僕と賢者の108日

三谷玲

文字の大きさ
28 / 37

77日※オスカー視点

しおりを挟む
「何かしたいことはありますか? まぁ限られた範囲で、ですが」

 朝から降り続いた雪が止んだ昼過ぎ。ようやく目を覚ましたミッシャに問うと、ミッシャは魔獣にでも遭ったような顔をした。

「そこまで、驚かなくてもいいでしょう? どうせ増えないなら、せめてしたいことくらいはさせてあげようかと思ったんですよ。嫌ならいいんですよ」
「待て待て待て! ちょっとびっくりしただけだ。考えるから、ちょっと待て」

 年甲斐もなくはしゃぐミッシャに、オスカーの心も少し軽くなった。あれこれ考えているのだろう、頭を左右に振って、考えるミッシャをじっと待っていると、ミッシャは思いもよらないことを言った。

「お前の部屋に行きたい」
「……なにもないですよ?」
「椅子があるだろ? あと、キッチン。出来立てをさ、座って食いたいんだよ。それとも、見られたら困るものでもあるのか?」

 なぜか前のめりなミッシャにオスカーは面食らった。この部屋の真下にあるオスカーの部屋には、本当に何もない。キッチンと食事をするためのテーブル。あとは風呂くらいなものだ。
 研究に必要なものは、地下にある。
 見ればミッシャは逸る心を隠そうともせず、目を輝かせていた。

「構いませんが、本当になにもありませんからね?」
「そうと決まれば、今から行くぞ! 腹減ってるんだ」

 ミッシャがベッドから降りると、その身体が傾いだ。

「あ、れ?」

 オスカーがその身体を支えていなければ、またベッドに逆戻りになっていただろう。

「数か月、運動をしていないから筋力が落ちたんでしょうね。ほら、掴まってください」

 細い腕を首に回して掴まるように促すと、ミッシャは素直に身体を預けてきた。膝裏に手を回し、軽々と抱え上げる。耳元で「うおぉ」と色気のない声が聞こえた。
 久しぶりに扉の外に出たミッシャがそわそわしているのが伝わってくる。螺旋階段を見下ろしたのだろう、一瞬身体を硬直させた。

「思ってるより、高ぇな……」
「糸を伸ばしてたのに、忘れてたんですか?」

 ミッシャの糸は何度も螺旋を巡り、地下へと降りていた。入ったことのない地下へは侵入できなかったようだが、塔の内部は隅々まで調べたはずである。

「糸と実際に見るのとじゃ、全然違うだろ? いつ頃の建物なんだろうな」
「さぁ……少なくとも200年以上前のものらしいですよ」

 オスカーも詳しくは知らない。しかしシシィがここに来た時一言「まさか懐かしの我が家に帰ってくるとは」と言っていた。賢者になって根無し草な彼女の我が家ということは、賢者になる前、人であったときのことなのだろう。彼女がここで何をしていたのか、何をされていたのかは知らない。ミッシャに逢わないのかと問えば、上には行けないとも言っていた。

 一つ下のオスカーの部屋の入り口は、ミッシャのものよりもさらに簡素だ。扉すらない。
 本当にテーブルと椅子が数客、竈と洗い場だけのキッチン。布一枚隔てたアーチの先に、風呂がある。
 オスカーはミッシャを椅子へ下ろすと、キッチンに向かった。小さな鍋を竈にかけた。
 牛乳を煮立たせてからパラパラと潰した麦をいれ、塩と胡椒を加える。麦が柔らかくなれば完成だ。これしか作れないというミッシャに教わった。美味いと思うこともなければ、飽きることもない。もっといい作り方があると聞いても、オスカーはかたくなにミッシャのレシピを守っていた。
 椀によそってテーブルに置くと、ミッシャは何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みを浮かべた。

「そんなに腹が空いていたんですか?」
「違うよ。ベッドで寝て食ってたたら、病人みたいじゃにか。こうしてテーブルに着くだけで、元気になった気がする」
「これからは、ここで食べますか?」
「いいのか? ならせめて自分で歩けるように、足腰鍛えないとな」

 この塔に来て、さらに細くなった足をミッシャが摩る。

――幸せな最期、か……。それもいいかもしれないな。

 シシィの言葉を思い出してオスカーは軽く目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。

鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。 死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。 君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。

逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~

結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】  愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。 ──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──  長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。  番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。  どんな美人になっているんだろう。  だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。  ──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。  ──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!  ──ごめんみんな、俺逃げる!  逃げる銀狐の行く末は……。  そして逃げる銀狐に竜は……。  白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。

竜神様の番

田舎
BL
いつかX内で呟いた、 『えーん、えーん…💦 竜人の攻めが長いこと探してた番の人間くんを探して(半強制的)に結婚したのに、ツンデレどころかクーデレが過ぎてたせいで、ある日人間くんが「離縁します」と置き手紙残して失踪…! 後悔とブチギレしてる話がなきゃ掃除と洗濯できない😭😭』 という自分の愚痴から始まったツイノベもどきを、再構成と校正しました。 「番」とは何かも知らされず、 選択肢すら与えられなかった人間リオと、 大切にしている“つもり”だった竜人のナガレ。 ちゃんとハッピーエンドです。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

処理中です...