空を泳ぐ金魚

空-kuu-

文字の大きさ
36 / 36

第36話 そして物語は続く

しおりを挟む
 春樹の部屋。
 もう、あの頃の秋の日のように、カーテンが閉め切られた底なしの闇は、僕の部屋のどこにもない。
 窓は大きく開け放たれ、七海れ前の心地よい風が、部屋の中を自由に吹き抜けていく。
 部屋は、綺麗に片付いていた。
 そして、本棚の一番見やすい場所に、僕が書き上げた、『空を泳ぐ金魚たち』のノートを写した原稿の束が、誇らしげに立てかけられている。
 これはもう、思い出の記録ではない。
 僕の、そして僕たちの魂の一部であり、僕が、これからも生きていくための道しるべだ。

 僕は、ベッドの上に腰掛けて、ただ、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
 心は春の陽だまりのように穏やかで、どこまでも澄み切っていた。
 学校の屋上で聞こえた、七海の声。
 それ自体は幻聴だったのかもしれない。
 でも、僕にはもう、どちらでも良かった。
 彼女は、確かにいるのだ。
 この世界に。
 僕が生きている、この世界の中に。
 僕が見上げる、この空の青さの中に。
 そして、僕がこれから生きていく、全ての時間の中に。

 机の上のノートには、数ページに渡って物語が書かれていた。
 それは、『空を泳ぐ金魚たち』の続編ではない。
 これから続いていく、神谷春樹自身の物語が。僕の生きてきた物語、これから生きていく物語が、このノートの中で雄弁に語られていくのだ。
 陽翔が最後に託してくれた、未来へのバトン。
 このノートは、僕が出会うであろう、たくさんの喜びや、悲しみや、新しい光を、静かに待っている。
 それはある意味、七海が僕に課した宿題なんじゃないかとも思っている。

 その時だった。
 さあっと、さっきよりも少しだけ強い風が、部屋の中へと舞い込んできた。
 あの頃、僕たちの頬を撫でていった、懐かしい、風の匂いがした。
 その風は、優しく、透明な指先のように、僕の部屋の中をぐるっと一巡りし、本棚にある空を泳ぐ金魚たちの背表紙をそっと、撫で『よく頑張ったね』と、褒めてくれたような気がした。
 そして、僕の机の上へと舞い降りた。
 優しい誰かの悪戯のように、ぱらりと一枚だけ、ノートを優しくめくり、新しい真っ白なページを開いた。
 僕の、これから始まる新しい物語を祝福するように。
 『さあ、始めなさい』と、僕の背中をそっと押してくれるように。
 開かれた真っ白なページ。
 そこに、未来の光が、キラキラと反射している。
 ここに、一つの物語は終わりを迎えた。
 でも、世界から、物語が消えてなくなることは決してないのだ。

――そして、物語は続いていく。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

遥〜はるか〜

主人公である春樹の息苦しさが胸に迫り、彼の孤独な世界に引き込まれました。そのような中で、七海の存在が春樹の世界に色を与えていく様子に心が温かくなります。彼女の感性は、退屈だった日常を変える魔法のようでした。この二人が紡ぐ物語が、どのような結末を迎えるのか続きが待ち遠しいです。

解除

あなたにおすすめの小説

モブの私が理想語ったら主役級な彼が翌日その通りにイメチェンしてきた話……する?

待鳥園子
児童書・童話
ある日。教室の中で、自分の理想の男の子について語った澪。 けど、その篤実に同じクラスの主役級男子鷹羽日向くんが、自分が希望した理想通りにイメチェンをして来た! ……え? どうして。私の話を聞いていた訳ではなくて、偶然だよね? 何もかも、私の勘違いだよね? 信じられないことに鷹羽くんが私に告白してきたんだけど、私たちはすんなり付き合う……なんてこともなく、なんだか良くわからないことになってきて?! 【第2回きずな児童書大賞】で奨励賞受賞出来ました♡ありがとうございます!

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。   (also @ なろう)

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

魔法少女はまだ翔べない

東 里胡
児童書・童話
第15回絵本・児童書大賞、奨励賞をいただきました、応援下さった皆様、ありがとうございます! 中学一年生のキラリが転校先で出会ったのは、キラという男の子。 キラキラコンビと名付けられた二人とクラスの仲間たちは、ケンカしたり和解をして絆を深め合うが、キラリはとある事情で一時的に転校してきただけ。 駄菓子屋を営む、おばあちゃんや仲間たちと過ごす海辺の町、ひと夏の思い出。 そこで知った自分の家にまつわる秘密にキラリも覚醒して……。 果たしてキラリの夏は、キラキラになるのか、それとも? 表紙はpixivてんぱる様にお借りしております。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

【完結】またたく星空の下

mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】 ※こちらはweb版(改稿前)です※ ※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※ ◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇ 主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。 クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。 そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。 シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。

中学生ユーチューバーの心霊スポットMAP

じゅん
児童書・童話
【第1回「きずな児童書大賞」大賞 受賞👑】  悪霊のいる場所では、居合わせた人に「霊障」を可視化させる体質を持つ「霊感少女」のアカリ(中学1年生)。  「ユーチューバーになりたい」幼なじみと、「心霊スポットMAPを作りたい」友達に巻き込まれて、心霊現象を検証することになる。  いくつか心霊スポットを回るうちに、最近増えている心霊現象の原因は、霊を悪霊化させている「ボス」のせいだとわかり――  クスっと笑えながらも、ゾッとする連作短編。

盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。 山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。 そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。 するとその人は優しい声で言いました。 「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」 その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。 (この作品はほぼ毎日更新です)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。