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2日
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氷の塔の最上階で目を覚ましたミッシャは昨日のことを思い出して、苛立ちを隠せなかった。
「そういや、お前の研究ってなんなんだ? 僕なんかで本当に役に立つのか?」
到着早々、この最上階の居室へと案内されたミッシャが尋ねると、オスカーは何も答えずに手を差し出した。
「魔力が必要なんです」
「けど、僕の魔力なんて微々たるもんだぞ? あ、お前昨日も勝手に盗っていきやがって――」
文句を続けようとしたミシャの手が強く握られる。
チリっとした痛みが走り、魔力が抜けていくのがわかる。
昔もよくこうして分け与えたものだと、懐かしむ余裕は最初だけ。そろそろ止めないと、立っていられそうにないほどに奪われていく。
ミッシャが遮ろうと手を引くと、逆に引っ張られる。
力の入らない足がもつれ、オスカーの腕が背に回る。
抱きとめられるような形に、ミッシャはうろたえた。
「おい、これ以上は……」
これ以上は本当に危険だ。
魔術師の魔力は生命力と同義だ。魔力を失えば、命も失う。魔力の器が大きければその分、魔力量も多く長く生きることが出来る。
賢者はその最たるもので大きな器に蓄えた魔力で、不老となる。
しかし、今のミッシャの器は小さい。
このペースで魔力を吸い取られれば、器は空になるだろう。
――昔だったらこの程度、大したことはなかったんだが。
オスカーは気付いていないのかもしれない。そう思ったミッシャは力を振り絞ってオスカーの胸を押しやり、手を振り払った。
反動で、たたらを踏み、床に尻をついた。
息が上がる。
はぁはぁと荒い呼吸を整え終えると、ミッシャは自身の衰えを自覚して、この依頼は断ろうと思った。
「僕の、魔力量じゃ……役に立てそうにない。金は、自分でなんとかするから、もう、帰るよ」
自分で言って情けなくなる。
かつての弟子の役にも立てない。
魔術団も退団し、娘の持参金すら稼げない。
まるで誰からも必要とされていないような気持ちだ。
苦しい胸を押さえうずくまるミッシャに、オスカーの手が伸びてきた。
年々増えた白髪のせいで灰褐色に染まったミッシャの長い髪に、若い手が触れる。
ほつれた髪を直すようにかきあげられて、首を掴まれる。
ぐいっと無理やり起こされた目の前には、若い顔には似合わない、眉間のシワ濃いオスカーの顔があった。
「帰しませんよ。拒絶するならほかにも方法はありますから」
何? と口を開くと同時に閉ざされた。
ぬるりと入り込むオスカーの舌がミッシャの咥内から魔力を吸い取っていく。
皮膚よりも粘膜のほうがより大量に、そして素早く魔力譲渡できる。
知ってはいたが初めての粘膜による魔力譲渡に、ミッシャは目を見開いた。
比べ物にならないくらいに一気に力が抜けていく。
離れなければ、殺される。
そう思っても身体はぴくりとも動かない。
オスカーに強く押さえつけられた頭は、微動だにさえしない。
息すら自分では自由にさせてもらえず、ミッシャは恐怖を覚えた。
――まずい……、意識が……。
頭の奥がしびれる。
何度か経験したことがある、魔力低下による意識障害の前兆。瞼が下がり、視界が霞む。
もう駄目だと目で訴えた。
オスカーの琥珀の目は冴え冴えとして、ミッシャを睨んでいた。
――目的は……僕の、まりょく、じゃな……。
ミッシャが完全に瞼をおろし、意識を失うと同時に、オスカーの身体が離れた。
「オスカーのやつ、本当にギリギリまで奪いやがって」
ミッシャはベッドにうつぶせてシーツを握りしめて怒っていた。
生命維持に必要最低限を残して奪われた魔力は、今朝になってほんの少し回復はしたものの、起き上がることはできずにいた。
オスカーはこの部屋にはいないようだ。
しんと静まり返った塔の最上階は、氷に閉ざされているとは思えないほど、暖かかった。
疲れた身体と暖かさは眠りを誘う。
考えたいのに、まとまらない。
オスカーは何がしたいのか。ミッシャをどうしたいのか。
「うう、ダメだ……。頭が働かない。くそ……」
悪態だけが口からこぼれる。
夢と現を行ったり来たりしながら、ミッシャはオスカーが来るのを待った。
時計もないこの部屋ではっきりとした時間はわからなかったが、オスカーが戻ってきたのは、小さな窓から星が見える時刻だった。
まどろむミッシャに餌を与えるようにミルク粥を流し込むと、何も言わずにまた口付けてきた。
