僕と賢者の108日

三谷玲

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71日

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「なぁ、もう溜まった?」

 粥を食べながら聞くと、オスカーは渋い顔をした。

「そんなに早くここを出たいんですか? まだ足りていません」
「そりゃ出たいさ。こんな狭い部屋に閉じ込められてるんだぞ? そっか、まだ足りないか……」

 ミッシャは自分の腹を撫でた。半分だと言われた時には半月もすれば満杯になるかと思ったが、あれからひと月は過ぎている。魔力量は増えてるはずなのに、と確認すると、微量だが減ってる感覚がした。

「あれ、減ってる?」
「減ってますよ。どうして、減るんですか? ムリヤリ犯されて、手ひどく扱われて、傷つくようなことを言われているのに。実は被虐性癖でもありました?」

 怒り混じりのオスカーの言葉に、ミッシャはぐっと息を呑んだ。
 被虐性癖など、ないはずだ。
 あれだけ痛みを感じていた右腹は、このところまったく痛みを感じなくなっていた。感じたとしてもそれはすぐに消えていった。
 ミッシャは「仕方ないだろ」と口を尖らせた。

「そんな顔をしても、かわいくはないですよ」

 50過ぎの男がむくれたってかわいいわけがない。そんなことは分かっているが、はっきり言われると腹が立つ。さらに頬を膨らませ、むくれていると押し殺すような笑い声が聞こえた。
 見上げれば、オスカーは手の甲で口を隠し顔を逸らしてはいるが、耐えきれないのかくつくつと笑っていた。
 再会して、はじめて見るオスカーの本当の笑み。
 うるおいなんてない、老いたミッシャの頬に雫をつくることなく涙が流れた。

――僕の、オスカーだ……。

 拾ってからずっと、見守ってきたミッシャのオスカーがそこにいた。
 眉間のシワも、悲しげな瞳も、皮肉気にゆがんだ口もない。あの頃とまったく変わらないオスカーが、そこにいた。
 涙は拭く間もなく零れ、頬を伝い顎から落ちていく。首元を濡らし、粥の椀にまで落ちていくが、ミッシャは構うことなく泣いた。

「かわいくないって言われたのが、そんなに嫌だったんですか⁉」
「違っ、これ、はっ……」

 慌てているオスカーに首を振るが、ミッシャのひきつった喉からはまともな音が出ない。
 ミッシャはたまらずオスカーの胸に飛び込み、その背に手を回した。行為以外で触れるのは久しぶりだ。あんなに小さかった背中は、ミッシャの腕がぎりぎり回るほどに大きくなっていた。

「オスカー、僕は、お前が好きだよ。愛してる……。子供としてじゃなく、ちゃんと……」

 なんとか振り絞った声は、掠れているが、聞こえているようだ。
 オスカーの心臓の音が跳ねた。

「だから、お前の好きなようにしていい。いいんだ……。お前が、幸せになれるなら……なにをしたって、いい。こんなおじさんで、役にたつなら、なんだっていいんだ」

 ありったけの気持ちを込めて伝え終えたミッシャが顔を上げると、オスカーと目が合った。
 琥珀の瞳がうるんでいた。

「なんで、お前も泣いてるんだよ」
「泣いて、ません……。それに、まだ研究は、完成してません、から……」

 強がるオスカーにミッシャが笑った。

「何、言ってんだよ、そんな震えてちゃ、まだまだ一人前には程遠いな」

 そう言ってまたオスカーの胸に顔を埋めた。
 オスカーの身体の震えが止まるまで、ミッシャはオスカーを抱きしめていた。
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