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番外編 リヴァイアサンの胎動・3
しおりを挟む――オカルトオタクのふとっちょ視点――
西暦2135年。
この五十年、AIの進化に伴って科学技術は大きく躍進した。
それなのに貧富の差はさらに大きく広がり、人類は宇宙に旅立つこともなく、いまだ地球に縛り付けられている。
現在の世界は五十年前の人類が夢見た未来には程遠い。
それは俺も同じだった。
俺の人生もまた、七年前の俺が思い描いたようには進んでいなかった。
天井のプロジェクターから投影された、代わり映えしないニュースの映像を眺めながら思う。
人生ってやつは不公平にできている。
人生で正しく大きな成功を手に入れるには、すでに成功を手にしている家庭に生まれるか、特別な才能に恵まれるくらいしか方法がない。
俺は裕福ではない家庭に生まれたが、努力を重ねていい大学を出た。
しかしその努力のすえ手に入れた能力も、金持ちたちにいいように使われるだけだった。
俺が開発した新しい技術で会社が大儲けしても、俺にはほとんど還元されない。利益を得るのは会社のお偉いさんたちだけだった。
それでも俺と同じような境遇から成功を手に入れた同僚もいる。
ただ彼はズルをした。俺が開発した技術の情報でインサイダー取引をして儲けたのだ。
悪いことではあるが、バレなければ罪には問われない。彼は上手くやったのだ。
俺も一緒にやることもできたが、そうはしなかった。
だって俺は過去に、正義のヒーローに命を救われたことがある。その俺が悪事に手を染めることはできないと思った。
思い出す。
あれは七年前、まだ俺が学生のときだった。
俺は同じオカルトサークルに所属していた友達と、心霊スポットと噂されていた廃工場に訪れた。
しかしそこで目撃したものは、心霊による怪異などではなく、ヤクザの拷問だった。そしてヤクザに捕まってしまった俺たちを助けてくれたのが彼だった。
彼は俺たちと同じか少し年下くらいの青年だった。
彼はヤクザを倒して俺たちを助け出した後、ヤクザの事務所にまで行って奪われた俺たちの端末を取り返してくると言ってくれた。
その言葉は本当だった。
次の日、家の郵便受けの中に端末は入っていた。
そしてその日のニュースは、指定暴力団藤崎組の組事務所襲撃事件で持ちきりだった。
ニュースでは藤崎組の内部抗争ではないかと報道されていたが、俺は彼がやったのだと確信していた。
それからあの辺りではちょっとした都市伝説が噂されるようになった。
暴漢に襲われそうになった女性や、事故にあいそうなった少年などが謎の青年に助けられたというのだ。
きっとそれも彼の仕業だ。
彼は一体何者だったのだろう。
もともとあの辺りにある軍事施設では、研究施設で非人道的な扱いを受けていた異能力者の孤児たちを保護しているという噂もあった。
彼はその中の一人ではないかと俺は考えている。
しかし彼は言っていた。俺たちと同じで心霊スポットの噂を聞いてあの廃工場に来たと。
だとすると、異能力者ではなく霊能力者である可能性もある。もしかしたら異能力者と霊能力者は同一のものである可能性だってあった。
例え何者であったとしても、俺にとって彼は正義のヒーローだった。
俺はそんな正義のヒーローに助けてもらったのだから、正しく生きなくてはならない。
そう心に決めて生きてきた。
今日もこれから仕事だ。労働は国民の義務で、正しい行いだ。気分が憂鬱だからといって休むわけにはいかない。
だから仕事へ向かうためにニュース映像を止めようとした――そのときだった。
一瞬ノイズが走って、急に映像が切り替わった。
映像に映っているのは真っ黒い部屋。その中心に鎮座するマザーAIを背に、一人の男が立っていた。男はうつむいているので前髪に隠れて顔は見えない。
男はゆっくりと顔を上げる。
俺はその顔を知っていた。間違いなく……彼だった。画面に映ったその男は、俺を助けてくれた正義のヒーローだった。
彼は真っ直ぐにこちらを見据えながら、はっきりとした口調で丁寧に話を始めた。
「我々が世界を変える。紀元前に生まれた賢者アリストテレスはすでに言っていた。腐りきった民主制を救うには英雄が必要だと……誰もがその手を汚すことを拒むのなら、我々がそれをなそう。そう、我々は世界を救い、世界を新しく作り直す。我々は終末の獣。我々を恐れるがいい。我々は力と恐怖を持って、世界を支配する。故に世界は我々だけを恐れればいい。もうこの世界に戦争が起きることはない。犯罪が行われることはない。我々は決してそれを許さない。もしそれを犯すのなら、地獄の果てまで追いつめて、必ずその者には報いと後悔を与える。我々は正義ではない。我々は悪の敵であるだけだ。我々もまた暴力によって世界の支配を目論む、別の悪である。しかし我々はこの世界に存在することを許された唯一の悪である!
――その両眼は曙のまばたきのように光を放ち、すべての闇を光のもとに晒し出す。
――その心臓は石のように堅く、その意思は臼の下石のように堅い。
――その怒りは、深い淵を煮えたぎる鍋のように沸き上がり、海さえも坩堝と化す。
――それが立ち上がるとき、勇士も恐れおののき、逃げることすら叶わない。
――それが歩み進んだ跡には光が輝き、深淵の中に光の道を示す。
――地の上には、それと並ぶものはなく、恐れを知らぬもの者として造られた。
――それは、すべての高きものを見下ろし、すべての誇り高ぶる者の王である。
――我らは終末の獣。その名はリヴァイアサン」
この社会は罪を犯すことを禁じている。
罪を犯せば罰が与えられると脅して、正しく生きることを求めてはいるが、犯罪を絶対にできないようにはしてはいない。
それは様々な宗教に描かれる神と同じだった。
悪を働けば地獄に落ちると脅して、正しい行いを強制するくせに、神は人間を悪が働けないように創造はしなかった。
もし神が本当に全知全能であるのなら、悪を行わないように人間を作ることもできたはずなのに。
社会もそれと同じだ。
やろうと思えば、簡単にできるはずなのだ。もっといたるところに監視カメラを設置したり、通信をすべてAIに監視させればいい。
そうすれば多くの犯罪を事前に止めることができて、行われてしまった犯罪だって、正しく裁くことができるはずだ。
でも政府はそうはしない。その理由はプライバシーの侵害になるからだという。
俺としてはそうすることで犯罪がなくなるのならそれでいいと思うのだが、反対する声が多いのも事実だ。
みんな自分や愛する人の安全より、プライバシーのほうが大切なのだ。
でもおそらくそれは建前で真実ではない。
本当のところはきっと多くの人がバレないようにズルをしていて、これからもバレなければズルをしたいのだろう。
しかし彼は神や政府と違って、それを許しはしないという。
彼は奪取したマザーAIイスラフィールと共に世界を監視して、その罪を暴力をもって裁くという。
きっとこの世界の多くの人がそれを独善だと罵り、彼を敵と見なすだろう。
彼も自分を悪だと名乗っている。
それでも俺は彼を正義のヒーローだと信じていた。
彼の登場で今日からの世界は昨日よりずっと正しくなるだろうと信じていた。
きっとこれからは正しい者が損をしない新世界が訪れる。
だったらなおさら俺は正しく生きていかなければならない。
さあ、今日も労働に出かけよう。
いつの間にか俺の心は霧が晴れ、足取りも軽くなっていた。
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