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107日
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オスカー視点です
❖❖❖
「また来たんですか?」
オスカーは研究室に音もなく現れたシシィを、ため息交じりで出迎えた。
「カギが掛かってなかったんでな。賢者だって、魔力がなければ死ぬことになるんだぞ? 分かってるのか?」
「ゼロでなければ、どうにでもなりますよ。それより、完成しましたよ。新たな術式が」
「それで、ミッシャの命が少し延びたところで、お前の二度目の絶望の訪れはあっという間にやってくるぞ? 賢者にとって10年、20年はネズミの出産と変わらん」
シシィは200年生きていると言われている。実際の年齢は、本人ももう知らない。この塔の古さから、オスカーはもっと昔から生きているのではないかと思っている。
「その短い時間、ほんの戯れで育てた子のことが、そんなに心配ですか?」
床に這いつくばって作業を続けるオスカーはシシィを見やることなくあざ笑う。その手元に舞い降りた小さな足が、オスカーの手を踏みつける。
「お前の心配をしている。この先、ミッシャの思い出を語れる相手はお前しかいないのだからな」
「それならなおさら、俺の邪魔はしないでください。そのよく語る口を潰したくなるので」
ようやくオスカーがシシィを見る。シシィは憐憫のまなざしで見下ろしていた。オスカーはキッと睨み上げるも、シシィはふわりと宙がえりした。
「忠告はした。それと、ミッシャの家族にこれ以上被害を加えることは許さん」
「なんのことだか」
「あの呪いのせいで、あの子は結婚せざるを得なくなった。幸い、相手が堅物で良かったが、そうでなければただの疵物になるところだったんだぞ」
宙であぐらをかいた小さな少女は憤慨を露わにした。オスカーの呪いでミッシャの娘、シャルロッテが急な結婚をすることになったのは確かだが、害を加えたと言われる筋合いはない。
「王妃になる予定だったんですがね」
「王国にかかわらないことで、賢者は自由を得られるというのに自ら首を突っ込むとは、馬鹿か」
「俺は自由ですよ。今のところは」
オスカーが立ち上がると、石造りの床の上には氷の結晶が無数に描かれていた。大きな結晶の周りを小さな結晶が取り囲み、そのいくつかにはシシィすら見慣れない言葉が紡がれていた。
「術者の負担が大きすぎて、誰も使わんな」
「この程度の負担で、魔術師の寿命を延ばすことが出来れば使う人間は出てきますよ」
魔術師の魔力を自分の器に取り込む。それを体内で循環させることなく純粋な状態にしておくのは、容易ではない。
取り込む量が多ければ、自身の魔力を蓄える余地がなくなる。少なくても、効果はない。もともとの魔力の器が小さければ、あっという間に自分の魔力はなくなり、死に至る。
器が大きいオスカーですら、今の魔力量では結界を維持することも、湯を沸かすことも難しい。
「ミッシャの弟子のひとりが、ここに気付いた。明日にでも大群が押し寄せてくるだろう」
「もしかして、それを言いにわざわざ来てくれたんですか?」
オスカーももちろん、気付いていた。いつもミッシャのそばにあった微力で不快な魔力が、結界に触れたことに。森を覆っていた結界は10日以上前に解いていた。塔の結界も薄れかけ、おそらくシシィはなんなく入り込めただろう。
窓の氷も薄くなり、部屋の温度も保てない。
明日が最初で最後のチャンスだ。
「ひとつ、お願いがあるんですが」
相変わらず宙を浮いて術式を眺めているシシィにオスカーは襟を正して問いかけた。
「いいだろう。かわいい孫弟子の最後の頼みだ」
「終わったらこの術式は消しておいてください。それと、俺の、義妹に謝罪を」
義妹、と呼ぶことにもう抵抗はなかった。血のつながりもなにもないが、ミッシャにとって自分が息子なら、彼女が義妹なことに異論はない。
「ちゃっかりふたつも言いやがって……。最後の願いは自分ですることだな」
来た時と同じように、シシィは音もなく去った。
冷えた空気が室内に漂う。
きっと今頃ミッシャも寒さに震えているだろう。オスカーは足早に最上階へと昇り、案の定シーツをかぶり丸くなっている身体を抱きしめた。
固くなっていたミッシャの身体が瞬時に緩まる。
オスカーはこの先長きにわたる一人寝の思い出に、一睡もすることなくミッシャを味わった。
