3 / 37
1日
しおりを挟む
義父から譲り受けた子爵家の華麗な玄関口で、ミッシャは妻に別れの挨拶をした。
「シャルロッテの結婚式までには戻るよ」
「あまり、無理はしないでくださいね? 持参金だってなんとかなりますから」
「たまには父親らしいことをしてあげたいんだ」
仕事ばかりであまり家庭を顧みることはなかった。罪滅ぼしとは言わないまでも、娘のために出来るだけのことはしてやりたい。
家計についてはよくわからないが、あるに越したことはないだろう。平民出身のミッシャには貴族の収入がどうなってるのか皆目見当もつかないが、これだけ立派な家を維持するには、王立魔術団の給与だけでは賄えないことだけはわかる。
「せめてどこへ、どのような仕事に行かれるかだけでも教えていただけません?」
心配そうな表情の妻に、ミッシャは苦笑いをした。
「僕も詳しくはわからないんだ。でも、大丈夫。昔馴染みの依頼だからね」
うしろめたいことはない、が、オスカーの名を出すのは躊躇われた。
「そろそろ行かないと。じゃあ、しばらく留守を頼んだよ」
追及されるのを恐れて、ミッシャは妻の頬に口付けると、その場を後にした。
ギルドではすでにオスカーが待っていた。
「早いな」
「時間が惜しいですから。移動しますが、行けますか?」
「……苦手なんだよなぁ」
「相変わらずですね。仕方ありません」
ミッシャは補助魔法は得意だが、それ以外はからきしで転移についてはまったく方向違いに飛ぶため、魔術団でも禁止されていた。
オスカーは呆れ顔でミッシャの手を取ると、マントですっぽりと覆った。
「あ、おい。待――」
ミッシャの制止も聞かず、オスカーは詠唱することなく転移した。
「待てって言ったのに……。気持ち悪っ」
ミッシャは転移魔術自体も苦手だが、他人の魔力も苦手だ。酒に酔ったように頭がふらふらし、足に力が入らない。
オスカーの腕を掴んで、なんとか地面を踏みしめると石畳みとも土の上とも違う感触に驚いた。
マントから顔を出すと、冷たい風が頬を突き刺す。
「どこだ、ここ」
「ここからは徒歩で移動します。自分で歩いてください」
あたりは一面の銀世界だった。
雪を踏みしめ、木々の合間にある道ならぬ道をオスカーが先を歩く。ミッシャは凍える寒さに身体を小さくしながら後をついていった。
――北の山か……。昔、何度か来たことがあったな。
魔獣の巣食う洞窟がいくつも点在し、魔獣の活動が活発になる夏には、麓の村まで襲ってくる。そのため、ギルドにも討伐依頼が張り出されていた。
ミッシャもオスカーやほかの仲間と共に、何度かその依頼を引き受けていた。
とはいえ、ミッシャが魔獣を倒すわけではない。
ミッシャの役割といえば、仲間に補助魔法を施し、鼓舞するだけである。
魔力の器を持ち、魔術師として様々な魔術を覚えたミッシャであったが、モノにできたのは補助魔法のみ。
弟子とはいってもあっという間にオスカーに追い抜かれた。
今と同じように、オスカーの背を追ってばかりだった。
昔を懐かしく思えるようになった。
それだけ、ミッシャは年を取ったのだと自覚した。
「凍え死ぬかと思った……」
冷えた身体を震わせて頭に積もった雪を振り落とすミッシャに、オスカーは昨日から何度も見せる呆れ顔をした。
「耐寒すら掛けられないんですか?」
「あ、忘れてたわ」
すっかり前線から離れていたからか、得意の補助魔法ですら掛け忘れていた。アハハと空笑いをするミッシャに熱風が吹きすさぶ。
さすが賢者様、と一気に乾き、体温が上がったミッシャが見上げた先には氷に閉ざされた塔があった。
「ここがお前の根城か?」
「ええ。誰にも邪魔されない快適な空間です」
言う通り、その塔は氷だけでなく、強固な結界が施されていた。
これを破れるのはオスカー同様賢者だけだろう。ミッシャは氷の結晶のように美しい魔術に魅入っていた。
――破るのがもったいないくらいだ。
しばし呆然としているミッシャに「また凍りたいんですか?」とオスカーが背を押した。
ギギっと鈍い音と共に分厚い扉が開く。
がらんとした空間。円柱状の塔の壁に沿った螺旋階段は最上階まで続いているようだ。
それ以外は地下への階段が一つ。
扉の閉まる大きな音と共に、カキンと凍り付くような結界音が響いた。
「ずいぶん厳重なんだな」
外の気配が一切感じられないことに驚いて、ミッシャが振り向くと、オスカーは琥珀色の目を細めた。
「大事なものを守るためには必要なことです」
寒くなくなったはずのミッシャの背筋が凍るような気配がした。
「シャルロッテの結婚式までには戻るよ」
「あまり、無理はしないでくださいね? 持参金だってなんとかなりますから」
「たまには父親らしいことをしてあげたいんだ」
仕事ばかりであまり家庭を顧みることはなかった。罪滅ぼしとは言わないまでも、娘のために出来るだけのことはしてやりたい。
家計についてはよくわからないが、あるに越したことはないだろう。平民出身のミッシャには貴族の収入がどうなってるのか皆目見当もつかないが、これだけ立派な家を維持するには、王立魔術団の給与だけでは賄えないことだけはわかる。
「せめてどこへ、どのような仕事に行かれるかだけでも教えていただけません?」
心配そうな表情の妻に、ミッシャは苦笑いをした。
「僕も詳しくはわからないんだ。でも、大丈夫。昔馴染みの依頼だからね」
うしろめたいことはない、が、オスカーの名を出すのは躊躇われた。
「そろそろ行かないと。じゃあ、しばらく留守を頼んだよ」
追及されるのを恐れて、ミッシャは妻の頬に口付けると、その場を後にした。
ギルドではすでにオスカーが待っていた。
「早いな」
「時間が惜しいですから。移動しますが、行けますか?」
「……苦手なんだよなぁ」
「相変わらずですね。仕方ありません」
