世界の終わりに、想うこと

鈴木りんご

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最終話「終わる世界とその秘密」2

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「そうか。では、自分を知るところからということで、心についての話から始めよう。しかし実のところ、心はどこにあるのかという問は、この世界の核心に迫る問題なのだ。だからそこは後回しにして、心とは何なのかを語ろうと思う」

 心の在り処が世界の核心に迫るとはいったいどういうことなのだろう。

「心とは何か。こういう言い方は答えをはぐらかすようで申し訳ないのだが、心とは言葉に過ぎない。問題なのは心という言葉が指し示す先がとても抽象的であやふやだということだ。だからまず、君が漠然と心だと感じているものの焦点をはっきりとさせていこう」

 僕が思索しているのを気にせず、創造主は言葉を続けていく。だから僕はいったん考えることは止めにして、その言葉に集中することにした。

「人間は人間と一括りにされていても、人種に性別、年齢や性格、生まれ持つ障害に才能、一人一人全く違う。誰一人、同じ存在ではない。だから一人一人に別々の名前が与えられるのだろう。名前はとても重要だ。同じ人間であっても一人一人が別々であることを決定づけてくれる。例えば目の前に猫の兄弟が五匹いたとしよう。兄弟というだけあって見た目はそっくりだ。それでももちろん一匹一匹に若干の差異はある。だがそのことを君は気にもとめないだろう。しかしだ、その中の一匹だけに君がミケと名前をつけてあげたらどうなるだろう。君はミケの他の四匹との差異に注視し、見分けをつけて特別な感情を抱くことになるはずだ。ミケは名前を得ることによって、他の四匹とは全く別の特別な一匹になったのだ。そうやって名前は一人一人を別々の特別な一人とする力を持っている。そしてさらに重要なのが私や僕といった自らを指し示す一人称の言葉だ。自らを名前ではなく一人称の言葉で捉えたとき、新たな区別が生まれる。自分とそれ以外、自分という内側とそれを覆う世界という外側だ。その一人称の指し示す先、自分という内側こそが君が心だと感じているものの正体だろう。それは自分を自分だと認識する根源であって、自らの意思、思考の中枢。それがいったい何であるかを、今から話していこう」

 確かにその通りだと感じた。

 だって僕は名前ではないし、体でもない。もし漫画みたいに頭をぶつけて誰かと心が入れ替わってしまったのなら、その新しい名前と体の方が僕だ。元々の僕の体は、僕の体であって僕ではない。

 そうだ。僕は心だった。

「今言ったように、人は皆違う。そしてその中でも最も違うのが、心であると君は感じているはずだ。同じ映画を見ても人によって感じるものは違う。どんなことに幸せを感じ、悲しみを感じるのかは人それぞれだ。それは一人一人が生まれ持った、別々の心がそうさせるのだと君は思っている」

 確かに僕はそう思っている。でもそれは僕だけではない。きっと誰しもがそう思っているはずだ。

「だがそれは間違いだ。実はこの世界に在る全ての人間の心は同一のものだ。そしてさらに人間だけではなく、意思ある全てのものの心もまた、一様に同じだ。人間に動植物、心を持ったAIがあるのならそれも、もし人工物や物質に心が宿っていたのならそれだって同じ心を持っている。違うのはその心の器と過去だ。例えば植物。器となる身体の構造は君とは全く違うし、脳もない。心があっても脳がなければ考えることが出来ない。心はその機能をほとんど果たしていないのかもしれない。しかし植物に音楽を聞かせると健康に育つという話もある。次に人間以外の動物たち。彼らもまた身体的構造が全く違う。目に映る世界も違えば、聞こえる音も違う。脳の性能も様々だ。例え心が君と同じであっても、同じ考えを抱くことは出来ない。そして人間同士であっても同じことが言える。生まれ得た身体、容姿や健康状態、頭の良さに運動神経、そしてやっぱり脳の影響は強い。ドーパミンやアドレナリンなどの神経伝達物質の分泌のしやすさで性格は大きく異なってくるだろう。そして過去の経験もまた人の心の在り様を大きくかえる。親に愛されて育つか、愛されずに育つかだけで、その人物の性格は全く違ったものになるはずだ。例えば自分を信じることが出来ず、新しいことに一歩踏み出すことの出来ない青年がいたとしよう。なぜ彼が自分を信じることが出来ないのか。彼はまだ幼かった頃、いつも父に言われていた。お前は出来損ないだ。お前は何をやっても駄目だ。その経験から彼は自分を駄目な人間だと思い、自らを信じることが出来なくなってしまった。生まれ持った心の性質ではなく、過去の経験が彼をそうしたのだ。しかしそこに至ったのはその経験が全てだったわけではない。彼は自分を駄目な人間だと罵る父の言葉が正当な評価なのだと信じた。それは彼が父を信じていたということだ。もしかしたら以前はとても優しい父だったのかもしれないし、父の言葉は絶対であると言い聞かせられていたのかもしれない。そうやって一つの結果にはそれに連なる多くの過去がある。その連なる無数の過去が今の彼の心を形作ったのだ」