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「また来たんですか?」
オスカーは研究室に音もなく現れたシシィを、ため息交じりで出迎えた。
「カギが掛かってなかったんでな。賢者だって、魔力がなければ死ぬことになるんだぞ? 分かってるのか?」
「ゼロでなければ、どうにでもなりますよ。それより、完成しましたよ。新たな術式が」
「それで、ミッシャの命が少し延びたところで、お前の二度目の絶望の訪れはあっという間にやってくるぞ? 賢者にとって10年、20年はネズミの出産と変わらん」
シシィは200年生きていると言われている。実際の年齢は、本人ももう知らない。この塔の古さから、オスカーはもっと昔から生きているのではないかと思っている。
「その短い時間、ほんの戯れで育てた子のことが、そんなに心配ですか?」
床に這いつくばって作業を続けるオスカーはシシィを見やることなくあざ笑う。その手元に舞い降りた小さな足が、オスカーの手を踏みつける。
「お前の心配をしている。この先、ミッシャの思い出を語れる相手はお前しかいないのだからな」
「それならなおさら、俺の邪魔はしないでください。そのよく語る口を潰したくなるので」
ようやくオスカーがシシィを見る。シシィは憐憫のまなざしで見下ろしていた。オスカーはキッと睨み上げるも、シシィはふわりと宙がえりした。
「忠告はした。それと、ミッシャの家族にこれ以上被害を加えることは許さん」
「なんのことだか」
「あの呪いのせいで、あの子は結婚せざるを得なくなった。幸い、相手が堅物で良かったが、そうでなければただの疵物になるところだったんだぞ」
宙であぐらをかいた小さな少女は憤慨を露わにした。オスカーの呪いでミッシャの娘、シャルロッテが急な結婚をすることになったのは確かだが、害を加えたと言われる筋合いはない。
「王妃になる予定だったんですがね」
「王国にかかわらないことで、賢者は自由を得られるというのに自ら首を突っ込むとは、馬鹿か」
「俺は自由ですよ。今のところは」
オスカーが立ち上がると、石造りの床の上には氷の結晶が無数に描かれていた。大きな結晶の周りを小さな結晶が取り囲み、そのいくつかにはシシィすら見慣れない言葉が紡がれていた。
「術者の負担が大きすぎて、誰も使わんな」
「この程度の負担で、魔術師の寿命を延ばすことが出来れば使う人間は出てきますよ」
魔術師の魔力を自分の器に取り込む。それを体内で循環させることなく純粋な状態にしておくのは、容易ではない。
取り込む量が多ければ、自身の魔力を蓄える余地がなくなる。少なくても、効果はない。もともとの魔力の器が小さければ、あっという間に自分の魔力はなくなり、死に至る。
器が大きいオスカーですら、今の魔力量では結界を維持することも、湯を沸かすことも難しい。
「ミッシャの弟子のひとりが、ここに気付いた。明日にでも大群が押し寄せてくるだろう」
「もしかして、それを言いにわざわざ来てくれたんですか?」
オスカーももちろん、気付いていた。いつもミッシャのそばにあった微力で不快な魔力が、結界に触れたことに。森を覆っていた結界は10日以上前に解いていた。塔の結界も薄れかけ、おそらくシシィはなんなく入り込めただろう。
窓の氷も薄くなり、部屋の温度も保てない。
明日が最初で最後のチャンスだ。
「ひとつ、お願いがあるんですが」
相変わらず宙を浮いて術式を眺めているシシィにオスカーは襟を正して問いかけた。
「いいだろう。かわいい孫弟子の最後の頼みだ」
「終わったらこの術式は消しておいてください。それと、俺の、義妹に謝罪を」
義妹、と呼ぶことにもう抵抗はなかった。血のつながりもなにもないが、ミッシャにとって自分が息子なら、彼女が義妹なことに異論はない。
「ちゃっかりふたつも言いやがって……。最後の願いは自分ですることだな」
来た時と同じように、シシィは音もなく去った。
冷えた空気が室内に漂う。
きっと今頃ミッシャも寒さに震えているだろう。オスカーは足早に最上階へと昇り、案の定シーツをかぶり丸くなっている身体を抱きしめた。
固くなっていたミッシャの身体が瞬時に緩まる。
オスカーはこの先長きにわたる一人寝の思い出に、一睡もすることなくミッシャを味わった。
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