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~一章 野望の剣士編~
三十一話 エメラルド、再び
しおりを挟む急げ、急げ、急げ──!
夜の闇に染まった森を駆け抜け、再び館の前へと俺とティエナは舞い戻った。
館は外観では明かりが点いておらぬ、人気を感じさせないようなお化け屋敷の雰囲気だ。しかし、その立派な装飾をした扉を開けると、中はきらびやかな照明が館内全体を照らすように輝いているのである。
「相変わらず外の見た目とは違うわね。バッジョ、気をつけて。敵は魅了の術だけじゃなく幻術も使えるわ。目に見える物だけが真実じゃない──それを覚えておいて」
「おおよ! とにかく急ぐぞ。あのでけえ部屋に行けばディーノと合流できるかもしれねえ!」
ロビーを抜け、長い廊下を大股で進む。周囲を警戒しつつ、俺はジーダとの死闘を繰り広げたあの大ホールの扉を蹴破るように開けた。
「ディーノぉぉ!! いるか!?」
「ちょっとバッジョ、もうちょっと慎重に──」
ティエナが俺の服を引っ張りながら言うと、その視界の先には──あの強敵、エメラルドのあいつがホールの奥で佇んでいた。
「てめえは!? 雷野郎ッ!? 」
「なんで──あいつあんなにダメージを負ってた筈なのに……!」
思わぬ敵に俺は剣を構える。まるで待っていたかのように敵は、その壊した筈のエメラルドの鎧をギラギラと光らせ威圧するよう、『雷光のジーダ』はその剣をゆるりと構えた。
その威厳ある闘気は、先までの戦いがまるで前座であったかの如しである。奴の傷一つ無い鎧と剣は今か今かと襲いかかるようだ。
「なんであいつ無傷なんだ!? ずるいじゃねーかコラ!!」
「グオオオオ……! 侵入者──殺す……!」
俺は面を食らったように驚くが、その時ティエナが何かに気づいたように叫んだ。
「──バッジョ! 敵はあいつだけじゃないわ──! 周りもよく見て! この部屋、さっきまでの戦いが無かったかのように綺麗すぎる! アルラネルラが幻術を見せているんだわ!」
俺は周りをよく見てみると、確かにジーダの雷によって所々が破壊された後や瓦礫が無く、不自然に小綺麗──まるで最初に訪れた時のようだ。
「どっかに居やがるのか……! おうコラ! でてこいや! 正々堂々勝負しやがれ!!」
俺が怒りを放つと、エメラルドの鎧が間を詰めて剣を閃かせる──!
ギィィィィンッ!!
「だー!! 危ねえッ!」
危機一髪のとこでその剣を弾くと、俺とジーダは間合いを取って睨み合う。
「ティエナ! アルラネルラがどこにいるかわかるか!?」
「──私の能力は本体を見て、その発言を聞かないとわからない……! アルラネルラは幻術を使って全てを隠しているから見つけられないわ!」
「マジか……! さっそく大ピンチじゃねーの……!」
「グオオオオオオ!!」
ギィィン!! キィン! ギィン!!
ジーダの猛攻が俺を襲う。俺はまた防御に徹して、何とかその攻撃を凌ぐ。
「オオオオオオオオ!!」
「(──こいつ……? 雷を使ってこねえ……? さてはまだパワーが戻ってねえのか──)」
ジーダは鋭い剣技で攻め立てる。しかし脅威である雷が飛んでこないのを見て、俺は勝機の光を何とか見つけ出そうとしていた。
「(何とか──この幻術を解く方法……! ディーノがいない今、私が頭脳にならないとバッジョに指示が出せない……!)」
ティエナは考える──。幻術を打破しなければ間違い無くジリ貧で負けるであろう。幻術とはすなわち全てが"嘘"であり"虚構"でもある。自分の能力は真偽が判るだけであり、それを打破するものでは無い──。
なればこそ──それを打破すべきは、本体を叩くか、虚構の中に真実を浮き彫りにさせる事ができれば──!