ミッシャは補助魔法は得意だが、それ以外はからきしで転移についてはまったく方向違いに飛ぶため、魔術団でも禁止されていた。
オスカーは呆れ顔でミッシャの手を取ると、マントですっぽりと覆った。
「あ、おい。待――」
ミッシャの制止も聞かず、オスカーは詠唱することなく転移した。
「待てって言ったのに……。気持ち悪っ」
ミッシャは転移魔術自体も苦手だが、他人の魔力も苦手だ。酒に酔ったように頭がふらふらし、足に力が入らない。
オスカーの腕を掴んで、なんとか地面を踏みしめると石畳みとも土の上とも違う感触に驚いた。
マントから顔を出すと、冷たい風が頬を突き刺す。
「どこだ、ここ」
「ここからは徒歩で移動します。自分で歩いてください」
あたりは一面の銀世界だった。
雪を踏みしめ、木々の合間にある道ならぬ道をオスカーが先を歩く。ミッシャは凍える寒さに身体を小さくしながら後をついていった。
――北の山か……。昔、何度か来たことがあったな。
魔獣の巣食う洞窟がいくつも点在し、魔獣の活動が活発になる夏には、麓の村まで襲ってくる。そのため、ギルドにも討伐依頼が張り出されていた。
ミッシャもオスカーやほかの仲間と共に、何度かその依頼を引き受けていた。
とはいえ、ミッシャが魔獣を倒すわけではない。
ミッシャの役割といえば、仲間に補助魔法を施し、鼓舞するだけである。
魔力の器を持ち、魔術師として様々な魔術を覚えたミッシャであったが、モノにできたのは補助魔法のみ。
弟子とはいってもあっという間にオスカーに追い抜かれた。
今と同じように、オスカーの背を追ってばかりだった。
昔を懐かしく思えるようになった。
それだけ、ミッシャは年を取ったのだと自覚した。
「凍え死ぬかと思った……」
冷えた身体を震わせて頭に積もった雪を振り落とすミッシャに、オスカーは昨日から何度も見せる呆れ顔をした。
「耐寒すら掛けられないんですか?」
「あ、忘れてたわ」
すっかり前線から離れていたからか、得意の補助魔法ですら掛け忘れていた。アハハと空笑いをするミッシャに熱風が吹きすさぶ。
さすが賢者様、と一気に乾き、体温が上がったミッシャが見上げた先には氷に閉ざされた塔があった。
「ここがお前の根城か?」
「ええ。誰にも邪魔されない快適な空間です」
言う通り、その塔は氷だけでなく、強固な結界が施されていた。
これを破れるのはオスカー同様賢者だけだろう。ミッシャは氷の結晶のように美しい魔術に魅入っていた。
――破るのがもったいないくらいだ。
しばし呆然としているミッシャに「また凍りたいんですか?」とオスカーが背を押した。
ギギっと鈍い音と共に分厚い扉が開く。
がらんとした空間。円柱状の塔の壁に沿った螺旋階段は最上階まで続いているようだ。
それ以外は地下への階段が一つ。
扉の閉まる大きな音と共に、カキンと凍り付くような結界音が響いた。
「ずいぶん厳重なんだな」
外の気配が一切感じられないことに驚いて、ミッシャが振り向くと、オスカーは琥珀色の目を細めた。
「大事なものを守るためには必要なことです」
寒くなくなったはずのミッシャの背筋が凍るような気配がした。
1
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。
鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。
死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。
君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~
結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】
愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。
──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──
長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。
番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。
どんな美人になっているんだろう。
だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。
──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。
──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!
──ごめんみんな、俺逃げる!
逃げる銀狐の行く末は……。
そして逃げる銀狐に竜は……。
白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。
竜神様の番
田舎
BL
いつかX内で呟いた、
『えーん、えーん…💦
竜人の攻めが長いこと探してた番の人間くんを探して(半強制的)に結婚したのに、ツンデレどころかクーデレが過ぎてたせいで、ある日人間くんが「離縁します」と置き手紙残して失踪…!
後悔とブチギレしてる話がなきゃ掃除と洗濯できない😭😭』
という自分の愚痴から始まったツイノベもどきを、再構成と校正しました。
「番」とは何かも知らされず、
選択肢すら与えられなかった人間リオと、
大切にしている“つもり”だった竜人のナガレ。
ちゃんとハッピーエンドです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる