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75日※オスカー視点
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❖❖❖
眠りについたミッシャを見届けて、オスカーは地下の研究室へと降りた。分厚い扉が大きな音を立て閉まると同時に、結界音が響いた。
戸棚にしまっておいた蒸留酒を取り出し、瓶のまま煽る。カッと喉が熱くなるのも構わず、もう一口飲んで、バンと机を叩いた。
万策尽きた。
ミッシャを監禁してから二ヶ月以上かけて育てた器は、ここにきてまた小さくなっていた。
おそらくミッシャは魔力が少なくなっただけだと思っているだろう。しかし、それだけではない。魔力量は魔術師の命そのもの。それを傷付けることでムリヤリ増やしている。大きくなった器のために、摂取している栄養はすべて魔力回復へと使われていく。
人としての身体に回す余裕は、ない。
「愛してるってなんなんだよっ! なんであの人は……っ」
「だから、言ったろ? あれには無理だって」
自分しかいないはずの研究室で、涼やかな少女の声が聞こえてきた。
勢いよく振り向くと、そこには若いころのミッシャによく似た、白銀の長い髪を揺らしている少女が立っていた。
「シシィ、あなたですか……。結界は強化したのにどうやって、いや、さすがミッシャの師匠といったところですか。で、なんの用ですか?」
「不肖の孫弟子に引導を渡そうと思ってな。私は言ったはずだ。ミッシャが絶望することはないと」
美しい唇から紡がれるのは、粗野な言葉だ。小さい体躯もその尊大な態度で実際より大きく見える。
これが、200年生きていると言われる、大賢者シシィ。どうみても15、6歳の少女にしか見えない。
オスカーが彼女に初めて会ったのは、二年前。
この地下研究室だ。
『可愛い我が子に糸がついてるから辿ってみれば、あれの信奉者か。事と次第によっては、この塔がお主の墓石となるが?』
第一声から敵意を持って現れた。オスカーは、すぐに彼女がシシィだと分かった。
ミッシャによく似ている。
並べば兄妹と言っても疑われることはないだろう。
白銀の髪、白い肌。紫の瞳と赤い唇だけが色を持つ。甘ったるい匂いだけが違った。
『不埒な目で見るな』
『……あなたには興味はないですよ』
『ミッシャのことを言っている。私を通して思い出すんじゃない。それで? ミッシャをどうするつもりだ? 賢者オスカー』
小さな少女にすべてを見透かされていることに、オスカーは不快感をあらわにした。
『絶望を与えます。俺が味わったのと同じ、いや、それ以上の絶望を』
『無理だな』
間髪を入れずに否定されて、一層腹立たしかった。
『絶望というのは望みを絶つから、絶望という。お前はミッシャが望みを持ったところを見たことがあるか? 何か欲したことは? あぁ、家族なんて言うなよ? あれは手に入れた家族すら、簡単に手放せる。それはお前がよく知っているだろう?』
長い髪を指で弄びながら、語るシシィにオスカーが掌を向けた。
火炎が勢いよく向かうが、それはふわりと舞うドレスによってかき消された。
『図星を突かれて怒りに任せるとは、ミッシャの教育はなってないな』
『うるさいっ! あなただってミッシャに捨てられたくせにっ!』
『勘違いするなよ、ガキが。私が捨てたのだ。あのままではミッシャは魔術師として成長できなかったのだからな。よかったじゃないか、おかげで出会えたんだ。感謝してもらいたいくらいだ』
研究室をところせましとシシィが舞い、オスカーは捕らえることさえできない。
右にいたかと思えば、左に、上に。しまいには、背後に立たれて、オスカーははぁと息をついた。
『じゃあどうしろと? ミッシャが死ぬのを指を咥えて見ていろと? 絶望の果てに、何が見えるのですか?』
うなだれる琥珀の頭を小さな手がかき乱した。
『幸せな最期を看取るのが、家族ってもんじゃないのか?』
落ち着いた声色だが、少し震えていた。シシィもミッシャの命が残り少ないことに気付いているのだろう。
『俺は、諦めない……。絶対に』
『人として死なせてやるのも、愛だと思うがな。まぁいい。忠告はしたからな』
現れたときと同じように、シシィは音もなく消えた。
シシィはオスカーの手から瓶を奪うと、ちびちびと酒を飲み始めた。
「諦めなかった結果どうだ? ミッシャの命の灯はもう今にも消えそうではないか」
「……まだ、手はあるはずです」
紫の瞳がオスカーを見つめる。
「なぁ、もういいんじゃないか? お前だって辛いだろう? ミッシャを幸せにしてやれ」
