わたしの愛する黒い狼

三谷玲

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喜劇の舞台裏

私の嫌いなふたりの天才 5

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 イーノックが旅立ち、最初の二年はこまめにどこにいるか、どうなっているのかと連絡すれば返事が来ていた。
 国内で似たような症例がないか、回復した人はいないか、薬はあるのか。
 イーノックは事細かに返事をしていた。
 新種のきのこを見つけては公都へと送って寄越した。それは薬にならなかったが滋養強壮に良いものだと判明し、体力回復の栄養剤として、これから生産が開始されることになっている。
 今度は幻獣と呼ばれるユニコーンを探しに山へと進んだ。
 そこで遭遇したユニコーンとは似ても似つかない、しかし角が一本ある岩竜という魔獣を倒してはその角を送って寄越した。これは傷薬の材料として重宝されているものだが、まるごと一本採取されるのは珍しい。たいていは死体が見つかりすでに獣に齧られた後の傷物。それが生きている間に角を折ったものが一本丸々。傷物よりも効果が高いと、薬師らが興奮していたと、リーレイも驚いていた。

 行く先々で何かしらの発見をするが、母親の病に直結する薬は手に入れることができなかった。
 しばらくしてイーノックからの連絡が少しずつ遅れるようになった。
 薬を探して潜り込んだ洞窟が奥深く、魔術が通らなかったりだとか、滑落の危険のある高山を登る最中で集中していただとか。

 とうとう連絡が取れなくなったのが一年前。
 国内で彼を見たという情報すら届かなくなった。
 最後に連絡が来たのは北東にある島の海岸だった。
 国外に出てしまうと、連絡はさらに取りづらい。
 公国のこの魔術による連絡方法は、諸外国には秘匿している。慎重に連絡を取る必要があるため、頻繁に送ることができないのだ。

 公国の法律でサウスラーザン次期辺境伯の空位期間は五年と定められていた。
 ふたりの父親であるコースティ家当主の有事の際、すぐに替えがいなければ国体に関わるからだ。
 幸いにして戦争はほぼ休戦状態であり、有事などはなかったので当初はイーノックの失踪に誰もが楽観視していた。
 この長きにわたる戦争で疲弊しているのはクラメール王国だけで、公国はその間、様々な技術革新により国内は潤沢である。クラメール王国以外の諸外国との交易のおかげで外貨も十分。有事、などというのは私達には遠い昔の出来事だった。
 ところが、法で定める空位期間が残り一年になると議会は紛糾しはじめていた。
 このままイーノックがいなくなれば、次期辺境伯をアビゲイルと定める必要がある。彼女以上に適任者がいないためだ。
 ならば公太子との婚約も解消する必要があるのではないかと。
 特に声を高らかにしたのが、公太子の外戚を狙っていたノースフレイル辺境伯だ。
 野心はあれど知恵のない彼の唯一の望みだったのだろう。彼の一人娘であるハーパーは未だ婚約者を決められずにいた。
 一度、まだリーレイに嫉妬していた頃、私にもハーパーとの婚約の話があがった。しかし、ただの子爵の五男だった私はノースフレイル辺境伯の眼鏡に適わなかったのだろう。あちらから無碍なく断られたが、リーレイとの仲が深まると、再度打診された。今度はこちらから丁重にお断りをさせてもらった。

 そんな中でクラメール王国からの間者による、公太子と王女の政略結婚の話が舞い込んできたのである。
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