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喜劇の舞台裏
私の嫌いなふたりの天才 3
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「わたしではご不満だと顔に書いてありますね、アシュリー様」
何度目かの対面でリーレイがいないすきに彼女に告げられた。五年経ってやっとリーレイに気づかれた私の仮面をあっけなく取り除いたことに少なからず驚いてしまった。
「ごめんなさい、少しズルをしました。この子たちが教えてくれたんです」
彼女の髪がひとりでに揺れてそこには金の光の粒が待っていた。これが精霊の守護。
「話ができるのですか?」
「声は聞こえませんが、わかるんです。なんとなくですけど」
金の光を手のひらに集めてふぅと息を吹きかける。光はその風を受けて霧散した。イーノックがしているのを見たことがある。精霊に魔力を分け与えてるのだと、彼は言っていた。
「ご不満なのはわかりましたがこの身体のこと以外でしたら教えて下さいませんか? 可能な限り善処します」
「私一人が不満だとして、あなたとリーレイの婚約関係が変わることはありません。無駄なことですよ」
「あら、わたしが言いたいのは、リーレイの友人であるあなたに認めてもらいたいだけで、婚約を取りやめるなんてことは一言も言ってません」
儚い少女のはずだった。
リーレイは彼女のことを森の妖精だと呼んでいたが、私からすればただのか弱い令嬢だった。
「身体についてはいずれなんとかなります。原因がはっきりした今それについては目下訓練中ですから。他には? 守護精霊がいることがご不満ならそれは仕方ないですが、わたしがあなたに劣るところがあればおっしゃってください」
「私に劣る?」
「ええ、そうよ? だってあなたはきっと誰がリーレイの婚約者でも気に食わないのだわ。だってあなた、リーレイの一番になりたいんでしょ?」
何を当たり前のことを言ってるのだという顔をしたアビゲイルが、本来の口調だろう砕けた言葉遣いで私に告げた。
確かにリーレイの一番であることは私にとっては存在意義にも等しい。なぜなら出生理由からしてそれなのだから。
だからといって婚約者と自分を比べるなんてことは……。
「あら? 気づいてないの? リーレイのこと好きなんだとばかり……」
「待て。どうしてそうなる」
私は思わず声を荒げた。
「だってわたしを見るリーレイの目と同じような目でリーレイのこと見てるんだもの。違うんだったら謝るけど……」
それから私とアビゲイルは友人であり恋敵という関係になった。
私の望む大公妃とは違ってはいたものの、彼女は努力を怠らない人だった。
言ったとおりに身体は徐々に回復し、その過程で背丈も伸びた。スラリとした身体は令嬢にしては高く、気高い美しさを備え始めていた。
身体が弱く学院に通うことは出来なかった代わりに、自宅ではこちらが止めるまで学問にのめり込んでいた。
忙しいリーレイに代わり、私は彼女の元を訪れては、学院での人間関係、貴族社会のことを教えることになった。
イーノックは自分でしたがったが、彼は天才故に、人に教えることは全く向いておらず、アビゲイルから拒絶されていた。
魔術に至っては結界の森で過ごすことによりその力を強め、イーノックと変わらないまでに成長していた。学院一を誇るイーノックとだ。
もちろん、私などは足元にも及ばない。
いずれその魔術によって前線に出る可能性がゼロではないからと言うアビゲイルに、大公妃には必要ないのでは? と諌めると、彼女は笑った。
「わたしの力が必要になることはできればないほうがいいけど、もし、リーレイが傷つけられるようなことがあればわたしは迷わず戦うわ。あなたもでしょ? アシュリー」
「それはそうだが、大公妃が前線に出ることは万に一つもありえない」
「大公妃の前に、わたしはコースティ家の、公国の守護者であるサウスラーザンの人間よ」
彼女の覚悟に満ちた瞳が私に突き刺さる。
この世は平等だと謳う。
それなのにリーレイやイーノック、アビゲイルのように凡人の私には超えられない人間がいるのは不公平ではないかと思っていた。
地位や能力を生まれながらにして持ち得た人間がいることの、何が平等なのだと。
リーレイのおかげでそれが間違いだと気づいた。天才と思われている人ですら努力をしているのだと。
しかし、アビゲイルを知れば知るほど、今度はその立場が平等ではないことを思い知らされる。
か弱かった彼女が強くなるのは、国を守るため。そのためにしてきた努力は私のそれとは比べ物にならないほどの重圧だったのではないだろうか?