「過去が心を作るというのなら、それはやっぱり人それぞれに別だってことなんじゃないんですか?」

「確かに、その通りだ。始まりは同じであっても、時をかけて別のものになったと言うことは出来るだろう。しかしもし君を君たらしめるものが心であるというのなら、心ある全てのものが違う経験をしてきた、違う器を持った君自身であるということだ」

 僕は僕だった僕だ。そして例えば母は、母だった僕だということ。そんなこと、簡単には受け入れられなかった。しかし創造主がそう言うのであれば、それが真実なのだ。

 知りたいと願ったのは僕自身。だから真実から目を背けることは許されない。

「では心については、ひとまずはこのへんにしておこう。次は運命だ。抗うことの出来ない定められた道。それを運命と呼ぶのなら、今日君が死ぬこと、人類が滅びることは運命に他ならない。しかし君が知りたいことはそんなことではないはずだ。君の問は、全ての出来事は予めに決まっているかどうか、自分の意思で無数にある可能性の中から未来を選び取ることは可能であるのかどうかということだろう。答えを先に言わせてもらうと、決まっているとも言えるし、決まっていないと言うことも出来るといったところだろうか」

 運命などない。未来には無限の可能性が存在し、自らの手で切り開いて行くものだ。大人たちはみんなそうやって僕に断言したが、創造主の答えはやっぱり違っていた。

「まずは運命という言葉は少し横に置いておこう。そして未来を予測出来るのかという話をしよう。例えばこれから君がそこの椅子を押すとする。押す力は五十キロ。向きは床と水平に東方向。めんどうなので摩擦は0。これだけ正確にわかっていれば、私は椅子がこれからどこに動くのか、未来を予測することが可能だ。すなわち、かかる力の総量とその向きを完璧に把握することが出来たのなら、正確な未来を予測することは出来るということだ。そして人の心にある想い、感情といったもの。愛や憎しみ、そういったものもまた観測可能な力である。エネルギー保存の法則にあるように、力つまるところのエネルギーはどんな形態であっても常に一定だ。君が誰かに愛をぶつければ、その誰かも君に愛を返してくれるかもしれない。君の愛は受け入れられず、その愛する想いが絶望や怒りに変わることもあるだろう。君の愛が強すぎて、その誰かが恐怖する可能性だってある。感情の種類は違うが、エネルギーの大きさは変わらない。内向的な性格の者は、他人からエネルギーを受け取るばかりで、たまりすぎて爆発してしまうことだってある。特定の誰かにぶつけるのではなく、スポーツでの発散や、小説や音楽といった作品に変換して吐き出す人だっているだろう。そしてそのスポーツでの活躍や小説を見て、音楽を聞いて感動する者もいる。ということはだ、エネルギーの総量とその向きを知ることが出来れば、人の行動もまた予測可能なのだ」

 確に僕も想いは力だと感じている。だって僕を突き動かすのはいつだって心の中にある、この想いに他ならないのだから。

「ではそれを踏まえて、運命について話をしよう。君が漫画の単行本を買って読み始めたとする。すでに完結している作品だ。初めて読む作品で、君は物語の展開も結末も知らない。展開は無限に考えられるが、結末は既に描かれている。ただ君が知らないだけで、漫画の主人公の命運は既に決している。もちろん君にはどうすることも出来ない。君に出来る選択は読み続けるか、読むのを止めるということくらいだ。そしてここで質問だ。君はその漫画の主人公に運命はあると思うだろうか?」

