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77日※オスカー視点
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「何かしたいことはありますか? まぁ限られた範囲で、ですが」
朝から降り続いた雪が止んだ昼過ぎ。ようやく目を覚ましたミッシャに問うと、ミッシャは魔獣にでも遭ったような顔をした。
「そこまで、驚かなくてもいいでしょう? どうせ増えないなら、せめてしたいことくらいはさせてあげようかと思ったんですよ。嫌ならいいんですよ」
「待て待て待て! ちょっとびっくりしただけだ。考えるから、ちょっと待て」
年甲斐もなくはしゃぐミッシャに、オスカーの心も少し軽くなった。あれこれ考えているのだろう、頭を左右に振って、考えるミッシャをじっと待っていると、ミッシャは思いもよらないことを言った。
「お前の部屋に行きたい」
「……なにもないですよ?」
「椅子があるだろ? あと、キッチン。出来立てをさ、座って食いたいんだよ。それとも、見られたら困るものでもあるのか?」
なぜか前のめりなミッシャにオスカーは面食らった。この部屋の真下にあるオスカーの部屋には、本当に何もない。キッチンと食事をするためのテーブル。あとは風呂くらいなものだ。
研究に必要なものは、地下にある。
見ればミッシャは逸る心を隠そうともせず、目を輝かせていた。
「構いませんが、本当になにもありませんからね?」
「そうと決まれば、今から行くぞ! 腹減ってるんだ」
ミッシャがベッドから降りると、その身体が傾いだ。
「あ、れ?」
オスカーがその身体を支えていなければ、またベッドに逆戻りになっていただろう。
「数か月、運動をしていないから筋力が落ちたんでしょうね。ほら、掴まってください」
細い腕を首に回して掴まるように促すと、ミッシャは素直に身体を預けてきた。膝裏に手を回し、軽々と抱え上げる。耳元で「うおぉ」と色気のない声が聞こえた。
久しぶりに扉の外に出たミッシャがそわそわしているのが伝わってくる。螺旋階段を見下ろしたのだろう、一瞬身体を硬直させた。
「思ってるより、高ぇな……」
「糸を伸ばしてたのに、忘れてたんですか?」
ミッシャの糸は何度も螺旋を巡り、地下へと降りていた。入ったことのない地下へは侵入できなかったようだが、塔の内部は隅々まで調べたはずである。
「糸と実際に見るのとじゃ、全然違うだろ? いつ頃の建物なんだろうな」
「さぁ……少なくとも200年以上前のものらしいですよ」
オスカーも詳しくは知らない。しかしシシィがここに来た時一言「まさか懐かしの我が家に帰ってくるとは」と言っていた。賢者になって根無し草な彼女の我が家ということは、賢者になる前、人であったときのことなのだろう。彼女がここで何をしていたのか、何をされていたのかは知らない。ミッシャに逢わないのかと問えば、上には行けないとも言っていた。
一つ下のオスカーの部屋の入り口は、ミッシャのものよりもさらに簡素だ。扉すらない。
本当にテーブルと椅子が数客、竈と洗い場だけのキッチン。布一枚隔てたアーチの先に、風呂がある。
オスカーはミッシャを椅子へ下ろすと、キッチンに向かった。小さな鍋を竈にかけた。
牛乳を煮立たせてからパラパラと潰した麦をいれ、塩と胡椒を加える。麦が柔らかくなれば完成だ。これしか作れないというミッシャに教わった。美味いと思うこともなければ、飽きることもない。もっといい作り方があると聞いても、オスカーはかたくなにミッシャのレシピを守っていた。
椀によそってテーブルに置くと、ミッシャは何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みを浮かべた。
「そんなに腹が空いていたんですか?」
「違うよ。ベッドで寝て食ってたたら、病人みたいじゃにか。こうしてテーブルに着くだけで、元気になった気がする」
「これからは、ここで食べますか?」
「いいのか? ならせめて自分で歩けるように、足腰鍛えないとな」
この塔に来て、さらに細くなった足をミッシャが摩る。