そう言って笑う姿は、やはりミッシャに似ていた。
眠りについたミッシャを見届けて、オスカーは地下の研究室へと降りた。分厚い扉が大きな音を立て閉まると同時に、結界音が響いた。
戸棚にしまっておいた蒸留酒を取り出し、瓶のまま煽る。カッと喉が熱くなるのも構わず、もう一口飲んで、バンと机を叩いた。
万策尽きた。
ミッシャを監禁してから二ヶ月以上かけて育てた器は、ここにきてまた小さくなっていた。
おそらくミッシャは魔力が少なくなっただけだと思っているだろう。しかし、それだけではない。魔力量は魔術師の命そのもの。それを傷付けることでムリヤリ増やしている。大きくなった器のために、摂取している栄養はすべて魔力回復へと使われていく。
人としての身体に回す余裕は、ない。
「愛してるってなんなんだよっ! なんであの人は……っ」
「だから、言ったろ? あれには無理だって」
自分しかいないはずの研究室で、涼やかな少女の声が聞こえてきた。
勢いよく振り向くと、そこには若いころのミッシャによく似た、白銀の長い髪を揺らしている少女が立っていた。
「シシィ、あなたですか……。結界は強化したのにどうやって、いや、さすがミッシャの師匠といったところですか。で、なんの用ですか?」
「不肖の孫弟子に引導を渡そうと思ってな。私は言ったはずだ。ミッシャが絶望することはないと」
美しい唇から紡がれるのは、粗野な言葉だ。小さい体躯もその尊大な態度で実際より大きく見える。
これが、200年生きていると言われる、大賢者シシィ。どうみても15、6歳の少女にしか見えない。
オスカーが彼女に初めて会ったのは、二年前。
この地下研究室だ。
『可愛い我が子に糸がついてるから辿ってみれば、あれの信奉者か。事と次第によっては、この塔がお主の墓石となるが?』
第一声から敵意を持って現れた。オスカーは、すぐに彼女がシシィだと分かった。
ミッシャによく似ている。
並べば兄妹と言っても疑われることはないだろう。
白銀の髪、白い肌。紫の瞳と赤い唇だけが色を持つ。甘ったるい匂いだけが違った。
『不埒な目で見るな』
『……あなたには興味はないですよ』
『ミッシャのことを言っている。私を通して思い出すんじゃない。それで? ミッシャをどうするつもりだ? 賢者オスカー』
小さな少女にすべてを見透かされていることに、オスカーは不快感をあらわにした。
『絶望を与えます。俺が味わったのと同じ、いや、それ以上の絶望を』
『無理だな』
間髪を入れずに否定されて、一層腹立たしかった。
『絶望というのは望みを絶つから、絶望という。お前はミッシャが望みを持ったところを見たことがあるか? 何か欲したことは? あぁ、家族なんて言うなよ? あれは手に入れた家族すら、簡単に手放せる。それはお前がよく知っているだろう?』
長い髪を指で弄びながら、語るシシィにオスカーが掌を向けた。
火炎が勢いよく向かうが、それはふわりと舞うドレスによってかき消された。
『図星を突かれて怒りに任せるとは、ミッシャの教育はなってないな』
『うるさいっ! あなただってミッシャに捨てられたくせにっ!』
『勘違いするなよ、ガキが。私が捨てたのだ。あのままではミッシャは魔術師として成長できなかったのだからな。よかったじゃないか、おかげで出会えたんだ。感謝してもらいたいくらいだ』
研究室をところせましとシシィが舞い、オスカーは捕らえることさえできない。
右にいたかと思えば、左に、上に。しまいには、背後に立たれて、オスカーははぁと息をついた。
『じゃあどうしろと? ミッシャが死ぬのを指を咥えて見ていろと? 絶望の果てに、何が見えるのですか?』
うなだれる琥珀の頭を小さな手がかき乱した。
『幸せな最期を看取るのが、家族ってもんじゃないのか?』
落ち着いた声色だが、少し震えていた。シシィもミッシャの命が残り少ないことに気付いているのだろう。
『俺は、諦めない……。絶対に』
『人として死なせてやるのも、愛だと思うがな。まぁいい。忠告はしたからな』
現れたときと同じように、シシィは音もなく消えた。
シシィはオスカーの手から瓶を奪うと、ちびちびと酒を飲み始めた。
「諦めなかった結果どうだ? ミッシャの命の灯はもう今にも消えそうではないか」
「……まだ、手はあるはずです」
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「なぁ、もういいんじゃないか? お前だって辛いだろう? ミッシャを幸せにしてやれ」
そう言って笑う姿は、やはりミッシャに似ていた。
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