「あると思います。作者が考えたストーリーだし、何よりももう完結しているんだから、全てが決していて未来に選択肢はない」

「完結し、未来に選択肢がないことが理由になるのならば、歴史の教科書に登場する人物たちもまた、抗うことの出来ない運命の中にあったということだろうか?」

「あ……なるほど。物語が完結していることは関係ありません。それでもやっぱり漫画は登場人物の意思ではなく、作者が面白いと思う展開で物語を書いているわけだから、主人公は作者の作り出した運命を強いられ、抗うことは出来ないはずです」

「確かに君の言う通りだ。主人公は漫画の中の登場人物。作者の手のひらの上で踊ることしか許されないのかもしれない。作者は作品を描き始める前にプロットを作り、大まかな話の流れを決めていたことだろう。しかしだ、予定通りに話が進むとは限らない。場合によっては展開も結末も全く違うものになることだってあるはずだ。ではなぜ展開が変わってしまったのか。よく作者が口にするのは登場人物がかってに動き出したということだ。どうしてそんなことが起こるのか。たかが漫画の登場人物が己の力で運命を切り開くことなんてあり得るのだろうか。その理由は過去にある。その登場人物の過去だ。一話から通して歩んできた道のりに、描かれた彼の過去。そして人となり。それが必然となって物語を動かすのだ。例えばプロットの段階で作者は物語を主人公の自殺で締めくくるつもりでいた。主人公は全てを受け入れて諦める。そんな悲しい終わり方を想定していた。しかし作者は終わりに至るまでの物語の中で主人公を熱く、前向きに描き過ぎてしまった。どう考えてもその主人公は自殺なんて選択肢を選びそうにはなかった。だから作者は最後に主人公が全てを受け入れ、それでもなお前を向く終わり方にかえた。主人公の過去が作者の作り出した運命を覆したのだ。そう……在るのは運命ではない。そこに本当に在るものの正体は必然だ」

「必然……そこに違いはあるんですか? 結局全ては決まっているということなんでしょう」

「確かに。未来は既に決まっているのかもしれない。例えば君が好きな人に告白することを決めたとしよう。君には結果はわからない。しかしもし告白したらどうなるかは既に決まっている。それは君とその人が過ごしてきた過去によって決まっている。もしその人に君が好意的に受け止められていたのなら良い返事がもらえるのかもしれないし、君が知らないだけで既に恋人がいて振られる可能性だってある。その答えはわからないが、今告白したらどんな答えが待っているのかは決まっているはずだ。それは運命ではなく必然だ。そうやって一つ一つ過去を辿っていけば導き出される未来は自ずと見えてくる。もちろん自然現象だって同じだ。何事にも原因がある。そこに至る因果が存在する。小さな蝶のはばたきが、回り回って大きな竜巻の原因になることだってあるのだろう。そうやってこの世界の全てを、過去の想いや力のベクトルを完璧に計測し辿ることが出来たのなら、そこから未来を導き出すことは可能だ。そう未来は予測し得るだけではなく、既に決まっている。しかしだ、だからなんだというのだろう。君は君だから、その選択肢を選ぶことが決まっていた。それでも選択肢は無限にあったのだ。ただ君が故にその選択肢を選ぶしかなかった。必然とは運命が決めたのではなく、君が選択をする以前から既に決めていというだけのことだ」

 未来は既に決している。しかしそれは運命ではなく必然によるもの。

 それは運命と呼ばれる何か特別な意思の力が僕の選択に介入しているというわけではなく、僕は僕だからその選択肢を選ぶことしか出来ないということ。

 それが必然。

 僕はこれまでの十四年という人生の中で、多くの選択を迫られてきた。それは右足から踏み出すか、左足からにするかといったほんの小さなものから、中学受験をするかどうかといった、今後の人生を左右するような大きなものまでいろいろだった。その中にはほとんど迷うこともなく決めたこともあれば、何日も迷ってやっと答えを出せたこともある。その全てが決まっていたのなら、迷ったことに意味はあったのだろうか。

 いや、違う。そうじゃない。迷うことすら決まっていたんだ。僕は僕だから、迷った末にそう選択すると決まっていた。

「綺麗にまとまったように思うだろうが、運命についてはまだ続きがある。しかし一度、時間について話してしまうことにしよう。運命と時間には密接な関係がある。ということで次は時間についてだ」

 時間……その存在については偉い物理学者や哲学者たちの間でも意見が分かれている。僕もいろいろな本を読んだが、その度に新しい思想に感心し納得してしまい、どれが正しくどれが偽りであるかと自分自身の考えを持つことすらままならない状態だった。

 つづく
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