、竜の姿が保てなくなり、トカゲの形になったのです。そんな中、ロザリーに助けられただけでなく、ユキちゃんと名前を付けてもらったことが、とても嬉しかったんです。竜神には名前などありませんから」

 灰色のトカゲだったのに、光に当たると反射で白く見えるから雪っぽくて「ユキちゃん」と呼んでいたっけ。
 待って。適当に付けただけの名前なのに、頬を染めて喜ばないで!

「あのときに私が助けたのが竜神さまだったんですね」
 
「その節はありがとうございました。そして、お礼がずっとできずに申し訳ありません。ロザリーのところへ駆けつけたかったのですが、この湖の守り神として、この地を離れることができませんでした」

 竜は気位が高いと聞いていたのに、流れるように頭を下げた。その拍子に、彼の肩から白銀の髪が水に揺られながら前に落ちる。

「ロザリーの気配を感じて、竜の宮へ呼び寄せることにしましたが……手荒な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」
 
 竜神さまは再度頭を下げる。
 迷惑を受けたことには違いないのに、竜神さまの謝罪にはそわそわとして、どうも落ち着かない。

「この通り、ピンピンしてるんだから、大丈夫よ。許すわ。竜神さま、それ以上は謝らないで」

「ありがとうございます。ロザリーは優しい。……私のことはぜひ、あのときと同じようにユキと呼んでください」

 それは、いくらなんでもできません!
 自分の付けた名前とはいえ、竜神さまのことを「ユキ」と呼ぶなんて、罰当たり過ぎる。そんな事実を知っていたら、恐れ多くてあだ名は付けなかったわ。

「……ダメでしょうか」

 私が言葉に詰まったのを見て、竜神さまは眉を下げておねだりしてくる。
 これは、しっかりとお断りしなくては。甘やかしてはいけない。

「ダメです! ……第一、招かれただけの人間がそう呼んでいたら、竜の宮にいる他の方たちからどのように思われるでしょうか。失礼な人間だと思われるのでは?」

「……招かれただけの人間でなければいいのですね」
 
 竜神さまはボソリと呟く。
 何やら意味深なことを言ってくるわね。
 もしかして、友人になってほしいとか? それなら、喜んでなりますとも! 恐れ多いには違いないけれど!

「ユキと呼んでもらうのは、今は諦めます。ロザリーの呼びやすい名前で」

 竜神さまから撤回してくれた。私の困った様子を察してくれたようだ。

「わかりました。やっぱり竜神さまと呼ばせてください」

「では、私もロザリーさまと呼びましょう」

 竜神さまはいたずらな笑みを浮かばせた。
 おおっとー⁉︎ ダメダメ! 良くないに決まってるでしょう?
 私はすぐに抗議する。

「竜神さまが呼びやすいのはロザリーでしょう? そこは変えてほしくないわ」

「そうですね。そうさせてもらいます」

 ああ良かった。納得してくれたようで安心だ。
 緊張が緩んで、貸してもらった服が大きかったのか、思い切り服の裾を足で踏んでしまい――。

 ボフッ!

 前に倒れる。あろうことか、竜神さまの胸の中へ飛び込む形に……!

「大丈夫ですか?」

 私の顔を覗き込んでくる眉目秀麗な顔。
 あー! やってしまった!
 服の裾を踏んで転けるとは、恥ずかし過ぎる!

「だ、大丈夫です……」

 ドギマギしながら体を離すも、竜神さまは私に視線を向けたまま、竜の言語で呪文を唱えた。

「これで服をロザリーの体に合わせました。不便があれば、何でも言ってくださいね」

 あっ、服のサイズが私に合わせて縮んでいる!
 床にすれすれだった服の裾が、くるぶしの丈になった。一気に歩きやすくなった。

「ありがとうございます」
「どういたしまして。当然のことをしたまでです」

 涼しげな顔が美丈夫過ぎる。
 美男美女の村で見慣れたはずなのに、さらに上がいるとは恐ろしいわ。
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