一日でわずかに回復した魔力を根こそぎ奪われて、ミッシャはまた眠りについた。
「そういや、お前の研究ってなんなんだ? 僕なんかで本当に役に立つのか?」
到着早々、この最上階の居室へと案内されたミッシャが尋ねると、オスカーは何も答えずに手を差し出した。
「魔力が必要なんです」
「けど、僕の魔力なんて微々たるもんだぞ? あ、お前昨日も勝手に盗っていきやがって――」
文句を続けようとしたミシャの手が強く握られる。
チリっとした痛みが走り、魔力が抜けていくのがわかる。
昔もよくこうして分け与えたものだと、懐かしむ余裕は最初だけ。そろそろ止めないと、立っていられそうにないほどに奪われていく。
ミッシャが遮ろうと手を引くと、逆に引っ張られる。
力の入らない足がもつれ、オスカーの腕が背に回る。
抱きとめられるような形に、ミッシャはうろたえた。
「おい、これ以上は……」
これ以上は本当に危険だ。
魔術師の魔力は生命力と同義だ。魔力を失えば、命も失う。魔力の器が大きければその分、魔力量も多く長く生きることが出来る。
賢者はその最たるもので大きな器に蓄えた魔力で、不老となる。
しかし、今のミッシャの器は小さい。
このペースで魔力を吸い取られれば、器は空になるだろう。
――昔だったらこの程度、大したことはなかったんだが。
オスカーは気付いていないのかもしれない。そう思ったミッシャは力を振り絞ってオスカーの胸を押しやり、手を振り払った。
反動で、たたらを踏み、床に尻をついた。
息が上がる。
はぁはぁと荒い呼吸を整え終えると、ミッシャは自身の衰えを自覚して、この依頼は断ろうと思った。
「僕の、魔力量じゃ……役に立てそうにない。金は、自分でなんとかするから、もう、帰るよ」
自分で言って情けなくなる。
かつての弟子の役にも立てない。
魔術団も退団し、娘の持参金すら稼げない。
まるで誰からも必要とされていないような気持ちだ。
苦しい胸を押さえうずくまるミッシャに、オスカーの手が伸びてきた。
年々増えた白髪のせいで灰褐色に染まったミッシャの長い髪に、若い手が触れる。
ほつれた髪を直すようにかきあげられて、首を掴まれる。
ぐいっと無理やり起こされた目の前には、若い顔には似合わない、眉間のシワ濃いオスカーの顔があった。
「帰しませんよ。拒絶するならほかにも方法はありますから」
何? と口を開くと同時に閉ざされた。
ぬるりと入り込むオスカーの舌がミッシャの咥内から魔力を吸い取っていく。
皮膚よりも粘膜のほうがより大量に、そして素早く魔力譲渡できる。
知ってはいたが初めての粘膜による魔力譲渡に、ミッシャは目を見開いた。
比べ物にならないくらいに一気に力が抜けていく。
離れなければ、殺される。
そう思っても身体はぴくりとも動かない。
オスカーに強く押さえつけられた頭は、微動だにさえしない。
息すら自分では自由にさせてもらえず、ミッシャは恐怖を覚えた。
――まずい……、意識が……。
頭の奥がしびれる。
何度か経験したことがある、魔力低下による意識障害の前兆。瞼が下がり、視界が霞む。
もう駄目だと目で訴えた。
オスカーの琥珀の目は冴え冴えとして、ミッシャを睨んでいた。
――目的は……僕の、まりょく、じゃな……。
ミッシャが完全に瞼をおろし、意識を失うと同時に、オスカーの身体が離れた。
「オスカーのやつ、本当にギリギリまで奪いやがって」
ミッシャはベッドにうつぶせてシーツを握りしめて怒っていた。
生命維持に必要最低限を残して奪われた魔力は、今朝になってほんの少し回復はしたものの、起き上がることはできずにいた。
オスカーはこの部屋にはいないようだ。
しんと静まり返った塔の最上階は、氷に閉ざされているとは思えないほど、暖かかった。
疲れた身体と暖かさは眠りを誘う。
考えたいのに、まとまらない。
オスカーは何がしたいのか。ミッシャをどうしたいのか。
「うう、ダメだ……。頭が働かない。くそ……」
悪態だけが口からこぼれる。
夢と現を行ったり来たりしながら、ミッシャはオスカーが来るのを待った。
時計もないこの部屋ではっきりとした時間はわからなかったが、オスカーが戻ってきたのは、小さな窓から星が見える時刻だった。
まどろむミッシャに餌を与えるようにミルク粥を流し込むと、何も言わずにまた口付けてきた。
一日でわずかに回復した魔力を根こそぎ奪われて、ミッシャはまた眠りについた。
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