転生したテロリストは正しく生きたい

鈴木りんご

文字の大きさ
42 / 47

第37話 五日目・後

しおりを挟む

『うあああーーー! よくもマックスを!』

 アリアさんの怒りに満ちた叫び声。でも違和感があった。その声にはノイズと共に二重に聞こえた。

 振り返るとそこにアリアさんはいない。俺の後ろにいたはずで、声だって後ろから聞こえたのに姿はない。

「うっ……」

 小さなうめき声とドンと重い衝撃の音。今度は前から聞こえた。

 視線を戻す。

 そこには謎の男の胸を剣で突き刺したアリアさんの姿があった。

 意味がわからない。アリアさんが消えたように見えたのは神速を使ったからだろう。それはわかる。でもどうしてこの謎の男をいきなり刺したのかがわからない。

 アリアさんは男に突き刺した剣から手を離した。そしてそのまま糸の切れた操り人形みたいに、力なく後ろにいた俺のほうへと倒れかかってきたので受け止める。

 アリアさんは意識を失っているようだった。

「アリアさん、大丈夫ですか」

 声を掛けながら男のほうを見る。男は胸に剣を宿したまま倒れている。溢れる血液は暗いからだろうか、赤というよりは黒く見えた。

「アゼルさんはアリアさんを見ていてください。私が男を確認します」

 そう言うとエルウィンさんは倒れている男のもとに駆け寄った。

「もう亡くなっています」

 男の死を確認すると、エルウィンさんは魔法を使って地下室の照明器具に火を灯す。

 炎の明かりに照らされた死んだ男の顔を俺は知っていた。昨日、白昼夢のようなものを見たときに目蓋の裏で見た男で間違いないだろう。

「その男は人間なんですか……」

 疑問を口にする。もしかしたら俺が知らないだけで、この世界にはファンタジー世界ではお約束のゴブリンとかも存在するのかもしれない。

 それくらいその男は普通の人間とは異なって見えた。あえて言葉にするのなら、ゾンビとか布の巻いていないミイラのような姿だった。

「人間ではあったのだと思います……」

 それがエルウィンさんの答えだった。

「あれ? 私は……」

 アリアさんが意識を取り戻す。

「大丈夫ですか?」

「ここは?」

「ミュラー邸の地下です。アリアさんは急に意識を失ったんです」

「覚えていません……思い出せるのは、廊下の扉を開けたところまでです。何があったんですか?」

「アリアさんは少女の霊の心がまるで自分の中に入ってきたようだと言っていましたが、本当に入っていたんじゃないでしょうか」

「マックスという名前に聞き覚えはありますか?」

 エルウィンさんが聞く。

「マックスですか? そうですね……あ、二番目に失踪したウエルタ家の弟の名前がマックスという名前だったはずです」

 アリアさんは少し考えて、思い出したという感じで言う。その様子からはマックスという名前に強い思い入れは感じない。

 やはりあの行動はアリアさんの意思ではなかったのだろう。

「ではあの少女の霊はウエルタ家の姉だったのでしょう」

「どうしてそう思うんですか? それでここで何があったんですか?」

 どう話せばいいのだろう……俺がそう考えている間にエルウィンさんが話し出した。

「階段を下りて地下へとたどりつくと、男が包丁を手に襲い掛かってきました。そこをアリアさんが私たちを守るように前へ出て、その男を仕留めたのです」

 アリアさんが罪悪感を抱かないようにだろう、エルウィンさんは少し作り話を織り交ぜて話す。

「……覚えていません」

「体の方は大丈夫ですか?」

「はい。何ともありません。大丈夫だと思います」

 言いながら確認するように体を動かすアリアさん。

「あっ……足にあった少女の霊の手の痕がなくなっています」

 そう言って足を見せてくれたが、確かに手の痕はなくなっていた。

「やっぱりこいつが失踪の犯人だったんでしょうか?」

「そう思います。ほらあれを見てください」

 そこには大きな調理台があった。さらに奥の棚には人間の頭蓋骨が並んでいる。

「こいつはここで何をしていたんでしょう?」

「頭蓋骨の数を数えてみてください」

 棚の上から一段目に三つ、二段目に四つ、三段目に四つと分けて置いてある。

「一つ足りないでしょう。私は彼がクリストフさんのではないかと思います。どこでどう道を踏み外してしまったのかはわかりませんが、彼は人を食べていたのではないでしょうか?」

