わたしの愛する黒い狼

三谷玲

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喜劇の舞台裏

私の嫌いなふたりの天才 4

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 私とリーレイが学院を卒業する年、とうとう病の床に伏していたアビゲイルの母親が亡くなった。
 葬儀はひっそりとしめやかに執り行われ、遺体はサウスラーザンの要塞近くの丘の墓へと埋葬された。

 その直後、アビゲイルが倒れた。

 母親の死と移動の疲れ、父親との対面。
 彼女と彼女の父親の守護精霊同士の相性が良すぎた。アビゲイルはその精霊を御すことが出来ず、発熱を繰り返していたのだった。
 父親との距離を取ることと、彼女自身の体力、魔力を高めることでこの数年はほとんど熱を出すこともなかったが、母親の死により精神的に疲労していたのだろう。

「油断してたみたい。大丈夫よ」

 心配で側を離れないリーレイの頬を撫でるアビゲイルは、心配をかけまいと笑顔を見せていた。それは私が大公妃に求める慈愛に満ちた表情そのものだった。
 疲れさせないようにとアビゲイルの寝室から離れ、イーノックの部屋で男三人で話をしているときだった。

「アビーも母と同じ病気かもしれない」

 それは違うと医師からも説明を受けていたにも関わらず、イーノックは不安な表情で言った。ふたりの守護持ちを生んだことで体力が落ちたところで、クラメール王国からの荷から感染した、風土病に罹ったのだ。
 母親の死はイーノックに初めて恐怖を与えたのだろう。
 すでに次期辺境伯としての執務を始めていたイーノックはセミラーザン伯爵として如才なく力を発揮していた。その彼の最大の弱点は家族だった。
 母親を失い、溺愛する妹のアビゲイルが倒れた彼は、これまで見せたことのないほど狼狽え、弱っていた。

 このとき私に悪魔が囁いた。
 少しは苦労をしたらいいのだと。

 リーレイもアビゲイルもふたりが共にいられるために努力し続けていた。
 大公として父親を超え、そしていまだこの婚約に不満を持つ者たちからアビゲイルを后にしても文句の言われないようにと努めていたリーレイ。
 学院に通えない分、屋敷で、宮殿で大公妃について学び、公国の守護者としての覚悟を持っていたアビゲイル。
 ふたりの苦労を間近でみていた私は、イーノックに苛立ちを覚えていた。

「病気なら薬があれば治せる可能性があるのでは? 今はなくてもどこか……そう国内を探せば見つかるかもしれませんね」

 私のこの一言でイーノックは旅立った。まさか自ら旅立つほどの効力があるとは思ってもいなかった。ただ彼の不安を煽るだけのつもりだったのだ。
 それを彼は馬鹿正直に受け止めて、書き置き一つで出ていった。

――薬を見つけるまでは帰らない

 そうは言ってもすぐに帰ってくるだろう。魔術を送れば連絡くらいは容易に取れる。
 そう思っていた私とリーレイは彼のことを甘く見ていた。
 これが喜劇のはじまりだった。
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