僕と賢者の108日

三谷玲

文字の大きさ
12 / 37

28日

しおりを挟む

 一度覚えた魔術は、使いもになるかどうかは別として、忘れることはない。
 得手不得手はあるものの、ミッシャは魔術を「覚える」ことだけは得意だった。
 見て、触れて、構造を理解することにたけているのだと、師匠に言われたが、不器用なために使いこなせないのが残念だとも言われた。
 体内で魔力を練り上げて、覚えた魔術を行使する感覚は魔術師以外に教えることは難しい。
 そういえば魔力がないにも関わらず、魔術をについてあれこれ子爵が聞いてきたときは、この感覚を伝えるのに苦労したな、とどうでもいいことを考えているのには、わけがある。

 一度覚えてしまった感覚を忘れられないのは、魔術だけではなかったようだ。あの日、与えられたしびれに似た快感をミッシャは覚えてしまった。
 臍や足の指に触れなくても、オスカーの指が胸元に伸びるだけで、気が高ぶった。
 もちろん、オスカーはそのことに気付いてる様子だったが、今度はそこを避けるようになった。

「表は一通り調べ終わりましたから、今度は背中側を調べてみましょう」

 ミッシャをうぶつせに寝かせて、腕だけをベッドに縛った。
 ミッシャのしなびた背中に灰褐色の髪が流れ落ちる。
 それをかき分けて首筋に顔を埋めたオスカーは、そのまま背を辿った。
 触れるか触れないかの繊細な指の動きに、身をよじった。
 ミッシャはどきりとした。
 シーツに押しつぶされただけで、反応してしまったのだ。
 触れられてさえいないのに、乳頭が硬くなっていた。
 オスカーにバレないように、腕に力を込めて、身体を浮かせてみた。
 むき出しになった肩甲骨に触れられて、身体が震える。

「ここも、よさそうですね」
「知らん……っ」

 確かにそこもくすぐったかったが、それ以上に浮かせたせいで乳頭の先がシーツに触れたのだ。
 もう少し身体を離さなければ、と脚に力を入れて腰を軽く持ち上げてみた。
 年の上に、ここ数日ろくに動いていないミッシャの筋力では自分を支えるのもキツイ。
 ふるふると震えながら、耐えた。

――なんでこんなことしなきゃ、いけないんだ……。

 魔力はほとんど奪われてない。意味のない行為に次第に苛立つミッシャがシーツを握りしめた。
 オスカーの指は肩甲骨を確認してから、背骨を通り肉のない脇腹に触れていた。

「傷跡、残ってるんですね」

 そう言ってなぞったのは、ミッシャの右腰にある火傷の痕だ。
 青白い肌に赤黒い一筋は刺された箇所を、応急処置で焼かれてできたものだ。

「……命があるだけ、マシだろ」
「もう少し、上手に焼けたらよかったんですが……」

 焼いたのはオスカーだ。



 それほど難易度の高い依頼ではなかった。
 15歳になったオスカーとふたりで小型魔獣の一角鹿の討伐に行った時だ。
 いくつかオスカーに魔術を教えて、パーティでも戦えるようになった。一人でも出来ると力試しをさせたかったし、一角鹿の角は無傷なら高値で買い取ってもらえる。
 群れではなく一匹ならば大丈夫だろう。
 その余裕が仇になった。
 繁殖期に雌を見つけられなかったはぐれの一角鹿だったのだろう。ひどく興奮していた。
 オスカーの炎を浴びても一角鹿はひるむことなく突進してきた。
 身体の半分が焼け焦げた一角鹿を避けたオスカーだったが、大木の根に足を取られて転倒してしまった。
 一角鹿は、ミッシャを見てからすぐに踵を返した。
 ミッシャは取るに足らないと、下に見られたのだ。
 一角鹿とミッシャからオスカーまでの距離は、同じくらいだっただろう。
 考える時間はない。
 ミッシャは一角鹿が走り出すよりも早く、一歩を踏み出すと、脚力強化の魔術を練り、オスカーの元へと走った。
 辿り着いたときには、腰に焼けるような痛みが走ったが、オスカーの無事を確認すると、ミッシャは笑った。

「今だ、撃て」

 ミッシャの背を刺す一角鹿へ攻撃するよう伝えると、オスカーは小さくうなずいた。
 少しでもズレればミッシャに当たる可能性もあったが、ミッシャは教え子を信じていた。
 オスカーが地面に手を付くと、魔力がミッシャの足元を通り過ぎ、すぐ後ろで刃となって空へと放たれた。
 背に角と顔半分だけを残した一角鹿が絶命したことを確認すると、ミッシャは崩れ落ちた。

「ミッシャ!」

 駆け寄るオスカーにミッシャは「角を折らずによくやったな」と褒めると、角を抜き傷口を焼くように命じた。
 オスカーは無言で言われたとおりに、ミッシャの傷口を焼いた。
 小さくうめき声をあげただけで、ミッシャはそれに耐えた。

「こんな、ことなら、先に回復……覚えさせておけば、よかったな」
「喋らないでください!」

 一角鹿の血と、ミッシャの血でまみれたオスカーの手がミッシャを抱きとめた。

「あと少しズレていたら、器が壊れるところだったんですよっ! 俺は、ひとりでも、大丈夫、だった、のに……っ」
「何、言ってんだよ、そんな震えてちゃ、まだまだ一人前には……程遠いわ」

 角を売った金は、ミッシャの治療費にあてられた。
 オスカーには黙っていたが、魔力の器には小さなヒビが入っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。

鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。 死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。 君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。

逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~

結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】  愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。 ──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──  長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。  番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。  どんな美人になっているんだろう。  だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。  ──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。  ──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!  ──ごめんみんな、俺逃げる!  逃げる銀狐の行く末は……。  そして逃げる銀狐に竜は……。  白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。

竜神様の番

田舎
BL
いつかX内で呟いた、 『えーん、えーん…💦 竜人の攻めが長いこと探してた番の人間くんを探して(半強制的)に結婚したのに、ツンデレどころかクーデレが過ぎてたせいで、ある日人間くんが「離縁します」と置き手紙残して失踪…! 後悔とブチギレしてる話がなきゃ掃除と洗濯できない😭😭』 という自分の愚痴から始まったツイノベもどきを、再構成と校正しました。 「番」とは何かも知らされず、 選択肢すら与えられなかった人間リオと、 大切にしている“つもり”だった竜人のナガレ。 ちゃんとハッピーエンドです。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

処理中です...