 クリストフ・ミュラー……彼は食材にこだわる料理人だったという。そのこだわりの行き着いた先がこれだったのだろうか。

 俺には到底理解はできなかった。




 その後、俺たちはここで起きたことを騎士団に報告した。

 結局、首謀者と思われる男が死んでしまっているので真実は闇の中だ。

 それでも騎士団と共に地下室を調べていくつかわかったこともある。

 やっぱりあの男はクリストフ・ミュラーだと思われるという。失踪前から大きく変質してはいるが、身長はちょうど同じくらいで顔にも面影は残っているらしい。

 そして食べられたと思われる被害者たちの骨は頭蓋骨しか発見されなかった。ただそれとは別に壺の中に粉末状の骨の粉様なものがみつかった。しかしその量は少なく、とても被害者の数には見合わなかった。

 彼は骨まで砕いて食べていたのかもしれない。

 そして俺が気にしていた空調の穴のようなものの正体も明らかになった。あれは前世の世界では潜望鏡やペリスコープと呼ばれるものだった。反射鏡利用した装置でこの地下室から、上の部屋の様子をうかがえる仕組みになっていたのだ。

 食人鬼クリストフ・ミュラーは死んだ。これでこの家の事件は解決した。もうこの家に住んでも失踪者が出ることはないだろう。

しかしあの少女の霊はどうなったのだろう。アリアさんの体を使って弟の敵をとったのだから成仏できたのだろうか。

 何が彼女にとっての救いであるのかは俺にはわからない。それでも彼女は被害者だ。そして霊になった後もこの家の住人を守ろうとしていた。そんな優しい少女は救われて欲しいと思う。

 でもきっと大丈夫だろう。この世界は努力には見返りがある。きっと彼女の努力も報われるはずだ。

 ただ俺的に心残りがあるとすれば、少女の霊を自身の目で見ることができなかったことと、心霊現象のメカニズムが何一つ解明できなかったことだろう。

 それでも自分なりに考えてみる。解明は無理でもその現象を垣間見ることはできたのだから、仮説くらいは立てられるはずだ。

 今回の体験と前世の記憶も総動員して考える。

 少女の霊はミュラー邸の中でだけ現れた。

 心霊現象といえば決まった場所で起きることが多い。だから前世の世界では心霊スポットなんて言葉も存在した。

 そしてその場所は他にもいろいろな言い方をされていた。龍脈、霊道、磁場が狂っているなどと。

 磁場といえば、前世の世界では磁性体を用いた多くの記憶媒体が存在していた。

 その細かなシステムまでは俺にはわからないが、磁力とか磁性体といったものには様々な情報を別の信号に変換して、膨大なデータを記憶することが可能だった。

 そうであるのなら、磁場が普通と違ったり強い場所では、空間の中にそういったデータが記憶されていることもあるのではないだろうか。

 それにそういうことが可能なのが磁性体だけとは限らない。前世の世界でも発見されていない他の何かがそういった性質を持っている可能性だってある。

 そもそも人の意思ですら電気信号でしかないという。だったなら強い意思がその場所の磁場などに影響を与えて、記憶されているようなことだってあるかもしれない。

 強い意思。少女の弟を助けようとした強い想いがこの場所に焼きついていた。それが少女の霊の正体だったのかもしれない。

 アリアさんはその信号を上手く受け取れていた。エルウィンさんはまったく受け取ることができなかった。タナットはともかく、気配などには敏感なはずのネコも受け取っていた様子はなかった。

 そして俺は上手く受け取れなかった。

 どうして上手く受け取ることができなかったのだろう。

 そもそも受信ができなかったのか、検波が上手くいかなかったのか、受け取った信号を正しい情報に変換することができなかったのか……可能性はたくさんある。

 まぁ、そもそもこの世界は前世の世界とは別の世界、異世界だ。そんなふうに科学的に考える必要すらない可能性だってある。

 この世界では生物が別の生物へと竜化することもあれば、人間もクリストフのように変質してしまうことだってある。

 そうであるのなら、人間が死んだ後、その魂だけが霊として残ることだってあるのかもしれない。

 だからこそやっぱり願わずにはいられない。少女の魂の救いと平安を。

 俺という存在があるのだから、きっと魂は輪廻転生するのだろう。

 俺はただ彼女がこの悲劇から解き放たれて、次の人生では平安であることを願った……

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生したら幽閉王子でした~これどうすんの?

サクラ近衛将監
ファンタジー
 神様の眷属の過失が原因の事故に遭って死んだ桜庭雄一が異世界に転生したら、とある国の忌避すべき王子として幽閉されていた。  転生にはチートがつきもののはずだが、事故で死んだ者が300名を超えるために、個別にチートは与えられず、転生先の者の能力を生かせと神に告げられている。  「神の加護」ではないけれど、「恩寵」が与えられているので、当該異世界では努力を為した分、通常に比べると成果があるらしい。  これはとある国の幽閉王子に転生した男の冒険譚である。  原則として、毎週月曜日20時に投稿予定です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福無双。〜メシ作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...