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7 私の叔父
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家族同然に育ててもらった叔父さんに恋心を抱いたのは、いつからだろう。
10才の時、飛行機事故で両親を亡くした私を引き取ると言ってくれたのは、社会人になりたての叔父さんだった。祖父母は地方在住で、住み慣れた町から離れたくないと駄々をこねた私のために、叔父さんは新卒で働き始めた会社を辞めて水商売に転職し、私と一緒に住んでくれた。
「兄さんの忘れ形見だ。俺がお前を引き取ってやるよ」
葬儀後、そう言って私の肩に手を置いた叔父さんの顔を私は一生忘れないだろう。
親戚からの反対もあったが、叔父さんの決意は固く、大きなアパートに引っ越したことと収入があることを説明して、何とか説得した。
「蒼介《そうすけ》くんは大手企業に勤め始めたんだよね? やっぱり子どもの面倒を見るなんて無理じゃないか?」
叔父さんを心配し、そう提言した親戚がいた。
「大手企業は辞めました。残業が多くて、アカネと一緒に過ごす時間が減ってしまうからです。そこで急遽、水商売で働くことにしました」
「蒼介くんが水商売!?」
「はい。あ、でもアカネが大学に入る頃には辞めます」
「そこまでして……」
「はい。アカネのためですから」
叔父さんがそこまで私の面倒を見てくれるとは思っていなかったのだろう。親戚一同は驚きを隠せなかったが、叔父さんの決意は固かった。
それに、と叔父さんは付け加えた。
「アカネに不自由な思いをさせたくないんです」
そう言って私を愛おしそうに見る叔父さんの顔を私は忘れられないだろう。
もうこの時点で好きになっていたと思う。いや、きっとその前から惹かれていたんだろう。
叔父さんの決意が固いと知ると、親戚の人々はそれ以上何も言わなかった。
水商売で働き始めた叔父さんは、私を学校に通わせてくれて、生活費に困ることはなかった。たまに帰りが遅くなると「ごめんな」と謝ってくれた。
両親を亡くしたことよりも、もしかしたら叔父とは結婚できないという事実を知った時の方が絶望感は大きかったかもしれない。
大学に進学すると、授業で、叔父と姪が結婚してはいけないことを知った私は愕然とした。
叔父さんは間違いなく私を可愛がってくれている。だが、それは姪を可愛がる気持ちであって、異性に対してではない。
そこで私は悟ったのである。
叔父さんにとっての望みは私が大学を卒業し、就職して、人生のパートナーを見つけることだと。
私のこの気持ちは知られてはならない。叔父さんが望むのは、私の幸せなのだ。
叔父さんは「アカネの好きなように生きなさい」と言ってくれたので、法律を学んだ知識を活かして探偵事務所に就職することになった。
私の就職先が決まるのとほぼ同時期に、叔父さんは起業して、建設資材を扱う会社を立ち上げた。その事務員として働く選択肢もあると言われたが、もう叔父さんから離れなくてはいけないと思い、断った。
「やりたいことがあるの。ごめんね」
「そうか、分かった。頑張ってな」
そう言って私の頭をくしゃくしゃと撫でる叔父の顔は、父親のそれだった。
「この前、私の好きなように生きなさいって言ってくれたけど、蒼介さんも好きな人がいたら遠慮なく結婚してね」
「ありがとう。でも、タイミングもあるからね……」
叔父さんは困ったように笑った。今までに彼女ができたこともあるけれど、どうしても結婚に繋がらなかったらしい。
「アカネも好きな男ができたら遠慮せずに言えよ」
「うん!」
叔父さんの望み通りに生きようと思った私は、このタイミングで一人暮らしを始めて、叔父さんから離れることにした。
◇
「あの……大丈夫ですか?」
ハッと我に返ると、私を覗き込むように見る女性の顔が近くにあった。
そうだ。ここは花嫁ゲームの休憩室で、椅子に座ってうたた寝してしまったらしい。
「すみません、大丈夫です」
私が慌てて姿勢を正すと女性は安心したように微笑んだ。
「私、田端《たばた》ミノリと申します。よろしくお願いします」
「あっ……よろしくお願いします。私は九条アカネと申します」
私が挨拶すると、女性は嬉しそうに笑った。
田端ミノリさんは花嫁ゲームの参加者の一人で、年齢は24歳だという。私よりも4歳も若くて少し驚いたけれど、溢れた笑顔が優しくて親しみが持てたような気がした。
私たちはしばらく雑談した。彼女は話しやすい人で、すぐに打ち解けることができた。
「両親の借金のカタに花嫁ゲームに参加することになったんです」と彼女は言った。
「借金ですか……それは大変ですね」と私は同情した。
「はい……。でも、花嫁ゲームで勝ち上がれば借金を返すことができるかもしれません」
そう言ったミノリさんの目が悲しそうで、私は胸が苦しくなった。彼女を励ましてあげたいと思ったけれど、何を言えばいいのか分からない。私は彼女にかける言葉を探すうちに黙り込んでしまった。すると彼女は笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい……こんな話をしてしまって」
「いえ……」
私はそう答えるのが精一杯だった。
休憩室の扉が開き、メイドが現れた。
「これで休憩時間は終わりとなります。ゲームを再開しますので、会場にお戻りください」
