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おとぎ話
おとぎ話?
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――めでたしめでたし。
執務室の机の上で報告書を読み終えるとわたしは空中に投影されたそれを手で払い、視界から消した。
ムダに長い文章を読んでため息を吐く。
魔術によりペーパーレス化が進んだ公国では報告書のほとんどはデータとして魔術で送られてくる。
国民の大半が魔術に長け、技術革新の進んだ公国ならではだが、この技術のほとんどは諸外国に知られていない。
今回はいち早く報告書が欲しかったので危険を承知で隣国から送らせたのだが、内容があまりにおかしくて、読むのに疲れはしたものの、わたしはついつい笑ってしまった。
「お嬢様、笑いどころなんてありましたか?」
「面白いじゃない。王女の特徴をよく捉えているし、あれがこれになるのよ? 隣国の人に去年のドタバタ劇がこんなふうに伝わってるかと思うとわたし、おかしくておかしくて」
「僕には全くおもしろくありませんでしたよ。お嬢様がまるで悪役じゃないですか」
茶色と白の縞模様のしっぽを大きく膨らませて憤慨しているフィンをよそにわたしは次の報告書を呼び出した。
右手の手のひらを上にあげ弾くようにすると出てくる一覧から目的のものを指で叩く。
また現れた青白い光で映し出された報告書に目を通す。
――クラメール王国では王女の結婚により、敵対ムード一色だった国民感情は一気に友好ムードへ加速してる。リーレイ公太子とアビゲイル様以外は
これにもまた思わず笑う。
そう、わたしとリーレイ以外ね。ここまで悪し様に描かれていては仕方のないことだわ。
むしろ好都合ね。
一度落ちた評価は後は上がるだけ。悪者が少しでも善行を行えば、人はそれをすぐ褒め称えるようになるわ。
クラメールは一昨年から日照り続きで農作物に影響が出始めているから手始めに関税を引き下げて農作物の輸出制限を緩和させるでしょう。
リーレイが。
もちろんそのときにはファネットゥ王女との婚約解消についての謝罪の意味も込めておけば、より効果的だわ。
わたしが提言するまでもなく、リーレイならもうとっくに準備しているはず。
そうなるとここも貿易港としていつも以上ににぎやかになるから、少し警備を厚くしておこうかしら。
いくら同盟国になったとはいえもともとが百年も戦争していたから小さなことで諍いが起きやすい。
「フィン、警備の増強について警備隊のオリヴァーに考えさせておいてもらえる? 明日のこともあるから忙しいと思うけど」
「かしこまりました、卿」
「……まだ卿は早いわよ」
普段は猫背でだらりとしている背筋をピンと伸ばして答える補佐官のフィンに苦言を呈すると、フィンはまたいつものふにゃりとした顔に戻って執務室の扉を開けた。
「でも明日じゃないですか、叙爵」
フィンが振り返りながら言うのでわたしはそれにまた注釈を付けた。
「そうよ、明日よ? だから今日まではまだわたしはサウスラーザン辺境伯令嬢、アビゲイル・コースティよ」
早く行きなさいと手を振ると、しっぽを振ることで返事をするフィン。結局敬ってるのかバカにしてるのかわからない態度にわたしはまたため息をついた。
この部屋は執務室と言ってもほとんど私室に近い。
大きな棚に並ぶのは趣味で集めた古い魔術書や童話。それからわたしの大事な宝物。
魔術を掛けて枯らさないようにした野の花で作られた小さな花束。
ヘタマイトを加工して作られた狼。
西にあるトラウェスト産の絹織物で作られた萌黄色の刺繍がされたスカーフ。
半年ぶりに訪れた時でもそれらはきれいに並べられ、チリ一つなかった。
ファンデラント公国の最南端、サウスラーザン辺境伯領の東西に伸びる長い海岸線に建てられた要塞。
ここがわたしの故郷であり、幼い頃から育った土地だ。
コースティ家は特に魔術に秀でた家系でその力を使って公国の安全を担っていた。
その結果このサウスラーザンの土地を拝領したのが百年前。南に位置するサウスラーザンは温暖で一年を通して過ごしやすい。
しかし、海を超えたさらに南に位置するクラメール王国との長い戦争によりこの土地は最前線の基地となっていた。
この断崖絶壁に建てられた強固な要塞が、そのままコースティ家の屋敷でもあった。
といってもわたしが生まれてからはほとんど大きな戦はない。
時折、海賊のようなクラメール王国の船が寄ってくる程度。それも彼らは生活に疲弊してやむなく海賊をやっているような様相だった。
だからここはわたしにとっては戦争などとは無縁の遊び場でしかなかった。
昔は砲台を設置していた頑強なバルコニーに出ると南から来る温かい風が赤い髪を揺らした。
ひとつにまとめただけの簡素な髪型はきっと辺境伯令嬢としてはふさわしくないのかもしれない。
服装だってそう。
装飾もなにもない白いブラウスに一見したらロングスカートに見える幅の広い茶のキュロット。編み上げのブーツには土もついていた。
ふと衣装部屋に押し込んだままのロングドレスを思い出す。
リーレイとの婚約を解消されてからほとんど出番のなかったそれらは脇役であるわたしにはふさわしいとは言えなかった。
なんせおとぎ話の主人公はファネットゥ王女だ。
わたしは彼女を虐げる悪役……。
だめだ、やっぱり笑える。