「──! そうか! バッジョ! 月光剣よ!!」
「え!? あんだって!?」
「研ぐのよ! 月光剣を研いで!!」
「わーったよ!! 研げばいんだな!!」
シャィィィィン! シャィィィィン!
俺はジーダから思い切り距離を取ると、剣を研ぎ始めた。
「オオオオオオオオ!!」
ジーダは俺を追って剣を振ってくるが、なりふり構わず俺は逃げる! 逃げる! いつぞやのガガトロとの戦いを思い出しながら、必死に身を避けながら剣を研ぐ!!
シャィィィィン! シャィィィィン!
「グオオオオオオオオ!!」
ジーダの剣閃が俺の腕を、足を皮一枚のところで裂き、血がドロリと垂れる──。
「バッジョ!」
「心配すんな!! ちょっと切れただけだ!!」
シャィィィィン!!
俺は強がると、最後の一研ぎを鳴らした。
「できたぜええええええッ!!」
夜の館に月光の光が降り注ぐ!! その光の強さにジーダは思わず身をたじろいだ!!
「バッジョ!! それを掲げて!!」
「よっしゃああッッ!!」
俺は月の光を放つ剣を掲げると、天井にぶら下がるシャンデリアの、雅な輝きをも呑み込む光をホール全体に照らした。
「──見えた……! そこよ!! バッジョ!! その影を討って!!」
ホールの奥に、実態の無き人形の影が浮かんだ──! これこそが狙い──! 虚実の中に真実を照らす光によって、影と云う実体を顕にし、本体をあぶり出したのだ!!
「くらええええやああッッ!!!!」
真実を暴く月光剣を振りかざし、今──幻を破らん!!!!
「──私を守りなさい」
「オオオオオオオオ!!!!」
影を討つ直前である。ジーダが間に入り、その速き剣技を放つ──!
ギィィィィィィンッッ!!
巻き取るような剣技は、俺の剣閃の軌道を変え、影の横へと流れた!!
「なっ!?」
勢いのついた互いの剣が交わると、俺と奴は大きく吹き飛ばされた。
「うおおおッッ!!」
「ゴオオオッッ!!」
「大丈夫!?」
ティエナが走り寄って俺の背を支えると、俺達はあの影の方を見た。
すると、空間が歪みを見せながら、その白い生足がスルリと現れると、影の正体であるアルラネルラがその姿を見せた。
「おどろいたわ。あんな方法で私の幻術を破るなんてね……。素直に褒めてあげるわ」
「でてきやがったな──!」
アルラネルラは感心したような目でこちらを見てくる。俺は奴を直視しないように、その視線を下げた。
辺りを見渡すと、幻術が解けたせいか元の瓦礫が転がる傷んだ床が見え始め、徐々に視界は現実のボロボロになったホールへと変わっていった。
「幻術が解けた──! アルラネルラ! あなたはもう終わりよ! 大人しく降参しなさい!」
「うふふ……。かわいいわね。もう勝ったつもりなの? 私はただ遊んでいただけなのに。それよりほら、まだあなた達はあの子を倒してないのよ?」
蠱惑の魔女はくすくすと笑いながら、指を差すと──
「オオオオオオオオ!!」
「なにッ!?」
ギィィィィィィンッッ!!
俺に刃を向けて来るエメラルドの狂戦士が健在であった──。
「なんで!? ジーダも幻術じゃないの!?」
「うふふ。その子は本物よ。ただ、あなた達の"知ってる子"じゃないけどね」
アルラネルラがそう言うと、幻術を帯びていたエメラルドの鎧を纏った男は徐々にその外装を溶かすように、真の姿を現した。
「────な──」
「────うそよ──」
絶句する俺達の前に現れたのは、ジーダ本人では無い──。
美麗な顔立ちで、スタイルの良い長い足と、そのさらりとした青髪は見馴れた容姿である──。
彼こそは、長年の相棒──ディーノ本人であった──。
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