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28日
しおりを挟む一度覚えた魔術は、使いもになるかどうかは別として、忘れることはない。
得手不得手はあるものの、ミッシャは魔術を「覚える」ことだけは得意だった。
見て、触れて、構造を理解することにたけているのだと、師匠に言われたが、不器用なために使いこなせないのが残念だとも言われた。
体内で魔力を練り上げて、覚えた魔術を行使する感覚は魔術師以外に教えることは難しい。
そういえば魔力がないにも関わらず、魔術をについてあれこれ子爵が聞いてきたときは、この感覚を伝えるのに苦労したな、とどうでもいいことを考えているのには、わけがある。
一度覚えてしまった感覚を忘れられないのは、魔術だけではなかったようだ。あの日、与えられたしびれに似た快感をミッシャは覚えてしまった。
臍や足の指に触れなくても、オスカーの指が胸元に伸びるだけで、気が高ぶった。
もちろん、オスカーはそのことに気付いてる様子だったが、今度はそこを避けるようになった。
「表は一通り調べ終わりましたから、今度は背中側を調べてみましょう」
ミッシャをうぶつせに寝かせて、腕だけをベッドに縛った。
ミッシャのしなびた背中に灰褐色の髪が流れ落ちる。
それをかき分けて首筋に顔を埋めたオスカーは、そのまま背を辿った。
触れるか触れないかの繊細な指の動きに、身をよじった。
ミッシャはどきりとした。
シーツに押しつぶされただけで、反応してしまったのだ。
触れられてさえいないのに、乳頭が硬くなっていた。
オスカーにバレないように、腕に力を込めて、身体を浮かせてみた。
むき出しになった肩甲骨に触れられて、身体が震える。
「ここも、よさそうですね」
「知らん……っ」
確かにそこもくすぐったかったが、それ以上に浮かせたせいで乳頭の先がシーツに触れたのだ。
もう少し身体を離さなければ、と脚に力を入れて腰を軽く持ち上げてみた。
年の上に、ここ数日ろくに動いていないミッシャの筋力では自分を支えるのもキツイ。
ふるふると震えながら、耐えた。
――なんでこんなことしなきゃ、いけないんだ……。
魔力はほとんど奪われてない。意味のない行為に次第に苛立つミッシャがシーツを握りしめた。
オスカーの指は肩甲骨を確認してから、背骨を通り肉のない脇腹に触れていた。
「傷跡、残ってるんですね」
そう言ってなぞったのは、ミッシャの右腰にある火傷の痕だ。
青白い肌に赤黒い一筋は刺された箇所を、応急処置で焼かれてできたものだ。
「……命があるだけ、マシだろ」
「もう少し、上手に焼けたらよかったんですが……」
焼いたのはオスカーだ。
それほど難易度の高い依頼ではなかった。
15歳になったオスカーとふたりで小型魔獣の一角鹿の討伐に行った時だ。
いくつかオスカーに魔術を教えて、パーティでも戦えるようになった。一人でも出来ると力試しをさせたかったし、一角鹿の角は無傷なら高値で買い取ってもらえる。
群れではなく一匹ならば大丈夫だろう。
その余裕が仇になった。
繁殖期に雌を見つけられなかったはぐれの一角鹿だったのだろう。ひどく興奮していた。
オスカーの炎を浴びても一角鹿はひるむことなく突進してきた。
身体の半分が焼け焦げた一角鹿を避けたオスカーだったが、大木の根に足を取られて転倒してしまった。
一角鹿は、ミッシャを見てからすぐに踵を返した。
ミッシャは取るに足らないと、下に見られたのだ。
一角鹿とミッシャからオスカーまでの距離は、同じくらいだっただろう。
考える時間はない。
ミッシャは一角鹿が走り出すよりも早く、一歩を踏み出すと、脚力強化の魔術を練り、オスカーの元へと走った。
辿り着いたときには、腰に焼けるような痛みが走ったが、オスカーの無事を確認すると、ミッシャは笑った。
「今だ、撃て」
ミッシャの背を刺す一角鹿へ攻撃するよう伝えると、オスカーは小さくうなずいた。
少しでもズレればミッシャに当たる可能性もあったが、ミッシャは教え子を信じていた。
オスカーが地面に手を付くと、魔力がミッシャの足元を通り過ぎ、すぐ後ろで刃となって空へと放たれた。
背に角と顔半分だけを残した一角鹿が絶命したことを確認すると、ミッシャは崩れ落ちた。
「ミッシャ!」
駆け寄るオスカーにミッシャは「角を折らずによくやったな」と褒めると、角を抜き傷口を焼くように命じた。
オスカーは無言で言われたとおりに、ミッシャの傷口を焼いた。
小さくうめき声をあげただけで、ミッシャはそれに耐えた。
「こんな、ことなら、先に回復……覚えさせておけば、よかったな」
「喋らないでください!」
一角鹿の血と、ミッシャの血でまみれたオスカーの手がミッシャを抱きとめた。
「あと少しズレていたら、器が壊れるところだったんですよっ! 俺は、ひとりでも、大丈夫、だった、のに……っ」
「何、言ってんだよ、そんな震えてちゃ、まだまだ一人前には……程遠いわ」
角を売った金は、ミッシャの治療費にあてられた。
オスカーには黙っていたが、魔力の器には小さなヒビが入っていた。
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