この世はなんて不公平なのだろう。
私がアビゲイルとの交流を深めることをリーレイは認めていたが、イーノックは違った。
彼はアビゲイルを溺愛していた。
彼女が少しでも熱を出せば、私やリーレイを追い出す。
咳をすればすぐさまベッドへ押し込み、過度な看病が始まり、くしゃみをするだけで医師を呼んだ。
彼女が森に作った小さな秘密基地を見つけると、すぐさま職人を呼び四阿を建てさせた。
その中央に置かれた石造りの大きなベンチは、イーノックが土の精霊に作らせていた。
リーレイやアビゲイルを知って、私は天才でも努力することを知ったが、イーノックだけは相変わらず生まれながらの天才であることには何も変わりがなく、私の醜い感情はすべてイーノックに注がれることになった。
それが、喜劇のきっかけになるとはこのときはまだ誰も気づいていなかった。
何度目かの対面でリーレイがいないすきに彼女に告げられた。五年経ってやっとリーレイに気づかれた私の仮面をあっけなく取り除いたことに少なからず驚いてしまった。
「ごめんなさい、少しズルをしました。この子たちが教えてくれたんです」
彼女の髪がひとりでに揺れてそこには金の光の粒が待っていた。これが精霊の守護。
「話ができるのですか?」
「声は聞こえませんが、わかるんです。なんとなくですけど」
金の光を手のひらに集めてふぅと息を吹きかける。光はその風を受けて霧散した。イーノックがしているのを見たことがある。精霊に魔力を分け与えてるのだと、彼は言っていた。
「ご不満なのはわかりましたがこの身体のこと以外でしたら教えて下さいませんか? 可能な限り善処します」
「私一人が不満だとして、あなたとリーレイの婚約関係が変わることはありません。無駄なことですよ」
「あら、わたしが言いたいのは、リーレイの友人であるあなたに認めてもらいたいだけで、婚約を取りやめるなんてことは一言も言ってません」
儚い少女のはずだった。
リーレイは彼女のことを森の妖精だと呼んでいたが、私からすればただのか弱い令嬢だった。
「身体についてはいずれなんとかなります。原因がはっきりした今それについては目下訓練中ですから。他には? 守護精霊がいることがご不満ならそれは仕方ないですが、わたしがあなたに劣るところがあればおっしゃってください」
「私に劣る?」
「ええ、そうよ? だってあなたはきっと誰がリーレイの婚約者でも気に食わないのだわ。だってあなた、リーレイの一番になりたいんでしょ?」
何を当たり前のことを言ってるのだという顔をしたアビゲイルが、本来の口調だろう砕けた言葉遣いで私に告げた。
確かにリーレイの一番であることは私にとっては存在意義にも等しい。なぜなら出生理由からしてそれなのだから。
だからといって婚約者と自分を比べるなんてことは……。
「あら? 気づいてないの? リーレイのこと好きなんだとばかり……」
「待て。どうしてそうなる」
私は思わず声を荒げた。
「だってわたしを見るリーレイの目と同じような目でリーレイのこと見てるんだもの。違うんだったら謝るけど……」
それから私とアビゲイルは友人であり恋敵という関係になった。
私の望む大公妃とは違ってはいたものの、彼女は努力を怠らない人だった。
言ったとおりに身体は徐々に回復し、その過程で背丈も伸びた。スラリとした身体は令嬢にしては高く、気高い美しさを備え始めていた。
身体が弱く学院に通うことは出来なかった代わりに、自宅ではこちらが止めるまで学問にのめり込んでいた。
忙しいリーレイに代わり、私は彼女の元を訪れては、学院での人間関係、貴族社会のことを教えることになった。
イーノックは自分でしたがったが、彼は天才故に、人に教えることは全く向いておらず、アビゲイルから拒絶されていた。
魔術に至っては結界の森で過ごすことによりその力を強め、イーノックと変わらないまでに成長していた。学院一を誇るイーノックとだ。
もちろん、私などは足元にも及ばない。
いずれその魔術によって前線に出る可能性がゼロではないからと言うアビゲイルに、大公妃には必要ないのでは? と諌めると、彼女は笑った。
「わたしの力が必要になることはできればないほうがいいけど、もし、リーレイが傷つけられるようなことがあればわたしは迷わず戦うわ。あなたもでしょ? アシュリー」
「それはそうだが、大公妃が前線に出ることは万に一つもありえない」
「大公妃の前に、わたしはコースティ家の、公国の守護者であるサウスラーザンの人間よ」
彼女の覚悟に満ちた瞳が私に突き刺さる。
この世は平等だと謳う。
それなのにリーレイやイーノック、アビゲイルのように凡人の私には超えられない人間がいるのは不公平ではないかと思っていた。
地位や能力を生まれながらにして持ち得た人間がいることの、何が平等なのだと。
リーレイのおかげでそれが間違いだと気づいた。天才と思われている人ですら努力をしているのだと。
しかし、アビゲイルを知れば知るほど、今度はその立場が平等ではないことを思い知らされる。
か弱かった彼女が強くなるのは、国を守るため。そのためにしてきた努力は私のそれとは比べ物にならないほどの重圧だったのではないだろうか?
この世はなんて不公平なのだろう。
私がアビゲイルとの交流を深めることをリーレイは認めていたが、イーノックは違った。
彼はアビゲイルを溺愛していた。
彼女が少しでも熱を出せば、私やリーレイを追い出す。
咳をすればすぐさまベッドへ押し込み、過度な看病が始まり、くしゃみをするだけで医師を呼んだ。
彼女が森に作った小さな秘密基地を見つけると、すぐさま職人を呼び四阿を建てさせた。
その中央に置かれた石造りの大きなベンチは、イーノックが土の精霊に作らせていた。
リーレイやアビゲイルを知って、私は天才でも努力することを知ったが、イーノックだけは相変わらず生まれながらの天才であることには何も変わりがなく、私の醜い感情はすべてイーノックに注がれることになった。
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