おとぎ話? あれはそんなもんじゃないわ、また戦争が始まる可能性を孕んだ、喜劇だわ。
執務室の机の上で報告書を読み終えるとわたしは空中に投影されたそれを手で払い、視界から消した。
ムダに長い文章を読んでため息を吐く。
魔術によりペーパーレス化が進んだ公国では報告書のほとんどはデータとして魔術で送られてくる。
国民の大半が魔術に長け、技術革新の進んだ公国ならではだが、この技術のほとんどは諸外国に知られていない。
今回はいち早く報告書が欲しかったので危険を承知で隣国から送らせたのだが、内容があまりにおかしくて、読むのに疲れはしたものの、わたしはついつい笑ってしまった。
「お嬢様、笑いどころなんてありましたか?」
「面白いじゃない。王女の特徴をよく捉えているし、あれがこれになるのよ? 隣国の人に去年のドタバタ劇がこんなふうに伝わってるかと思うとわたし、おかしくておかしくて」
「僕には全くおもしろくありませんでしたよ。お嬢様がまるで悪役じゃないですか」
茶色と白の縞模様のしっぽを大きく膨らませて憤慨しているフィンをよそにわたしは次の報告書を呼び出した。
右手の手のひらを上にあげ弾くようにすると出てくる一覧から目的のものを指で叩く。
また現れた青白い光で映し出された報告書に目を通す。
――クラメール王国では王女の結婚により、敵対ムード一色だった国民感情は一気に友好ムードへ加速してる。リーレイ公太子とアビゲイル様以外は
これにもまた思わず笑う。
そう、わたしとリーレイ以外ね。ここまで悪し様に描かれていては仕方のないことだわ。
むしろ好都合ね。
一度落ちた評価は後は上がるだけ。悪者が少しでも善行を行えば、人はそれをすぐ褒め称えるようになるわ。
クラメールは一昨年から日照り続きで農作物に影響が出始めているから手始めに関税を引き下げて農作物の輸出制限を緩和させるでしょう。
リーレイが。
もちろんそのときにはファネットゥ王女との婚約解消についての謝罪の意味も込めておけば、より効果的だわ。
わたしが提言するまでもなく、リーレイならもうとっくに準備しているはず。
そうなるとここも貿易港としていつも以上ににぎやかになるから、少し警備を厚くしておこうかしら。
いくら同盟国になったとはいえもともとが百年も戦争していたから小さなことで諍いが起きやすい。
「フィン、警備の増強について警備隊のオリヴァーに考えさせておいてもらえる? 明日のこともあるから忙しいと思うけど」
「かしこまりました、卿」
「……まだ卿は早いわよ」
普段は猫背でだらりとしている背筋をピンと伸ばして答える補佐官のフィンに苦言を呈すると、フィンはまたいつものふにゃりとした顔に戻って執務室の扉を開けた。
「でも明日じゃないですか、叙爵」
フィンが振り返りながら言うのでわたしはそれにまた注釈を付けた。
「そうよ、明日よ? だから今日まではまだわたしはサウスラーザン辺境伯令嬢、アビゲイル・コースティよ」
早く行きなさいと手を振ると、しっぽを振ることで返事をするフィン。結局敬ってるのかバカにしてるのかわからない態度にわたしはまたため息をついた。
この部屋は執務室と言ってもほとんど私室に近い。
大きな棚に並ぶのは趣味で集めた古い魔術書や童話。それからわたしの大事な宝物。
魔術を掛けて枯らさないようにした野の花で作られた小さな花束。
ヘタマイトを加工して作られた狼。
西にあるトラウェスト産の絹織物で作られた萌黄色の刺繍がされたスカーフ。
半年ぶりに訪れた時でもそれらはきれいに並べられ、チリ一つなかった。
ファンデラント公国の最南端、サウスラーザン辺境伯領の東西に伸びる長い海岸線に建てられた要塞。
ここがわたしの故郷であり、幼い頃から育った土地だ。
コースティ家は特に魔術に秀でた家系でその力を使って公国の安全を担っていた。
その結果このサウスラーザンの土地を拝領したのが百年前。南に位置するサウスラーザンは温暖で一年を通して過ごしやすい。
しかし、海を超えたさらに南に位置するクラメール王国との長い戦争によりこの土地は最前線の基地となっていた。
この断崖絶壁に建てられた強固な要塞が、そのままコースティ家の屋敷でもあった。
といってもわたしが生まれてからはほとんど大きな戦はない。
時折、海賊のようなクラメール王国の船が寄ってくる程度。それも彼らは生活に疲弊してやむなく海賊をやっているような様相だった。
だからここはわたしにとっては戦争などとは無縁の遊び場でしかなかった。
昔は砲台を設置していた頑強なバルコニーに出ると南から来る温かい風が赤い髪を揺らした。
ひとつにまとめただけの簡素な髪型はきっと辺境伯令嬢としてはふさわしくないのかもしれない。
服装だってそう。
装飾もなにもない白いブラウスに一見したらロングスカートに見える幅の広い茶のキュロット。編み上げのブーツには土もついていた。
ふと衣装部屋に押し込んだままのロングドレスを思い出す。
リーレイとの婚約を解消されてからほとんど出番のなかったそれらは脇役であるわたしにはふさわしいとは言えなかった。
なんせおとぎ話の主人公はファネットゥ王女だ。
わたしは彼女を虐げる悪役……。
だめだ、やっぱり笑える。
おとぎ話? あれはそんなもんじゃないわ、また戦争が始まる可能性を孕んだ、喜劇だわ。
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