私たちは席を立ち、会場に戻った。そして、次のゲームが始まろうとしていた……。
10才の時、飛行機事故で両親を亡くした私を引き取ると言ってくれたのは、社会人になりたての叔父さんだった。祖父母は地方在住で、住み慣れた町から離れたくないと駄々をこねた私のために、叔父さんは新卒で働き始めた会社を辞めて水商売に転職し、私と一緒に住んでくれた。
「兄さんの忘れ形見だ。俺がお前を引き取ってやるよ」
葬儀後、そう言って私の肩に手を置いた叔父さんの顔を私は一生忘れないだろう。
親戚からの反対もあったが、叔父さんの決意は固く、大きなアパートに引っ越したことと収入があることを説明して、何とか説得した。
「蒼介《そうすけ》くんは大手企業に勤め始めたんだよね? やっぱり子どもの面倒を見るなんて無理じゃないか?」
叔父さんを心配し、そう提言した親戚がいた。
「大手企業は辞めました。残業が多くて、アカネと一緒に過ごす時間が減ってしまうからです。そこで急遽、水商売で働くことにしました」
「蒼介くんが水商売!?」
「はい。あ、でもアカネが大学に入る頃には辞めます」
「そこまでして……」
「はい。アカネのためですから」
叔父さんがそこまで私の面倒を見てくれるとは思っていなかったのだろう。親戚一同は驚きを隠せなかったが、叔父さんの決意は固かった。
それに、と叔父さんは付け加えた。
「アカネに不自由な思いをさせたくないんです」
そう言って私を愛おしそうに見る叔父さんの顔を私は忘れられないだろう。
もうこの時点で好きになっていたと思う。いや、きっとその前から惹かれていたんだろう。
叔父さんの決意が固いと知ると、親戚の人々はそれ以上何も言わなかった。
水商売で働き始めた叔父さんは、私を学校に通わせてくれて、生活費に困ることはなかった。たまに帰りが遅くなると「ごめんな」と謝ってくれた。
両親を亡くしたことよりも、もしかしたら叔父とは結婚できないという事実を知った時の方が絶望感は大きかったかもしれない。
大学に進学すると、授業で、叔父と姪が結婚してはいけないことを知った私は愕然とした。
叔父さんは間違いなく私を可愛がってくれている。だが、それは姪を可愛がる気持ちであって、異性に対してではない。
そこで私は悟ったのである。
叔父さんにとっての望みは私が大学を卒業し、就職して、人生のパートナーを見つけることだと。
私のこの気持ちは知られてはならない。叔父さんが望むのは、私の幸せなのだ。
叔父さんは「アカネの好きなように生きなさい」と言ってくれたので、法律を学んだ知識を活かして探偵事務所に就職することになった。
私の就職先が決まるのとほぼ同時期に、叔父さんは起業して、建設資材を扱う会社を立ち上げた。その事務員として働く選択肢もあると言われたが、もう叔父さんから離れなくてはいけないと思い、断った。
「やりたいことがあるの。ごめんね」
「そうか、分かった。頑張ってな」
そう言って私の頭をくしゃくしゃと撫でる叔父の顔は、父親のそれだった。
「この前、私の好きなように生きなさいって言ってくれたけど、蒼介さんも好きな人がいたら遠慮なく結婚してね」
「ありがとう。でも、タイミングもあるからね……」
叔父さんは困ったように笑った。今までに彼女ができたこともあるけれど、どうしても結婚に繋がらなかったらしい。
「アカネも好きな男ができたら遠慮せずに言えよ」
「うん!」
叔父さんの望み通りに生きようと思った私は、このタイミングで一人暮らしを始めて、叔父さんから離れることにした。
◇
「あの……大丈夫ですか?」
ハッと我に返ると、私を覗き込むように見る女性の顔が近くにあった。
そうだ。ここは花嫁ゲームの休憩室で、椅子に座ってうたた寝してしまったらしい。
「すみません、大丈夫です」
私が慌てて姿勢を正すと女性は安心したように微笑んだ。
「私、田端《たばた》ミノリと申します。よろしくお願いします」
「あっ……よろしくお願いします。私は九条アカネと申します」
私が挨拶すると、女性は嬉しそうに笑った。
田端ミノリさんは花嫁ゲームの参加者の一人で、年齢は24歳だという。私よりも4歳も若くて少し驚いたけれど、溢れた笑顔が優しくて親しみが持てたような気がした。
私たちはしばらく雑談した。彼女は話しやすい人で、すぐに打ち解けることができた。
「両親の借金のカタに花嫁ゲームに参加することになったんです」と彼女は言った。
「借金ですか……それは大変ですね」と私は同情した。
「はい……。でも、花嫁ゲームで勝ち上がれば借金を返すことができるかもしれません」
そう言ったミノリさんの目が悲しそうで、私は胸が苦しくなった。彼女を励ましてあげたいと思ったけれど、何を言えばいいのか分からない。私は彼女にかける言葉を探すうちに黙り込んでしまった。すると彼女は笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい……こんな話をしてしまって」
「いえ……」
私はそう答えるのが精一杯だった。
休憩室の扉が開き、メイドが現れた。
「これで休憩時間は終わりとなります。ゲームを再開しますので、会場にお戻りください」
私たちは席を立ち、会場に戻った。そして、次のゲームが始まろうとしていた……。
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