――幸せな最期、か……。それもいいかもしれないな。
シシィの言葉を思い出してオスカーは軽く目を閉じた。
朝から降り続いた雪が止んだ昼過ぎ。ようやく目を覚ましたミッシャに問うと、ミッシャは魔獣にでも遭ったような顔をした。
「そこまで、驚かなくてもいいでしょう? どうせ増えないなら、せめてしたいことくらいはさせてあげようかと思ったんですよ。嫌ならいいんですよ」
「待て待て待て! ちょっとびっくりしただけだ。考えるから、ちょっと待て」
年甲斐もなくはしゃぐミッシャに、オスカーの心も少し軽くなった。あれこれ考えているのだろう、頭を左右に振って、考えるミッシャをじっと待っていると、ミッシャは思いもよらないことを言った。
「お前の部屋に行きたい」
「……なにもないですよ?」
「椅子があるだろ? あと、キッチン。出来立てをさ、座って食いたいんだよ。それとも、見られたら困るものでもあるのか?」
なぜか前のめりなミッシャにオスカーは面食らった。この部屋の真下にあるオスカーの部屋には、本当に何もない。キッチンと食事をするためのテーブル。あとは風呂くらいなものだ。
研究に必要なものは、地下にある。
見ればミッシャは逸る心を隠そうともせず、目を輝かせていた。
「構いませんが、本当になにもありませんからね?」
「そうと決まれば、今から行くぞ! 腹減ってるんだ」
ミッシャがベッドから降りると、その身体が傾いだ。
「あ、れ?」
オスカーがその身体を支えていなければ、またベッドに逆戻りになっていただろう。
「数か月、運動をしていないから筋力が落ちたんでしょうね。ほら、掴まってください」
細い腕を首に回して掴まるように促すと、ミッシャは素直に身体を預けてきた。膝裏に手を回し、軽々と抱え上げる。耳元で「うおぉ」と色気のない声が聞こえた。
久しぶりに扉の外に出たミッシャがそわそわしているのが伝わってくる。螺旋階段を見下ろしたのだろう、一瞬身体を硬直させた。
「思ってるより、高ぇな……」
「糸を伸ばしてたのに、忘れてたんですか?」
ミッシャの糸は何度も螺旋を巡り、地下へと降りていた。入ったことのない地下へは侵入できなかったようだが、塔の内部は隅々まで調べたはずである。
「糸と実際に見るのとじゃ、全然違うだろ? いつ頃の建物なんだろうな」
「さぁ……少なくとも200年以上前のものらしいですよ」
オスカーも詳しくは知らない。しかしシシィがここに来た時一言「まさか懐かしの我が家に帰ってくるとは」と言っていた。賢者になって根無し草な彼女の我が家ということは、賢者になる前、人であったときのことなのだろう。彼女がここで何をしていたのか、何をされていたのかは知らない。ミッシャに逢わないのかと問えば、上には行けないとも言っていた。
一つ下のオスカーの部屋の入り口は、ミッシャのものよりもさらに簡素だ。扉すらない。
本当にテーブルと椅子が数客、竈と洗い場だけのキッチン。布一枚隔てたアーチの先に、風呂がある。
オスカーはミッシャを椅子へ下ろすと、キッチンに向かった。小さな鍋を竈にかけた。
牛乳を煮立たせてからパラパラと潰した麦をいれ、塩と胡椒を加える。麦が柔らかくなれば完成だ。これしか作れないというミッシャに教わった。美味いと思うこともなければ、飽きることもない。もっといい作り方があると聞いても、オスカーはかたくなにミッシャのレシピを守っていた。
椀によそってテーブルに置くと、ミッシャは何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みを浮かべた。
「そんなに腹が空いていたんですか?」
「違うよ。ベッドで寝て食ってたたら、病人みたいじゃにか。こうしてテーブルに着くだけで、元気になった気がする」
「これからは、ここで食べますか?」
「いいのか? ならせめて自分で歩けるように、足腰鍛えないとな」
この塔に来て、さらに細くなった足をミッシャが摩る。
――幸せな最期、か……。それもいいかもしれないな。
シシィの言葉を思い出してオスカーは軽く目を閉じた。
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